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第31話 揺木市防災訓練記録 〜SOS薄明山〜 2/5

 そして迎えた、防災訓練当日の朝。揺木消防署のグラウンドでは、訓練に参加する署員や市の職員達が整列していた。彼らの視線の先にあるのは、グラウンドの片隅に設置された災害対策本部。そして、その前に立つ一人の男。防災服を着て微動だにせず佇むのは、災害対策本部長にして揺木市の現市長、霧島龍臣その人である。整列者の最前列にいた特災消防隊の駒井隊長が、一歩前に踏み出して宣誓を行う。

「これより、第二十一回揺木市総合防災訓練を開始します。……敬礼っ!」

 隊長に続いて署員や職員達が一斉に敬礼を行うと、市長は無言で敬礼を返し、頷いた。

 それを合図に参加者は隊列を崩し、各々の持ち場へと散っていく。消防隊員達は訓練の準備や装備のメンテナンスに。ただし特災消防隊員はそちらに参加せず、無言で署内へと戻っていく。彼らがこれから直面する防災訓練は、他の隊とは一味違う。


 さて、特災消防隊の訓練について説明する前に、時を数分巻き戻したい。駒井司令が宣誓を始める少し前、最前列で直立していた高見は、市長とは全く別の方角へ視線を彷徨わせていた。彼が探しているのは、他でもない「アメリカから来たお偉いさん」だ。


 折角だから視察されるより先に顔を拝んでおきたいが、一体どこにいる?そう思いながら本部のテント内をくまなく探していた高見の視線が、ある一点でストップする。中央よりやや右側に設けられた来賓席。その最前列に、品の良いスーツを着た、見るからに外国風の老人が座っている。隣には城崎教授の姿も見えるし、あれが視察者のソルなんとか教授で間違いないだろう。高見は男に焦点を合わせる。座高の高さからも分かる長身。彫りの深い顔には幾つもの皺が刻まれ、山羊を思わせる白い顎髭を下に伸ばしている。一見すると穏やかな老紳士といった趣だが、何かが引っかかる。高見が更に観察しようとしたその時、紳士は彼の方に僅かに首を傾けた。


「!?」

 次の瞬間、高見の身体に冷気が走り、指一本動かせなくなる。老人と視線が合ったわけでもないのに、一体何が起きた?己の状態を理解できないまま、少しの間高見は硬直を続けていたが、一斉敬礼の際に時島に小突かれてようやく解除され、ワンテンポ遅れて敬礼することになった。


「どうしたの?」

「いや……」

 グラウンドを出てとある場所へ車で移動しようとしている老紳士を横目で観察しながら、高見も署内へと向かった。


 そして、遂に訓練本番。特災消防隊専用待機室では、隊長をはじめ高見・時島・宇沢・袋田の隊員5人が静かに出番を待っていた。彼らの間に流れる空気は、いつになく緊迫している。それも無理はない。今から行う訓練内容は、通報から出動、怪物退治までの一連の流れを再現するというものだが、訓練開始からの行動一つ一つをくまなく審査され、終了までのタイムを含めて厳しく採点される。通常の消防隊の操法大会でも採用されている手法だが、それを今回の特災消防隊の訓練に取り入れると知らされたのはつい数日前だ。上層部は明らかに海外からの視察を意識している。つまり、桁違いに厳しい訓練内容になっていてもおかしくない。


 全員が一言も発さぬまま、時は刻一刻と過ぎていく。そして遂に、部屋の隅に備え付けの外線電話が鳴り響き、訓練開始の合図を告げた。

「!!」

 電話の近くにいた高見が飛びつくようにして受話器を取る。

「もしもし」

「火事ですか?救急ですか?」

「怪獣ですっ!」

「場所は?」

「薄明山付近、梢ヶ原です!亀のようなシルエットを持った巨大な怪獣です!子供が一人取り残されてますっ!」

「了解」


 高見は電話を切ると、周囲を見回した。通報内容は既に全員の耳に入っている。間髪入れず、駒井隊長が大声で告げる。

「特災消防隊、ムベンベに乗って薄明山へ出動せよ!」

「「「了解!」」」

 返事と共に隊員達は一斉に動き出す。隊長をはじめとする消防士組は1分以内に準備を整えるため出動口に駆け込み、袋田は装備確認のため一足先に駐車場に。


 彼らが準備をしている間に今の流れについて解説しておくと、今回の訓練は電話を取った瞬間から開始となる。揺木市のどこかに怪獣が現れたという想定だが、具体的な場所と状況はこの時まで明かされない。隊長は、明かされた情報を元に車両の選定を行い、現場への出動指示を出す。出動準備の迅速さと、どれだけ早く現着できるかも評価対象だ。今回の場合は要救助者がいるため、梯子車を改造したムベンベを選択。梢ヶ原も訓練地候補としては想定済みのため、比較的スムースに出動を行うことができた。


 揺木市各所で、「本日、特災消防隊の防災訓練が実施されています」という内容の自動放送が流れ始める。程なく揺木消防署一階の駐車場から、オレンジのベースカラーに白字の消防車両が街道に飛び出していった。特災消防隊第2号車両のムベンベだ。機関員の宇沢のハンドル捌きにより、ムベンベはサイレンを響かせながら軽快に揺木の街を走り抜け、薄明山へと北上を開始した。



