九話:勉強と予兆
今回は厨二分が多めとなっています。
それらに嫌悪感を持つ方は戻ることをおすすめします。
がらがらと馬車に揺られながら村を出た後すぐにノーヴェさんから渡された紙を読む。
それには一般的な魔法の呪文が書かれていた。
ノーヴェさんは昨夜遅くまで起きてこれをまとめていてくれたようで、寝不足に見えたのはこのためらしい。
どうやら魔法は長ったらしい呪文を唱えて使うのが普通らしく、いざというときはともかくそれ以外の時は呪文を唱えろと言われた。俺が魔法を使う時言っていた一言は呪文ではないらしい。ゲームでの魔法の名前を言っていただけだから当然といえば当然だが。
異常な事をして注目を集めるのは好ましくないし、呪文を唱えるのにもメリットはあるから素直に覚えることにした。
(それにしても……何で呪文はこんなに厨二っぽいんだ?)
呪文は「永遠に生きる氷の精霊よ、我が名の元に力を授けよ。我欲するは敵を切り裂く氷の刃。氷の刃」など非常に厨二臭いものばかり。ちなみにこれでも短くましなほうで、長いものは紙に書かれていたものを読みながらとはいえ早口で一分以上かかった上に、恥ずかしい程厨二臭かった。
そしていろいろ試してみたところ、分かったことがいくつかある。
一つ目は呪文を唱えても「魔法を使わない」と意識していると魔法は発動しないこと。これはおそらくこう思うことで無意識に魔力を出さないようにしているのだろう。普段魔法を使う時は体の中を何かが通り抜け、出ていくような感覚があるが、この時はそれが無かった。
二つ目は同じ魔法でも呪文を少し変えるだけでその性質が変わること。
例えばさっき挙げた氷の刃も、「我欲するは敵を切り裂く氷の刃」の所を「我欲するは敵を叩き切る氷の刃」に変えるだけで魔法の威力が高くなり、攻撃範囲が広くなる。代わりに必要な魔力が少し多くなり、切れ味が悪くなったが。
ノーヴェさんが書いてくれた呪文は今のところ最も効率良く魔法を使えるらしい。必要魔力に対する効果が最も高いということだ。今のところ、というのは今現在も研究が続いていてさらに改良されるかもしれないからと言っていた。ノーヴェさんは魔法を使わないらしいのに何故こんなに詳しいのかという疑問が浮かんだが。
三つ目は呪文を唱えて魔法を使うのが予想以上に楽だということ。明らかに必要な魔力が少ないし、魔法をイメージ通りに使いやすい。正直最初は八倍は楽になると言われても実感出来なかったけど、今は呪文を唱える理由が分かった気がする。呪文を利用すれば魔法を軽く数百発は撃てると思う。それをノーヴェさんに伝えたら引きつった笑顔で「本当におかしい……」とか言われたけど。
(それにしてもこれ、ルークが使える魔法全ての呪文は無いけど……どうしようか。自分で研究する必要があるのかなぁ)
ゲームで言う中級魔法までの呪文は書いてあるのだが、ラグナロクなどの上級魔法の呪文は書いて無かった。これは単純にノーヴェさんが知らないだけなのか、それともまだ呪文が確立していないのか。ノーヴェさんが俺の魔力量などを「異常」と評するからには後者の気がする。
そんな考察をしていたとき、不意に馬車が止まる。バランスを崩し、危うく荷台から落ちる所だった。
「ちょ、ノーヴェさんいきなり何を──」
ノーヴェさんに抗議をしようと顔を外に出して理解する。
俺たちは大量のモンスターに囲まれていた。
数十匹どころではない。数百ものモンスターが俺たちを囲んでいる。
それは単一の種族ではなく、多くの種族のモンスターの群れだった。
