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どうやら俺は異世界で聖女様になったようです  作者: 蓑虫
第四章 隣国と天才青年+α
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三十四話:実験室

後半、人体実験などの描写があります。そういうのが無理な方は、ブラウザバックをおすすめします。







 俺がノーベラルに連れ去られた日が終わった。いや、正確な時間は分からないからまだ日付は変わっていないかもしれないが、月がほぼ真上にある事から真夜中というのは間違いない。

 ウェルディさんが言った通り、今日一日はかなり快適に過ごせた。基本的にはこの部屋に閉じ込められていたが、食事はとても美味しかったし、久しぶりにお風呂にも入れた。部屋にいるにしても大量にある本のおかげで退屈ではなかったし。

 でも、このままここに居るつもりはない。ウェルディさんと戦うのは気が進まないが、かといってここに居たらいつかノーヴェさん達を裏切ってしまいそうだ。それは嫌だから、こうして夜中に起きている。隙を突いて逃げ出す為に。

 問題はその方法がまったく思い付かない事か。案の定扉の鍵は掛かっているし、この部屋がある階はかなり高い為窓から飛び降りるのも不可能。映画とかでよくあるカーテンをロープ状にして降りるのは、長さが足りないから無理だ。カーテンの丈夫さと俺の軽さから切れはしないだろうけど。


 窓を開けて再び外を観察する。ここは角部屋のようで、左側は何もなく、右側には別の部屋の窓が見える。マンションのようにその下にも、また更に下にも窓があり、その数は四枚。これから想像するに、ここは五階のようだ。

 真下には夜中にも関わらずまだ見張りの人が居て、その奥にある門は閉ざされていた。視線を前に向けると、広い真っ黒のスペースがある。今は暗い為よく分からないけど、あれは湖だ。

 そこで一つ思い付いた。成功する可能性は低い……というか皆無に近いが、やらないよりかはましだ。何もしない、何も出来ないだと気持ちが落ち込むし、やってみて失敗したらそれで仕方ない。当たって砕けろ。

 二枚のカーテンを外し、捻って縄のようにしてから、結ぶ。絶対にほどけないようにきつく縛り、引っ張ったりしてみる。大丈夫そうなのを確認してから先をわっかのようにし、そこをくぐるように俺の腰に巻き付けた。こうすれば俺の重みで自然と締まる。

 そして俺を巻き付けている逆側をベッドの足に固定する。この大きなベッドなら俺の体重を軽く支えられるだろう。

 窓の縁に足をかけ、そこに乗る。横の壁と窓を掴んで落ちないように注意しながら、部屋の中に体を向けて、カーテンを掴んで──レスキュー隊員のように飛び降りた。

 重力を感じたのは一瞬の事。あっという間に腰に強い衝撃が来て止まる。そして目の前にあるのは、下の階にある部屋の窓の下の縁の部分。

 思っていたより少し下まで来てしまったが、まあ問題ないだろう。



「とりあえず、ここまでは成功。で、開いてるかな?」



 右手をカーテンから離し、窓を引いてみる。残念ながら、鍵が掛かっているようでびくともしない。さっきの部屋の窓は鍵が掛かっていなかったからもしかしたら、と思ったのだけれど。窓を蹴破るのも考えはしたけど、そうすると音で下の見張りにバレるだろうし、なにより素手で窓を割る事が出来ると思えない。

 俺がこうすると予想されていたのか偶然かは分からないが、とにかくこの『別の部屋から脱出』作戦は失敗のようだ。一度ため息をつき、戻ろうと足で壁を踏みしめながらカーテンを手繰り登って行こうとして、



「あ」


 

 途中で力尽きて落ちた。

 少しは登れるのだが、ちょっと行ったところで腕がプルプル震えて握力もなくなっていき、カーテンを離してしまう。重力には逆らえず、カーテンの長さの限界まで落ちて衝撃とともにプラーンと揺れる。

 これは……。



(体動かす時はいつもブーストかけてたから自分の貧弱さを忘れてたぁぁぁあああ!)



 声を出したら気づかれる為、心の中で叫ぶ。どうしよう、このままだと助けがくるまでここでぶら下がる事になってしまう。そんなマヌケなのは嫌だし、これからより脱走を警戒される。それにずっとこの状態なのは辛い。なんとかしないと……。

 その後三回挑戦し、全てで失敗。これは上に行くのは諦める方が良いだろう。もういっそカーテンをほどいて飛び降りてしまおうか。足から行けば死にはしないだろうし、運よく見張りに直撃すればバレる事もない。

 軽く錯乱してそんな事を考えていたら、ある事に気がついた。上の部屋からは暗かった上にほんの少しだけだったから分からなかったが、隣の窓が開いてる。つまり鍵が掛かっていない。

