四十一話:ノーベラル王との会談
髪と瞳の色は同じ。男女の違いはあるものの、体格も似ている。そして顔立ちは、やや鼻の形が違う事を除けば、そっくりだった。
まさしく、男性版ノーヴェさん。世界には三人のそっくりさんが居るとは言うが、よく似ている赤の他人という事はないだろう。絶対彼とノーヴェさんには血縁関係がある。
じゃあなぜそんな人がノーベラルの王座に座っているのか。混乱し、頭の中でノーヴェさんの顔がぐるぐる回っていた。
しかし当然ゆっくり考えている時間などなく。
俺の呟きは聞こえなかったのか、それに対する反応はない。扉のすぐ前で立ち止まっている俺をしばらくじっと観察していたが、一向に俺が近づいて来ない為かおもむろに立ち上がり、こちらに歩いてきた。
立ち上がった事でその全容を見られるようになる。身長はウェルディよりやや低く、百八十センチに届かない位か。ほどよく引き締まっており、少し動きづらそうな服の下は鍛えられた筋肉がある事を感じさせる。腰に提げている長剣は、無力な今の俺にとってはちょっと怖い。
彼は俺の前で足を止めると、俺の顎を掴んで顔を上げさせてくる。それにより、俺が見上げる形で、近距離で見つめあう事になった。
「ふむ、確かに美しい少女だが……。名はなんという?」
「ル、ルークと申します」
「ではルーク、なぜ我に謁見する事になったか、その理由は分かっているか?」
顎を持ち上げられたまま、思案顔で聞かれる。そんなの、こっちが聞きたい。なんの為かまったく分からないというのにウェルディに連れてこられて、しかもこんな状況になって、戸惑いは最高潮だ。
言葉は選んでおしとやかな口調でそう伝えると、彼は顎を手放して「あいつは一体何がしたいんだ」とぼやいた。なんとなくだが、あいつというのがウェルディの事だと察する。どうやらあの残虐非道イケメン詐欺師は自らの主にも事情を伝えていなかったらしい。それでいいのだろうか。
「あいつが独断で何かをするのはいつもの事だ。だが我の意に反する事はしないし、結果的に良い方へ進むからな」
俺の疑問を察したのか、説明するようにそう言う青年。メイドさんの言っていた通り、ウェルディはかなり信用されているようだ。それが彼の本質を理解した上での事なのか、それとも騙されての事なのか。
青年は俺の手を引っ張って部屋の中心まで行った後、まあ座れ、と用意されていた二脚の椅子を手で示した。言われた通り、上座の方を空けて座る。コルネリウスは、テーブルを挟んで向かい合うように腰掛けた。
「ルークも何も知らされずに来たのか……。あいつは『ザッカニアの美しい聖女様と会っていただきます』とか言ってたが、もしかしてルーク、我の名前も知らないんじゃないか?」
その質問を受けてコクリと頷くと、青年は歯を噛み締めて頭を掻く。だがそれが一応という形容詞が頭につくとはいえ、客人の前で一国の主がする事ではないと気づいたのか、誤魔化しの笑みを浮かべてコホンと一回咳をした。それで切り替えたのか、顔を引き締めて、威圧感というかカリスマというか、人の上に立つ者としては当然なのかもしれないけど、そういうモノを放ち出す。
……やっぱり、ノーヴェさんに似てるよ、この人。仕草もそうだし、ちょっとうっかりしているところもあるけど、こういう気迫をあっさりと出すところとか。
「我の名はコルネリウス・ノーベラル。ノーベラル国第八代国主だ」
「私はルークと申します。姓はありません。ザッカニアで活動していた、一介の冒険者です」
胸を張り、尊大な態度で自己紹介する青年──コルネリウス。それに対し俺は椅子に座ったまま、軽く頭を下げて返す。王様相手なのだから、本来は立ち上がってドレスのスカートをつまみ上げて、とかあるのかもしれないけど、こっちはそういう上流階級の礼儀作法なんて知らないんだからこんな感じで勘弁してほしい。
幸い姓がないというところから察してくれたのか、そういう事をあまり気にしない人なのか、お咎めはなかった。むしろ「よろしくお願いしよう」と緊張を緩めさせる為か気さくに笑いかけてくる。気づけば威圧感も緩んでいた。
うーん、あのウェルディが仕える人間だから狡猾で陰険な人を想像していたんだけど……。戦争を仕掛けたって事もあるし。でもこの人は凄くおおらかだなぁ。正直、ちょっと戸惑ってる。
