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どうやら俺は異世界で聖女様になったようです  作者: 蓑虫
第四章 隣国と天才青年+α
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四十四話:奪還せん・上

「まったく、アポイントメントも取らずに押し掛けるなんて、マナーのなっていない方々ですね」



 やれやれと肩をすくめながら、ゆったりと歩きだすウェルディ。その姿を視界に入れて、三人は各々の得物を取り出して睨み付ける。

 突然の侵入者だったからだろうか。ウェルディの格好は、仕立ての良い青を基調としたフォーマルウェアで、戦闘に適した装備ではない。刃が薄く反っている、ルークやバドラーが見れば刀と言うであろう奇妙な形状の剣を手に持っているだけだ。

 そんな悪条件で、更に三対一という不利な状況にも関わらず、ウェルディは余裕のある笑顔を崩さない。



「貴女方の用事は分かっているつもりですが、こちらにも予定というものがありますので。今日のところは、お帰り願いたいのですが」



 それでも流石に戦いたくはないのか、階段を降りきったところで、ウェルディはそう告げる。

 しかし、ここまで来たノーヴェ達がそんな言葉で引くと思っているなら彼女等を見誤っているし……分かっていながら言っているのなら、馬鹿にしているとしか思えない。



「何をいけしゃあしゃあと……。ふざけないで!」



 当然ながら、エイミィが強く反発し、今にも彼に飛び掛かりそうになる。彼女は更に噛みつこうとするが、ロナルドがそれを止めた。



「ルークをこちらに返してくれるのなら、俺達はすぐに喜んで帰るぞ」

「それはまだ出来ませんねぇ。それより、今現在彼女がここに居るとお思いですか?」



 ロナルドの言に対して、ウェルディが目を細め薄ら笑いを浮かべながら言った答えに、ノーヴェとエイミィは歯を食い縛る。人や物を一瞬で移動させる魔法を、彼女達はその目で見ているのだ。既にルークがあれでどこかに行っているのならば、また振り出しに戻ってしまう。いや、今度はルークの居る場所の候補すら掴めないから、振り出しよりも前だ。

 そんな悲壮感と苛立ちが二人に立ち込める。だが、ロナルドの言葉であっという間に払拭された。



「ああ、居るさ。確かになぜ転移するという魔法で逃げないのかは不思議だが、既にルークが居ないならお前やあの魔法使いがわざわざ出張る必要がないだろう。俺達が無人のこの館でルークを探している内に、こっそり外に出て館ごと大魔法で焼き払えば良いんだからな」



 その指摘でみるみる内にノーヴェとエイミィの顔が明るくなっていく。そしてウェルディは……まったく変わらない。何を考えているのか分からない、美しくも不気味な笑顔のままだ。それどころか、おもむろに手を叩き始めた。



「お見事。その通りですよ、武神。聖女様は、この館のどこかに居ます。……まあ、具体的にどこに居るかはお教え出来ませんが」



 拍手をしながらロナルドを褒めるが、それからはまったく敬意を感じられない。彼には、自分達の神経を逆撫でしようとしているようにしか思えなかった。

 そしてウェルディは手の動きは止め、頬はつり上げたまま、



「そして貴女方を彼女の下に行かせる訳にはいきません。ですので……しばらく私と遊んでもらいましょう」



 そう嘯いて、刀を鞘から抜き放った。

 ノーヴェ達三人に、緊張が走る。三対一という彼女達が有利な状況だとはいえ、楽観は出来ない。それが非常に高いレベルである事はもはや確定的だが、誰もウェルディの本気の実力を見た事がないのだ。ロナルドと戦った時は素手であったし、ハルメラ襲撃事件の時は本気を出していたとは考えがたい。



「ふ、ふん!一人で何が出来るのよ!」



 それでも、自らを奮い立たせる為というのもあるが、挑発的にエイミィがそう言い放つ。

 それはある面から見れば正しくて、別の面から見れば間違っていた。

 ウェルディがクスリと息をこぼす。



「私は一言も、私一人だけだなんて言っていないのですがねぇ……」

「っ!」



 ウェルディが言い切る前に、上から気配を感じたエイミィは咄嗟にそこから飛び退いた。一瞬前までエイミィが居た場所に大きな質量の物体が叩き付けられ、凄まじい音と共に黒光りする球体の一部が床にめり込む。

