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どうやら俺は異世界で聖女様になったようです  作者: 蓑虫
第四章 隣国と天才青年+α
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四十二話:豹変/侵入

 ふわふわの柔らかい高級カーペットに手をついていたコルネリウスが、メイドさんの言葉を受けて立ち上がる。その眼差しは、さっき涙を流していた事が嘘のように凛々しく、王の風格を携えていた。



「今、侵入者は何処に居る」

「はい、少々お待ちください。……男一人は庭の中程でナナ様と対峙、他三人は玄関ロビーに進入したところで……今バウアー様が止めました」



 メイドさんもこれまでの変態性は鳴りを潜め、きびきびと質問に答える。答える前に目を瞑り右耳を手で覆いながら魔力を発していたから、何かしらの探索(サーチ)系魔法を使ったのだろう。この人も魔法を使えるのか。ただの変態メイドじゃなかったんだね。



「ふむ、分かった。ウェルディとナナが防いでいるのならよほどの事がない限りここまで被害が及ぶ事はないだろう。下がっていいぞ」

「しかし、侵入者が四人だけとは限りません。別動隊が居る可能性もあります」

「だとしても、それを見逃すウェルディじゃないだろうし、我がここに居る事も知らないだろうから気にするな。いいから下がれ。お前だけでも逃げていていいぞ」

「……かしこまりました。ですが陛下を残して私だけ逃げる訳にはいきません。私も、微力ながらバウアー様の助力をしてまいります」



 腰を曲げて上品に一礼し、微笑を浮かべながらメイドさんは退室していく。扉が閉まると同時に微かに布が裂ける音と、バンッという大きな強く床を蹴る音が響いた。

 ……あの戦闘には向かなそうな長いスカートを切ったのかな。というか扉一枚隔てたここまではっきりと聞こえるって、どれだけの力で蹴ったのだろう。


 背後の青年の気配を感じながら、扉を見つめる。メイドさんは急いで出ていったから鍵は閉まっていないし、今なら逃げて皆と合流出来るかもしれない。



「──どこへ行く気だ?」



 そして一歩踏み出した足を止めざるをえない、咎めるような声がかけられた。鋭い視線を背中に受けながら、頭を回転させる。

 全力で走って逃げても捕まるだろう。ブーストをかけていない俺の足は、遅くはないけどお世辞にも速いとは言えないし、よく鍛えられた体を持つコルネリウスが俺より速いであろう事は想像に難くない。

 ただ、彼が追いかけてくるかは分からない。俺がウェルディに強引に連れてこられたと知らないのなら、俺がその侵入者達と合流しようと考えているとは思わないだろう。彼がその事を知っているかどうか。



「……失礼を承知で申し上げます。陛下がいらっしゃったこの時にタイミングよく侵入者が来るというのは偶然とは考えづらいです。つまり犯人は陛下の動向を知っており、陛下を狙っているのではないでしょうか。

 だとすれば、陛下のそばに居ると巻き添えを喰らいかねません。この首輪のせいで魔法を使えない今の私では抵抗出来ませんし、まだ死にたくありませんので。それに私には陛下を守る義務も理由もありません」



 背を向けたまま、辛辣な言葉を投げ掛ける。

 もちろん、本当にそう思っている訳ではない。いや、後半は紛れもなく本音だけど、前半はとっさに考えた言い訳だ。こう言えば、『うろつくのは危ない』という名目では引き留められないだろう。王としての強権で有無を言わさず、っていうのはあるかもしれないけど、そこまでして戦闘力皆無の俺をこの場に残しておく理由があるとは思えない。彼が、ウェルディが俺を誘拐、軟禁している事を知らなければ、だけど。

 念のため、チラリとコルネリウスを一瞥する。その表情に怒りは見えない。腕を組み、目を瞑っている。

 それを確認し、歩みを進めてドアノブに手をかけて。



「……なんでしょうか」

「ちょっと待ってくれ」



 引き開けようとして、頭上から伸びてきた手で押さえられた。

 首を回して顔を見上げながら、目で説明を求める。

 彼はウェルディの行為を知っていて、皆に合流出来ないように引き留めているのか。そうだったら、この人も、たとえノーヴェさんの家族だったとしても、明確な『敵』だ。視線に力を込める。



