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どうやら俺は異世界で聖女様になったようです  作者: 蓑虫
第四章 隣国と天才青年+α
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三十七話:vsメイドさん

 ウェルディの手のひらの上で踊らされていた事に気がついたあの後。俺は彼に抱き抱えられて部屋に戻され、ベッドに入れられたものの恐怖で一睡も出来なかった。布団にくるまり、時折フラッシュバックのようにあのおぞましい存在になり下がってしまったヒトだったモノ達を思い出してはガタガタ震える。怖くて、心細くて──気づけばいつの間にか日が登り、おそらくウェルディが元に戻したのであろうカーテンの隙間から光が差し込んでいた。


 コンコン、という扉を軽く叩く音を聞き思わず逃げるように毛布に包まれながらベッドから転がり降り、そして壁に背中をつけて目だけを出してじっと扉を見つめる。小さい猫が怯えながら威嚇をするのに近いかもしれない。大きな毛布は俺の全身を覆い隠してあまりある。

 俺のメンタルが弱いのか、昨夜の事が俺の中でトラウマになっていた。俺をあの人達のようにいじくりまわす為に連行しに来たのか、という思考に至り失禁しかける。流石に意地で我慢したが。


 実際には俺が想像していた事とは異なるようで、「ルーク様、入りますよ」と言うややハスキーな声とカチャカチャと鳴る鍵を開ける音の後に扉が開き、清楚な使用人服に身を包んだ若い女性が入ってきた。彼女は昨日俺をお風呂に入れて体を洗おうとしてくるなど身の回りの世話をしてくれた人で、美人とまではいかないが垢抜けていて中々にかわいらしい女性だ。ちなみに、当然だが体を洗うのは自分でやると断固拒否した。

 彼女は俺を見て驚きに目を見開き、困ったような雰囲気をかもしだす。



「あの~、朝食をお持ちしたのですが……どうしたのですか?」



 よくよく見れば彼女の後ろにはいくつかの料理が乗せられたカートがあり、その言葉は嘘ではなさそうだ。それに少し考えれば分かる事だが、ノーベラル側につくか否か答えていない今はまだ俺を実験室送りにする事はないだろう。

 ふぅ、と一息つき、毛布に隠れている為メイドさんには見えない全身の震えをなんとか抑えてから立ち上がる。毛布をベッドの上に戻し、彼女に向き直った。



「少々寝ぼけていただけです。なにも問題ありません」



 にこり、と微かな、そして清楚で高貴な『聖女様』にふさわしい笑みを浮かべてそう答える。

 何故こんな事をするのかというと、俺がこの館でどのような扱いなのか分からないからだ。客人なのか、捕虜なのか、はたまたそれら以外か。


 多分、俺個人でここから逃げ出す事は不可能だろう。無茶な挑戦をしてウェルディの怒りを買い実験室送りにもされたくない。逃げれないとなると長い間ここで生活する事になるだろうし、そうなると危険を回避する為にも俺がどんな扱いなのか知っておいてそれに相応しく過ごさなければ。

 だから俺はどんな扱いなのかを探るべく、様付けで名前を呼ばれた事を踏まえて猫を被る。彼女はそんな俺を見て痛ましそうに目を伏せた。



「……無理をなさらなくても結構ですよ。昨日は寝られなかったのでしょう。くまが凄いですし、心なしかやつれています。美しいお顔ですのに、おいたわしい……。

 ですが、もう大丈夫です。バウアー様がお助けになった今、ザッカニアの豚貴族の言いなりにならなくともよいのです」

「……はい」

「それと、昨日も言いましたが私に出来る事ならなんでもしますので、気軽にお申し付けくださいね」

「分かりました。ありがとうございます」



 ふーん、そういう設定なのね……と心の中で呟きながらも、それは一切表に出さずに儚げな笑顔を作る。我ながら演技が上手くなったものだ。


 その後、彼女が運んできた料理を食べたのだけど、正直味が分からなかった。見た目も綺麗だし、昨日出された料理と一緒でこれもきっと美味しいのだろう。けれど、あんなおぞましいものを目にしたせいで食欲もなく、少しだけ食べてあとは残してしまった。

 そんな俺をメイドさんは心配そうに見つめていたが、はたしてどこまでが本心なのか。彼女は俺がザッカニアに利用され、無理矢理殺しをさせられた『被害者』だと思っており、そんな可哀想な俺の為になにかしてあげたいと同情している。本当の事を説明して、逃がしてと頼んだらもしかしたら……みたいな、そんな都合の良い事を信じるほど、今の俺はあまっちょろい考えをしていない。


