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第33話 1/80計画(アンティッシュ・プロジェクト) 1/4

 こんな夢を見たことはないだろうか。気付くと自分の身体が、極小サイズにまで縮んでいる。家族や友人にも存在を認識して貰えず、あなたは

 迫り来る靴や小動物から身を守るため、広大な世界を必死で逃げ惑う。


 あるいは逆に、自分の身体が極端なまでに巨大化する。足元で蟻のように逃げ回る人々を尻目に、あなたは戯れに町を壊しながら、ジオラマのような世界を彷徨い歩く。


 このような発想は、人類種に備わった奔放な空想力の賜物である、とは必ずしも言い切れない。世界各地に残る、巨人族や小人族の伝説。彼らのような、異なる縮尺文化の種族と交流した時の衝撃が、人々の遺伝子に記憶として残っているのではないだろうか。


 更に言えば、人間の身体のサイズを自在に変更できる、神秘的な力が実在する可能性も考えられる。実際、人間が巨大化したり縮小したりしたという事例は、近年に至るまで世界各地で報告されているのだ。1957年、ロサンゼルス近郊の海上。1966年、日本は長野県の蓼科高原。1989年、アメリカの田舎町の民家の裏庭。

 あまり知られていない事だが、これらの事件に前後して、ある種の異次元生物の出現が目撃されている。「幻の蝶」と呼ばれるその生き物こそが、謎を解く鍵を握っているのかもしれない。



「そう、その幻の蝶が、揺木に現れたんですよ!」

 揺木市の道端では、揺木大学社会学部の稲川月美がその生物について熱く語り始めている所だった。相手は例によって同期の森島辰真だ。

「幻の蝶か……」

「外見はモルフォ蝶によく似ていて、全身が紫色に輝いてすっごく綺麗なんだそうです。でもやっぱりタダのモルフォ蝶とは違うみたいですね。モルフォ蝶は南米にしか住んでないのに、この子は世界各地で目撃されてます。大きさも、最大で1m弱くらいあるそうです。それにさっきも言いましたけど、この蝶が出現する時って、人間が突然巨大化したり、逆にミクロ化したっていうような事件が起きてる事が多いんですよね」


「つまり、その蝶の特殊能力か何かが巨大化とかに関係してるかもしれないって事か?」

「そうですっ!幻の蝶の鱗粉には特殊な作用があって、それが人間のサイズを変化させているんじゃないかって俗説は昔からありました。それを一歩進めたのが、20世紀前半に活躍した精神科医のヴィルヘルム・ライヒです」

「聞いたことある名前だな。オルゴンエネルギーの発見者だっけか?」

「覚えてたんですね!そう、ライヒは当時、オルゴンエネルギーと動物のサイズの関係性について研究していました。特に、怪獣の巨大化の原因は放射能に含まれたオルゴンの影響だっていう「デッドリーオルゴン仮説」は有名ですね。そんなライヒが幻の蝶の出現跡を調査した所、多量のオルゴン反応があったそうです。そこで、彼は新たな仮説を提唱しました。「幻の蝶」の正体は、オルゴンエネルギーを纏った特殊なモルフォ蝶の一種であると。そして、この蝶を「モルフォ・オルゴノス」と名付けたのです」


「ふーん。で、その幻のモルフォ蝶がこの辺に現れたって事か」

 二人が歩いているのは、揺木市北部は戻坂地区の小さな路地で、行き先はこれまた小さな児童公園だった。数日前から怪しい蝶の目撃情報がある場所の一つだ。辰真は黒い箱型のビジネスケースを手にしているが、これは特災消防隊の袋田から借り受けた新型の探索用装置である。


「さあ、ここを曲がったすぐ先ですよ」

 月美のナビゲーションに従い、公園に向かうために辰真が先立って角を曲がろうとしたその時だった。死角から突然男が飛び出してきて、正面にいた辰真と衝突。二人はそれぞれ反対方向に弾き飛ばされる。

「!?」

「だ、大丈夫ですか?」


 月美が辰真に駆け寄る一方、謎の男はすぐに立ち上がった。黒いトレンチコートにサングラスを着用という、いかにも怪しい外見に違わず、男は無言で立ち上がると取り落とした鞄を拾い上げ、そのまま角を曲がって走り去る。