「森を出て平野に差し掛かった瞬間出てきて囲む、それも多種族でかい。……おかしい。獣たちがこんなにも多くの群れを多種族で作るはずが無い。しかもこんな組織的な動きをするなんて。……ハア。まったく、異常なのはルークだけで十分だってのに」
ノーヴェさんがぼやく。なにやら失礼なことを言っているがそれを気にする暇は無い。すぐさま荷台を下り、先程覚えた呪文を唱える。
だが詠唱が終わる前にトカゲが二足歩行したようなモンスターが襲い掛かってきた。
とっさに避けるが左腕に爪がかする。その痛みで詠唱が途絶えてしまい、魔力が霧散した。
「クッ」
それならばと無詠唱でファイアの上位魔法であるフレイムを発動させる。
炎が上がりトカゲの後ろのモンスターも巻き込み燃え盛る。怯んでいるうちにナイフをとりだし、呪文を唱えながら馬を降りて槍でモンスターをしのいでいるノーヴェさんの後ろへと走る。恥ずかしながらルークの身体能力では攻撃を避けるのは至難の技。さっき避けることができたのはある程度離れた位置から一直線に突っ込んできたからだ。
だから安全に魔法を使うには男としてのプライドを捨ててノーヴェさんの近くにいて守ってもらうしかない。いや、今は女の子だけど。
「氷の壁よ、我が身を護れ。氷壁」
呪文を完成させ、魔法を発動させる。俺とノーヴェさんを囲うように氷の壁が現れる。ノーヴェさんが対処していた三匹のウォアウルフは見事に凍りついていた。それにしても三匹同時に相手取るなんて、ノーヴェさんも結構人のこと言えない気がする。
「これでしばらく時間を稼げますが、この数はきついです。多分二、三分で破られます」
「分かった。……ルーク、こないだアタシにかけた身体能力を高める魔法、馬にもかけられるかい?」
「え~と、やったことは無いですけど、多分できます」
「それじゃ馬車の馬にそれをかけたら荷台に乗って、しっかり捕まりな。そして前に魔法をぶちかまして」
それを聞いてノーヴェさんの狙いを理解した。俺はブーストを無詠唱で使い、荷台に飛び乗る。そしてノーヴェさんが馬に乗ったのを見てレーザーの魔法を馬とノーヴェさんに当たらないように発動させる。
俺の手のひらから伸びた一条の光が氷壁を貫通し、その奥にいたモンスターたちを焼き払った。
それにより馬車の前に道ができる。ノーヴェさんはすぐさま馬車を走らせモンスターの群れを抜け、逃げる。
だがモンスターたちはしつこく俺たちを追ってくる。まるで俺たちを逃がしたら殺されるとでもいうように全力で俺たちに向かって走ってきた。
俺は最初は群れから抜け出した足のはやいやつを狙って魔法を当てていたが、馬が疲れてきたのか少し速度が遅くなってきたのを受け、攻撃範囲が広い魔法で一網打尽にしようと切り替える。
「破壊の嵐は土を抉り、天を焼き、海に轟く」
これから使おうとしている魔法の呪文は分からない。ノーヴェさんが書いてくれたリストには載っていなかった。
だが呪文を唱える。口を動かす。
厨二臭い数々の呪文。いくつか覚えて見つけた規則性。呪文に必要な言葉。それが持つ言霊。
頭を駆使し、それらを組み合わせ、呪文を即興で作り上げる。
「我は眼前の光景を消し去る者。我は新たな光景を造り出す者」
一言一言紡ぐごとに体から魔力が流れ出る。
その魔法に必要な魔力以上の魔力を流し込む。
「焔を、雷を、水を、風を、光を、闇を。それぞれが持つ力を合わせ、我欲する破壊をここに具現化せん」
この魔法を発動して起こりうることをゲームで得た経験から明確にイメージする。
俺の周囲に溢れる膨大な魔力に恐れをなしたのか先頭のモンスターたちは立ち止まる。しかし後続に押され逃げられない。
「多重元素爆発」
俺は呪文を完成させる。
その瞬間、それは起こった。
魔法の名称と呪文通りの破壊の嵐がモンスターたちを蹂躙する。
