第三話 街角の迷宮 後編
第三話 「街角の迷宮」 ~迷宮怪獣ラビュラ登場~ 後編
辰真と月美が調査を開始してから既に十分以上経過していたが、結果的に二人は最初の場所から動いてはいなかった。そう、地形や建物の特徴から、辰真と月美が立っていたのは住宅街の一本目の路地であることは疑いがなかった。そして、地図に従って進めばここに戻ってくるわけがないことも同様に疑いはない。
「これってもしかしなくても……」
「ああ。危険区域に入ってた、という訳だ」
「待って下さい、先生のマニュアルに従ってもう一回確認しましょう!まず電波は?」
辰真が携帯電話を再度確認する。液晶にはアンテナの代わりに圏外の文字が表示されていた。
「方位磁針は……駄目ですねこりゃ」
月美が取り出した方位磁針は、中の針がぐるぐると回転し続けていた。元々アベラントエリア内では地磁気が乱れやすく、方位磁針のような地磁気測定器具は正常な動作をあまり期待できないのだが、今回は全く使い物にならない。
「最後に周囲を確認ですが……霧なんて見えます?」
二人で辺りを見回すが、霧の痕跡は確認できない。空は一面に青色の絵の具を薄く引き伸ばしたような色合いで、西の空に太陽が白く輝いている。そもそもアベラントエリアには、周囲に発生する霧の外部から見ると内側が霞んでよく見えないが、内部から外を見ても普通の景色に見えるというマジックミラーのような特性がある。これは上方向でも同じであるため、霧にすっぽり覆われているのに内部には普通に太陽光が届いているような現象が普通に起こる。霧のごく近くでもない限り、内側から霧を視認することは困難である。
「稲川、アベラントエリアで発生する霧の濃さって決まってるのか?」
「霧ですかー?えーと、先生の話じゃ、内部が見えないほど濃い場合もあればかなり薄い場合もあるみたいですよ。でも何でです?」
「いや、さっき歩いている途中に、妙に視界が悪い場所があったような気がしたんだよ。気のせいだと思ってスルーしたんだが」
「そうだったんですか。じゃ、やっぱり気付かないうちにアベラントエリアに入ってたんですね。早速さっき貰ったアレを試してみましょうよ」
「最初の位置からほとんど動いていないのにか?」
「確かに……それにしても妙に霧が薄いですよね。何で__」
その時、路地の進行方向から巨大な音が響いてきて二人の会話を遮った。その音はサイレンのように甲高く、船の汽笛のように重苦しかったが、何かの動物の鳴き声であることは間違いなかった。続いて、こちらに近づいて来る足音。辰真と月美は顔を見合わせると、路地の中央あたりに立つ電信柱に走り寄って身を隠した。柱の影から路地の終点である十字路の様子を窺う。角を曲がって交差点に入って来たのは、果たして巨大生物であった。四足歩行で、体高は2m、全長は5mほどと怪獣と呼ぶには少し物足りない大きさ。頭部には捻れた二本の角が生え、それもあってヤギを思わせる顔立ち。しかし最大の特徴は、白っぽい全身に黒で描かれた複雑な縞模様だった。不思議な事に、その模様は迷路にそっくりである。この時点で二人はほぼ確信を持っていた。これはラビュラだ。
「…………」
電信柱の影で二人は息を潜める。今までの事件での行動を反省したのか、月美も無闇に動く様子はない。そんな中、ラビュラ(と思われる生物)は十字路の中央に到達すると、天に向かって再び鳴き声を上げた。すると、その声に反響するかのように周囲の空気が震え始める。ゾグラスの重力波のことを思い出し、辰真と月美は思わず身を竦める。しかし現実は二人の想像を超えていた。ラビュラを中心にした十字の中央部分の空間だけが歪み始めたのだ。分かりやすく言うと、十字路だけがラビュラを中心にゆっくりと回転し始めた、ように見えた。二人が呆然として見ていると、交差点は何回か回転した後停止し、周囲の空間と再度接続した。ラビュラは鳴き声を止めると動きだし、辰真達から見て左側の路地に消えた。
十字路の様子は以前と変わらず、二人が見た空間の歪みは幻覚だったかのようだ。しかし辰真としては、もう交差点に近づく気は起きなかった。……だが残念な事に、隣にいる相方の考えは違った。
