第36話 揺木占い最前線 1/4
「神出鬼没!?奇跡の占い師
最近、とある人物が揺木の女性の間で話題になっている。新進気鋭の占い師であるシェセンさんだ。彼女は出身地であるエジプトで占星術を学び、極めて高精度に未来を見通す「心眼」を持つという。実際、彼女に会った人々からは百発百中だと評判だ。しかし残念な事に、シェセンさんの活動は不定期であり、毎回違う場所にテントを出しているため狙って会うのは難しい。今ではテントが見つかるや否や長蛇の列が発生するのが恒例になっているようだ。
本紙の調査によると、シェセンさんは揺木大学への留学生であり、学業の傍ら占い業を営んでいるらしいが、本人への取材はできなかった。今後も情報を集めていくので、町中で怪しいテントを見つけたら本紙まで連絡してほしい」
(揺木日報社会面の記事より抜粋。記者:綾瀬川絵理)
休日の午後。森島辰真は、揺木街道沿いをぶらぶらと散歩していた。連日の酷暑からようやく解放され、事件のレポートも提出済み。清々しい気分で揺木を南下していた辰真だったが、繁華街エリアに近付いてきた辺りで、視界の片隅に見慣れない物が映った気がして足を止める。二度見した先は街道から一本奥に入った歩道だったが、そこにはやはり奇妙な光景が広がっていた。広いとは言えない通路を埋め尽くすように大勢の人間が密集していて、その中央あたりから三角形の屋根のような物が突き出ている。もっとよく見てみると、どうやら三角形はテントの先端らしく、群衆はそのテントを取り囲むように集まっているようだった。
辰真が通路の入口から眺めていると、突如として三角形が人々の頭上から姿を消し、同時に群衆が左右に分かれた。そして、彼らが開けた道の中央を、1人の人物が葦の海を割った預言者のように堂々と歩いてきた。
「そろそろ来ると思っていました、森島さん」
その正体は、揺木に降り立った奇跡の占い師こと、シェセン・コンスイアフその人であった。
「占い、ずいぶん繁盛してるみたいだな」
辰真はシェセンに誘われ、街道沿いの喫茶店でお茶をしていた。
「ええ。副業として始めたんですが、いつの間にかお客さんが次々と増えてしまいました。最近はあの街道付近にテントを出していたのですが……また場所を変えた方が良さそうですね」
そういえば昨日、プールからの帰り道でも街道沿いに人が集まっているのを見たが、あれもシェセンのテントだったのかもしれない。もっともあの時点の辰真は疲れ切っていて、とても確かめに行ける状態ではなかったのだが。
「シェセンの占いって、確か占星術だよな。エジプトで誰かに学んだのか?」
「誰かに習ったというより、自然に身についたものです。私の家系は代々占術で生計を立てていました。星のお告げを読み取れるのは、その血筋の影響でしょう」
「星のお告げか。確かにこの前のグノーミー捕獲の時には色々と助けられたよ。変なお告げも多かったけど」
「……確かにこの間のように異次元要素の干渉があった場合、占星術では正確な情報を得られない事もあります。ですが、個人の運命を視るという点においては数ある占術の中でも上位に位置すると思っていますよ。そうですね、試しにあなたの事を占ってみましょうか?」
これは意外な提案だ。辰真は占いにそれほど興味は無いが、本場の占星術師であるシェセンが直々に占ってくれるという申し出を断わるほど信用してないわけでもない。月美には悪いが、ここは一つ申し出に乗ってみよう。
2人は再び路地裏に戻り、シェセンが設置した簡易テントの中に入る。内部は小さめのテーブルと椅子が2脚あるだけの狭い空間だった。テーブルの中央には水晶玉が置かれ、消えかけのランプのように淡い光を放って周囲を微かに照らしている。テーブルを取り巻く周囲全体が闇に包まれているためか、狭さを感じるどころか広々とした空間にいるような錯覚を起こしてしまう。
暗闇の中、水晶玉の光に照らされてシェセンの姿だけがぼんやりと浮かび上がる。神秘的な雰囲気を漂わせながら彼女は口を開いた。
「古代エジプトでは、人々は年に一度のナイル川の増水、そして大犬座α星ことシリウスの動きを元に暦の作成や天候をはじめとする様々な事象の予測を行っていました。ここに古代バビロニアの星詠みの技術が合わさって形作られたのが、今に伝わる占星術です。占星術においては、ホロスコープと呼ばれる星座盤を占断に使用します」
シェセンは言葉を切り、水晶玉の方を指差す。よく見てみると、水晶玉の底の方には白い皿のような物が入っていた。真上から覗き込んでみると、6本の直線が円の中央で交差し、綺麗に12分割されている。円の外周には見慣れない記号がこれまた12個配置され、外周を12分割しているが、内側の直線とは分割位置が微妙にずれていた。
「これがホロスコープか?」
「そうです。星の動きから運命を予測するためには、基準となる星の配置図が必要になります。個人を占う場合は、その個人の生まれた時の夜空の星の配列……まずはこのホロスコープにあなたの情報を書き込んでいきましょう。生年月日や出生時間、出生地の情報を分かる範囲で教えて下さい」
「成る程。誕生日は10月9日、天秤宮ですね。出身は揺木市。出生時間は不明でも大丈夫です、こちらで補正しますので。__では、貴方の情報をホロスコープにインプットします」
そう言いながらシェセンが水晶玉に手をかざすと、内部に収められた星座盤が突然輝き始めた。そして、円盤の表面に天体らしき記号が次々と浮かび上がっていく。
「この記号は、太陽、月、そして水星から冥王星までの10の天体をそれぞれ表しています。つまりこの図は、貴方が生まれた日の夜空における、各天体の位置を示しているわけです。あのように」
シェセンが真上を指差したので、つられて上を見た辰真は驚いた。暗い天井には、10の天体記号がホロスコープと同じ配置で浮かんでいて、まるでプラネタリウムを見ているようだ。まだ占う前の状態だが、演出だけでも人気が出る理由が分かった気がする。




