第7話 図書館へ……
《登場人物》
アラン・ダイイング 探偵
マリア・シェリー 探偵助手
モーリス・レノール シュゼット警察刑事部捜査1課警部
カール・フリーマン 同刑事 モーリスの部下
エリー・アンダーマン シュゼット国立中央図書館司書(第1被害者)
ジョルジュ・カイマン 同 司書
シリル・プレヴェリネ 同 司書
エリック・シルヴァ 同 司書
クロード・モーマン 同 司書
アリス・パルマー 同 司書
ロビン・フィリモア 同 館長
― 午後3時過ぎ 5月2日 シュゼット国立中央図書館 ―
アランとマリアは、国立図書館に向かい、図書館の入口前に来ていた。
だが、なんだか、図書館の西入口は騒がしい。
ここに来る前に、駐車警備員が言うには、国家機関が来ている為に一般の利用者は迂回しなくてはならないらしく、ちょっと図書館から離れた所に車を停めないといけなくなった。
アランは車の中で、少々うんざりしながら呟く。
「国立図書館も物によっては考えものだな」
マリアはそんな探偵の姿を見て、軽く笑をこぼしながら彼をなだめた。
「まぁまぁ」
アランは言われた通り車を停めて、降り、2人は自らの足で、駐車場から少し離れた図書館の入口へと向かって歩く。歩いている時に、西入口の様子が少し伺える。
目を凝らしてそこを見てみると、数人のスタッフがバックで搬入口に近づいている大きなトラックを待っている様で、そこには、館長のロビンそしてクロードとシリルの姿も見えた。
いわゆる《図書館が掲げる一大プロジェクト》と言えるべき状態だと考えると2人は頭には簡単に入る光景と考えることができる。
「美術品を運んできたんですかね?」
「おそらくストラングの博物館だろうな。なんだっけ? ブレーンスタインだっけ?」
「たしかそんな名前でしたね」
トラックの外装に、《シュゼット文化教育省》と書かれており、国家機関所属の輸送車両が停車している事を考えると大体の積荷の内容も予測が付く。
アランは、気にせず、西入口が使えない事を理解して、別の入口から図書館へ入る事にした。
図書館に入り、受付の女性職員にアランは声をかけた。
「すいません」
職員は、視線をアランとマリアの2人に当てて、ニコッとした綺麗な笑顔で応対してくる。
探偵にとって、職員がする綺麗な業務スマイルは嫌いだった。
「なんでしょうか?」
「電話しましたアラン・ダイイングです。館長のロビン・フィリモア氏にお話しを……」
女性職員は、アランの口をきいて、パソコンの職員予定を調べ館長の予定を表示した。
「館長は現在、博物館の芸術品の搬送の方に出向いてますね。時間があるとすれば、1時間後になりますが?」
アランは、軽く顎を持ち考えこむが、数秒でその答えに対しての返答を告げる。
「なるほどね。じゃあ待つとしましょうか」
マリアも同意見の様。
「そうですね」
女性職員の綺麗な営業笑顔がさらに輝きを増す。
「かしこまりました。では、ここにサインをお願いします。館長がまいりましたら、会議室の方で応対いたします」
職員は、1枚の紙を、探偵に見せる様に示し、隣に立ててあるペン立てから無作為にボールペンを1つ取り、アランに手渡す。
「あ、どうも」
アランは、ボールペンを受け取り、紙にサインして、職員にボールペンと紙を手渡す。
「はい。お預かりします。では、ご案内します」
紙を受け取った後で女性職員は席を立ち、アランとマリアの2人を案内していく。
移動していく間に、警備員達が美術品、芸術品を搬送する為に、動き回っているのが案内されている間に見て取れた。エレベーターに乗り、3階へ。
3階に着き、そこから今度は中央館へと向けて歩く。
その間に中央館と別館をつなぐ渡り廊下を移動している時、下の風景がよく見えた。
下では、職員数人がかりで、一つの木製の巨大な箱を運んでいる。
マリアは、女性職員に訊いてみた。
「あれなんですか?」
女性職員は歩きながら、下の光景を見つめて、マリアに告げる。
「ああ、あれは、ブレーンスタイン博物館で所蔵していたマンモスの牙ですね。ヨーロッパの中では最も大きいとされているみたいでして……」
「なるほど、マンモスの牙ですか」
アランの反応に女性職員も受け流す。
「ええ」
マリアは続けて運ばれている大きめの骨格標本の木箱が運ばれていくのが分かり、訊いてみた。
「あれは?」
女性職員は、淡々と答えていく。
「恐竜の頭部ですね。種類は分かりませんが、そちらも今後、博物館をオープンさせた時の目玉になります。こちらになります」
廊下を渡り切り、本館へと入り、すぐ会議室へと到着した。
小会議室とは違い、テーブルが大きく、30人は座って話を聞く事ができる様に作られており、真ん中の楕円形テーブルがそれを物語っている。
女性職員は、アランとマリアが会議室に入り、椅子に座ったことを確認した後で、告げる。
「では、館長のお時間が空き次第、こちらに向かわせますので、それまではお待ちになってください。では失礼いたします」
女性職員は、笑顔で対応したあと会議室のドアを閉めた。
アランの腕時計の短針が3、長針が8を示している。探偵は館長が来るまでに、心の中で今回の事件を整理してみた。
①:事件の発覚はエリー・アンダーマンの刺殺だが、連続殺人の場合、最初の事件は、あのジール川で発見された首なし遺体が最初の発端になるだろう。