「一介の冒険者、か。素晴らしい魔法使いで、聖女様とまで呼ばれていると聞いたが。過ぎたる謙遜は嫌味だぞ?」
「私を買いかぶりすぎですよ。たまたま上手くいった事が大袈裟に伝えられているだけで、私はそんな、聖女様などと言われるなんておこがましい、陛下と謁見出来るハズがない卑しい生まれの平民ですから」
「卑しい生まれか。そのわりにはそういう言葉遣いが出来る上に言葉の節々に知性が感じられるがな」
まあ最低限の義務教育は受けているので……とは言えない。返答に困り、先程のコルネリウスと同じように笑顔で誤魔化す。
俺の本心を探るようにじっとこちらを見てきた為、笑顔のまま見つめ返す。お互い無言で見つめあい……先に折れたのは、コルネリウスだった。
「……まあ、いい。優秀な人間であれば生まれなんてどうでも良いからな。
それより、いつまでそうしているつもりだ?」
コルネリウスは選民思想と真逆の事を呟いた後、俺の方を見ながら、俺ではない誰かに声をかける。思わず後ろを振り向くと、扉を開けてウェルディが部屋に入ってきた。手には白い陶器と思われるティーポットと二つのティーカップをのせた銀色のトレーを持っている。
「気づいていましたか。話の邪魔をしてはいけないと期を伺っていたのですが」
「ウェルディ、この会談はいったいなんだ?彼女にも何も伝えてないらしいじゃないか」
「おや、対面したら話が弾むと思っていましたが。……お茶です」
ウェルディはテーブルにソーサーとティーカップを置き、そこにお茶を淹れていく。色が赤くてちょっとした甘い香りが漂っているし、おそらく紅茶だろう。
コルネリウスはティーカップを口まで運び、少し飲んで「うん、美味い」と紅茶の味を褒めた後、ウェルディを睨んだ。
「会えば話が弾むってお前な。お互い名前も知らない相手となんの話をすればいいんだ」
「陛下にはともかく、ルークさんには陛下に聞きたい事があるハズですので」
「……どういう事だ」
鋭い視線がウェルディを射抜くが、それをまったく気にせずに「お二人でごゆっくり」と言って引き留める間もなく退室する。残された俺とコルネリウスは、二人とも口を開かない。目の前でどういう事だ、と問い質そうとする視線を放つ人物がいるが、スルーしてティーカップを手に取る。我ながら図太くなったものだ。彼と似たような雰囲気に慣れてるっていうのもあるかもしれないけれど。
心地よく、リラックス出来る香りを楽しんでから少しだけ口に含む。……あ、本当に美味しい。渋味はまったくないし、ほんのりと砂糖の甘味はあるけど紅茶本来の味は少しも壊されてない。淹れ方が上手なんだな。お湯の温度や蒸らす時間で大分味が変わるし。味や香りで茶葉の種類が分かるほど紅茶通ではないけれど、この葉が良い物なのは分かる。味は濃いめだけど全然しつこくない。
そんな風に紅茶を楽しんで勝手に評価をしていると、コルネリウスが、ハァ、と一つため息をついた。そして空気が変わる。
「……こういう腹の探りあいはあまり好きじゃないんだ。率直に聞く。ウェルディの言っていた事は本当か」
聞かれていない事すら話しそうになる威圧。王としての威厳。人をまとめる統率力は凄いんだろうな、この人。
さて、俺はどう答えるのが正解だろうか。俺が聞きたい事を簡単に言えば『貴方が私の知り合いにとても似ている』というだけだ。別段隠しておく事じゃないかもしれない。
でも気になるのは、ハルメラでのノーヴェさんへの皆の対応。入る時の門番さんの反応もそうだし、ノーベラルが侵入していた時もそう。敵国の軍が来ていると、一介の冒険者が言ったとしてあんな簡単に信じられるだろうか。ベテラン冒険者が真っ先に出ていったから他もついてきたけど、若い人達の目は懐疑的だったのを覚えてる。
もしかしたら、ノーヴェさんはザッカニアで結構な立場の人間なんじゃないか。そんな人が戦争国の王と血縁関係がある。それが知られたらまずい事になるかもしれない。
ノーベラルが情報操作してザッカニアに知らせてくる可能性もあるし、俺が誘導尋問とかで漏らしてしまう事もあり得ない事じゃないと思う。俺は自分をまったく信用出来ていないんだ。
聞かなければ知るよしのないあっちが行動を起こす事はないし、俺も確証がないから『かもしれない』で終わる。
……やっぱり、黙っておくべきかな?
