四話:お姉さんと出会う
俺は右手の痛みで目を覚ます。右手を見るとカインズを殺した狼が噛みついていた。
俺が寝ている隙に襲おうと考えたのだろう。だがそれは失敗と言えるだろう。
今の俺は昨日何も食べてなくて空腹なのだから。自分からやって来た獲物。一匹も逃がさない。
「ギャン」
噛みついていた狼はウィンドをくらって吹っ飛び木に打ち付けられる。そのまま動かなくなった。
まず一匹!
さらにファイアを後ろでうかがっていた狼に放つ。狼は青白い炎に包まれて一瞬で真っ黒に焦げて倒れた。
二匹目!
仲間が殺されたのを見て残りの四匹が逃げ出すが、そう簡単に逃がしてたまるか。俺はナイフを取りだし投げつける。
力が足りないからか刺さったものの死にはしない。だが動きが遅くなり、その隙にファイアで焼く。
これで三匹目だ!
残りの三匹は一目散に逃げる。だが俺は一匹も逃がすつもりは無い。
「レーザー!」
俺の使える魔法の中で一番射程が長い魔法を放つ。
魔法は一本の光となって伸びていき、逃げる狼に当たり消し炭になる。それだけではなく森の木々も消し飛んだ。
あ、やば。さすがにやり過ぎたか?
深呼吸をし、気を鎮める。その時興奮が収まったからかさっきまで感じなかった右手の痛みを感じた。
(ヤバい。俺回復魔法使えねーよ)
俺は右手の痛みと空腹でその場に倒れ、そのまま気を失った。
「坊っちゃん!大丈夫かい!?」
体を揺すられ目が覚める。俺を揺すったのは赤毛のお姉さんだ。二十台半ば位だろうか。
「ちょっと待ってな。すぐ村に連れてってあげるから」
そう言って彼女は俺を軽々と持ち上げる。女の人なのに凄い力だ。
そして俺を馬車に乗せ馬車を走らせる。俺の意識はそこで途絶えた。
◇
ノーヴェが王都からサミレスの村へ移動していた時、膨大な魔力を感じた。それと同時に一本の光が伸びて来て木々を焼いていった。今まで経験したことの無い威圧感に思わずそちらを向く。
すると一匹のウォアウルフが馬車の方へ走ってきた。
ノーヴェは馬車を襲いに来たのか、と思い槍を持ったがウォアウルフはこちらに目もくれず走り去っていく。
それは何かに怯え、全力で逃げているようだった。
(ウォアウルフを怯えさせる程の魔物はこの辺りにはいなかったはずだけど……。さっきの光と関係があるのか?)
ノーヴェはそう考え魔法が放たれた方角へ馬車を走らせる。荷物の重みもありあまりスピードは出ないが、出来る限り速度を上げさせる。魔力が放たれた方角へ向かってしばらく走っていると、あるところで四つの動かない影を見つけた。
それは三匹のウォアウルフの死体と、一人の少年だった。
少年は右腕から血を流して動かない。ノーヴェは急いで駆け寄り呼吸を確認した。
息はしており、どうやら生きているようだ。ノーヴェは少年を揺すりながら話しかける。
「坊っちゃん!大丈夫かい?」
それに反応して少年は目を覚ます。よく見ると中性的なかなりの美少年だ。
「ちょっと待ってな。すぐ村に連れてってあげるから」
ノーヴェは少年を持ち上げ馬車の荷台に乗せる。そして元々行くつもりだった村へ全速力で馬車を走らせた。
あと少しで着く位置だったのもあって十数分でノーヴェが村の入り口までつくと、大勢の人が門の前に立っていた。
「そこの人!さっきの光が何だか知らないか?」
群衆の中の一人がノーヴェに話しかけるがそれに答える時間は無い。
「それはいいから誰か回復魔法を使える人はいないかい?傷を負っている子がいるんだ!」
馬車を止め荷台の少年を抱え大声で叫ぶ。それをうけて人々はあわてて走っていき、一人の女性が「こちらへ!」と促す。
ノーヴェがついていくと村の一番奥にある家に連れてかれた。
「この家の人が回復魔法を使えます!」
彼女はそう言って扉をあけ「怪我人です!出血がひどいです!」と叫び入っていき、ノーヴェが抱えている少年をベッドに寝かせる。
少ししてしわくちゃでかなり小さいおばあさんが出てきた。
「その子か……ひどい怪我じゃ。この傷はウォアウルフに噛まれたな」
おばあさんは少年の傷口に手をかざし、ぶつぶつ呪文を呟く。すると淡い光が少年の傷口を包み、少しずつ傷がふさがっていった。どうやらこのおばあさんは治癒魔法の使い手らしい。
完全に傷がふさがった所でおばあさんは手を放す。
「この子はここでしばらく休ませて起きなさい。お腹が空いているようだから台所は使っていいから何か食べさせな」
それを聞いてノーヴェは台所で料理を始めた。
◇
俺はなにやら美味しそうな匂いで目が覚めた。
最初に視界に入ったのはややくすんだ白色の天井。力を振り絞って体を起こす。
ここはどこだ……?