 小さな舌打ちと、じゃらりという鎖の音を響かせてその場に降り立つのは、スカートが裂かれたメイド服に身を包む女性。その手に持つのは鎖に繋がった鉄球。……いわゆる、モーニングスターと呼ばれる打撃武器。

 その一撃は、避けるのがあと少し遅ければエイミィはひき肉(ミンチ)になっていたと確信せざるをえない物だった。


 奇襲を外した事を確認した女性は、モーニングスターを引き上げ回転させる事で周りを牽制し、一足飛びにウェルディの隣まで移動する。スカートがはためくが、スパッツのようなものを履いており下着は見えない。

 そして彼女は表情を殺して、敵前である事を忘れているかのように彼に一度会釈をした。



「バウアー様、僭越ながら助太刀に参りました」

「助かります。普段であれば三人を相手にするのは問題ありませんが、流石に武神も居るとなるときついですからねぇ」

「ですから私ごときに敬語は止めてくださいとあれほど……。まあいいです。バウアー様、ご指示を」

「では、貴女はあちらの獣人のお嬢さんの相手にして、彼女を通さないようお願いします。私は武神を食い止めますので。

 ああ、無理はしないように。殺す必要はありません。時間を稼ぐだけでいいです」

「かしこまりました」



 今ウェルディの言った事だけではノーヴェが空いてしまう。それはどうするのかなど気になる事はあるが、彼女は質問をしたりせずに頷いた。主がそうしろと言ったのなら、私情を交えずそれだけを考えて完遂するのが優秀な使用人。人によってはそうは考えないかもしれないが、少なくとも彼女にとってはそれが正しかった。

 三人に向き直り、彼女が相手しろと指示された獣人の少女──エイミィを見つめ、地面を強く踏みしめる。エイミィはいつ彼女が飛び掛かってくるかと身構えるが、彼女もウェルディも、いっこうに動く気配がない。

 


「……そう来るか。ならっ!」



 長い睨み合いの末、最初に動いたのはロナルドだった。道をふさぐ二人を右から避けて進むように駆ける。

 先ほどの宣言通り、ウェルディが彼の走るルートの前に割り込み刀を振り下ろした。鋭く速いその一撃を、ロナルドは両の手に持つバスタードソードとフランベルジェを交差させて受け止める。そして右手を翻してバスタードソードで一閃するが、ウェルディはあっさりとそれを避けた。

 更に一撃を加えようとするが、その前にウェルディが連続で突きを繰り出してくる。半身になる事でそれを避けるが、まったくと言っていいほど隙が見つからない事に歯噛みする。



(いや、だったら作り出せばいいだけだ。それに……)



 ロナルドはウェルディから意識を外さないまま、エイミィとノーヴェに視線を向けた。


 ウェルディは時間稼ぎと言った。ならば、理由は分からないにしても時間が経てば経つほど彼に有利になる可能性が高い。そう判断し、アイコンタクトを交わした後、ロナルドに次いでノーヴェとエイミィが同時に地面を蹴った。二人は広がるように、お互いに距離をとって走る。エイミィは左から回るように、ノーヴェは広間の中央を。


 ウェルディとロナルドが激しい戦いをしている中、メイド服の女性は動かなかった。彼女が命令されたのはエイミィを通さない事で、ロナルドの動きは関係ないからだ。そして排除ではなく時間稼ぎである為、エイミィが動かないのなら彼女も動く必要がない。しかし、エイミィが動いたのならば。

 メイドは(ウェルディ)の指示に忠実に、エイミィを遮るように移動してモーニングスターを振り回す。エイミィは少し体勢を低くしてそれをギリギリで避けた。彼女の頭上を圧倒的な質量が通過する。

 メイドの懐に入ったエイミィは、右手を心臓目掛け突き出し、左手は右肩を狙って振り上げた。

 モーニングスターを横に回転させており、メイドの体勢は攻撃を避けるには万全ではない。そもそも、モーニングスターという武器は相手が攻撃を防ぎにくいという利点があるが、それで敵の攻撃を弾いたりするのには向かないのだ。

 故に、この同時攻撃を防ぐのは困難。

 しかし。



「甘いですよ」



 メイドは左手を自らの得物から離し、突きだされた方の剣を横から拳を打ち付け軌道を変える。そして右足から鋭い蹴りを振り上げられた方の剣に放った。両方とも的確に剣の刃のない横の腹を捉えている。



