第28話 恐怖の蜂鮫大襲撃 2/4
辰真達YRKメンバーは、振潮岬の岩場の上を必死の形相で走り抜けていた。一匹とはいえ、空飛ぶ人食いザメの追跡を受けているのだから無理はない。足場は悪く、運悪く転べば海へと転落する危険もあるが、町へ戻れる唯一の道なのだから仕方がない。
サメの現在位置を確認する余裕もなく、全力でダッシュする一行の眼前に、例の吊り橋が迫ってきた。足場は狭く不安定だが、崩壊するほど脆弱ではない筈だ。彼らは一列に並び、速度を落としながら、それでもなるべく早歩きで吊り橋を渡り始める。
十数秒後。先頭に立っていた辰真、次いで月美、メリアが反対側の岸へと到着した。残るはマークと最後尾の玲のみ。特に玲は進行が遅いが、それでも橋の中央点を過ぎ、終点へと着実に近づいている。彼らの進行を3人が足を止めて見守る中、不意に吊り橋に大きな衝撃が走る。橋の下側から迫っていた黄色い影が、真下から橋の中央部分に体当たりしたのだ。一瞬だけ空中に静止し、すぐに崖下へと戻っていく飛行ザメ。だが、辰真達はサメの詳細をはっきりと目に焼き付けていた。その体色は黄色味がかっていたが、黒い縦縞模様が何本も入っている。背中の透明な羽根はよく見ると昆虫のものとそっくりで、更に尾ビレの先端は斜め下を向いて尖り、まるで針のようだった。総合すると、サメにハチの要素が混ざった怪物。それが飛行ザメの正体だったのである。
ともあれ、今は2人の安全確保が先決だ。幸い吊り橋に損傷は無いが、揺れが激しく、渡るどころではない。2人ともハンガーロープにしがみつき、足が止まった状態だ。特に玲は腰が抜けてしまったのか、その場に座り込んでしまっている。マークの方は辛うじて立ってはいるが、出口側とも玲とも数mの距離があるという、なんとも中途半端な位置にいる。安全な場所にいる辰真達が手助けするしかない。しかしどうやって__?
「森島くん、森島くん!」
辰真が行動を決めかねていると、月美が後ろから肩をつついてきた。
「あれ持ってますか?登山用ロープ!」
「ロープ?そんな物持ってるわけ……持ってるな」
お忘れの読者もいるかもしれないが、辰真と月美は城崎研究室所属のフィールドワーカーだ。調査に行く時はロープをはじめとしたアウトドア用品は常備しているし、今回の波崎合宿でも、自然地帯に行くとなるとつい癖で調査用品を持ってきてしまっていた。辰真がリュックサックからロープを引っ張り出すと、月美も同様にロープを取り出す。
「二本あれば、玲のところまで届くはずです!」
月美は慣れた手つきで二本の登山用ロープを結び始める。
「よし、それで行くか。メリアは橋を見張って、サメが来たらマナでバリアを張ってくれ」
「ヒキ ノー(了解)!」
ロープを連結した後、更に月美は両端にそれぞれ輪っかを作っていた。その輪の片方を、吊り橋を支える大きな杭の一つに引っ掛ける。そして3人でロープをしっかりと握り、最後に辰真がもう片方の輪を投げ縄のように振り回し、マークに向かって投擲した。
「マーク!」
「おう!」
マークはキャッチしたロープを胴にしっかり巻きつけると、ゆっくりと吊り橋を後退し、玲に向かって手を伸ばす。意を決して立ち上がろうとする玲。だがその時、斜めになった彼女のリュックサックから、丸い物体が転げ落ちた。その橙色の物体は、言うまでもなくミカンなのだが、吊り橋の中央部に向けて橋桁の上を転がっていく。その数秒後、再び橋全体が大きく揺れる。蜂ザメが橋に突進してきたのだ。
「!!」
橋の上の2人が凍りつき、同時に彼らを包み込むように半透明の球体が形成される。メリアがマナで障壁を張ったのだ。しかし、蜂ザメの攻撃はマーク達に向いてはいなかった。その大顎は橋の中央辺り、ちょうどミカンが転がっていた付近を挟み込み、数枚の橋桁を丸ごと食いちぎった。体の中央に穴を開けられ、吊り橋がその身を跳ね上げる。メインケーブルは無事とはいえ、橋の耐久性は確実に落ちてきているし、こんな状況では2人が脱出できそうにない。どうにかサメの注意を逸らさなければ__
「森島くん、どうしましょう!?」
「……」
