四十八話:ノーベラル王の頼み
「我を、ザッカニア王と引き合わせて頂きたい」
そう言い放たれた言葉を、ロナルドさんは目を瞑ってのみ込んでいく。数秒考えて、目と口とを同時に開いた。
「……陛下に謁見したい、ですか。いったいなんの為に?」
ロナルドさんが、じっと円卓の向かい側に座るコルネリウスの目を見つめる。彼が抱いているその警戒は、仕方のない事だろう。連れていって、玉砕覚悟の自爆特攻でもされたらたまったもんじゃないものね。
「今おこなっているうちとそちらの戦争を、終わらせる為に」
「それは……こちらとしてもありがたい事ではありますが。王よ、まずは使者を送るべきでは?」
「ああ。本来ならば、まずそなたに手紙を渡し、招かれるのを待つべきであるだろうが……それでは、遅い」
苦々しく、コルネリウスは顔をしかめた。
それはどういう事かと問われる前に、彼は苦虫を踏み潰したような顔そのままに続ける。
「ノーベラルはピルグランドの力を借りている。そして先方は、もっと戦争を続ける事を望んでいる。故に、我が戦争を止めようとしてる事を知られれば、妨害してくるだろう」
「な……!?ピルグランドは、ザッカニアと不可侵条約を結んでいるハズですが」
コルネリウスの答えが、ロナルドさんを一瞬絶句させた。だがすぐにそうであるハズがないと、いや、そうであってはならないと、ロナルドさんが反論する。
「だからこそ、ピルグランドはうちを使ったのだ。条約に違反する事なく、ザッカニアの国力を削る為に」
だが、それに対する言葉は非情なものだった。
今、ロナルドさんの頭はかなり回転している事だろう。戦争中の敵国の王と、自国と条約を結んでいる隣国、どちらを信じるべきかと。
そして、その葛藤を破ったのは、隣に座るノーヴェさんだった。
「……ない事はない、かもしれないね。そもそもアタシ達は本来はザッカニアではなくピルグランドに逃げるつもりだったんだ。つまり、十年前から繋がっていたという事だろう?」
だんだんと、ノーベラル側の言い分を否定する材料が潰されていく。 一つため息をついて、ロナルドさんは前髪をかきあげて頭を抱えた。その表情からして、コルネリウスが嘘を言っていないと認めているのだとは思う。ただ、本当にそうであったのなら、かなりきつい事になる為に認め難いのだ。
そこに、コルネリウスの追撃が入る。
「そもそもとして、だ。小国であるうちが、世界有数の大国であるザッカニアと現状戦えている事がおかしいんだ。本来ならば我等はとっくのとうに蹴散らされ、逆にノーベラルの国土にザッカニアの兵が足を踏み入れているだろう。そうなっていない事こそ、大国……ピルグランドがうちに力を貸している証左に他ならないと思うが?」
「……ええ、その通りです。問題は、ピルグランドがザッカニアの国力を削りたいとして、その目的はなんなのか、という事」
口を歪めながら、忌々しそうにロナルドさんが認めた。そして続けて言った問題を、俺も考えてみる。
一つは率直に、疲弊したところを攻め込み侵略したい。もしくは、戦争によって物資が足りなくなったときにわざとらしく助けて恩を売るつもりか。はたまた、弱みにつけこんで輸出を増やしたり、その輸出品の値段を吊り上げて儲けを増やしたいのか。
ザッカニアにとってはそれも度しがたい事だろうけど、個人的に後二つならばまだ良いと思う。けれど最初のであった場合、すなわちそれは今以上の大戦が起こるという事であり……沢山の人が死ぬ。
そんな事、許容出来るハズがない。
「目的なんて関係ないだろう。重要なのはピルグランドがうちとザッカニアとの戦争を望んでいるという事実だ。……ただ一つ言わせてもらうとすれば。今代のピルグランド王は、かなりの野心家だ」
コルネリウスの言葉に、ロナルドさんとノーヴェさんに緊張が走る。
野心家。もしそれが事実なのだとしたら、ザッカニアの領土を狙っている可能性が高い。
ノーベラルを捨て駒にしてザッカニアを疲弊させ、その間に領土を奪い取る。 そんな心積もりなのだろうか。もしそれに成功すれば、一躍ピルグランドは世界一の大国となる。