「さあ、追いかけましょう!」
目を輝かせる月美。
「いや本気か?間違いなく迷子になるぞ」
「あの子を追いかけていけば無事に行けるかもしれませんよ」
「あいつに見つかったらそれはそれでヤバいだろ」
「大丈夫ですって、見つかりませんよ。今回は二人で行きますから!」
根拠のよく分からない月美の自信に押され、結局彼等はラビュラの後を追うことになった。交差点を左に曲がる。空間が歪められているとすれば、本来とは全く別の通路に出ることになる。だが月美の説が正しければラビュラの背中が見えるはずだ。二人の視界が左に90度傾き、新たな景色が現れる。そこには確かにラビュラが確認できた。ただし彼らの予想とは違い、顔をこちらに向けていた。
「待った!」
辰真が後ろから走ってきた月美を腕で制止する。ラビュラにとって路地は狭く、この短時間で方向転換をする余裕はないだろう。とすると、二人はラビュラの進行方向の交差点から飛び出してきたことになる。幸い怪獣までは少し距離があり、こちらには気付いていないようだ。だが……
「あっ」
辰真の腕に当たってよろめいた月美が、道端に放置されていた空き缶を思いっきり蹴り飛ばしてしまった。空き缶はカランカランと音をたてながらラビュラの方に転がっていく。ラビュラが空き缶の、そして辰真達の方に顔を向けた。
「…………」
二人は硬直し、怪獣も動かない。静止した空間の中唯一空き缶だけは転がり続け、ラビュラの四肢の下を通り抜けて行った。ラビュラは空き缶に興味を惹かれたかのように後方を振り返ると、ゆっくりと方向転換し、反対側へと歩き去った。
「…………」
ラビュラが去った後も二人はしばらく固まっていたが、やがて後ろから二人を追い越すように霧の壁が出現し、ラビュラの方向へ移動していったのをきっかけに再び動きを取り戻した。
「ふう、一時はどうなることかと思いましたね」
伸びをしながら言う月美は、既にいつも通りの調子だ。
「とりあえずエリアから出たみたいだな。どうする?一旦戻るか?」
「いえ、今こそ公園に向かうチャンスです!」
「本当に無事に行けるのかね……」
学生達は足を速めて公園に向かう。幸い怪獣はどこか離れた場所に移動したらしく、最初の路地に戻ってくることはなかった。だが、間もなく二人の足は再び止められることとなった。
「ストップ!」
今度は月美が辰真を制止すると、路地の片隅を指さした。そこはブロック塀が丁度途切れている場所で、狭い窪みができていたが、よく見るとその窪みの間に丸っこい物体が挟まっていた。もっと近づくと、その物体には手足があり、服を着ているのが分かった。更に詳しく言えば、それは背を道路側に向けてしゃがみ込んだ人間の女児だった。年齢は小学校の低学年くらい。鈴型のキーホルダーが付いた赤い鞄を背負っている。
「あんな所で何やってるんですかね?」
月美が小声で辰真に尋ねる。
「さあな。あまり他人のことを気にしている時間はないんじゃないか」
「それはそうですけど、私たちみたいに今までアベラントエリアにいて、道に迷ってたのかもしれませんよ」
「まあ、確かに」
辰真は味原警部補が行方不明の少女を探していたことを思い出した。彼としてはこれ以上厄介事を抱え込みたくなかったが、流石に放っておくわけにはいかない。月美が先に少女に近づき声をかける。
「こんにちは!ねえ、こんな所でどうしたんですか?道に迷っちゃった?」
「きゃあぁぁぁっ!」
少女は悲鳴を上げて跳びあがり逃げ出そうとしたが、足がもつれて倒れてしまった。脚が気の毒なほど震えているためか、その後も立ち上がろうとしては倒れての繰り返しだ。
「大丈夫、もう怖くないですから」
「嫌ああぁぁぁっ!」
少女は再びその場にうずくまり顔を隠す。辰真は早くも少女に関わったことを後悔し始めたが、月美が辛抱強くなだめていると、少しずつ会話ができる状態に回復してきた。
「名前は何て言うの?」
「……ユカリ」
ユカリはこの近所に住んでおり、お使いの帰りに道に迷ってしまったらしい。