 これは怪我の功名というやつだろうか。俺があまりにも華奢だったから部屋に戻れず、あれに気づけた。あそこに辿り着ければ……。


 勢いよく壁を蹴り、ブランコの要領で揺れを大きくしていく。たまたまちょっと長かったからカーテンの長さが足りなくて届かないというのはなかった。

 ただ一回では入れず、指を引っ掻けただけでそのまま振り子のように元の位置に引き戻された。でも引き戻された拍子に窓が開き、入れそうな隙間が出来る。

 それを二回、三回と繰り返す。二回目は窓の縁に触れたものの掴めなかった。三回目にようやく掴めたが、長くはもたない。急いで足を部屋の中に入れて縁に座り、左手でカーテンを外した。

 俺から離れたカーテンは重力に従って縦に落ちる。朝になれば見つかるだろうから、早く逃げなきゃ。


 部屋に入り、そっと窓を閉め、鍵を掛ける。こうしておけばそのまま地面に降りたと思われて少しは時間を稼げるかもしれない。

 振り返り、明かりがなく暗い中扉を探す。どうやらここは使用人(メイド)さんの部屋のようで、壁にメイド服がかかっていて、ベッドの中で女性が寝息をたてている。メイド服は日本のメイド喫茶のようなミニスカートのコスプレ臭い物ではなく、機能美を追求された品のある物だ。部屋の印象としては、俺が居た部屋よりこじんまりしていて、これといって目を引くような物はない。

 寝ているメイドさんを起こさないように、音をたてないようにゆっくり歩く。問題もなく扉の前に着き、ドアノブを捻った。何の抵抗もなく回り、開いてその隙間から光が射し込む。

 最初に頭だけ出してみる。もう寝静まっているのか、人の気配はない。それを確認してから、ギリギリ通れるよう最小限だけ開けて抜け出した。廊下はどういう仕組みかこうこうと明かりがついており、暗闇に慣れた目には眩しい。それを我慢して下に降りる階段を探して歩く。右側はすぐに行き止まりだから左にだ。俺が出てきたところを含めて左右にある扉が四を数えた後、正面は壁で右と左両方に行ける曲がり角に着き、なんとなく右に曲がる。


 その後、十分程歩いたのだが、一向に階段が見つからない。ずっと真っ直ぐの道で、所々右への曲がり角とそれよりも少ない頻度で左に扉がある。単純な造りなのだがいくら歩いても終わりが見えない。とりあえず右への曲がり角があったら曲がってみるのだが、全てが行き止まりだ。こんなところ、かなり住むのに不便だろうになんで使っているのさ、と小さく愚痴を呟く。

 目の前に今日何度目か分からない行き止まり。あまりにもイライラして、非力だが思いっきり蹴ってみる。小説とかだとこの衝撃で隠し扉が開いた、みたいな事になるのだろうが、実際にはそんな事はなくてまったく変化はない。

 ここを使っている人が居る以上どこかに階段があるのだろうが、いったい何処なのか。見つかる危険があってもあのメイドさんの部屋に戻って朝まで隠れて、仕事をしにいく彼女についていこうとも考えたがもう彼女の部屋が何処だかすら分からない。完全に迷子だ。


 深くため息をつき、歩いて来た道を引き返す。もう諦めてしまおうかという考えが頭をよぎるが、頬をペシンと叩いてそれを叩き出した。

 もしかしたら扉を開けた先に階段があるのではないかと一つ一つ開けて覗いてみるが、その先にあるのはどれも部屋だ。左右に四枚ずつ、合わせて八枚の扉を通り過ぎ、再び正面は壁、左右に廊下が伸びている。とりあえずまた右に曲がってみる。

 二十秒程歩いて、今度は左の壁に扉。どうせまた部屋だろうと思いつつも開いてみて、その先を見て目を見開いた後、小さくガッツポーズをした。

 眼前には人が五人程いっぺんに通れるような幅の、レッドカーペットが敷かれた螺旋階段。ようやく見つけた。


 階段を降りていき、一階を目指す。四階から入った為、三つ目の扉が一階だろう。それより下にも階段は続いていたけど、地下室からは外に出られないだろうしなによりこういう所の地下室とか嫌な予感しかしない。

 この階の廊下は四階と同じく明るく、ラッキーだと思いながら玄関を探す。不思議な事に構造は四階とは異なり、右にも左にも壁が見える。扉の数も少ない。

 目の前にある扉は無視して、人に見つからないように静かに右へ向かう。ああ、段ボールが欲しい。あれはかなりのステルスアイテムだよなぁ。まあ、実際には逆に目立つだろうけど。



「……うん?」



 ある扉の前で、夜中にも関わらず、人の話声が耳に入る。扉に耳をあててみると、その内容は聞こえないが、数人の男性が話しているのが分かる。

 これは……引き返すべきだろう。この先は壁だし、見つかっては元も子もない。彼らがこんな時間に何をしているのかやこの扉の向こうに何があるのかなど気になる事は多々あるし、扉の先が出口という可能性もある。扉を開けるのは論外、先に進んでも行き止まりとなると、引き返すほかない。