辰真は登山ロープを握ったまま必死に思案する。あの蜂ザメの注意を、どうにかして2人から引き離さないと……いや、考えてみれば、あのサメは別に2人を狙っている様子はない。どうしてわざわざ橋の中央に噛み付いた?考えられる可能性としては__まさか。
「代表!!」
辰真は声を張り上げた。
「ミカンだ、そいつはミカンを狙ってる!荷物を捨てるんだ!」
「わ、分かったわ……」
玲は震える手でリュックに手を伸ばし、小波が詰まったビニール袋を取り出すと、背後に放り投げる。袋は橋桁を滑り落ち、サメに食い破られた穴から落下する直前で板のひび割れに引っかかり、宙吊り状態となった。その拍子に、袋の端から零れ落ちたミカンが谷底へと落下する。すると、高度を下げていた蜂ザメは猛烈な勢いでそれに食らいつきにいく。
「行くぞ!」
その機を逃さず、辰真達3人は綱引きの要領で登山ロープを全力で牽引し、マークと玲をどうにか地表へと引き上げることに成功した。
「死ぬかと思ったぜ……」
「助かったわ、ありがとう」
安堵する一行だが、脅威は去ったわけではないどころか、未だ至近距離にいた。響き渡る激突音が、緊迫した空気へと辰真達を連れ戻す。
再度上昇した蜂ザメは、宙吊りのミカン袋を丸呑みし、そのまま吊り橋へと突っ込んだ。ただでさえオンボロなのに、これでは崩壊してもおかしくない。身構える一行だったが、事態は意外な方向へと進む。サメの胴体が自ら食い破った穴に嵌り、吊り橋から抜け出せなくなったのである。
辰真達が固唾を呑んで見守る中、蜂ザメはもがき続けるが、ロープが絡まるばかりで一向に脱出できそうにない。だが、その質量はオンボロ橋に負担をかけるには充分だった。今やメインケーブルは橋の中央、つまり斜め下方向に引っ張られ、それに伴って両岸の杭も内側に傾き始めている。これではサメが脱出するより吊り橋が崩落する方が早いかもしれない。
「い、今のうちに逃げた方がいいんじゃない?」
「アエ!走るですヨ」
玲とメリアが提案するが、辰真は別の案を考えていた。
「正直言ってこの橋、もう長くないよな」
「森島くん、それって……」
「マーク!そっちの杭の後ろに立ってくれ。同時に倒すぞ」
「そういう事か。一度やってみたいと思ってたぜ」
辰真とマークはそれぞれ木の杭の背後に立つ。
「せーの!」
そして、同時に杭に蹴りを入れた。崖側にかなり傾いていた杭は、その衝撃でとうとう完全に倒れ、地面からすっぽ抜ける。その結果、当然予測される通りではあるが、橋の片側が完全に崩落した。支えを失ったメインケーブルと橋桁が、蜂ザメを道連れに下方へとスイングし、もう片方の崖に激突。その衝撃で破壊された橋桁と共に、ピクリとも動かなくなった蜂ザメは海面へと落下していった。
サメが浮き上がって来ないのを確認し、辰真達はようやく胸を撫で下ろす。
「ふう、助かったか」
「吊り橋、壊れちゃいましたね……」
「……まあ仕方ないわ。この橋、建て替えの計画は前からあったもの。サメが壊したって事にして報告しましょう」
「それより、他の鮫達はどうすんだよ。もう港に着いてるかもしれないぞ」
そうだった。蜂ザメ一匹に手こずっていたため忘れていたが、波崎港には今頃大量のサメ軍団が押し寄せている筈なのだ。特に海水浴場のあたりは大パニックになっていてもおかしくない。
「でもあんな大群、俺達が行った所でどうしようも__」
「アオレ(いいえ)。タツマはさっき見つけたですヨ。マノーのウィークポイント」
「ウィークポイント……そうだ、ミカンですよ!」
「確かに小波に反応してるようだったけど、どうしてサメがミカンを食べるの?」
「だよな。漁船の時みたいに魚や血に反応するならともかく、何でミカンに執着したんだ?」
考え込む一行の中で、最初に閃いたのはマークだった。
「待てよ。そう言えば、スズメバチの警戒フェロモンは柑橘系の香りと似てるって聞いたことがある。だからシトラス系の香水を付けてるとハチに襲われやすいとか。あいつら、外見だけじゃなくて性質も蜂が交じってるんじゃないか?」
「成る程な。流石マークだ」
「その情報を波崎の人達に伝えましょう。今からでも遅くはない筈よ」
「じゃあ、米さんには先に情報送っておきますね!」
こうして蜂ザメの弱点を把握した辰真達は、町に向かって岩場の上を走り出した。




