七話:ノーヴェさんの事後処理
ギフトバイパーを退治して村に帰る途中、ノーヴェはとあることを考えていた。
何を考えているかというと、今隣で歩いている中性的な美少年……ルークについてである。
さっきまでのギフトバイパーとの戦闘で見た彼の魔法の実力。それはまさしく天才……いや、異常と言った方がいいだろう。
三つの魔法の同時使用。
呪文を唱えず魔法を発動。
さらにノーヴェが一度も見たことが無い魔法を軽々と使う。
これを行ったのがおそらく十二歳ほどの子供なのだ。異常という以外に当てはまる言葉をノーヴェは知らない。
中でも一番異常なのは呪文を唱えない魔法の発動である。
魔法の並列使用をできる魔術師はいる。
自分オリジナルの魔法を使う魔術師も少ないが、いる。
だからそれらはまだおかしいことではない。まあルークの年を考えたら十分異常なことだが。
だが呪文を唱えず魔法を使う魔術師を、ノーヴェは一人も知らない。
そも、理論上は呪文を唱えなくても魔法を使うことはできる。
ではなぜ呪文を唱えることが常識なのかというと、ほとんどの魔術師は呪文を唱えないと魔法を使えないのだ。
矛盾しているようであるが、それは呪文がもつ力のためだ。
呪文は魔法を制御し、威力を高め、必要な魔力を減らすという力をもっている。
呪文を唱えず、呪文を唱えて使う魔法と同じ威力で、かつ制御するのには約八倍の魔力が必要になると言われている。
他にも魔法のイメージを固める役割もあり、魔法を使う時呪文を唱えるという常識のゆえんだ。
国の最高レベルの魔術師が入る「ザッカニア国魔術師団」の魔術師ですら魔法を呪文を唱えず使うと、それが最下級の魔法であっても数回で魔力切れをおこして気絶する。
だがルークは三つの魔法を、しかも最後のギフトバイパーを消し去るほどの魔法も含めて無詠唱で使用したのにも関わらず魔力切れをおこす気配すら見せない。
いったいどれ程の魔力があればこんな離れ業ができるのだろうか。
(これは王様に一度報告すべきかねぇ。でもそうしたら確実にルークの人生は変わるし……)
国に忠誠を誓うならすぐに報告すべきなのだが……報告したらこんな天才をほおっておく訳がないだう。ザッカニア王は仁君であるからルークが嫌がれば諦めると想像できる。が、周りはそうはいかない。特に今はノーベラルとの戦争状態。優秀な人材は喉から手が出る程ほしいのだ。魔術師団の団長やザッカニア軍の関係者によってルークは魔術師団に入れられるだろう。……それこそ本人の意思など無視して。
ルークがそれに対して反抗し、国軍兵などに攻撃してしまったら最後、指名手配されて日々暮らすのにも困るようになってしまう。
ノーヴェはこれからどうするかを考えながら隣のルークを見た。
彼はギフトバイパー退治に成功し、ノーヴェが試験の合格を告げたからか嬉しそうに歩いている。
「さっき見たルークの魔法の実力だと、ザッカニア最高の魔術師が入るザッカニア国魔術師団に入れるかもねぇ。ルークはどう思う?入ってみたい?」
思い立ったら吉日とばかりに早速聞いてみた。
するとルークは少し考えたあと
「うーん、僕はあまり興味ないですね。国に縛られたくないです。自由に旅をしたいですね」
そう答えた。
ルークは記憶がないからいまいち魔術師団のことは分からないというのもあるのだろう。きっぱりとことわった。
それを聞いて、ノーヴェは報告しないと決める。
もし彼の気持ちが変わったのならともかく、今は様子を見ることにした。
(今は自分の力がどれだけすごいか分かってないのだろうけど、知ったら天狗になるかも知れないし、私がしっかり教えないとね。ルークは自分の力に溺れるタイプじゃないと思うけど、念のため。調子にのって周りに迷惑をかけないようにしっかり監視しておかないと)
なにかと理由をつけているが、本当はどこか抜けているルークのことが心配なだけというのが本心なノーヴェだった。
◇
村に戻り、ルークを宿においてノーヴェは村長の家へ行く。使用人につれられた応接室で待っていると、二人の男性がやってきた。