「いつっ……!」



 強引に軌道を反らされた為、今度は逆にエイミィの体勢が崩れてしまう。それどころか、細身であるこのメイドからは想像し難い強力な蹴りは、エイミィの左手を痺れさせた。

 そこに今度は左足が、彼女の顔を跳ね上げようと襲い掛かる。エイミィはそれを剣を持ったまま手を地面に着いて押し、前に進もうとする勢いを殺して頭を引いた。それにより真上に振り上げられた左足を避けるのには成功するが、すぐに踵落としのように振り下ろされる。それは柔らかい体を生かして後ろに飛び退いて距離をとる事でなんとか避けた。


 離れた彼女に追撃はない。メイドが命令され、行おうとするのはあくまでも通さない事。エイミィが動かないなら、彼女もまた動かない。


 エイミィはメイドとじっと対峙し、ロナルドとウェルディは高速で剣を交わしている。その隙間を縫うように、ノーヴェが走る。

 彼女達を殺す必要はないとウェルディは言ったが、それは彼女達も同じだ。

 ウェルディに憎しみの感情がないとは言わないが、今最優先ですべき事はルークの救出。それならここはロナルドとエイミィに任せて、自分はルークを探しにいくべき。ノーヴェはそう考えたのだが。



「行かせません」



 彼女に向かって豪炎が放たれる。 正確に言えば、彼女を動きを阻害するように、彼女の目の前に。

 ノーヴェは燃え盛る炎の前でたたらを踏む。だがすぐにそれを回って奥に進もうとして、再び炎で塞がれる。

 どうやら徹底的に進ませないようだ。そして、こうなるとウェルディを行動不能にしないとルークを探しに行けない。

 そう判断したノーヴェは踵を返し、向かうのは、ウェルディとロナルドの下。二人がかりで一気に倒してしまおう、と。



「それは止めて欲しいですねぇ。では、そういう訳で……Drei(三番)



 だが、それを許すウェルディではない。

 ここは彼のホームグラウンド、当然仕掛けがある。その内の一つを発動させた。

 ノーヴェとウェルディとの間に分厚い炎の壁が立ち上ぼり、あっという間に彼等を分断する。そして彼女が足を止め方向転換をする、その合間の時間に、



「次いでZwei(二番)、そしてFunf(五番)



 続けて文言(キーワード)を口にした。すると更に炎の壁がノーヴェを閉じ込めるように、隙間なく三角の形で彼女の周りで燃え上がる。

 原理としては、細かいところが異なるものの、マジックスクロールとよく似ていると言えた。予め床に魔法を込めておき、魔法を設置した人間が特定の文言を唱えればそれを発動させるというもの。

 この魔法の使い方の長所としては、長ったらしい呪文を唱える必要がないため素早く発動でき、無詠唱で使うより遥かに消費魔力が少なく、高い威力と精度で魔法を行使出来るという点だ。更に魔法を仕込んでから時間が経てば、いざ戦闘となった時には既に使った魔力は回復している。もちろん、発動する際に多少なりとも魔力は使うが、普通に魔法を行使するよりずっと少ない。

 短所は一度限りである事。それと実際に使うよりも前に魔法を仕込む為、どこで、どんな種類の、どれくらいの規模の魔法であるかが決まっており応用力に欠ける事。


 しかしそんな短所はウェルディには関係ない。彼は幾重にも張り巡らせた魔法の一つ一つの位置と種類、規模を記憶し、それらを効果的に使えるようタイミングとどれを使うかを瞬時に決定する。それにより、その時の最適な魔法を使い分けるのだ。



「余裕そうだな」



 その時、ウェルディの意識がノーヴェに移っていた僅かな隙を見逃さず、ロナルドの二刀が振り抜かれる。

 フランベルジェは刀に受け流されて金属が擦れあう音が響き、高速で叩き付けられた刀身から火花が散った。バスタードソードの方はウェルディの体を掠めたものの、素早い動きで避けられ脇腹を少しだけ切るにとどまる。

 その手応えのなさに舌打ちしつつ、反撃が来る前にロナルドは一歩下がった。

 すぐにウェルディの刀が先ほどまでのロナルドの首があった場所を斬る軌道で一閃、振り抜かれた後にロナルドが距離を詰める。

 二人とも足を止める事がない。常に高速で動き回って剣を避け、受け流し、得物を相手の急所に叩き込もうと隙を伺う。それは殺伐としていて、しかし舞のように美しかった。



「どうした、俺には魔法は使わないのか?」

「貴方は魔法の核を壊して消し去るという離れ業をやってのけるじゃあないですか……。まあ、そこまで言うのでしたら」



 魔法を使えない人間や、中堅以下の魔法使いにはあまり知られていない事だが。魔力を常時制御し続けるのは効率が悪い為、一般的に魔法には魔力を固定している核が存在する。それが破壊されれば魔力が霧散し、魔法は無効化されるのだ。

