第35話 太陽が来た 4/4
「よーし、準備は万端です!早速捕まえにいきましょう」
そう言いながら月美は、プールの用具置き場から拝借してきた虫取り網をぶんぶん振り回している。隣の辰真は、尖る毛の対策として肘までの長さのゴム手袋を付け、収容用に大型の虫籠を脇に抱えている。
「それはいいけど、あいつ何処に行ったんだ?プールの中に隠れてるのかな」
「ちょっと見てきますネ」
メリアが再びプールに飛び込み、蒼い影となって姿を消す。数秒後、大型プールの中央に大きな水飛沫が立ち、オレンジみがかった色のソルパサランが、少し遅れてメリアが水上に飛び出した。マンタのように華麗な水上ジャンプを決めながら毛玉へと手を伸ばすメリアだが、残念ながらあと数cmの所で届かず、再び水面に戻っていく。
「あ、待ちなさーい!」
月美は虫取り網を構えながら、空中をフラフラと移動する毛玉を追いかけ始める。暫くの間プールサイドで月美と追いかけっこした後、ソルパサランは不意に向きを変え、何を思ったのかウォータースライダーの方へ移動を始めた。
「逃がしませんっ!」
律儀にも入り口側からスライダーの筒の中に入った毛玉を追いかけ、月美もスライダーで滑り始める。……捕獲というより楽しんでないか?心の中で突っ込みつつ、辰真はソルパサランを待ち構えるためスライダーの出口へと回り込む。間もなく出口から飛び出してきた毛玉を抱え込む辰真。ソルパサランは再び毛を逆立て始めるが、今回は手袋のお陰で平気である。
「やりましたね!」
滑り降りてきた月美が虫籠を開け、ソルパサランを捕獲しようとしたその時、毛玉は突如として激しく上下に動き始める。
「な、何だ?」
水中に没した瞬間、ソルパサランはその体温をぐんぐんと上げ始めた。色は輝くオレンジとなり、熱と光を周囲に放つ様は小さな太陽のようだ。毛玉と共に水面下に沈みつつも、逃げようとする相手を必死に押さえ込もうとする辰真だったが、熱さと共に襲い来る酸素不足に耐えられず遂に水中で手を離してしまう。こうして再びソルパサランは脱走を果たし、辰真はそのままプールの底へと沈んでいった。
「森島くん!」
月美とメリアがすぐに辰真を引き揚げる。
「辰真、平気ですカ?」
「ああ。また逃がしてしまったけどな」
「ソルパサラン……これ以上熱くなったら、どうやって捕まえればいいんでしょう」
「あいつもそうだが、この辺の気温も上がってないか?」
辰真の言う通り、温度は更に上昇している。体感温度はマナのバリアに入る前に迫るレベルの熱さだ。
「メリア、マナのエネルギー切れか?」
「(いいえ)。さっきより気温が上がってるせいですネ」
プールサイドの温度計の針は既に振り切れている。単純に、メリアのマナでもカバーできないほどに温度が上昇しているという事か。
「これ以上気温が上がると、さすがに捕まえるどころじゃないですよ。一体どうすれば?」
「……それなんだが、あいつの特性について少し分かった事がある」
意見を出したのは、一番多くソルパサランに接触していた辰真だった。
「2回捕まえた事で気付いたんだが、あいつが体温を上げたり、色を変えたりするのは水中だけなんだ。空中にいる時は色を変える事はなかった」
そう、毛玉の体色が緑から黄色に変わったのも、オレンジ色が濃くなったのも、常に水中にいる時だった。
「あいつは逃げる時も常に水の方へ向かおうとしている。つまり、温度を上げるには水中の方が都合がいいんじゃないか?」
「なるほど、確かにそんな動きでしたね。それにしても、水の中ですか…………あ!」
月美が考え込んでいる途中で何かに思い至る。
「どうした?」
「そう言えば、最近あちこちで溜め池とかが干上がってるって話がありましたよね?ひょっとして、ソルパサランが水を蒸発させてるんじゃ?」
