第32話 オーロラエッグ・スクランブル 3/5
揺木を南北に縦断する揺木街道。その路上を今、一台の小型バンが北部に向けて疾走していた。乗っているのは絵理達4人。そう、米澤七つ道具の一つ・煙玉によって校庭を脱出した一行は、そのまま絵理の取材用車両に乗って逃走したのである。
「誰か尾けてきてる?」
ハンドルを握る絵理が呼びかけると、後部座席の辰真が背後を確認する。
「いえ、今の所来てないです。車両もヘリも」
「そう、でも早いとこ街道から降りた方が良さそうね。ヘリに追跡されたらすぐバレるでしょうし」
「稲川君、アウガルバの様子は?」
辰真の隣に座っていた月美が、膝に乗せている「虹の卵」を観察する。
「特に変化はないですね。中で何か動く気配もありません」
月美の言うとおり、卵は虹色に輝きながらも静寂を保っている。
「それより米さん」
「何だね」
「虹の卵についてもっと詳しく教えてくれませんか?この中で知ってるの、米さんだけだと思うんで」
「そうね、あの連中が卵を追ってくる理由も知りたいし」
「うむ、そうだな」
辰真達の疑問に応え、米さんは重々しく語り始めた。
「アウガルバ、すなわち「虹の卵」については、古くから世界各地で言い伝えが残っている。虹の麓に生まれ落ち、見つけた者の願いを何でも叶えるとされる存在。だが、それが一体何の卵なのか、本当に願いが叶うのかについては、長年に渡って謎とされてきた。しかし近年、アトランティス編集部が世界各地から情報を収集した結果、興味深いことが判明した。どうやら虹の卵は一定時間経つと孵化するらしく、願いが叶うのは孵化の瞬間を目撃した者だけらしい。しかし奇妙なことに、卵が孵化した瞬間についての目撃証言は残っていないのだ。卵自体も孵化の後に消滅するらしく、手がかりがないために研究が進まない。そのため、アトランティスでは少し前からアウガルバの目撃情報を募集していた」
「じゃああの連中の目的って……」
「孵化する前のアウガルバの確保だろうな。虹の光の情報が入った時点で、即座に現場まで飛んでくる体制ができているのだろう。恐るべき情報網と機動性だよ」
「なるほど……」
世界的なオカルト情報誌とはいえ行動力がぶっ飛んでると思うが、米さんのような人達が結成した集団と考えれば納得できるような気もする。
「イェルナさんについてはどうですか?姫だって言ってましたけど」
「うむ!前にも話したと思うが、イェルナ・トゥモローと言えばオカルト界隈では有名なミステリーハンターだ。数年前からアトランティスに記事を寄稿し、世界のオカルトアイテムの紹介や情報収集を行なっている。「アトランティスの姫」なんて呼ばれてアイドル的な人気を博してはいるが、まだ年齢も若いし、実際はマスコットのような役割なんじゃないかという意見も多い。いや、僕もついさっきまではそう思っていた。だが違う!あの子は只者ではない。あの年齢で調査を指揮しているのもそうだが、あの余裕満々の態度には何か裏があるぞ。僕の直感がそう言っている」
「わたしもそう思います。あの子、何か隠してますよね」
「そうかしら?単なる世間知らずのお子様にしか見えないけど」
先ほどの出来事にまだ憤慨しているのか、絵理だけは辛辣だった。
「ああいう、自分が偉いと勘違いして横暴に振る舞い出すタイプの人って、大手メディアには結構いるのよね。流石にあの歳でそうなっちゃったのは初めて見たけど。先が思いやられるわ」
絵理は話しながら運転を続ける。現在バンは揺木街道を外れ、北部の戻坂地区を進行していた。
「まあでも、そういう相手を出し抜くのは最高の気分ね!__さて、そろそろ停めますか」
そう言って絵理は車両のスピードを落としていく。ここは戻坂地区の大通りを2回ほど曲がった細い裏路地であり、よほど揺木についての土地勘がないとまず辿り着けないような場所だった。
「さ、ここでゆっくり「虹の卵」の孵化を観察しましょう」
「うむ、アトランティスには悪いが、独占させてもらうとするか!」
一行が虹の卵の謎を解きあかそうとしたその時だった。彼らの頭上で、またしても騒音が鳴り響いたのは。とは言っても先程のヘリコプターほどの音量ではないし、こんな狭い路地にヘリで接近するのは不可能だろう。音の正体を探るため、辰真達はバンの外に出て空を見上げる。
「あ、あれは……!」
彼らを監視するように上空に浮遊しているのは、大型のドローンだった。それも米さんが保有するやつより遥かに高価そうな代物だ。
「まさか、我々を追跡してきたというのか!?」
米さんの問いに答えるように、彼らの背後でクラクションが鳴る。振り返ると、真っ黒なセダンが裏路地へと侵入してくる所だった。路地の入り口を塞ぐように斜めに駐車したセダンの後部座席のドアが開き、小柄な人影が姿を現す。
「Hi! また会ったわね。アウガルバの様子はどう?」
「イェルナ・トゥモロー……!」
再び形勢逆転したためか、イェルナは余裕綽々な態度を取り戻していた。
「ど、どうしてここが分かったんですか?」
「アトランティスのAberranticsは世界最先端よ。それくらい余裕で追跡できるわ」
「やはり、そのドローンで異次元エネルギーを追跡できるのか……!」
「そんな事より何しに来たのよ。力尽くで奪うのは許さないって言った筈よ」
再びカメラを掲げる絵理を気にもかけずに、イェルナは自信満々に言い放つ。
「Chasingはそろそろ終わりにしましょう。__シヴァの力、見せてあげる」
イェルナが額に手をやり、前髪をかきあげるような動作をする。次の瞬間、その場に光が射した。
「っ!?……気をつけろ諸君、姫を直視するな!」
直前に事態を察知した米さんの声が響く。しかし、一歩遅かった。辰真達3人は、眼前の光景を否応無しに直視してしまう。少女の額に謎の模様が浮かび上がるのを、そして、模様が発する奇妙な光を。
「うぐっ……」
数秒の間、辰真は眩暈に襲われる。一瞬だけ意識も混濁したような気がしたが、幸いすぐに正常に戻ったようだ。周囲を見回すと、月美も今しがた目が覚めたような表情をしていた。絵理は彼らの少し前にいるため表情は分からないが、何故かずっと俯いている。辰真が絵理に声をかけようとしたその時、イェルナが言葉を発した。
「さあ、アウガルバを渡してちょうだい」
「……はい」
返事をしたのは絵理だった。後ろを振り向いた彼女は、月美が抱えていた虹の卵をいきなり奪い取る。
「え、絵理さん……?」
月美達は困惑するが、絵理の表情を見て言葉を失う。その瞳には生気が全く宿っていない。
「どうぞ」
絵理はイェルナの方に向き直り、虹の卵をあっさりと渡した。
「ご協力感謝するわ。それじゃ今度会う時は、もっと勉強してきてね。See you!」
満面の笑みで卵を受け取ったイェルナは、辰真たちに向かって手を振るとセダンへと戻っていく。すぐに車が発進し、ドローン共々裏路地から姿を消す。その場で呆然としている辰真と月美の後ろで、先ほどからずっと地面に伏せていた米さんが起き上がった。
「大丈夫か諸君!一体何が起こったんだ?」




