第33話 1/80計画(アンティッシュ・プロジェクト) 2/4
「Really? FVコーポレーションの社員が?」
揺木市北部、朧山に近い某所。山林地帯に急遽用意された仮設テントの中で、イェルナ・トゥモローが通信装置に話しかけていた。
『ええ、間違いありません』
会話相手は落ち着いた口調で返事を返してくる。
『FV社社員の行動は以前から世界各地で確認されていましたが、最近は本格的に揺木で活動を開始したようです……我々の活動と同時期に』
「ふーん、私たちのProject を嗅ぎつけたのかしら。さすがに情報網は一流ね」
『FVコーポレーションと言えば、オルゴンエネルギー研究では世界でも最先端と言われています。ここ揺木で異次元エネルギーが頻繁に観測されている事を知ったのなら、手を出すのは不自然ではありません』
「地球上の人口飽和に備えて、オルゴンエネルギーの有効活用法をあれこれ模索してるんだっけ?裏ではオルゴンを使った人体実験までしてるとか。本当ならso crazyね。ARAでもそこまではしないわ」
『異次元のエネルギーをこちらの世界に迂闊に混ぜ込むのは感心しませんね。まだまだ未知の部分が多い存在故、慎重さが何よりも求められます。……星の動きが濁ってしまうのも困りますし』
「ま、本当に世界を変えたいなら、その位の大胆さは必要だと思うわ。もっと頭を柔らかくした方がいいんじゃない?」
『検討しておきましょう。それで、社員の対処はどうします?』
「そうね、監視は続けてちょうだい。私たちの邪魔をしないならほっといていいけど、そこらで勝手に人体実験されても困るから、何かあったら連絡して」
『分かりました。貴方もお気をつけて』
イェルナは通話を終え、ラジオニクス通信装置の電源を切る。周囲では、黒服の男達が怪しげな装置を次々と外に運び出し、探索の準備を進めている。彼らとイェルナは、とある目的でこれから朧山周辺の大規模調査に出発する所だった。
「Everybody, そろそろ始めるわよ」
「…………ここは」
意識を取り戻した辰真は、自分が見覚えのない場所に立っている事に気付いた。数秒前まで、自分達は公園の端にいた筈だ。だが、今彼が立っているのは、砂漠のような雰囲気の場所だった。見渡す限り、足元には灰色の砂地が、その周囲には真っ白い空間が、どこまでも広がっている。前後左右を確認すると、後方で月美が立ち上がろうとしているのを発見した。
「稲川、生きてるか?」
「はい、何とか……ここは一体どこなんでしょう?」
「さあ。見たことのない場所だな」
妙な状況だが、オロオロしていても仕方がない。手分けして周囲を探索しようと辰真が提案しようとした、その時だった。2人の眼前を、キラキラと輝く飛行体が横切ったのは。
2人の足から腰くらいまでの幅はありそうな程の大きさ。美しい紫色に輝く翅は、羽ばたく度にキラキラ光る鱗粉を周囲に振り撒いている。そう、その姿は明らかに巨大な蝶そのものだった。その正体は言うまでもない。彼らが探していた「幻の蝶」、またの名を。
「モルフォ・オルゴノス、いきなり発見しちゃいました!早速捕まえないと__あれ、網がありません!虫籠も……さっきまで持ってたはずなのに」
月美があたふたしている間にも、モルフォ蝶はひらひらと羽ばたきながら2人から遠ざかっていく。とりあえず後を追おうとした辰真だが、唐突に嫌な予感がして足を止めた。その予感は間もなく現実化する。視界全体を揺るがすような地鳴り音と共に、巨大な球状の物体が彼らの方に転がってきたのである。
「!!」
某トレジャーハンター映画に出てくる有名な遺跡トラップのような光景だが、その球は2人の身長をはるかに超える大きさだった。あんなのに潰されたらタダでは済まない。映画を見ていたために本能的にそれを理解した月美達は、衝動的に左右に別れて跳ぶ。危機一髪、巨大な球は勢いよく跳ねながら、2人の間を通過していった。
「ふう……」
一息つこうとする辰真達だが、残念ながらそんな余裕はなかった。球が転がってきたのと同じ方向から、更に巨大な物体が接近してきたのである。それは一見すると、上下に移動しながら動く2本の柱のようだった。だが接近するにつれ、その表現は正確ではない事が分かった。柱の下部に嵌っているのは、化学繊維と紐で構成されたカラフルな物体。もっと簡潔に言うと、子供用スニーカーの超巨大版だった。すなわち、その靴を履いているのは柱ではなく巨大な脚であり、その脚の持ち主は巨大な子供だったのである。
「嘘だろ!?」
突如としてアクションから怪獣映画へとジャンルが変わり、2人は必死に迫り来る足から逃走する。あれに踏み潰されたら、今度こそお終いだ。幸いにも巨人(子供)は彼らの横を素通りしていったが、それに引き続いて数人がこちらに迫ってくる足音が聞こえる。全く予断を許さない状況の中で、2人はようやく理解した。あれは巨人ではなく、公園でボール遊びをしていた普通の子供達だ。彼らに異常が起きたのではなく、理由は不明だが、自分達の方がミニサイズに縮小されているのだ。
正しく状況を理解したとしても、彼らを取り巻く事態は全く好転していなかった。子供達はボールに夢中で、足元にいるアリのような存在などには気付いてもいないらしい。大地を揺るがしながら向かってくるスニーカーの群れから逃れるべく、辰真と月美はそれぞれ反対方向へと必死で走る。だが、残念ながら体格差は歴然であり、靴の群れは容易く彼らに追いつく。真横に踏み下ろされた靴が巻き上げた砂埃に巻き込まれて、辰真の身体は空中へと軽々と投げ出され、そのまま砂地へと落下する。更にそのすぐ脇を、別の子供がドタドタと通過していく。
「はぁ、マジで死ぬかと思った……」
安全地帯である生垣エリアにどうにか辿り着いた辰真が、ぐったりしながら声を上げる。
「怪獣映画に出てくる人たちの気持ちが分かりましたね……」
月美も無事に生垣へと避難していた。彼らが今まで遭遇してきた「怪獣」達も確かに巨大生物ではあったが、ここまで圧倒的なスケール差は無かった。ここまでサイズが違うと、最早相手が歩いているだけで絶望感がある。想像では分かっていても、実際に体験するのとはまるで違うし、できれば今回限りの体験にしてほしい。
「稲川、どうにか先生に連絡できないか?ここにいたら命が幾つあっても足りない」
「確かにそうですけど、こんな状態で連絡なんて__あ、ちょっと待ってください」
月美がポケットの中からスマホを引っ張り出す。意外なことに、スマホも月美達と一緒に縮小化を果たしたらしい。
「精密機器って、小さくなっても正常に動くのか?」
「分かりませんけど、わたし達だって小さくなったのに普通に動けてるし、可能性はありますよ!ほら」
月美が起動したスマホの画面を辰真に見せる。やや画面が乱れてはいるが、確かにスマホはまだ正常に動いているようだ。2人はできる限り急いで、先生に救援のメッセージを送った。