「じゃあ、お家に帰りましょう?」
「やだっ!また羊のお化けが着いてくるよ、こわい……」
「羊のお化け……?」
辰真と月美は顔を見合わせる。
「羊のお化けを見たんですか?」
「うん……」
詳しく話を聞くと、ユカリは道に迷って長時間歩きまわる途中、何度も巨大な羊のような生き物に出会ったそうだ。その生き物はユカリに襲いかかりこそしなかったが、何度逃げても別の方角から突然現れ、後を着けてくるとしか思えなかったらしい。とうとう逃げ疲れ、仕方なく隠れるつもりでしゃがんでいた所に二人が通りかかったということのようだった。
「羊のお化けって……」
「間違いなくラビュラの事だろうな」
「もう大丈夫ですから、お家に帰らないと」
「イヤ!」
「そう言わないで、お姉さん達が着いて行ってあげますよ」
「やだっ!絶対またあいつに追っかけられるっ!」
「それなら平気です。羊のお化けは遠くに行っちゃいましたから」
「どうして分かるの?」
「それは、そうですね……何を隠そう、私たちは揺木市の不思議な事件を捜査するスペシャリスト!警察にも協力してるんですよ!」
「そ、そうなの?」
嘘は吐いてないとはいえ、部外者にはまず信じてもらえなさそうな話だったのだが、意外にも少女の食いつきは良かった。
「そうです。ほら、これが証拠」
得意げに身分証を提示する月美。揺木大学の学生なら全員持っている学生証だが、ユカリには特別な物に見えたらしく、目を輝かせ始めた。
「じゃあひょっとして、お姉さんたちが影ながら地球の平和を守ってる秘密防衛隊なの?」
「そうそう、そういう事!」
「すごい、本当にいたんだ!お兄さんもなんでしょ?」
「え?……あ、ああ。そうなんだよ。秘密だけどな」
少女の笑顔の眩しさに抗えず、仕方なく辰真も調子を合わせる。ユカリは辰真達の職業について何か誤解をしているように思えてならないが、今は彼女を安全な所へ移動させるのが先決だ。
「分かった?じゃ、一緒に行きましょう!」
「うん……でも……」
それでも何故かユカリは立ち上がろうとしない。
「どうしたの?」
「あたしなんかが一緒に行ったら、足手まといになるんじゃ……」
また話が面倒になりそうだったので、月美はいきなり少女に敬礼するとこう言った。
「ユカリ隊員!今からあなたを臨時隊員に任命します。あなたの任務は私たちに着いてくること。分かった?」
「は、はいっ!」
ユカリは反射的に立ち上がり、敬礼を返した。
辰真、月美、ユカリの三人の隊員は、住宅街を公園に向かって進んでいた。ユカリの家は公園と同じ方角にあるらしい。先頭に立ち地図を広げるのは辰真だ。
「ユカリ隊員の将来の夢って何?」
「もちろん秘密防衛隊!極秘で任務を受けてね、災害から皆を救助したり、侵略者から地球を守るの!」
「頼もしい後輩ができて嬉しいですよ」
後方から流れてくる他愛もない会話を聞き流しながら辰真は思案していた。エリアから出ている今のうちに先生に連絡したほうがいい。ユカリを保護した事を味原警部補にも伝えるべきだろう。地図を広げたまま片手で携帯電話を取り出し、城崎先生の番号に発信する。聞き慣れたコール音が辰真の耳に入って……こない。
「ん?」
彼が携帯電話の画面を見ると、再度圏外の文字が浮かび上がっていた。ため息をつくと、立ち止まって振り返り、二人に画面を見せる。
「あー、これは……」
「え?どうしたの?」
「ユカリ隊員、これからまた危険なことが起きるかもしれないけど、落ち着いて行動してくださいね」
「……!」
三人は再び先に進み始めた。もう会話はなく、ユカリのキーホルダーが揺れてチリンチリンと鳴る音だけが周囲に響く。路地の角まで辿り着く前に、微かに鳴き声が聞こえた。三人全員に聞き覚えのある声だった。そして、何かが近づいて来るような足音。
「ひ……」
その声を聞くだけでユカリは青ざめ、体が震え始めている。辰真は二人に壁際で待っているように指示すると、近くの自動販売機の横に転がっていた空き缶を拾い上げた。その間も鳴き声と足音はボリュームを上げ続け、数分もしないうちに巨大な影が路地の向こうに姿を現した。怪物はT字路から首を出してこちらの様子を窺う。三人は壁に張り付き息を潜める。