この館で俺が読んでいた本によれば。かつての乱世で覇権を握ったザッカニア、そこに隣接する、古くからの歴史を持つピルグランド、そしてその二国と小国をいくつか挟んだ先にある、この世界では珍しい共和制の国であるブリカッシュ。
この三国が三大大国と呼ばれている……らしい。けれどまだ未到達の部分もあるとの事で、他に国がある可能性もあるとか。
ちなみにだけど。共和制のブリカッシュは、君主制の国にとっては自らの政治基盤を揺るがすとして、何度も攻められたらしい。けれども複雑な地形を生かしてその全てを防ぎ、逆に領土を拡げて行って大国となった国だそうだ。
まあ、そのブリカッシュについては、今はどうでもいいね。
ともかく、野心に溢れる現ピルグランド王が何かしたいのであれば、ザッカニアが邪魔なのだ。たとえザッカニアに手を出すつもりはなかったとしても、他の小国を攻め落とした場合、文句を言われかねない。ザッカニアとしても、戦争をする隣国が力をつけたら自国が危なくなるし、批判するだろう。周囲の国と同盟を組んでピルグランドを追い詰めて来るかもしれない。ピルグランドとしては、それが煩わしい。
だからこそ、ノーベラルを利用したのだ。
「流石にザッカニアと全面戦争をするのはリスクが高過ぎるが故に、ピルグランドもそこまでは踏み切らないと思うがな。ただ……。逆に言えば、それ以外ならしてくる可能性は、なくはない」
嫌がらせ。策謀。謀略。
ノーベラルをけしかける事を筆頭に、これからいったいどんな手をうってくるのか。頭の痛くなる案件だなぁ……。俺としては国のいざこざに首を突っ込みたくはないけれど、ロナルドさんが貴族ならば関わる事になるのは間違いないからね。
そんな時、コルネリウスが「まあ」と思考を遮断してきた。
「今はピルグランドの思惑を推測するより、我とザッカニア王の会談を設けてもらえるのか、答えを聞かせてもらいたいのだが?」
「……私の一存では決められません。とりあえず、陛下に提案だけはしておきましょう」
「うむ、よろしく頼むぞ」
「でも、コル兄さ……コルネリウス様。陛下と会談と言っても、そう簡単にはいかないんじゃ……じゃない、簡単ではないのでは」
鷹揚に頷くコルネリウスに、ノーヴェさんが従兄としてではなく王として接しようとして、微妙に口調に戸惑いながら苦言を呈する。
それもその通りだろう。敵国の王が突然対談したいと言ってきたところで、何か裏があるのでは、と考えるだろうし。
けど、そう思われるのは予想していたみたいだ。すぐに答えを返す。
「ああ。普通ならそうだろう。だからこそ、土産を持っていく」
「土産……ですか?」
「ああ。具体的には、人が後天的に魔法を使えるようになる方法などの、ノーベラル特有の技術……とかな」
コルネリウスが黒い笑みを浮かべながらそう告げた瞬間、思わずといった感じでロナルドさんが音を経てて立ち上がった。その後すぐに座り直したが、まだその顔に驚愕の色が残っている。
……ロナルドさんがあれほど驚く事だから、魔法の技能というのは、先天的な才能によるものが大きいのだろう。けどゲームでは種族によって得手不得手はあったものの、努力というか成長のさせ方しだいで魔法は誰でも使えるものだったから、いまいち魔法使いの特異性が分からないんだよなぁ。
そういえば……俺の体はいとも簡単に、大した訓練をしなくても魔法が使えたけど、どういう事なんだろう。
そんな事を考えていたのだけど、ロナルドさんが唸りに近い声をあげた事で意識を戻した。
「……本当に、そんな物が?」
「あるさ。詳しくはウェルディに聞け」
そうコルネリウスに振られ、皆の視線がウェルディに集まる。
けれどウェルディはその視線の主達をぐるっと見回しはしたものの、ニコニコ笑うだけで何も言いはしない。痺れを切らしたように、ノーヴェさんが「教えてくれないかい?」と聞いて、ようやく話し 始めた。
「ある魔法使いのおかげで、人工的に魔法を使える人間を造り出せるという事は分かっていましたからね。トライアンドエラー、実験を繰り返して方法を見つけたんですよ」