「森島くん、怪我は?」

「いや、大丈夫だ……一体なんだったんだあいつは」

「分からないですけど、最近市内でよく見ますよね、あーいう謎の人」

「変な外国人にばっかり遭うよな」

 謎の男を気にしつつ、二人は目的地の児童公園に到着した。


 その公園は、隅の方に小さい遊具がいくつか点在しているだけで他には何もない地味な場所ではあったが、それでも何人かの子ども達が遊具やボールでの遊びに興じていた。子ども達の間を抜け、月美達は公園奥の生垣の方へと進んでいく。


「さ、この辺ですよ、モルフォ蝶が目撃されたのは。早速探しましょう!」

 月美は意気揚々と鞄から虫取り網やら虫籠やらを取り出し、モルフォ蝶の捕獲にノリノリな様子だ。それを見て、辰真の心に少しだけ疑問がわく。

「なあ稲川、平気なのか?苦手だったろ、その……巨大な虫とか」

 そう、彼の知る限り、月美は虫が苦手だったはずだ。テクスチュラに遭遇した時の彼女の様子は、忘れようにも忘れられない。幸い、それ以降巨大な虫型の異次元生物と出会う事はほぼ無かったが、もしも同じような事態が発生したらどう対処すべきかと辰真は密かに心配していた。


「え?……やだなあ、大丈夫ですよ!確かに虫はちょっと苦手ですけど、蝶なら可愛いし、少し大きくても平気ですよ。ココムと一緒!」

 辰真の懸念を笑い飛ばすように、明るく返事をする月美だが、どうも虚勢を張っているようにも見える。


「今まで色々な異次元生物に遭ってきましたから、ね!夏みたいに、足を引っ張るようなことはしませんから__」

 その言葉を皮切りに、2人の間に沈黙が流れる。月美が今しがた口にした、「夏みたいに」という言葉。それが夏休みの、異世界山脈を放浪した時を指している事は、辰真にも容易に推察できた。しかし、休みが終わって以降、月美とそれについて話をした事は無かった。そもそも辰真自身の記憶が不明瞭だったり、先生にそれとなく口止めされていたという理由もあるが、一番大きい理由は月美側の認識が分からないためだ。あの時の月美は、明らかに異常な状態だったという事は辰真も辛うじて覚えている。だが、本人がそれをどう記憶しているのかは全く分からず、口に出す素振りもなかったため、結果的にタブーのような状態になって今に至る。


 そう、月美があの事件について言及するのは今回が初めてだった。「足を引っ張った」という口振りからして、当時の自分を批判的に見ているらしく、それは嬉しいのだが、辰真が知りたいのはもっと踏み込んだ認識だった。あれは、魔石に魅入られていただけなのか、何か別の人格が入り込んでいたのか。その詳細が明らかにならない限り、どうしても月美との間に隔たりを感じてしまう。例えるならさっきの一言をきっかけに、2人の間にうっすらと存在した透明な壁が突然実体化した、そんな雰囲気だ。


 明らかに長い沈黙に気まずさを感じたのか、月美が声を上げる。

「そ、そういえば、袋田さんに貸してもらった例のやつ、使ってみましょうよ!」

「よし、そうだな」

 辰真がビジネスケースを開けると、中には懐中電灯のような形状の物体が一つだけ入っていた。説明書などは特に入っていない。

「何だこれ、どうやって使うんだ?」

「さあ。異次元生物を探知する機械らしいですけど、どちらかというと何かを発射するような形ですね」


「とりあえず、押してみるか」

 辰真は謎の機械の柄を握り、ちょうど親指の先の位置に一つだけ付いている青いボタンに指を伸ばす。カチッという音と共にボタンが軸の中に押し込まれると、機械は突然振動を始めた。その動きは辰真の想定を超えるほど激しく、彼の手を離れて大きく空中に跳ね上がる。そして、空中を半回転している状態で内部の機構が作動し、先端の液晶部分から放たれた白い光が周囲に撒き散らされる。結果として、辰真と月美は正面からその光を浴びることになった。

「!?」

 2人の視界、そして意識は、一瞬にして白く染め上げられた。


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