一人はノーヴェにギフトバイパー退治を依頼した張本人である村長。
もう一人は細身で賢そうな青年。この青年にはノーヴェは初めて会ったが、大方村長の秘書かなにかだろうとスルーする。
「要件は分かってると思うけど、ギフトバイパー退治の報告。湖の近くに四匹のギフトバイパーが住み着いていたよ。退治したけどね。これ、証拠」
死体からとっておいたギフトバイパーの牙を八本取りだし机の上におく。
ギフトバイパーを退治したことを証明するのには一匹につき二本の牙が必要と決まっている。その牙はギフトバイパーのもつ他の歯より大きく、鋭い。
本当は退治したのは五匹なのだが一匹はルークが消
し去ってしまったので証明できない。説明してルークの力のことが知られるのは避けたかったから最初から四匹いたことにしておく。
村長は驚きを隠せないらしく目を見開いている。多分ギフトバイパーは一匹しかいないと思っていたのだろう、とノーヴェは考える。実際にはさらにその四匹を相手にしたノーヴェが傷一つ負っていないことにも驚いていたのだが。
「さ、流石です。ですがギフトバイパーを四匹も退治していただいたのに申し訳ないのですが、四匹分の報酬は出せません。頑張っても二匹分が限界です」
本来ギフトバイパーは群れを作らない。故に四匹もいる想定はしておらず、一匹分の報酬しか用意していなかったらしい。
だがそれは想定内。そもそも金に不自由していないノーヴェは一匹分の報酬もいらなかったりする。しかしあまりに無欲だと怪しまれるし相手が気にしてしまう。だから相場より安い報酬を受けとるでお茶を濁すことにした。
「別に二匹分もいらないよ。最初に決めていた分でいい」
「ですが、四匹も退治していただいたのにそれでは……」
「じゃあ元の報酬に宿代を足しといてよ。二日分」
それでもまだ村長は渋っているようで、なかなかうなずこうとしない。
(まったく、人がよすぎる。王都の周辺の金を持っている貴族共ですらどれだけ安くすませるかを努力するというのに、貧乏な国境近くの村の村長が相手が望むより多くの報酬を出そうとしてどうするんだい)
ノーヴェは軽く舌打ちしたくなる。正直この村が金を持っていないと困るのはこっち……国の方だというのに。戦争中の今、もしこの村が戦場になったとき金がなくて武器買えず、冒険者を雇えなくなって戦いにもならないで陥落されてはたまらない。国の軍が到着するまではもちこたえてもらわないと。
「じゃあついでに手紙を王都の『雑貨屋シャルル』っていう店に届けておいてよ。明日村を出る前に渡すから。報酬もその時渡して。あと、依頼の完遂証明書の依頼受領者はアタシ単独じゃなくてルークって子との共同にしておいて」
しばらく王都に戻るつもりはない。報告をどうすればいいか悩んでいたし、報酬も断れて一石二鳥だ。
これ以上ごねられても面倒だから何か言われる前に立ち上がる。
村長はまだ言いたいことがあるようだったが秘書風の青年が止めてくれていた。
ノーヴェは二人に背を向け歩きだす。 そんな彼女に青年が話しかけてきた。
「すいませんノーヴェさん、最後に一つ聞きたいのですが」
足を止め、頭だけ振りかえり青年を見る。
「なんだい」
「いえ、大したことではないのですが、退治したギフトバイパーは本当に四匹ですか?」
「別に嘘をつく必要がないだろう。四匹だよ」
「……まあ、そうですね。失礼しました。どうぞお帰りください」
青年はニッコリと笑顔でそう言って退室を促す。それを受けてノーヴェは再び歩きだし、家を出た。
彼女が去ったあと、青年は村長に問いかける。
「四匹ものギフトバイパー相手取って無事だなんてあの人すごいですね。……何者なんです?」
「さあ、わしもしらん。ただそんじょそこらの冒険者じゃないことは確かだ」
「そうですか。ところで彼女が言っていたルークって誰なんでしょうか」
「多分彼女が連れてきた怪我をしていた子のことだろう。知らなかったのか?」
「ええ、知らなかったです。……へぇ、そんな子がいたんですか」
青年はしばらく何かを考えるように黙ったあと、ニヤリと笑った。