「うう……」
再びラビュラを目の当たりにしたユカリはすっかり怯え、体の震えは止まらない。無理もないが、ここでパニックを起こされたら大変だ。
「ユカリ隊員。臨時隊員なら、いつでも冷静さを失っては駄目です」
月美の小声の励ましに、少女は無言でうなずいた。体に精一杯力を入れ、震えを押しとどめる。その横で辰真は、こちらも体を震わせながら、ラビュラの方に空き缶を素早く放り投げた。空き缶は音を立てて転がり、カーブしながらラビュラの足元を通り抜けて路地を右折していった。ラビュラもその方向に首を向ける。狙い通りだ。ラビュラが方向転換して去った後、ユカリはその場に座り込む。
「ユカリ隊員、よく我慢できたましたね。偉い!」
「うん!こわかったけど我慢したよ。だって防衛隊員だもん!」
辰真は喜ぶ二人を無言で眺めていた。その視線はユカリの、正確にはユカリの鞄の辺りに向けられている。
「森島隊員、どうしたんです?」
「いや、少し思いついたことがある。ユカリ……隊員、ちょっとそのキーホルダー貸してくれないか?」
五分後、三人は無事に霧を抜け、公園に到達した。驚いたことに、城崎先生が先回りして待っていた。辰真達より三十分以上遅れて出発したが、特に道に迷うこともなく公園に辿り着いたらしい。三人がラビュラと接触したという話を聞くと、あからさまに残念そうな表情を見せた。
「……なるほど。君たちの仮説が正しいとすれば、それは有効な手だ。早速手配しよう。念のため、遠くからでもここが分かるように目印を準備しておいてくれ。さっき渡したあれだ」
「分かりました」
辰真の報告を受けた先生は、すぐにどこかへ連絡を始めた。入れ替わりに月美がやってくる。
「味原さんへの連絡終わりましたよ。やっぱりユカリちゃんが行方不明の子で間違いないみたいです。すぐこっちに着くそうですよ」
「道に迷わなければいいけどな」
「ですねー。それで、先生は何て?」
「目印を準備してくれってさ」
「遂にこれの出番ですね!一度やってみたかったんですよ」
月美は背負っていたバッグからスティックのりほどの大きさの筒を取り出す。アベラントエリア内ではあらゆる通信機器の使用が不可能になるが、それでも外部との連絡手段は存在する。その一つで、城崎先生が昔から愛用しているのがこの発煙筒である。月美が公園の中心に立てると、ライターで着火しすぐに離れる。間もなく筒の先端から赤い煙が続々と沸きだし、天高く昇っていく。
「おお、やってるね」
電話を終えた先生が戻ってくる。
「アベラントエリアの中では最新の電子機器は軒並み使用不可能になってしまう。だがこういう原始的な通信手段は通じる。だから僕はエリア内に入る時は常に発煙筒を持ち歩いているのさ」
城崎先生がスーツの内ポケットから同型の発煙筒を出して見せる。
「あ、そこに入れてるんですか。でも、信頼性が逆転するのは不思議ですよね」
「ああ、アベラントエリア内では常識は通用しないんだ」
先生はしばらく煙を眺めた後、公園の角に向かった。そこにはユカリがいて、植木が密生している辺りを遠巻きに見つめていた。彼女の視線の先には、高さ5mほどの裂け目があった。つまり、空間にヒビが入っていた。ヒビの内側は黒と虹色の空間で満たされ、先を見通すことができない。
「あ、隊長!」
隊長とは城崎のことだ。
「これって……?」
「これこそが異次元への扉だよ。怪獣みたいな大きな生き物が、どうして普段は人間に発見されないのか不思議に思ったことはないかい?多くの場合、こういう空間の裂け目を通って異次元から迷い込んでくるようなんだ。あまり近寄ると危険だから、そのくらいの距離にいるんだよ」
「はい!」
「……あの境界面、こっちに溢れだして来たりしませんよね?」
「いや、ああいう裂け目タイプなら問題ないだろう。この前の屋敷のようなパターンはかなり稀なケースだ」