「すまないが、ここに居てくれ。少し、話がある」

「嫌です」

「悪いとは思う。だか、ルークに拒否権は与えられない。客人に、レディ相手にする事ではないが、一つ言わせてもらおう。──残るか、ここで死ぬか選べ」



 首に冷たい物が当てられる。彼の腰に提げられていた長剣、それが抜かれ俺の首筋に、そっと触れた。ギリギリで止められており、傷はついていない。

 その鋭い剣筋は、眼は良いから見えてはいた。頭では反応も出来た。けれど、体が追い付かず避けれない。

 ……脅迫、か。

 刃に触れず、かつそれから離れすぎないようにしながら、首だけでなく体をコルネリウスに向ける。



「私を肉壁にでもするおつもりですか?」

「いいや。我はあいつらを信頼している。それにこの館にいろいろな仕掛けもあるし、ここまで辿り着く事はない。だから肉壁にする状況にならないさ。

 さっきも言った通り、話をしたいだけだ」



 最初はあまり乗り気でなかった癖に。土下座してまで頼み込んできたあの事に関する事だろうけど……頼んで拒否されたからって脅すって、最低。それほど重要な事なのかもしれないけど、こっちはそっちの事情なんて知らないよ。

 でも、これは利用出来るかもしれない。



「では、話が終われば行ってもいいでしょうか」

「……まあ、ここにいた方が安全だとは思うが、ルークがそれを望むならかまわない」



 よし、言質ゲット。



「分かりました。それで、話とは?」

「先程ルークが呟いた、ノーヴェという人物について話してくれ」

「ノーヴェさんについて、ですか……」



 けっこう小さな声だったんだけど、聞いていたんだ。

 俺の知り合いについて、からノーヴェさんについてに変わったのには少し驚いたけど、やっぱりという気持ちも大きい。ノーヴェさんの名前に反応したって事は、予想通り何か関係があったんだね。

 ……それにしても、俺の馬鹿。なんで隠しておこうとした事をぼろを出すレベルじゃなくあっさり漏らしているのさ。この世界で一緒に過ごした時間が一番長いのがノーヴェさんだから真っ先に名前が上がったけど、エイミィかバドラーの名前だったらこうならなかったのに。というかそもそも思った事を口に出しすぎだ。

 まあ、それは要反省事項だけど置いておいて。どうしようか。

 嘘はつけない。さっきみたいに看破されたらまずい。じゃあどこまで話すかだけど……余計な事は言わないで、俺の恩人であるってところまででいいかな。



「ノーヴェさんは、人さらいから逃げて、森の中で倒れていた私を助けてくれた恩人で……さっきは黙っていましたが、陛下によく似た女性です」



 コルネリウスが拳を握る。喜びにうち震えているのか。ずっと離れていた家族(多分だけど)の情報だから、仕方ない事なのかもしれない。



「その後も私と一緒にいてくれて、私を導いてくれた、優しい女性(ひと)です。そんな人だから、私なんかの為にここまで来てくれたのだと思います」

「…………そうか」



 胸に手を乗せ、目を伏せながら、目の前には居ない人物への感謝を込めて話した。少しの間の後、コルネリウスは顔に右手を当てて両の眼を覆い、肩を震わせる。

 泣いているのか──そんな俺の想像は、大きく外された。



「ククッ、フフフ、ハハ、アハハハハハ!」

「!?」



 俺の首筋から剣を下ろして手で眼を覆ったまま、高らかに、狂ったように笑いだすコルネリウス。その突然の豹変に、俺は理解が及ばない。背中に厚い扉が当たる。出来たのは、自らの体を抱きしめて、眼前の()()から一歩距離をとる事だけだった。



 ◇



 ルークがノーベラル王、コルネリウス・ノーベラルの豹変を目の当たりにしたところから、時刻は少し遡って。日は既に没し、雲がかかって星も見えず暗闇が広がっている。広大な敷地を持つ、かつてノーベラル国の王族が別荘に使っていた、エルバに存在する館の、その庭を四の影が駆けていた。

 人間の赤髪の女性、同じく人間である中年の男性、蒼い毛並みの猫の獣人の少女、分厚い鎧に身を固めたエルフの青年。この館に囚われているルークを救いに、ザッカニアから乗り込んできた四人だ。


 木陰に隠れながら、誰にも見つからないように進む。木々が無くなり、拓けたところの前で足を止めた。 これより先はスピード勝負、全員がそう認識する。



「あの玄関の前に二人、見張りっぽい男が居るよ。距離は百五十位かな」



 獣人特有の鋭い嗅覚と聴力で見張りの存在を察したエイミィがそう告げた。それを受けて、暗闇でその姿が見えないにも関わらずノーヴェは矢を弓につがえて引き絞り、それをエイミィが「待って」と止める。