「周囲の温度を上げるために水が必要って事か。なら、水の多い場所を求めてプールに来た?」
「プールの水、確かにジョウハツしてますネ。さっきより少し減ってます」
ぱっと見ても辰真達には水位の変化は分からないが、メリアが言うのであれば間違いないだろう。とにかく、ソルパサランが水を利用して気温を上げているのは確かなようだ。
「分かった。これ以上温度を上げられる前に、あいつを水から隔離しよう」
「よし、これで準備できたな」
辰真達は第三次ソルパサラン捕獲作戦に臨もうとしていた。水中から追い出したソルパサランを水に戻さないために、プールの表面には周辺からかき集めたイカダやゴムボート型のフロートをびっしりと浮かべている。
「じゃあ、頼むよメリア」
「ラジャ!」
メリアが華麗にプールに飛び込み、姿を消す。数秒後、水面に大きな噴水を作りながらソルパサランが空中へと舞い上がった。その色は殆ど赤に近く、見るからに熱そうだ。再度プールへと落下しようとするソルパサランだが、水面のフロートに侵入を阻まれ、何度も上に弾かれる。
「作戦通りですね!」
やがて毛玉はフロートの少ない場所に狙いを定めて落下を始めるが、そこには既に辰真が待ち構えていた。しかも、メリアの教えで習得した立ち泳ぎをした状態で。
「よし、捕まえた」
落下してきたソルパサランを空中でキャッチした辰真は、熱さに耐えながら水面を平行移動してプールサイドへと向かう。そして、耐えられなくなった所で毛玉を水辺に向かって放り投げた。毛玉が飛ばされた先には、大きな網とクーラーボックスを持った月美がスタンバイしている。
「後は任せてくださいっ!」
月美の広げた網の中に真っ直ぐ飛び込むと思われたソルパサランだったが、残念ながらその軌道は直線からややズレていた。網から少し離れた場所へと向けて飛んでいく毛玉。2人が何もできずに見守る中、プールから勢いよく人影が飛び出す。
「Take this!」
水上ジャンプしたメリアが毛玉を横からはたき、月美の方向へとシュートする。ソルパサランは網の中へと勢いよく叩き込まれ、絡まって動けなくなった。すかさず月美が網ごと毛玉をクーラーボックスに突っ込み、勢いよくフタを閉める。
「ふぅ……どうにか捕獲できたな」
「やったですネ!」
辰真とメリアも近くに集まってくる。クーラーボックスは時折ガタガタと動いているが、箱が壊れる心配は無さそうだった。周囲の温度も少しずつ下がってきているようだ。一行が安堵に包まれたその時、プールの入り口の方から声がした。見ると、白衣の城崎教授が駆け込んで来る所だった。
「おーい諸君!ソルパサランを捕まえたんだね?僕にも見せてく__」
言葉の途中で暑さにやられ、教授は卒倒した。
「せ、先生ーっ!」
城崎教授を蘇生させ、ソルパサランを引き渡した後、辰真達はようやく市民プールを後にし、夕焼けの中を家路についていた。
「いやー、なんだかんだ今日は楽しかったですね。異次元生物の捕獲にも成功したし、大満足です!」
「アエ、ひさしぶりにたくさん泳げて楽しかったですヨ。……タツマ、どうしたですカ?」
「いやなんか、プールに遊びに行っただけなのに尋常じゃなく疲れた気がする」
「それなら、またSDAHLに来ませんカ?サービスするですヨ」
「いいですね!ちょうどパンケーキが食べたいと思ってた所です!」
「……2人とも、なんでそんなに元気なんだ?」
3人は揺木街道から曲がって小道に入り、SDAHLを目指して歩いていく。街道の少し先では人集りが発生して何かを取り囲んでいるようたったが、それに気付いたのは辰真だけで、追求する気力も彼には残ってなかった。
こうして揺木を襲った大熱波事件は解決された。季節外れの猛暑は去ったが、常識外れのアベラント事件の襲来は衰える気配を未だに見せない。そう、もう既に、次なる事件の兆しは始まっているのである。