そんな話をしているうち、上空からくぐもった音が聞こえてきた。やがて上空に黒い点が現れ、音と共に形がどんどん大きくなってヘリコプターの形をとった。先生が煙のそばで腕を振る。ヘリはローター音を轟かせながら高度10mほどでホバリングすると、公園に大きな袋を落として飛び去った。
「届いたようだね」
辰真と月美が駆け寄って袋を開ける。袋の中には、神社の賽銭箱の上に見られるような巨大な鈴が大量に入っていた。
「先生、これは!」
「ああ。君たちの仮説に従って、金属音が鳴るもので出来るだけうるさく、かつ不快じゃないものを手配したんだ。まさかこんなに来るとは思わなかったが」
ラビュラが空き缶の音に反応した事や、キーホルダーを鳴らしながら歩いていたユカリがラビュラに付きまとわれ、動きを止めると遠ざかった事などから、辰真達はラビュラが金属性の音に反応するのではないかという仮説を立てた。現に彼らは、ユカリのキーホルダーを取り外して歩いただけで霧から解放され、公園に辿り着けていた。
「これであの子を誘き寄せることができますね!」
「そうとも。この裂け目が開いているうちに、元いた世界に帰ってもらうのが一番だ。じゃあ準備を始めよう」
城崎先生の指示で、ヒビの近くの植木の枝に鈴なりの鈴を吊るす。合図を受けて辰真がゆっくりと紐を引っ張る。鈴がガラガラジャラジャラと派手な音を立てる。その騒がしくも優しい音色は瞬く間に公園中に広がり、周囲の住宅街に染み込んでいった。程なくして公園を薄い霧が包み込み、お馴染みとなった透明な鳴き声が聞こえた。ラビュラは音の鳴る方へ真っ直ぐ近づいて来る。
「いいぞ、後少しだ」
植え込みの影に隠れた辰真の隣で先生が興奮気味に呟く。その横ではユカリが息を飲んで様子を見守り、更に向こうでは月美がカメラを構えていた。そんな四人の様子に気づくこともなく、ラビュラは空間の裂け目の前まで来た。辰真が紐を引くのを止め、公園はいきなり静寂を取り戻す。怪獣は不安げに周囲を見回すと、もう一度寂しげな鳴き声を上げた。するとヒビの向こう側から、別の鳴き声が微かに聞こえてきた。ラビュラのものにも鈴の音にもよく似ている声だった。それを聞くなり、ラビュラは急に元気を取り戻したかのように吼えると、ヒビの中へ頭を向けた。
「よし!」
今や城崎は立ち上がってビデオ撮影を開始し、月美もシャッターを連打していた。辰真はユカリの肩に手を置きつつ、二人が怪獣に近づかないよう注意を払っていた。その間もラビュラは裂け目の中を進み、その胴体はヒビの中へ入って見えなくなった。そして尻尾の先が消えた直後、裂けた空間はゆっくりと閉じていき異次元への扉は消滅した。空を覆っていた薄い霧は消え去り、公園にオレンジ色の夕陽が差しこむ。
「体格から考えるに、あのラビュラは幼体だったんだろう」
先生が独り言のように話し始める。
「あちこち動き回っていたのも、見知らぬ土地に怯えていたからだろう。君たちも随分道に迷わされただろうけど、ラビュラの方も迷子になっていたということだね」
「霧がいつもより薄かったのも、あの子の作るアベラントエリアが大人のより弱かったからなんでしょうか?」
「かもしれないね。そして子ラビュラが金属性の音に反応していたのは、大人ラビュラの鳴き声に近いものだったからという説明が可能だ。裂け目の反対側から聞こえた鳴き声は、成体の鳴き声でまず間違いない。本当によく気付いてくれた」
「いえいえ、気付いたのは私たちの功績じゃありませんよ」
「そう、ユカリ隊員のお陰です」
「えっ?」
「そうだったね。ユカリ隊員、君は事件解決のためによく頑張ってくれた。将来一緒に働けるのを楽しみにしているよ」
「は、はいっ!」
ユカリは顔を赤らめ、でも誇らしげに敬礼をした。
「じゃあ、私たちも帰りましょうか」
月美が公園の入り口を指さす。そこには味原警部補と、ユカリの母親らしき女性の姿が見えた。
「うん!」
ユカリは元気よく二人の方へ駆けて行った。
こうして、行方不明事件は無事解決した。その後東部住宅街周辺では、鞄に金属製のキーホルダーを着けるのが小学生の間で大流行し、登下校中は大層賑やかな音が鳴り響くようになったが、残念ながら怪獣は一向に現れなかった。