想像を絶する爆発に俺たちも巻き込まれ馬車ごと吹き飛ばされる。
とっさに障壁を張ったおかげで多少傷を負ったものの命に別状は無い。というか自分の魔法で自分が死にそうになってどうするんだよ、俺。
モンスターたちが居た方向に目を向ける。そこには大量のバラバラにちぎれた生き物だったモノが散乱し、半径二十m、深さ五m程の巨大なクレーターが出来ていた。
「っ~~。やりすぎだよバカルーク!」
ノーヴェさんに頭をはたかれる。正直自分でもそう思っていたから文句の一つも言えない。
一応言い訳はしてみるが。
「わざとじゃないですよ。ただ僕が使える一番攻撃範囲が広い魔法で一網打尽にしようとして、だけど本来必要な魔力分じゃ全滅させるのに足りないかな~って思って必要以上の魔力を注ぎ込んだらこうなっちゃったんですよ。これでも本来の範囲より狭い範囲に限定させたんですよ」
だったら最初から範囲を限定しなくてもいい下位の魔法を使えば良かったじゃないかとか言われそうだが、やっぱり男として一番とか最高の魔法とか使いたいじゃないか。今女の子だけど。
「あんたは……ハア、もういいよ。ルークが異常しいのは今に始まったことじゃないし。これ、どうやって誤魔化そうか」
クレーターを見ながら呟く。ノーヴェさんは俺のことをなんだと思っているのだろうか。
「とりあえず、誰かに見られる前にここから離れて僕たちは無関係ですってスタンスをとれば良いんじゃないですか」
「…確かにそれが一番だね。馬が怪我したから歩いて行かなきゃいけないねぇ。ルーク、さっきの魔法お願い」
「え、エレメント・エクスプロージョンですか」
「んな訳あるかい!身体能力を上げるやつだよ」
「ああ、ブーストですか。分かりました」
俺とノーヴェさんにブーストの魔法をかける。さっきエレメント・エクスプロージョンを初めかなり魔法を使ったからか少し残り魔力が心許ない。早くブーストの呪文も確立させないと。ラグナロクとかと違ってブーストならいくらでも研究できるし。
魔法の効果を確認し、ノーヴェさんが馬車を引っ張って軽く走る。俺もそれについていく。
今の最優先事項は、誰にも見られないうちにこの場を離脱する事だ。
◇
木の上でヴェルディは己の予想が正しかったと笑う。
魔法で視力を上げ、遠くからルークたちを監視し、獣たちをけしかけ、その対処方法を見る。それでヴェルディは確信した。
ルークの膨大な魔力量から考えて、彼女は元プレイヤーだと。
「元プレイヤーにしては銀髪碧眼というのが不自然ですが……まあ、魔法で金髪にしている私が言えることではありませんね」
そう呟いて、一人の時でも演技をするようになってしまったな、と思う。
それほどまでに長い期間ヴェルディとなっていたという証拠だ。
「わざわざギフトバイパーを退治した、いや消し去ったことを隠す位ですからザッカニアに仕えるのはもとより戦争に参戦することはないでしょうが……一応様子を見ておきますかね。敵にまわったら厄介ですし」
懐から体長五㎝程の青く丸々とした鳥を取り出して放つ。
鳥はルークたちの方向へ飛んで行った。
ルークがモンスター、ノーヴェさんとヴェルディが獣と呼んでいるのは同じ生物たちです。
この世界の感覚では普通の獣なのですが、日本からきたルークにとってはモンスターです。
読んで混乱された方も居られると思いますが、私の文章力では本文中に説明できませんでした。申し訳ありません。
この話の略称を一番得票数が多かった「どう聖」に決定しました!
といっても私が活動報告などでこれを使うだけですので、皆さん自由に呼んでいただいて構いません。
皆さん投票ありがとうございました!