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第34話 マイクロスコーピック・ジャーニー 2/5

「ここは……」

 辰真が呟く。周囲の景色の膨張が止まったため、2人はようやく落ち着いて周囲を見回すことができるようになった。付近には辰真達と同じくらいの大きさのクリーム色の石が一面に転がっていて、よく見ると彼らも大きな石の上に立っていた。石はあちこちで積み重なり、斜面や丘を形成している。一方、頭上からは灰色のタイルも消失し、最初に小型化した時と同じような白い空間が果てなく広がっている。

「……さっきより更に小さくなっちゃいましたね。たぶんこの石、砂粒ですよ」

「マジか。蟻の奴はどこ行った?」

「大きくなり過ぎて、逆に見えなくなっちゃったみたいです。近くに来たら踏まれるかもしれないですけど」

「アリに踏み潰されるなんて最期は嫌だな」


 2人がとりあえず周囲の探索を開始しようとした矢先、月美の右手首に付けられていた通信機が突如として言葉を発し始める。先生との通信が復活したのだ。

『稲川君、森島君!聞こえるかっ?』

「先生!こっちは大丈夫です。森島くんも!」

『すまない、地震に気を取られて君達を見失ってしまった。今いったいどこに?』

「それが、更に小さくなっちゃったんですよ……」

「今は、アリから見たアリくらいの大きさです。多分」

『蟻から見た蟻のサイズだってえ!?』

 今度は袋田の声だ。

『って事は、仮に8,000分の1のサイズになったとすると、えーと……0.2mm!単位を変えると200マイクロメートル!もはや顕微鏡の世界だよ。そりゃ見つからないわけだ』


『そうか……』

 先生はしばらく考え込むが、やがて再び通信を返してきた。

『社員の男は、まだ見つかっていない。本来なら、オルゴンエネルギーが切れるまでその場を動かないのが君達にとってベストだが、そこまでサイズが小さくなると、いつ危険が迫ってくるか分からない。それに__』

「それに?」

『モルフォ・オルゴノスの影響か、この付近から僅かな異次元反応が検出されている。こちらではまだアベラントエリアの発生などは確認できないが、君達がいる極小の世界への影響は分からない。つまり、そっちは既に異次元世界の侵食が始まっている可能性があるということだ。もしかしたら異次元微生物のような存在もいるかもしれない』

「い、異次元微生物ですか!?」

『ああ。この地球上でさえ、全体の99.9%以上の微生物は未だ人間に発見されていないと言われている。ましてや異次元のミクロ世界の生態系は、100%未知の世界だ。今までミクロ化して異次元世界に入った人間はいないからね。そういう意味では、君達は歴史に残る経験をするかもしれない』

「歴史に残る……経験……」


『稲川君、言うまでもないが、今の君達が微生物に接触するのには大きな危険が伴う。一口に微生物と言ってもその大きさは様々だ。例えば細菌は数マイクロメートル、ウイルスは更に小さいナノメートル単位の大きさだから、君達のサイズから見てもまだまだ小さいと言える。だが、微生物の中でも大きい部類に入る連中は違う。寄生虫の仲間、特にダニやノミなんかは君達と同等か、一回り大きいくらいのサイズが多い。そんな連中と生身で遭遇するのは、一歩間違えれば自殺行為だ。君達に改めて言うまでもないと思うが、くれぐれも気をつけてくれ』

「きょ、巨大な寄生虫ですか……」

 月美の声がやや震える。辰真の見るところ、今の彼女の脳内は未知への好奇心と寄生虫への恐怖心で揺れ動いているようだ。それも無理はないか、巨大な寄生虫なんてのが眼前に現れたらどうするか、辰真だって想像をしたくはない。


『とにかく、周囲を探索するにしても、絶対に無茶な行動は慎んでくれ。下手に微生物と接触すると命に関わる恐れがある。ただ、仮にそのサイズでもモルフォ・オルゴノスに会うことができたら、接触してみてもいいかもしれない』

「幻の蝶に、ですか?」

『ああ。こちらでも少し過去の文献を漁ってみたんだが、やはりモルフォ・オルゴノスの目撃報告が巨大化事件等の発生よりも後でされているケースが散見されるんだ。この事から推測するに、この蝶はオルゴンエネルギーを主食としている可能性がある』

「つまり、俺達の体内のオルゴンを吸い取ってくれるかもしれない?」

『ああ、手っ取り早く元の大きさに戻りたいなら試してみる価値はある。蝶の成虫なら捕食されるような危険もないだろうし。……サイズ差にもよるけど』

「分かりました!じゃあモルフォ蝶を探しながらミクロの世界を探検してみます」

『くれぐれも気をつけてくれ。こちらでも何か進展があればすぐに伝える』

『そっちで何か見つけたら報告よろしくね。異中研に報告するから』

 先生と袋田が一言ずつ言葉を述べたのを最後に、連続通話時間の限界に達したため通信は一時的に停止する。これからしばらくの間は、外部の応援なしでミクロの世界を乗り切らなければならない。


「……それで、どうする?」

 再び静かになった極小の世界で、辰真は月美に問いかける。

「もちろん、周囲の探索に行くに決まってるじゃないですか。せっかく小型化してるんですから。こんな機会、滅多にありませんよ?」

 月美は目を輝かせながら答えた。その反応自体は完全に辰真の予想通りである。だが今回に関しては、どうにも彼女が虚勢を張っているように見えてしまう。と言うより、探索中に予想される危険から目を逸らしているように思えてならない。先ほど先生が言っていたような、巨大な寄生虫が現れた場合の対処法はどうするのか。もちろん辰真だってそんな連中に対処できる自信はないが、月美はまともに動けるのか。辰真がフォローするにしたって限度はある。


 その辺りをきちんと話し合わない限り、迂闊に動くべきじゃないのではないか。そこまで考えていたのにも関わらず、辰真はその意見を口にできなかった。2人の間に復活した透明な壁に阻まれて。

 ……そうだ、そもそも寄生虫に出会う確率なんて決して高くはない。それにひょっとすると、自分の知らないうちに稲川は虫嫌いを克服しているのかもしれないじゃないか。何しろ今の稲川の内面なんて、自分には分からないのだから。結局辰真は推論で無理やり自分を納得させ、意見を自分の内側にしまい込んだ。


 こうして、わだかまりを抱えつつも2人が探索に出ようとしていた矢先、彼らの視界の端で小さな光が煌めくのが見えた。多数の輝く粒子が空中に漂い、天の川のように光の帯を形成して遠くへ続いている。あの輝きには見覚えがある。彼らをここに連れてきた張本人、モルフォ・オルゴノスが羽ばたきと共に振りまく鱗粉だ。という事は、モルフォ蝶はこの先にいる可能性が高い。2人は無言で顔を見合わせると、光の帯を追いかけ始めた。


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