「やあ、気がついたかい」
話しかけてきたのは赤毛の女の人だ。多分気絶した俺をここまで連れてきてくれたのだろう。
俺は彼女の持っている物に目を奪われている。暖かそうなスープと黒いパン、生野菜のサラダだ。
彼女は俺の視線は把握して苦笑した。
「別にそんな物欲しそうな顔しないでもあげるさ」
彼女は俺が寝ているベッドに食べ物をのせる。俺がこれを食べていいのか、と目で聞くと彼女は深くうなずいた。
「……いただきます!」
俺は手を合わせ、すぐにパンを掴んで食べる。
それはパサパサして味も無かったが、今まで食べた物の中で一番美味しかった。口と喉が渇いたから潤す為にスープに手を伸ばす。
スープもまろやかで涙が出るくらい美味しく、サラダもしゃきしゃきで歯ごたえがある。
空腹が最大のスパイスとはよく言ったものだ。
俺は何も喋らずただひたすら食べる。あまりの勢いにあっという間に食べ終わった。
……美味しかった。
そんな俺を見てお姉さんは悲しげだ。
「そんなになるまで何も食べれなかったんだねぇ。坊っちゃんは国境の近くにいたのかい?」
「いえ、そうではないですが……」
「へぇ。戦争から逃げてきて、その途中でウォアウルフに襲われたのかと思っていたよ」
ウォアウルフとはあの狼のことだろう。そういえばそんなやつがアセモス・ワールドで出てきた気がする。
だが戦争とはどういうことだ?確かにバドラーが戦争が起こるかもと言っていたか、まだ起こっていなかったはずだ。
しかしこのお姉さんの言い方だと戦争が起こってからしばらく経っているみたいだ。ここは俺が知っているアセモスより未来の世界なのか?
「そういえば、自己紹介がまだだったね。アタシはノーヴェ。冒険者だ」
お姉さん──ノーヴェさんはそう言った。
冒険者とは多くのRPGに存在するから詳しい説明は不要だろう。
アセモスの冒険者は国の兵隊とは違い、自由に依頼を受けて魔物を狩ったり何かの納品等で生計をたてる、いわゆる傭兵だ。
ゲームでは俺も冒険者の一人だった。
「えっと、僕はルークです」
なるべく声を低くして俺も自己紹介をする。ノーヴェさんは俺を男の子だと思っているようだからだ。もっとも、さっきまでそんなこと意識しないで喋っていたから無意味かもしれないけど。
「で、ルークは何であんなところで倒れていたんだ?」
「えっと……僕はなぜかは分からないのですがこの村の近くの草原……カルート平野で寝ていたんです。それで戸惑っていたらカインズという人に奴隷として売られそうになって、なんとか逃げたんですけどウォアウルフに襲われて傷を負ったのと空腹とで倒れてしまったんです」
俺は嘘を言う理由も無いので正直に言ったのだが、ノーヴェさんはそれをおかしいと思ったのか真面目な顔で俺を見た。
「なあルーク。カルート平野で起きる前の記憶はあるかい?」
「いえ、無いです。自分の名前は分かるのですが、どこから来てなぜあそこにいたのかは分かりません」
本当は記憶はあるのだが別の世界からきたと言っても信じられないだろう。
「そうか……。なら彼らとは違って記憶喪失か……」
「あの、彼らって誰です?」
何やら考えながら呟くノーヴェさんに聞く。
「ああ、いやね、最近王都に突然見知らぬ人たちがやって来てね。それだけならいつものことだ。だけどその人たちはこの世界に来る前は、とかゲームの中に入ったとか変なことを言うんだよ」
「本当ですか!?」
俺はつい大声をあげてしまう。だがこれで俺以外のプレイヤーがこの世界に来ていることが判明した。
俺の突然の大声にノーヴェさんは軽くひいていたが。
「ああ、本当だよ。尤も──」
「あんたたち、そろそろ出ていきなさいよ。もうその子も大丈夫でしょ」
ノーヴェさんが何か言おうとしたとき奥から出てきたおばあさんに遮られた。
ノーヴェさんはすいません、と言って俺を掴んで家を出る。ちょ、ノーヴェさん引きずらないでください!
途中からふらつきながらも自分の足で歩き、俺とノーヴェさんは村の広場で止まり腰を下ろす。周りでは村の子供たちが無邪気に遊んでいた。
「で、ルークはこれからどうするつもりなんだい?」
「そう言うノーヴェさんはどうなんですか?」
「私はまずこの村の村長に物を届けて……て、忘れてた!門の前に馬車起きっぱなしだ!」
ノーヴェさんはあわてて門へ走っていく。俺はついクスッと笑ってしまった。
俺がこれからどうするかは決まっている。冒険者になって、王都に行く。そしてプレイヤーを探そう。
突然ですがこの話の略称を募集したいと思います。
感想の「一言」の所に自分の思う略称を書いて送ってください。
べ、べつに感想がほしくてこんなこと言ってる訳じゃないんだからねっ。




