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六十話:協力要請

 魔薬。使用者を強くして、その精神を壊す薬。

 それが、王都に流行っている。取り締まりが必要な程危険な薬が。

 なるほど。お爺さんの話を聞いて、色々と疑問が解けた。


 俺達を見る目に恐怖が宿っていたのは、魔力や身体能力が薬によって強化されているだろうから。薬によって強化されている化け物と闘わなくてはいけないのは、確かに恐ろしい事だろう。

 俺達を使用者だと勘違いしたのは、気軽に魔法を使っていたから。うっかり失念していたけど、普通は魔力がもったいなくて魔法はそう易々と使うものじゃない。にも関わらず、俺達は見ず知らずの人に使っていた。それが、魔薬によって魔力が底上げされているからと考えたんだろう。

 ピリピリとしていたのは、そんな強い相手を取り締まるが故の恐怖の裏返し。色々と警戒して、気が張っていたんだろう。


 あそこまで怒ったのは、単純に高いプライドを逆撫でされたからというのもあるんだろうけど。



「それで、精神をおかしくするというのは、どの程度なのですか?」

「使い始めはそうでもない。ただ自分が強くなったという高揚感があるだけだ。まあ、それでも争いの元になる十分に厄介なモンなんだが……。常習していくうちに、破壊衝動が強くなり錯乱して頭がイカれていく。それで、強くなった体で暴れるのさ」



 うわぁ……。確かにそれは厄介だ。薬の力で強くなって、それをぶつけられるのか。生半可な実力じゃ止められないし、被害が大きくなっていくんだろう。


 他にも、それまでは魔法を使えなかった人が使えるようになったり、感覚が研ぎ澄まされたりするらしい。


 そりゃあ、強くなって魔法使いにもなれる薬があれば使う人は出るよねぇ。

 先天的な才能が必須だと言われている魔法を、後天的に習得出来る。絶対数が少ない魔法使いに、自分がなれる。遠距離の、高火力の攻撃手段をえられる。更に、力も増して白兵戦闘力も上がる。

 副作用がなければ、国ぐるみで使うような有用な薬だ。


 まあ、その副作用が厄介過ぎるから、こうして取り締まられているんだけど。


 ちなみに、魔薬が流行り出したのはだいたい一ヶ月程前らしい。つまりはノーベラルとの講和が結ばれた頃だ。

 魔法使いになれる薬として冒険者の間で広まりだし、副作用が判明したのが二週間前。異常に強い冒険者が突然暴れだす事件が何件もおこり、その被疑者が皆魔薬を使っていた事が判明したんだとお爺さんは語る。

 そして国に報告され、取り締まるようになったのが一週間程前とのこと。


 うーん。バドラーは警護隊の皆さんを無能と言っていたけど、対応の早さは中々じゃないかな? 麻薬(ドラッグ)が発見されてたった一週間で違法に出来て、使用者かどうか調べる方法も確立されている。日本の司法機関よりもぜんぜん優秀だよ。


 それにしても、一ヶ月前、ねぇ……。なんか引っかかる時期だなぁ。



「とりあえず、お前さん達はドラッグを使ってない事が分かった訳だが……。一つ、頼み事を言ってもいいかい?」



 考え込んでいると、お爺さんがそう言った。言うだけならいくらでもどうぞ、とバドラーが答えると苦笑しながら立ち上がり、部屋の中を足音もなく歩く。



「ジェイクがお前さん達がドラッグを使ってると思ったのは、それだけの実力があると示したんだろう」



 木製の立派な机の前で立ち止まり、引き出しを開いて二本の棒をそこにしまう。代わりに取り出したのは、金属製の、しっかりと蓋がされている筒。



「その実力を見込んで、お前さん達に助力を仰ぎたい。魔薬の取り締まり、そして元締めの調査をな」

「……俺達みたいな一般人を、調査要員に加えて規則的には問題ないのですか? あと、俺達は他の隊員の方々にはかなり嫌われてしまいましたが」

「なあに、そこら辺はどうとでも言い訳がつくしどうにかなる。それで、どうする? 報酬は、こんなもんでどうだ。もちろん、金以外でも構わないぞ。その場合は応相談だ」



 話をしながら、お爺さんは少しかがんで机の下の方から一つの袋を机の上に乗せた。置いた時の音からして、けっこうな重量だ。

 それを、筒を持っていない方の手で投げる。バドラーがそれをキャッチして、二人で中を覗きこむと、かなりのお金が入っていた。

 とてもじゃないけど、一介の冒険者二人に払う報酬ではない。これだけのお金があれば、節制すれば数年は働かなくても生きていける。



「儂は権力に任せてお前さん達に命令する気はない。というか、そもそも儂の立場じゃお嬢ちゃんには、とてもじゃないが命令なんて出来ないしな。断っても構わないぞ、冒険者のお二人さんよ」