②:関係者を狙った恨みによる殺人と考えるべきか? それとも裏に大きな関わりのある殺人か? 私なら後者だと考えている。
③:暗号の正体。図書番号に見せかけた何かだろう。また、首なしの遺体が同じ暗号を持っていた事について、少し見えてきた。
④:そして、博物館と図書館の合併話だ。図書館に運ぶ美術品が博物館で強奪されている。しかも警備員達に死亡者は出ていない。 これは、もしかして……
情報を整理していく事で、ある程度の道筋を立てる事ができ、脳裏で真実を知る為のルートを作っていくが、どうしても肝心な依頼である暗号解読が頭の中で巨大な壁となって立ちはだかる。
《F・56・A3TR》
アランの頭には、どうしてもこの暗号について引っかかっていた。
「どうしたんです?」
神妙な顔して考え込んでいる探偵に、不思議に感じた助手が不思議そうに見つめる。
アランは首を振り、マリアに言った。
「なんでもないよ」
待っていると会議室のドアからノックの音が聞こえ、勢いよくドアが開いた。
アランとマリアがドアの方に視線を向けるとそこには、蝶ネクタイとベストに丸眼鏡の学者風貌のロビン・フィリモア館長が息を荒げながら立っている。
アランは席を立って、ロビンに挨拶をする。
「どうも」
だが、館長にとって多忙だったらしく、挨拶の言葉をかける探偵にため息を付いた。
「今度はどうしたんだ? 探偵というのは、よっぽどお暇な職業かね?」
「いいえ。仕事であなたにお伺いしたんですよ」
ロビンは、美術品、芸術品の搬入作業の立ち疲れを取るために会議室の近くの椅子に座る。
椅子はゆったりしている素材の為に、ロビンの腰を優しく包み込む。
「手短に……」
アランはロビンに訊く。
「博物館の芸術品とか運ばれてましたね?」
「ああ、運んでいた。あれを地下の4階に置いておくんだよ。幹部職員クラスの人間しか入れない所に設置・保存だ。で?」
「目玉が牙とかですけど、正式に出すのは?」
「正式に出す準備をするのは5月8日以降になるね。君達も見たければ、来るといい」
マリアは、興味を示しながら反応する。
「えっ? いいんですか?」
「ああ、アルバイトとしてね。時給ははずむよ」
アランはロビンの嫌な態度に、ため息をつき、眉間にしわを寄せた。
「仕事が忙しいのでね。申し訳ないが助手共々、お断りしますよ」
「そうかね。それは残念」
マリアも若干、残念そう。アランはマリアに軽く両手を上げて申し訳なさそうな表情で軽く返す。
探偵は話を戻す。
「ああ、そうだ。館長。イーライ・ゲイルという名前に心当たりは?」
「勿論、知っているよ。彼なら、ブレーンスタイン博物館の職員だ。1ヶ月前も打ち合わせで一緒に食事もした。今は忙しくてメールか電話のやりとりぐらいだったがね。でも何故?」
「彼が行方不明なのは?」
館長は首を縦に振り、答える。
「そういやここ最近は、電話してもかからなくてね。メールも無視しているし、それが?」
言葉からしてまだ何も知らないことを把握したアランは、状況的に知らせるしかないイーライについての事を話した。
「まだ、判断はできませんが、イーライ・ゲイルは一生会うことはできないようです」
探偵が告げた言葉にいまいちロビンは理解出来ていない。
「どういうことだね?」
「発見されました。彼は、ジール川で首なしの遺体として」
アランが放った言葉はロビンに対して大きな衝撃を与えた。
ロビンはそれまでの態度が大きく変化し、左手で口元を押さえている。
メガネを外し、机に置いた。
「そんな……まさか……彼が」
「お気持ち、お察しします」
アランは、彼からも情報が聞ける見込みはない事を薄々理解している。
せめてものの言葉を投げかけるにしか他になかった。
ロビンは涙を払い、眼鏡を再びかけ直す。
「彼は私と一緒に図書館への博物館移動の手続きや芸術品などの移動、設置、保存の事を話し合っていたんだ」
「そうですか。それについて知っているのは?」
「図書館の職員は大体、知っているはずだよ」
探偵は彼の話にうなずき、館長の話を聞いていた。その隣でマリアは助手としての仕事を行う。
アランは最後の質問として、あの2人の死体が遺した暗号について問いかけた。
「このタイミングでこういうことを訊くのは、あれなんですが、この暗号についてどう思いますか?」
アランは、一枚のメモ用紙をロビンに分かる様に、差し出す。
館長は探偵に渡された、一枚のメモ用紙を手に取り、自分の目線に合う様に、紙を上に向けたり、下に向けたりと自由に紙を動かして書かれた暗号を読む。
館長の眼鏡がよく光る。
1・2分程、経ってから、ロビンの口から深い息が漏れた。
「うーん。申し訳ないが、分からないね。ただ、イーライの仇を取りたい。是非、君に力になりたいのだが……」
マリアは思わぬ反応をし、つい声が出てしまった。隣のアランの表情は少し苦い。
「本当ですか!?」
ロビンは、蝶ネクタイを整えて、薄めの笑顔で2人に告げる。
「ただ、私もこの身でね。業務終わりに、君達の事務所に伺わせてもらうよ」
館長との協力関係を取り付くことができたがそれは、アランにとって、幸か? 不幸か?
向かう先と事件の全て、そして答えはまだ見えなかった。
第7話です。話は続きます。