 あのウェルディが俺につけた使用人だ。ちゃんと真実を知っていて、俺が彼女を信用して「逃がしてくれ」とかそういう事を言ったら始末するとか、そういう役割を持っていてもおかしくない。それに仮にあの嘘を信じていたとして、真実を話しても味方になる可能性は限りなく低いだろう。彼女はノーベラルの人間なのだから。

 この館の人には絶対に気を許さないし、ウェルディにも誰にも本心は見せないぞ。決して怒らせないように、かつノーベラルの味方になるとも言わず時間を稼ぐんだ。皆が助けに来るまでの時間を。


 きっとノーヴェさんやエィミィ、バドラーが助けに来てくれると信じてる。

 いい暮らしをさせてもらえているのだろうけど、早くここから脱出したい。さもないと……。死なないように魔法をかけられた後、俺の頭にメスが入れられたり変な薬を投与される光景が、あの記憶の影響もあって鮮明に脳裏に描きだされる。それによってもたらされた吐き気と震えを目の前で俺の食べ残しと食器をカートに移しているメイドさんに気づかれないよう抑え込んだ。


 早く、早く来てくれ。俺の、ウェルディに、恐怖に抵抗する意思が折れる前に。ベッドの上で、ギュッと、自分を抱きしめるように左右の二の腕を掴みうつ向いた。

 どれくらいそうしていただろうか。ちょうど食器を片付けるカチャカチャという音が止んだところだから、一分も経たない程度だろう。



「では、私はこれで失礼させていただきます。何かご用件があれば昨日と同じく鈴を鳴らしてください」



 メイドさんのその言葉で気を取り直し、深呼吸を挟んでから「待ってください」と声をかける。彼女は立ち止まり、不思議そうに振り返りこちらを見つめてきた。



「少し、お話をしてくれませんか?独りですと寂しいですし、退屈なので……」

「……かしこまりました。では、これらを片付けた後に戻りますね」



 彼女が部屋を出て行った後、気合いを入れ恐れを打ち消す為に頬を叩く。少し力を入れ過ぎたようで結構痛いが我慢する。

 ただ助けを待っているだけじゃ駄目だ。これ以上皆のお荷物にならないよう少しでも情報を手に入れておかないと。その為にも人と話すのは重要だし、彼女が戻ってきたら上手く会話の主導権を握らないと。

 そんな風に考えてながら待ち、五分程経ってメイドさんが帰ってきた。……なぜか水の入った桶とタオル、簡素な櫛を持って、鼻息荒くテンション高めで。



「ではルーク様、お話の前に身だしなみを整えましょう!」

「え、えぇ?」



 そしてすばやい動きでこちらに近づき、満面の笑みでベッドに腰掛ける俺の前に立つ。その際、部屋に置かれていた白いテーブルと木の椅子をその細腕からは想像しがたい力で、左手は桶やら櫛やらでふさがれている為右手だけ軽々と運んできた。あまりにも突然の事で理解が追いつかない。



「ルーク様、今の貴女様は寝癖などその美しいお顔が台無しです。まずはお顔を洗い、その後私に背を向けてください」



 戸惑いながらも言われた通りテーブルの上に置かれた桶に入っている冷たい水を両の手ですくい、顔に掛ける。ちょっと冷たすぎるけれど気持ちいい。それを二回繰り返して軽く顔をこするとメイドさんがタオルを差し出してきたのでそれを受け取り水気をふき取る。

 桶の水面に写る俺の顔は、彼女の言う通り酷いものだ。大きな目の下には凄いくまが出来ているし銀の髪も所々ぴょこんとはねている。それでも顔を洗い冷水を被った為か目はしっかり開いており目やにも見当たらない。

 それを確認した後、メイドさんの何か言いたげな顔を見て苦笑しながら彼女に背を向け足をベッドの上に伸ばした。彼女がしようとしている事に見当がついたからだ。そして予想通り、とても楽しそうに鼻歌を歌いながら櫛で丁寧に、慈しむように俺の髪を整えていく。