 金額の高さに驚いていると、お爺さんはそう続ける。その台詞に気になるところがあって、俺は顔を上げてお爺さんに視線を移した。お爺さんは、人をくったような笑みを浮かべている。

 ……そう言えばこのお爺さん、俺の事をナチュラルにお嬢ちゃんって呼んでたね。男装をしていたのに。



「お爺さん、貴方の名前を教えていただけませんか?」

「ハッハッハ。こんな老いぼれの名前なんて聞いても益なんてなぁんにもないぞ。まあ、こんな可愛らしいお嬢ちゃんに聞かれたら、答えない訳にはいかないな。

 儂はオルテガ・イ・ガセト。ロナルドの小僧によろしくな、お嬢ちゃん」



 そう言って、ウインクをする茶目っ気を見せるお爺さん──オルテガさん。

 ロナルドの小僧、かぁ。お父様をそう呼ぶって事は、けっこう年をとっているのかな?

 とりあえず、オルテガさんが俺の事を知っているのは確かだね。でも、その事をちょっと回りくどい言い方で伝えるところから察するに、俺の正体を公言するつもりはないのだろう。その為に、他の人に話を聞かれないこの部屋に移動したんだ。


 ……冒険者、と強調するという事は、これは『聖女様』ルーシー・ヴィッセルへの要請ではない。ルークという一個人への依頼。

 まあ、貴族の子女にそんな物騒な事を頼む訳にはいかないよね。


 それと、平民でしかないルークならば、魔薬をばらまいている犯人やその背景を突き止めた後は面倒な事後処理をしなくてすむ。依頼の内容は完遂しました、後の事はお任せしますとパスすればいいからね。

 そもそも、ヴィッセル家の子女としてこの事件を解決なんてしたら、また大変な事になる。麻薬の力が凄まじい事は、地球で起こった阿片戦争が証明しているし、そんな大事件解決の貢献人になんてなれば。

 国は褒美を与えざるをえないだろうし、こんな短期間で力を付けたら、周りの貴族に疎まれる。目をつけられてしまう。敵を作るし、結婚の申し込みも更に増えかねない。


 成功する前提で考えているけど、逆に目の前で犯人を取り逃がすみたいな失敗をした場合。その時はその責任を問われる。ヴィッセル家を攻撃する弱みを与えてしまう。


 だから、この依頼はルーシーとしては受けてはならない。絶対に。


 それはともかく、依頼を無視するという手もある。そっちの方がリスクがないし、もとより依頼を受けたところでメリットは薄いのだ。そこまでお金に困ってはいない上、お金以外の報酬を求めるにしてもオルテガさんがどれだけの物を用意出来るか分からない。子爵子女に命令出来ない程度の立場というと、期待もしづらい。


 けれど魔薬の件を放置しておきたくないのも事実。予想される被害もそうだし、こういう物は広まると厄介だ。ヴィッセル領にも魔薬が広まればどのみち対応が必要になるし、早いうちに事態を終息させたい。


 俺はどうするべきか、判断がつかない。というか、俺一人で決めるべきじゃあないかな。



「……少々、考える時間をください。お父様と相談します。事情が事情なので、なるべく急ぎますが」

「よろしく頼むよ、お嬢ちゃん。いい答えを期待してる。……それと」



 オルテガさんは再びこちらに歩いて来て、俺達と向き合って椅子に座る。そして手に持っている筒を傾け、中身を床にこぼした。



「誤って手を出さないように、魔薬がどんな物かきちんと知っておいた方がいいだろう。これが、押収された魔薬だ」



 筒から出てきたのは、緑色のゲル状の物体。最初は液体のように流れ出たのに、床に接しても広がる事なく丸くなった。卓球のピンポン玉くらいの大きさだ。

 触ってもいいと言われたので、人差し指でつついてみる。すると押してる部分がへこんで、指を離すとプルプル震えながら元の形に戻った。弾力があって、冷たい。まるでゼリーのような感触。



「基本的には飲み込んで使うらしい。味があまりしないのと、つるんとしていてこの大きさでも簡単に飲み込める事から口の中にある時間は極僅か。そして体内に入った瞬間に熱を持ち、体がかなり熱くなるというのが、捕まえたドラッガーの証言だ」