「嘘か本当かと問われれば、本当です。ザッカニアの人間として、聞きたい事、言いたいがありますから。平民ごときが問える事ではないので、言いませんでしたが」
「それはなんだ?立場だとかは気にしなくていい。答えるかどうかは俺が決める」
「では、遠慮なく。
なぜ、戦争をしているのですか。それによって多くの人が亡くなりますし、戦争にもお金がかかるのですから、これ以上続ける意味なんてないじゃないですか。続けている理由が今さら引けないとか意地とかでしたら、早く停戦協定を結んでください。今でしたら戦況的に停戦条約で貴国が吹っ掛けられる事はないでしょうし、持久戦では圧倒的に大国であるザッカニアの方が有利なハズです」
いかにも怒っていますという風に、けれど露骨になりすぎないように目尻を吊り上げる。そして太ももの上に置いている両手をキュッと握りしめた。
とっさに考えた事にしては中々に筋が通っているし、ザッカニアの人間として変な事は言っていないと思う。すべて否定するより、ある程度は認めておいた方が騙しやすい。……ウェルディによく思いしらされたよ。
「理由に関しては黙秘させてもらおう。まあ、ちっぽけでくだらない、俺のわがままだ」
コルネリウスは、自嘲するようにそう言った。
……んー?ウェルディの言っていた事とずいぶん違う。いや、国民を助けるなんていうのはしょせん自己満足の偽善、とか考えているのかな。それともウェルディが言っていた事が嘘だったのか。でもあのノーヴェさんの親戚(多分)の人が何の理由もなく戦争なんておこさないと思うけど。
紅茶を一口飲み、ティーカップを持ち上げたままコルネリウスは続ける。
「で、停戦協定を結べ、という意見に関してだが。あいにくだが、そのつもりはない。そもそもノーベラルとザッカニアが戦争を止めたくても、止められないさ」
「止められない?それってどういう──」
「質問は以上か?」
いや、ですから止められないってどういう事ですか。そう言おうとして、止める。言い切る前に遮ったという事は答える気がないという意思表示だろうし、ここで話題を切っておけば本当の疑問がうやむやになるだろう。
「……納得は出来ていませんが、これ以上はありません」
口を尖らせながらそう言って、目を伏せる。コルネリウスはじっと俺を見ながら持っていたティーカップを置いた。気づけば空になっていたそれに紅茶を注ごうとティーポットを手にした時。
「嘘だな」
断定口調で言われ、心臓が跳ねた。
「……何を言っているのですか。嘘なんてついていませんよ」
それでも表面上は平静を崩さない。驚きで紅茶をこぼしそうになるのを耐え、彼のティーカップの八分目まで注いでから断定を否定する。否定の声もいたって通常通りだ。
かまをかけてきただけならこれで誤魔化せる……と思う。自分の紅茶を飲み干し、ティーカップを優しく置いた。勝手に自分の分の追加はしない。
「ルークの言を信じてもかまわないのだが、少々気になってな。さっきの質問はここに入ってきた時のルークの驚きとまったく無関係だろう?」
「……何の事ですか」
「一瞬だが軽く目が見開いていたし、何か呟いていただろう。それに、さっきの質問に、本当に聞きたいという欲がまったく見えなかったからな」
ある程度の距離があって、しかも微妙な変化でしかなかったハズなのに気づくのか。思わず下唇を噛んでしまう。
「流石に我に会うという事は伝えられていただろうし、まだ一言も言葉を交わしていないあの状況で驚く要因があるとすれば我の外見位か」