「ほんとに綺麗な髪ですねー。サラサラですし、とても艶やかで……。羨ましいですよ」

「あはは……ありがとうございます」



 正直、失敗したと思う。彼女の勢いに圧されて言われるがままになった事で話の主導権はあっちだ。決意してすぐに失敗するあたり、つくづく俺は駄目だと実感したりもするが、ポジティブに考えよう。メイドさん……いや、彼女に限らずこの屋敷の人と仲良くなっておいて損はない。なぜかは分からないけど彼女は本当に楽しそうで、演技には見えないし。まあ俺の目が節穴で演技って可能性もあるから警戒は解かないけども。俺はあまり後ろ向きに考えるとどんどん周りが見えなくなる事は分かりきっているし、基本楽観的に、でも最悪の事も想定していこう。


 ……それにしても本当にこの人楽しそうだな。鼻歌もだんだん大きくなっていくし。たかが髪を梳く事をどうしてそんなに楽しそうに出来るのか。

 よし、会話のきっかけに聞いてみるか。



「楽しそうですね……。そんなに私の寝癖は酷いですか?」

「ああ、いえ。そういう訳ではございません」

「では、どうして?」



 少し拗ねたように、軽く口を尖らせて聞いてみると慌てて否定してくるから追及してみる。すると彼女は櫛を動かす速度を速めて誤魔化そうとするような気配が伝わってきた。



「そんな事より、一介の使用人である私ごときにそんなかしこまった口調は止めましょうよ」

「これは癖みたいなものなので、気にしないでください」

「バウアー様と同じ事を……お二人共貴い立場のお方ですのに、使用人(こちら)としてはやりづらくて仕方ないですよ」

「それはすいません。それで、なぜそんなに楽しそうなのですか?」



 地味にウェルディがノーベラルの貴族という事が確定したりしているが、それはそうと追及の手は緩めない。純粋な女の子の仮面を被り、誤魔化そうとしているのに気づいていないかのようにこてっと小さく首を傾げてみる。流石にそこまでされては誤魔化しきれないと観念したのか、「……引かないでくださいね」と前置きして恥ずかしそうに話し始めた。



「ルーク様は非常に可愛らしくお綺麗で、小さい頃から憧れていたお姫様そのものです。『お姫様のお世話をしたい!』という理由で使用人となった身としては夢が叶ったようで……。それにお人形さんみたいで着せ替えを楽しんでみたい気持ちもあって、妄想が止まらなかったのです」

「そ、そんなの褒められますと恥ずかしいというか……。って、ちょっと待ってください。着せ替えって?」



 その理由を聞いて、この体には一人の元男子高校生の夢が詰まっているのだから美少女なのは当たり前なのだが、率直に可愛いと言われた事が気恥ずかしくなる。そしてすぐに着せ替えという単語に嫌な予感を感じて問いかけると、彼女の顔は見えないがにんまりと笑った気がした。



「ええ!この後どのような服ですとルーク様の魅力が遺憾なく発揮させられるか調べるべく、沢山のお召し物をご用意させて頂きました!ルーク様にどんな服を着させるのか、それを考えるだけでよだれが出、じゃない胸が高鳴るのです!」



 今、姿見が無い為この眼で確認した訳ではないが、まず間違いなく俺は顔を真っ青にしているだろう。そういえば今俺が着ている服もこの人の趣味だってウェルディが言ってたなぁ……。長時間、されるがままに()()の服を何着も着させられるなんて、そんな恥ずかしい事は死んでもごめんだ!それになんとなく貞操の危機を感じる!



「そ、そんな事必要ないですよ。私には質素な服が数着あれば充分です」

「いえいえ、そういう訳にはいきません。陛下がルーク様に会いに来られるのですから、陛下とのご対面にふさわしい衣装でないと」



 髪を梳いている手から逃げようと手でベッドを押しメイドさんから離れようとして抱きつくように腕を回され、言葉でも抵抗してみるがあっさりと封じられ逃げ場がなくなる。彼女の胸が背中に押し付けられているとか手が俺の腰をなでながら上に上がってくるとか陛下が来るとか、色々と大変な事が有りすぎて考えがまとまらない。

 冷や汗が体中を流れ、俺の脳が限界を迎えそうになったところで部屋の扉が開き、俺とメイドさんはそちらを向く。

 そこには俺を誘拐した鳶色のロングヘアーの美女が俺達を、というより俺を睨みながら立っていた。





少し遅いですが、あけましておめでとうございます。

三日で私が小説を書き始めて一周年です。この一年間で書いたのが三十七話、約十七万五千文字……少ない!

今年の目標は二十万字を書くことですかね。そして完結。


それでは皆さん、今年もよろしくお願いします。

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