実験、の部分で思わず、反射的に体が小さく跳ねる。脳裏に、忘れようとしていた凄惨な光景が浮かび上がってきた。
幸い、全員ウェルディを見ていたから誰も気付いていない。目を閉じると余計はっきりと写し出されるから、目は開いたままそっと深呼吸をする。
……よし、落ち着いてきた。
「何より、ヴィッセル卿。貴方は身をもって人造魔法使いの魔法を知っているでしょう?」
「ッ!……彼等か」
ウェルディの言葉に、ロナルドさんの顔色が変わる。
どうやら、ロナルドさんには心当たりがあるようだ。それは多分……俺が見つかった時の、あれ。
その事に思い至り、ウェルディを睨み付ける。だがそんな事はお構い無しに、俺としてはかなり鋭い視線をうけても涼しい顔だ。
「……確かに、それならやすやすと広めて良い情報ではないですし、陛下が直接話を聞く価値のある事でしょう」
「ああ、そうだろうな」
ロナルドさんは視線をコルネリウスに戻して、そう言う。
それを聞いて、コルネリウスは腕を組んで満足気に、ニカッと笑いながら頷いた。
「ですが。いや、だからこそ。そのような技術を持っている者を、陛下に紹介し難い」
「どんな手で害されるか分からないからな。つまりは、信用されてないという事か。まあ、至極当然の事だな」
「……そういう事になりますね」
遠回しに言った事を率直に言い直され、やや気まずそうな、だが毅然な態度でロナルドさんが肯定する。
そんな対応をされ、だが予想をしていたようで若き王に戸惑う様子はない。その姿は、やはり凛々しいと言える。
「ヴィッセル卿が危惧しているのは、そなたの主に、我が何かしないかだろう?ならば……我に絶対契約を掛ければいい。『コルネリウス・ノーベラルはザッカニア王に危害をくわえるような行為をしてはならない』とな」
その提案に、俺はあんぐりと口を開けた。
確かにそれは信用を得るのにかなり手っ取り早い方法だと思う。でも、それはザッカニア王に殺されそうになったとしても抵抗すら出来ないという事じゃないだろうか。
抵抗すれば、誤って傷付ける可能性が生じる。それは『危害をくわえるような行為』という文言に反し、ギアスを破る事だ。そしてギアスを反故にした人間に待っているのは……死。
ザッカニアは王政ではあるが、王が絶対的は権力を持っている訳ではないらしい。ならば、もし家臣が彼を殺せと訴えたら、処刑を免れないのではないだろうか。
いや、でもウェルディが居る。転移魔法がある。抵抗は出来なくても、逃げる事は出来るか。
けれど、次にコルネリウスが言った事は、俺達に今日最大の驚愕をもたらした。
「正直、我は処刑されても構わないと思っている」
「なっ!?」
「陛下!?」
ノーヴェさんと俺が、強く机を叩いて立ち上がる。
どういう事なのさ。死に逃げなんてさせないって、生きて働けと言ったハズだよ!?
「まあ処刑というのは極論だ。だが、ノーベラルをザッカニアの保護国にしても良いとすら思っている」
「王よ、それは……」
「当然、ノーベラルを好きにはさせないさ。ギアスで民を苦しめるような圧政は出来ないようにするつもりだが……少なくとも、我は王座から下りる」
淡々と告げられる事を、俺は飲み込めない。逃げる気か、と文句を言いたくなる。
「陛下、何故ですか。民を見捨てるのですか」
「戦争を仕掛けた王が、なんの責任も負わずにいられる訳がなかろう」
「う……」
「それに我は王の器ではない。王とは、民の為に身を粉にし国の発展に尽力する者だ。だが俺はどうだ?民ではなく従妹の為に動いて、守るべき民を痛め付けた。身勝手な理由で戦争を起こした事で、俺は何百、いや何千の人間を殺した?しかもその動いた事がてんで的外れの愚行だ。そんな男が、王であって良い訳がない」
そこまで一息で言った後、ふう、とため息をついて、達観したような表情を見せる。
それを見て、俺は……何故か、凄く怒りが沸いてきた。理由は分からない。
「でも、コル兄さん──」
「陛下!」
気付けば俺は、何か言おうとするノーヴェさんを遮って、大声を出していた。
その場に居る、一人を除いた全員が俺を驚いたように見る。
その例外──ウェルディは、楽しそうに笑っていた。