 一方その頃、特災消防隊の目的地である梢ヶ原では、訓練の主催者側が先回りし、会場の準備を行なっていた。災害対策本部と同等のテントを着々と設営する市の職員達。彼らの動きがいつになく機敏なのは、もちろん今回の見物者の影響だ。来賓のドクター・ソルニアスと彼の護衛である黒服の男達、更には霧島市長まで同席することになってしまった。ドクターを東京から連れてきた城崎教授もいるし、彼の教え子達の姿も見える。……そう、辰真と月美も会場の準備に駆り出されていた。


「まったく、何で俺たちまで手伝わなきゃいけないんだ……」

 手元の機械のスイッチを入れながら、辰真がボヤく。彼が起動させた送風機のファンが回転を始め、同時に地面に寝かされていたポリエステルの生地が少しずつ膨張を始める。辰真が作っているのは、市が所有する大型のエアーハウス。主な職場はイベント会場で、中にゴムボールを入れて子供達を楽しませるのがメイン業務なのだが、今回は防災訓練の怪獣役に急遽抜擢された。


「まあまあ、折角の訓練なんだしいいじゃないですか。あ、人形はOKですよ」

 完成したエアーハウス(ログハウスのような形をしている)の裏から、月美が出てくる。彼女が言っている人形とは、ハウスの屋根に固定されている救助用の人形のことだ。訓練では、怪獣を倒す前にこの人形を救出する必要があり、もちろん早いほど加点される。


「よし、完成だ」

「これでいつ来ても大丈夫ですね!」

「君達、ちょっといいかな?」

 不意に後ろから呼びかけられ、辰真達は振り返る。そこにいたのは、品の良さそうな老紳士の姿だった。初対面だが、当然二人も先生から情報は得ている。この人物こそ、ARAから来た異次元犯罪学の権威、ドクター・ソルニアス・トゥモロー。


「君達がドクター・ジュンイチの教え子、ミズ・ツキミとミスター・タツマだね?」

 流暢な日本語、かつ落ち着いたトーンでドクターが問いかける。

「はい!ドクター・トゥモロー、お初にお目にかかります!」

「よ、よろしくお願いいたします」

「そう緊張しないでくれ。どうかね、研究の方は?ユラギはカイジュウが多く出現すると聞いているが」

「そうなんですよ、毎週のように怪獣が出て来るから、レポートが追いつかなくて。毎日が充実してます!森島くんも、そうですよね?」

「まあ、レポートが間に合ってないのはその通りだな」

「わたし、前から異次元生物に興味があったんです。だから、揺木大学に先生が来てくれて良かったと思ってます!」


「そうかそうか、日本のアベランティクス(異次元科学)の未来は明るいな!……ところで」

 月美達の答えを笑顔で聞いていたドクターが、急に話題を変える。

「これは偶然小耳に挟んだ話なんだが、君達がこの付近で、異次元に関する未知の鉱物か何かを発見したというのは本当かい?」

「え……?」

 思いもよらなかった質問に、二人は動揺する。特に月美の困惑は大きい。無理もない、例の事件に関する話題は、無用なトラブルの再発を避けるため、研究室内でも意図的に避けられていたのだから。顔色が青ざめはじめた月美に代わり、辰真がドクターに問いかける。

「それは、城崎教授から聞いた情報ですか?」

「いや、ジュンイチは何も言っていないよ。偶然ARAの情報網に入ってきただけさ。それで、本当なのかな?」

「…………」

 辰真は無言でドクターと対峙する。相変わらずにこやかな笑顔を維持しているが、その表情の下で何を考えているのか、まるで読み取れない。……良く見ると、ドクターの額のあたりに包帯が巻いてあることに気付く。怪我でもしてるのだろうか。いや、今はそれどころではない。とりあえず何とかしてこの場を切り抜けなければ……


 その時だった。

「探しましたよ、ドクター」

 彼らの間に割り込むようにして、我らが城崎教授が現れた。

「そろそろ特災消防隊が到着します。来賓席へどうぞ」

「分かった。では君達、また会おう」

 最後まで笑みをたたえたまま、ドクター・ソルニアスは辰真達から離れていく。


 不安だ。ドクターを席まで案内しながら、城崎教授は心の中で溜め息をついた。朝からドクターをエスコートしているが、やはりこの人物は油断ならない。確かに性格は予想以上にフレンドリーで気取った所はなく、異次元関係の話題も豊富と、かなりまともな人物と言う印象を受ける。だが、少しでも目を離すとすぐに単独行動で動き始めるという悪癖があり、異中研でも散々振り回された。しかも不思議なことに、異中研がARAに流していない情報や研究がある部屋にばかり興味を示し、権限をチラつかせて内部に入ろうとするのである。まるで、異中研が情報を隠していることなど全て把握していると言わんばかりに。特に、「滅魏洲翔の書」を解読中の研究室に押し入られそうになった時は冷や汗をかいた。


 揺木市に来てから暫くの間は大人しかったが、梢ヶ原に着いた途端に姿を消し、見つけたと思ったら教え子達に曰く付きの質問を放っている。異様に勘がいいのか、それとも例の事件について既に何らかの手段で情報を入手しているのだろうか。分からないことばかりだが、とにかくドクターが一筋縄ではいかない人物なのは間違いない。……分からないと言えば、ドクターが訓練場所として、いくつかの候補の中から梢ヶ原を選んだのは偶然なのだろうか。確かにここは薄明山の近くで、魔境にかなり近い場所ではあるが……いや、流石に考えすぎか__

 城崎教授がぐるぐると思考を巡らせていると、やがて遠くからサイレンの音が聞こえてきた。特災消防隊の現着だ。


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