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湯船に浸かりながら

 カミラに案内された部屋は、間取りが広く、金や銀を使った高級な調度品が並べられていた。部屋には生けたばかりの大輪の薔薇の花が飾られており、装飾を凝らした天蓋のレースに、マリアは圧倒された。

 一目でこの屋敷の上位に入ると思われる部屋を前に、マリアは恐る恐るカミラに尋ねた。


「カミラ……この部屋で間違いないのかしら? 私、この部屋を使えるほど上等な人ではないのだけれど……」

「何も問題はありません。この部屋は代々ご当主の奥方様が使われていた部屋で、レイヴン様の婚約者であるマリア様のために、部屋を整えました」

「お、奥方の部屋ですって!? それこそ使えないわ! 私はレイヴン様の本当の婚約者ではないもの!」

「関係ありません。他ならぬレイヴン様がこのお部屋にお通しするよう命令がありましたから……。長旅でお疲れでしょう。就寝の前にお風呂に入られて下さい」


 有無を言わせぬカミラの返事に、マリアはハイと頷くしかできなかった。




「ふぅ……」


 風呂場に案内されたマリアは、服を脱ぐのを手伝うというカミラの申し出を丁重に断り、大理石で作られた湯船に身体をつけていた。暖かく、ほのかに薔薇の香りがするお湯に、今までの疲れが溶けだしていくようだ。

 マリアがうとうとし始めた時、薄いワンピースを着たカミラが、浴室に入ってきた。

 マリアは慌てて体を起こす。カミラの手には入浴道具であるボディソープとスポンジが握られていた。


「マリア様、お湯加減はいかがでしょうか? お背中お流し致します」

「! カミラ、私は大丈夫――――」


 マリアが断ろうとした時、一瞬カミラは困ったような顔をした。その表情を見て、先ほどレイヴンから言われた言葉を思い出す。

 

 そうよ。カミラのお仕事の邪魔をしちゃいけないわ……。でも何もかもしてもらうのも、心苦しいのよね……。


 マリアは少し考えた後、名案が思い浮かんだと微笑んだ。そしてカミラに向かって手を伸ばした。


「ねぇカミラ、一緒にお風呂に入りましょう。そして一緒に洗いっこするの。それならいいわ」

「っ! とんでもありません。マリア様にそのような真似をさせるなど……」

「ん~……じゃあ命令! カミラ、私と一緒にお風呂に入って? ……カミラが本当に嫌なら、断っても大丈夫よ?」

「…………では、ご一緒させて頂きます」


 カミラはワンピースのリボンを外し、裸になって浴槽に入ってきた。

 マリアは嬉しくなってカミラの頭を撫でる。カミラは表情には出さなかったが、少し照れくさそうに、頬を赤く染めた。


 しばらく二人で湯船に浸かっていたが、マリアはある疑問をカミラに質問した。


「ねぇカミラ、レイヴン様が当主って事は、レイヴン様のご家族は……」

「レイヴン様の母上は、レイヴン様が3歳の時にご病気で。そして父上と兄上はレイヴン様が11歳の時に客船の事故に巻き込まれ、お亡くなりになりました。レイヴン様は伯爵の位を継ぎ、わずか2年で社交界に認められる存在となりました」

「そう……」


 ある程度予想はしていたとは言え、レイヴンの境遇を考えるとマリアは胸が痛んだ。

 成人している自分ですら父と母が恋しくなる時がある。それなのにレイヴンは幼いころから家族を亡くし、13歳という若さで、この国の為に働いている。

 マリアが俯き考え込んでいると、か細い声でカミラはマリアに言った。


「……無礼を承知で、マリア様にお願いがあります。どうかレイヴン様のお傍にいて下さいませんか? あの方は家族の愛という物に恵まれませんでした。……マリア様ならきっと、レイヴン様のお力になれると思うのです」


 カミラの真剣な眼差しを、マリアはしっかり受け止めて頷く。

 レイヴンがマリアを助けてくれたように、マリアもレイヴンの手助けができればと考えていた。

 レイヴンにとって、自分が母や姉のように思ってもらえるよう努力するつもりだ。


「大丈夫よカミラ。私にどれくらいの事ができるかわからないけれど、レイヴン様の力になれるよう頑張るわ」


 そう言ってカミラに微笑むと、カミラは初めて、少しだけ笑った。

 初めてみるカミラの笑顔に、マリアは嬉しくなった。

 その時マリアにある考えが浮かんだ。


「ねぇカミラ、私今夜レイヴン様のお部屋にお邪魔してみようと思うの」

「っ!? マリア様、それは――――」

「やっぱりダメかしら? レイヴン様が迷惑に感じるなら……」

「いえ、レイヴン様は大変喜ばれると思います。さすがマリア様、素晴らしいですわ。こうしてはいられません。私、体に塗る香油を持って参ります」


 カミラは声のトーンを上げ、湯船から出ると、浴室から出て行った。

 カミラの思わぬ行動力にマリアは少し圧倒されたが、レイヴンが喜ぶならこれぐらいお安い御用だ。


 マリアは肩までお湯に浸かりながら、これからレイヴンにしてあげる事に思いを馳せていた。


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