つらつらと正解を言い当ててくるコルネリウス。これは、まずい。誤魔化しは効かないだろうし、このままじゃノーベラルにザッカニアを揺さぶる事の出来る情報を渡す事になってしまう。俺の考えすぎで、ノーヴェさんとコルネリウスにまったく関係がなければ良いのだけど。
自らの失敗に歯噛みしていると、その瞬間、何かに気づいたのかコルネリウスがバンッと音が鳴る程強くテーブルを叩いて立ち上がった。その顔は、驚きと期待の色に染まっている。
「ルーク、知り合いに、我にそっくりの女性は居るか?」
「…………」
質問の形の言葉は、しかし確信に近い感情を帯びていた。俺の無言を肯定と受け取ったようで、期待をより色濃くさせて詰め寄ってくる。急展開に戸惑っていると、ガシッと肩を掴まれた。加減をする余裕がないのか、ちょっと痛い。
というか堂々と体触ってきたけど、下手しなくてもこれってセクハラだよね。相手が相手だし、そもそもこの世界にセクハラという概念やそれを規制する法律があるか分からないから訴えられないけど。
「頼む、答えてくれ。頼む……」
「は、はぁ……。って、えぇ!?」
そんなくだらない事を考えていたのだけど、コルネリウスは真剣そのもの。若干悪いなぁと思いつつ生返事をし、彼の顔を見てその感情がより強くなった。
「あ、あの、何で泣いているんですか!?」
「いや、すまない……。つい、な」
「一体、どうしたんですか?」
「気にしないでくれ。で、居るのか?」
「え、えっと……」
涙を拭った後、じっと見つめられて、思わず視線を反らす。
気にするな、と言われたが、そうもいかない。この反応からして十中八九何かあるだろう。女性と断定しているし。
だとすれば、言う訳にはいかない。涙を流す程本気なのだろうし、思うところはあるけど、こっちはかなりの被害を受けているんだ。答える義理はない。
その気持ちを察したのか、彼は一国の主にも関わらず、床に膝と手をついて、頭を下げた。
って、なにしてんのこの人!?
「ウェルディに聞いたのだが、これは土下座と言って最大限の誠意を表すものらしい。報酬は払う。頼む、答えてくれ」
プライドがないのか、それほど気になるのか。床に額をつけて頼み込んでくるコルネリウスに、思わず一歩後退る。俺に彼とそっくりな知り合いが居る事が、そんなにも重要なのか。
……ここまでされているのに、頼みを無下にしていいのか?いや、でも俺や皆が受けた仕打ちを考えたら……ってあれ、意外と酷い事はされてない?むしろ美味しいもの食べさせてくれてたし、誘拐してきた割には待遇はけっこう良かった気が……。いや、でも……。
「失礼します!……って、これはなんてプレイ中ですか!?」
悩んでいると、大きな音をたてながら扉が開かれ、入ってきたメイドさんが俺達を見て興奮気味に叫ぶ。
ああ、確かに国王が頭を地面に擦り付けていて、俺がそれを見下ろしている現状は、中々にあれだよなぁ。
「ま、まさか陛下にもこんな趣味が……。私もあのおみ足に踏まれたい……!」
いや、踏んではいないから。あと鼻血出てるよ。
「と、そんな場合ではございません。侵入者です!男二人に女二人です。今バウアー様とナナ様が防いでいます、早く避難を!」
慌てた様子でそう言うメイドさん。男が二人というのには首をかしげるけど、もしかしてそれは皆が助けに来てくれた、という事なのだろうか。男一人、女二人だったら確定なんだけど、男の人を一人加えたのかな。
もしこれが本当に助けだったら。見えた希望に、気づかぬうちに笑顔になる。
「もしかして、ノーヴェさん達……?」
ボソッと呟いたその声に、足下の人物が反応した事に気づかずに。