 尤も、その核を見つける事すら困難であるというのに、それを意識的に破壊するなどウェルディの言う通り離れ業なのだが。絶えず核の位置は変動するし、生半可な威力では破壊出来ない上その一撃に魔力が伴っている事が前提であるからだ。


 ウェルディの右手から、雷がロナルドに迫ろうと形成される。だがロナルドは魔力の流れを認識し、その核にバスタードソードを突き立て破壊した。

 ロナルドは無意識のうちに、剣を振る際魔力を纏わせている。魔力を変換する能力、すなわち魔法を使う適正はないが魔力は多少持っていた。でなければ核を壊す事は不可能である。

 しかし、ロナルドの持つ魔力量は多いとはとても言えない。魔法使いではない為仕方ない部分はあるのだが、少ないとすら言える。彼の魔力が底をつけば、この避け方をする事は不可能だ。


 ウェルディは再び同じ魔法を展開。空中に更に二条、いや三条の雷が現れた。

 ロナルドは二つを先ほどと同じ要領で破壊し、残りは軌道を予測して体を反らす事で避ける。その間に、このまま遠くから魔法メインで戦いたいのか、距離をとろうとするウェルディ。だが、離されはしまいとロナルドは追い縋る。

 それを見て、ウェルディは口元を三日月状に歪めた。



Acht(八番)

「が、ぐあっ!」

「くっ……」



 地面から噴き出した炎がロナルドの左足の膝から下を焦がしていく。

 誘い込まれた形だが、 ロナルドにこれを予想しろというのは酷だとも言える。敵にダメージを与える為に、自分をも巻き込んで魔法を使うような人間を、ロナルドは初めて見た。自らを囮としたり、死を前提として戦う者はいくらでも居たが、魔法使いが自傷をするのは予想外が過ぎる。

 そう、魔法の炎はロナルドだけでなく、ウェルディにも及んでいた。むしろダメージの大きさなら、ロナルドよりもウェルディの方が大きいと言える。ロナルドは左足のみだが、ウェルディは両腕を焼かれていた。

 だが、ウェルディは治癒魔法を使える事を考慮すれば彼にとってダメージは少ないか。


 流石に炎に突っ込む真似は出来ないし、核を破壊しても気配からして大きく距離をとられている。ならば先にノーヴェを助けよう。

 そう考えて、ロナルドは魔力と気配を意識しながら、右足だけでノーヴェが包まれている炎の前に移動する。片足が使えないのは痛手だが、ロナルドはこういう場合にも慣れてもいた。


 彼が三回剣を振るい、ノーヴェの周りの炎は消え去る。彼女は一言「すまないね」と言い、彼の左足を見て眉をひそめた。



「これは気にするな。俺のミスだからな」



 何か言いたそうなノーヴェだったが、治癒魔法の名手であるバドラーが後から来るだろうから、今は置いておこうとロナルドの左足から目を離した。

 そしてウェルディがその先に居るであろう炎壁に視線を向けたところで、外から凄まじい轟音が響き地面が大きく揺れる。更に膨大な量の魔力が、ここまで流れ込んできた。



「これは……。バドラー!?」



 この現象に推測をつけ、ノーヴェが悲鳴に近い声を上げる。

 以前、ルークがおこした魔力震。それより数段規模が大きいこれを、攻撃魔法を使えないバドラーがおこしたとは考えづらい。ならば、これは彼が対峙している魔法使いによるものだろう。バドラーは大丈夫なのか、不安が彼女達の脳裡によぎる。

 だが、彼女達にバドラーを心配する余裕などなかった。

 流れ込んできた膨大な魔力により、ウェルディと彼女達を遮っていた炎の壁が吹き飛ばされる。そしてその先にある光景を目にして、ノーヴェは目を見開いた。


 大量の剣が宙に浮いている。その数は咄嗟には判断がつかないが、十や二十ではきかない。

 切っ先を彼女達に向けるそれらの下で、ウェルディはかつてないほどの、おそらく彼の心からの笑顔を浮かべていた。



「いやぁ、一度これをやってみたかったんですよねぇ」



 そんな場違いに呑気な声の後、大量の剣がノーヴェとロナルド目掛け発射された。






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