第32話 オーロラエッグ・スクランブル 2/5
〜極光卵アウガルバ登場〜
学生達は唖然として少女を見上げる。煌めくような金髪と人形のように整った顔立ち。年齢はかなり幼く、せいぜい中学生くらいにしか見えないが、その表情は妙に自信に満ちており、思春期というだけでは説明のつかないほどの傲慢さが滲み出ていた。
「聞こえなかったの?」
辰真達が返事をしないため、少女は再び流暢な日本語で喋りだす。
「もう一回言ってあげる。ここは今から私たちアトランティスの取材地域なの。だからいい子にしてて。Understand?」
「ア、アトランティスって、あのオカルト誌の?」
絵理の問いかけに、少女は得意げに答える。
「そうよ。世界の謎と不思議を掌握するのが我らの使命。たとえこんな極東のLocal Cityでもね」
「アトランティス所属の探索者……それにその容貌……」
誰よりも顔面を蒼白にしていた米さんが、ここで口を開いた。
「もしや貴女は、「アトランティスの姫」……ミス・トゥモローでは!?」
「あら、常識的な人がいて安心したわ」
少女はより一層得意げな顔をして言った。
「Exactly. いかにも、私の名前はイェルナ・トゥモロー。覚えておくといいわ」
ミス・トゥモロー……!
その言葉を聞いた瞬間、辰真の脳は電撃に撃たれたように思い出す。そうだ、初めて見た時から、どこかで見覚えのあるような気がしていた。夏休み中に辰真達が経験した、魔石絡みの一連の事件。そのそもそもの発端の一つが、米さんが持ってきた「アトランティス」の記事だった。そして、あの記事の中で、メギストロンについての情報を募集していた探検家の名前がイェルナ・トゥモローだった。あの後色々なことが起こりすぎて忘れていたが、確かに目の前の少女は、記事の写真と同一人物に見える。しかし、一体なぜこの子が揺木に?まさか……
「ミス・トゥモロー、本当に会えるとは……ならばやる事は一つ!」
突如として米さんが、右手をコートの中に突っ込みながらヘリに向かって走り出す。その様子を見た男達は音もなく動き、壁を作るように彼の前に立ちはだかる。
「米さん!?」
彼は壁の寸前で足を止め、コートの中から手帳を引っ張り出した。
「サインください」
「それで結局、何でわざわざ揺木なんかに来たんだ?」
「そうですよ。何かその、目的があるんですか?」
話が前に進まないので、軌道修正を試みる辰真達。
「目的?それに決まってるじゃない」
地面に降りて黒服達の先陣に立ち、サインを書いた手帳を米さんに返しながら、イェルナは月美の抱えている卵を指差す。
「もう分かってると思うけど、虹色の光は、それが産まれる前兆。その「虹の卵」、もといアウガルバのね」
「そう、アウガルバだよ。つい最近命名されたんだったな」
「ちなみに私が名付けたのよ。名前の由来は極光(Aurora)とHiranyagarbhaから拝借したわ」
「オーロラと……何だって?」
「ヒラニヤガルバ。インド最古の聖典「リグ・ヴェーダ」に出てくる宇宙を創った卵の名前よ。知らないの?」
「…………」
「とにかく、そのアウガルバはアトランティス編集部がずっと探していたitemなの。譲ってくれないかしら」
「は?今なんて?」
イェルナの言葉を聞いた絵理が、一歩前に踏み出す。
「アトランティスには世界の謎を解明する義務があるわ。あなた達にアウガルバの孵化を任せるのは不安だから、引き取ってあげるって言ってるの」
「あの、報道の自由って言葉知ってる?他社のスクープを横取りするのがアトランティスさんの流儀なのかしら」
「あなた達のためを思って言ってるのよ。もちろんタダとは言わないわ。そうね、全員にサインをあげるってのはどう?」
「ふざけないで!これは揺木日報__と揺木大学が最初に確保したネタよ。他の人には渡さない」
アトランティス軍団を前に、一歩も引かない態度を見せる絵理。
「面倒ねえ。local mediaの人間の手に負える代物じゃないのに……」
そうぼやきながらイェルナがちらりと後ろを見ると、それに反応して黒服達が姿勢を正す。まさか、彼らに命じて実力行使するつもりか__?
「手荒な真似は許さないから」
それでも絵理は臆さず、取材用のビデオカメラを高く掲げる。
「こっちにはカメラがある。それ以上近付いたら、一部始終を録画してネットに流すからね」
「そんな事しないわよ」
イェルナは、辟易したように額に手を当てる。
「まあでも、そろそろ渡してもらおうかしら__volunteerでね」
意味深に呟きながら、彼女は自分の額に手を伸ばしながらクスッと笑う。それを見た瞬間、辰真の背筋に悪寒が走った。何か分からないが、嫌な予感がする。そして直後に、その予感は斜め上の方向で現実化した。
突如として周囲に破裂音が響き渡り、同時に白い煙が人々の視界を覆っていく。
「What?」
「な、何ですか?」
辰真達のみならず、イェルナや黒服達も困惑し、一様に周囲を見回し始める。そんな中、辰真の背後から聞き覚えのある声がした。
「さあ今のうちに、校庭から脱出するんだ!」
米さんの声だ!つまりこれは、米澤流のトラップに違いない。瞬時にそれを理解した辰真達は、回れ右して全力疾走を開始する。
「Hey! 奴らを早く捕まえなさい!」
数秒後に事態を悟ったイェルナだったが、時すでに遅く、校庭から彼らの姿は消えていた。