 指先で握りつぶそうとしても、弾性が強くてまた丸くなる。なんというか、不思議。色々と謎な感じだけど、確かに飲み込みやすそうではある。

 うーん、麻薬っていうのは、燃やして吸うか注射をするイメージがあったのだけど。まあ普通の薬は口径摂取のものが多いし、そもそもこの世界に注射が存在するのか。煙を吸うにしても、これ燃えそうにないもんね。


 両手で引っ張ってちぎってみる。二つに分かれた魔薬を近づけると、分裂していた事が嘘のように跡一つなくくっついた。


 ……なんか、地味に面白い。どういう構造してるんだろう、これ。



「一応、禁止された事で、表立っての取引はされてない。だが、裏道に入ったり、闇市や一部の娼館に行ったりすれば売っていたりする。まあ、お前さん達がそんなところに行くとは思えんが……」

「気を付けます。逆に言えば、調べる時はそういうところを重点的に、ですね」

「ああ。……にしても、まったく。強くなりたいのなら、自分を痛め付けろってんだ。こんなものに頼るなんてなぁ、軟弱な奴が多すぎだ」

 


 床の魔薬を拾い上げて筒の中にもどしながら、小さく息を吐いて、愚痴るようにオルテガさんは呟く。最近の若者は、とでも言いたげな口調。

 その気持ちは分からないでもない。でも、それは……。



「貴方が強いから、言える事ですよ」

「うん? お嬢ちゃん、なんか言ったかい」

「いえ、なにも。お話が以上でしたら、私達はこれで失礼します。早く相談をしませんと」



 オルテガさんを伺うと、構わないと言うように頷いた。それを受けて立ち上がり、一礼をして部屋を出る。

 部屋から出れば、そこは俺達を嫌っている人だらけ。当然、ピリピリとした視線が集まってくる。


 この二人の容疑は晴れたぞ、というオルテガさんの諌める声を背後に聞きながら、周囲の敵意を無視して歩く。この程度の敵意なら全然流せるし、怖くない。


 その態度が気にくわないのか、視線がより剣呑なものになる。けれど、だから何?

 当然だけど、俺は嫌われたい訳じゃない。出来る事なら人とは仲良くしたいし、好かれたい。

 けれど、こっちを嫌っている相手に対してにこやかに対応出来る程、優しい人間にはなれない。ましてや、いきなり犯罪者扱いされたのだし。


 そういう意味では、今浴びているこの視線より、ここに連れてこられる道中で感じた視線。王都の住民の皆さんからの疑惑の目の方が辛かったよ。


 詰所を出ると、強い日光が目を焼く。思っていたより時間が経っていたようで、けっこう日が高い。

 それでも、今から馬車をとれば十分間に合う。日が沈みきったくらいにはヴィッセル領に帰れるだろう。


 けれどまあ、そんな事を思った時は、えてして予想外の事が起きる訳で。



「──おや、お久しぶりです」

「……なんで貴方達が王都(ここ)に居るのですか」

「少し野暮用がありましてね。むしろ、貴女方がここに居る方が驚きですよ」



 話しかけてきたのは、スタイルの良い美女を連れた優男風の美青年。

 青年はニコニコしながら、こちらに向け歩いてくる。女性の方も少し不機嫌そうにしながら、青年の後ろについて近づいてきた。

 ……なんで、こんな目立つ二人に、話しかけられるまで気づかなかったのか。



「お休みを頂いたので、観光に来たのですよ。

 それはそうと、ウェルディさん。ちょうど良かった、少し聞きたい事があったのですよ」

「おや、なんですか?」



 ここで話をしたら、予定の時刻までに馬車にはのれないだろう。けれど、それでも聞く価値はある。いざとなれば転移魔法もあるし。


 ナナさんにはまあ、ちょっと悪いとは思うけど。多分二人きりで、デート気分だったのだろうし、今不機嫌そうなのは、俺達がその邪魔をしたからだろうね。

 人の恋路を邪魔する者は馬に蹴られるっていうけど、今回は許してほしい。なにせ人命に関わるのだ。



「ウェルディさん、魔薬について、貴方が知っている事を洗いざらい吐いてください」



 彼は魔薬に関してまったく関係ないかもしれない。でも、広まり始めた一ヶ月前という時期。魔法が使えるようになるという効果。彼を疑う理由はいくつかある。

 もちろん、彼が魔薬をバラ撒いていると考えるには、否定材料もあるけれど。



「……これはこれは。どうやら疑われているみたいですね。

 良いでしょう。立ち話もなんですし、どこかのお店に入りましょうか」



 俺の言葉を聞いて、ウェルディは笑みを黒い物に変えて、そう提案する。

 確信した。やっぱり、彼は何か知っている。


 こうもあっさりしているって事は、犯人という訳ではなさそうだけど。

 とにかく、全てを話してもらおうか。




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