贈り物と仲直り
「おい、そこにいるんだろうマリア。覗いてないで部屋に入ってこい」
「っ――――は、はい!」
いつから気付いていたのだろうか。マリアは慌てて部屋の中に入る。
久しぶりに見るレイヴンの姿に、マリアは自分の鼓動が早くなるのを感じた。
マリアがレイヴンに今までの事を謝ろうと口を開いた時、先にレイヴンが言葉を発した。
「ちょうどよかった。マリアに渡したいものがあるんだ」
そう言ってレイヴンはマリアに自分が持っていた物を手渡す。マリアが手のひらにある物を見ると、それは金細工で装飾された翡翠のブローチだった。
小さな翡翠が花びらのように細工されており、その美しく可愛らしい造形に、マリアは思わず呟いてしまった。
「可愛い……」
マリアの言葉に、レイヴンがほっとしたように、微笑む。
「……ならよかった。それは僕が手作りで作ったからな」
「えっ!?」
少し照れるように言ったレイヴンの言葉に、マリアは瞳を見開いた。確かにレイヴンの手には細工の時にできたであろう小さな傷がいっぱいある。
でもなぜ? どうして? マリアが口をパクパクしていると、レイヴンは恥ずかしそうに手を頭にやった。
「一度しか言わないから、ちゃんと聞けよ。……ごめん、僕が悪かった」
「! レイヴン様は悪く――――!」
マリアの言葉をレイヴンが手で制す。
「僕が悪かったんだ。マリアが僕の大好きなアップルパイを作ってくれた時、本当は嬉しかったのに、つい恥ずかしくてあんな事を言ったんだ。マリアが出て行って、すっごく後悔した。マリアに機嫌を直してもらいたくて、慌ててドレスや宝石の注文をしたけど、それも逆効果になって……。カッとなってマリアに悪い事を言った。……本当にごめん」
「レイヴン様……」
「マリアに何か贈り物をしたかった。それでブローチを作ろうと思ったけど、魔法で作っては意味がない気がしたんだ。それで自分で作ってみたけど、なかなか難しいな……」
「……! レイヴン様!」
レイヴンの言葉に胸が熱くなったマリアは力強くレイヴンを抱きしめた。
レイヴンは驚いて、頬を赤く染めるが、抵抗する気はないようだ。そっとマリアの後ろに手を添える。
マリアの瞳には涙があふれ、その涙がレイヴンの天辺に落ちる。
「ありがとうございますレイヴン様……! 私、これを大事にします! 一生の宝物にします!」
「大げさなんだよ、マリアは……。でもまぁ、僕もこれを作るのに頑張ったし、ご褒美が欲しいな……。お前にしかできない事なんだけど」
そう言ってマリアを期待の目で見るレイヴンに、マリアは嬉しそうに笑った。
「あ! わかりましたレイヴン様、私が作ったアップルパイを食べたいんですね! 私、もう一度アップルパイを作ってきます。少々お待ちください!」
「違っ、あ、おい待て!」
マリアはレイヴンを離し、そのまま厨房に向かって駆け足で、部屋を出て行ってしまった。
レイヴンはマリアを引き止めるために伸ばした腕を力なく下す。
「違うだろ……あのバカ。……まぁいいけど」
レイヴンはため息を吐きながら、それでも嬉しそうに口元を緩めた。
「だから私が言いましたでしょう? 絶対に二人は仲直りできるって……もぐもぐ」
「ふふ、本当にカミラの 言う通りだったわね」
次の日の午後、マリアは部屋のテラスで、カミラに自分が作ったチーズケーキを振る舞った。ケンカの件で心配させたお詫びだ。
「そうですよ。料理長だってマリア様が料理をするのに反対だったのは、怪我をされないか心配だった
からです。今ではもう何も言われないでしょう?……もぐもぐもぐ」
確かにあれ以来、料理長がマリアの調理に口を挟むことはなくなった。マリアが料理を出来ると知って安心したからかも知れない。
カミラはマリアのケーキを無表情で食べているが、かなり食べるペースが速い。相当気に入ったようだ。
マリアはにこにこしながらカミラを見ていたが、時計に目をやり、席を立ちあがった。
「私、そろそろレイヴン様の所に行かなきゃ。魔法研究も始まるし、その前にレイヴン様といっしょに散歩をしてくるわ」
「いってらっしゃいませ。……マリア様、そのブローチ素敵ですわ。とてもよくお似合いです」
カミラが口元をナプキンで拭きながらそう告げると、マリアは頬を赤く染め、照れるように胸元に手を伸ばした。そこにはレイヴンから貰った翡翠のブローチが輝いている。
「ありがとうカミラ。これは私の宝物なの」
マリアの花のような笑顔に、カミラもつられて微笑んでしまう。
マリアは、それじゃあと、手を振って部屋を退室していった。
誰もいなくなった部屋で、カミラはテーブルを片付けながら、独り言を呟いた。
「本当によかったですわ。レイヴン様……。マリア様をしっかりと、離さないでください。あの方こそ、あなたを暗闇から救ってくださる女神様なのですから……」
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