「弓は止めた方がいいかも。ノーヴェの腕なら私が指示すれば当たりはするだろうけど、よっぽど運が良くなきゃ殺せない。その後応援を呼ばれたら困るし、こういう時は私に任せてよ」



 そう言って、エイミィは体を低く地面スレスレまで傾けて音もなく走りだした。見張りの男達は辺りが真っ暗な事もあってエイミィに気づく気配はない。

 見張りとの距離が四十メートルをきったところでエイミィは真横に跳躍、見張りの視界に入らないようにする。そしてそこから二回地面を蹴り、より距離をつめた。

 四人は知らないがここには今一国の主が家臣(ウェルディ)にやや強引に、お忍びで連れてこられている。故に警備は普段より厳重で、見張りの質も高い。エイミィの剣が届く間合いに入る前に、消していた気配に見張りが気づいた。

 しかしエイミィは見張りが気づいたその瞬間、行動を起こさぬうちに手に持っていた夫婦剣の片割れを投げる。投げられた剣は本来投擲用ではないのだが、綺麗に切っ先を前に向け、片方の見張りの心臓を貫いた。

 息を漏らし、崩れ落ちる見張り。突然倒れた仲間に動揺するもう一人だが、瞬時に剣を抜く。しかし、エイミィにはその一瞬の動揺で十分だった。



「……遅いよ、お兄さん」



 見張りの背後に回っていたエイミィが、その首を切り落として小さく呟く。投げた剣を回収し、二本の剣を軽く回して血を飛ばし、木の陰に隠れている三人に手を振った。

 それを確認して、ノーヴェ達はそっと走り出す。このまま早く侵入しようとしたところで、嫌な予感がバドラーに警笛を鳴らした。



「プロテクション!」



 その予感を信じてバドラーは咄嗟に防御魔法を発動し、魔力で出来た不可視の壁がエイミィを包む。そして、飛来した雷を相殺して消え去った。

 自分目掛けて魔法が放たれた事に気づいたエイミィは急いで三人と合流しようと一旦引き返し、四人は館の入り口まで五十メートルの辺りで立ち止まる。

 雷を放ち、彼らを遮るように入り口との間に降り立ったのは、鳶色の長い髪をたなびかせる美女──ナナ。



「ちぇっ。防がれた」



 彼女は不服そうに頬を膨らませながら、空中に炎を作り出した。バドラーは魔法を自らに集める魔法、(デコイ)を唱えて先頭に立ち炎を防ぐ。



「作戦通り、彼女の相手は任せてください」



 鉄を軽々と溶かすような炎を全身に浴びてなお平然としながら、エルフの青年は言う。それに頷き、駆け出すノーヴェ、エイミィ、ロナルド。



「行かせないよ!」



 ナナはノーヴェ達を狙って炎を放つ。しかしそれはバドラーの(デコイ)によって方向が変わり、バドラーを直撃する。しかし、その炎はバドラーに眼に見えるダメージを与えられない。彼が一言「ヒール」と唱えれば全て消える程度。

 そしてバドラーは自分から視線が外れた隙にナナに近づき、斧を振り下ろす。ギリギリのタイミングでナナの防御魔法(プロテクション)が発動し弾かれるが、もう一度叩き付けて防壁を砕いた。そのまま押しきろうとして、胴体に衝撃をうける。ダメージは少ないが、少し距離が開いた。

 この攻防の間に、ノーヴェ達は館への侵入に成功している。その事実に、ナナは悔しそうに顔を歪め、バドラーは頬を吊り上げた。



「なんだ、どうせ防がれるなら、攻撃する前に『余所見していて大丈夫か?』と言っておくべきだったな」



 ふてぶてしく、飄々と、煽るようにそう言うバドラー。それに対しナナの返事は、



「猛る炎よ、眼前の敵を焼き払え、焦がし尽くせ、消し去れ!その力を示せ!

 原初の理たる炎、美しき炎、広がりし炎!」



 呪文の詠唱だった。

 彼女は失敗した。三人の侵入者を許してしまった。これ以上の失敗は許されない。だからこそ、このマッチョエルフを打倒する必要があった。



「行くぞ!」

「さあ、焔よ、荒々しく燃え盛れ!──ヴェルファイア!」

 


 爆炎が立ち上った。


 一方、ノーヴェ達は背後の凄まじい音はバドラーを信用して無視し、館を進む。広間に出た時だった。



「止まれ!」



 ロナルドが、エイミィの腕を引っ張る。次の瞬間、さっきまでエイミィが立っていた場所が爆発した。

 ノーヴェは上に視線を向ける。そこには、ウェルディが笑顔で立ち塞がっていた。




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