 そう考えて回れ右。急いで、しかし音をたてないように進み、俺が降りてきた階段に繋がっている扉とさっき無視した扉の間に立ったところで。

 後ろでカチャリ、と扉が開く音がした。



「っ!」



 すぐさま右にある扉を開けてそこに入る。扉に寄りかかりながら、明かりが無く、真っ暗なそこで息をひそめてこちらに来ない事を祈る。とっさに階段の方ではなくてこっちに入ったが、階を移動して逃げた方が良かったかもしれない。でも螺旋状のあの階段だとすぐに見つかるから、どちらが良かったかは一概には言えないか。

 男性達は話しながらこちらに向かってくる。その音でバレるのではないかというくらい心臓の鼓動が速まり、背中を冷や汗が垂れた。

 談笑が背後、三センチ程の扉を挟んで聞こえてきて緊張が最高潮に達する。ドアノブが回る音を聞いて、もう駄目か、と目を瞑った。

 だが扉が開かれる気配はない。それどころか男性達の声が遠ざかっていく。



「……はぁ、助かった」



 ほっと息を吐く。もう少し様子を見てからここを出よう。そう決めて、心臓を静める為に胸に手を置きながら深呼吸をする。

 そういえばこの部屋は何の部屋なのだろう。落ち着いたおかげで気づいたが、何人もの人の気配がする。けれどそれにしては俺への反応がないし、色々とおかしい。暗くてよく見えないが、目を凝らして部屋の中をじっと観察する。



「ひっ……!」



 そして、俺は小さく悲鳴をあげた。


 そこに居たのは、頭に電極が差し込まれている人、足から探さ吊りにされている人、胸を開かれ、そこに管が入っている人。他にも沢山居るが、誰もが体を弄くられ、しかし生きている。



「あ、あ……」



 体が震える。目の前の光景を理解したくない。だが、否応にも理解してしまう。

 ──ここは、人体実験室だ。


 もう見つからないように、とかそんな考えはまったく頭になかった。弾かれるように部屋を出て、階段を駆け降りる。下に行った理由なんて無い。強いて言えば早くあの部屋から離れたくて、上るより降りる方が速いからだ。

 一番下の階まで一気に走って、扉を開いて磯臭い、不快な臭いが充満した所に倒れこむ。吐き気が込み上げてきて、なんとかそれを我慢しながらあの光景を忘れようと頭を振るが、強烈な記憶は忘れられず、鮮明に脳裏に浮かび上がる。

 この世界に来て、死体は見慣れたつもりだった。人を、直接ではないが殺してしまった事もある。ただの死体とかだったのなら、辛いが耐えられただろう。だがあれは、人の尊厳をまるっきり無視した最低な実験だ。痛いだろうし、苦しいだろう。最早死んだ方が楽になれるだろうに、それすらも許されない。


 ウェルディさんは、あんな事をしていたのか。この館の主人はおそらく彼で、その彼が知らないハズがない。もし、俺がノーベラルの味方になる事を断ったら、あそこに送られて生きたまま脳を掻き出されるかもしれない。

 そんなのは嫌だ。早く、早く逃げないと。

 冷たい手すりに掴まりながら、震える足を叩いて立ち上がる。……手すり?これはなんだ?

 顔を上げる。まるで牢屋の鉄格子のようなものを、俺は掴んでいた。そして、俺の存在に気づいたのか、その中で寝ていた人型の何かが起き上がり、暗闇に赤く光る一対の眼が俺を見つめてくる。そして次の瞬間、その眼の周りに更に眼が増えた。五対、六対、七対……明らかに人としておかしい数の赤い眼が、人の顔くらいの大きさの場所に集まっている。



「あ……い、や」



 恐怖のあまり腰を抜かす。言葉も上手く喋れない。

 その時、突然明かりがついた。そして、牢屋に繋がれた異形、いや異形に()()()()()ヒトだった生き物が、視界を埋め尽くした。

 身体中に無数の眼を持つ男性が、眩しさに手で光源を遮る。頭からいくつもの触手を生やした少年が無表情でこちらを見てくる。紫色の肌で、いろんなところが泡のように膨れ上がっている女性がケタケタと笑う。



「……彼らは実験で出来た失敗作です。どうです?気持ち悪いでしょう」



 いつの間にかウェルディさんが俺の隣に立ち、そう声をかけてくる。おそらく明かりをつけたのは彼だろう。



「なん、で、こんな、こ、とを……民を、守、りたいん、じゃ……」

「勝つ為に人間兵器を作ろうとしているだけですよ。彼らは元プレイヤーの日本人やザッカニアの人間で、陛下が守りたがっていたノーベラルの民ではありませんから」



 ウェルディさんは、いつもとなんら変わらない笑顔で平然とそう言う。この状況下で、かなり異様だった。

 そして気づく。全て彼の掌で踊らされていたのだと。俺が逃げようとするのを見越して、わざと泳がして、これを見せた。もしノーベラルの敵というのなら、お前もこうなるぞ、と脅しをかけたのだ。それを回避するには、彼が守りたい存在であるノーベラルの民になるしかない。



「そろそろ寝ましょう。夜中ですしね」



 何事もなかったかのように、腰を抜かしている俺を抱き上げ、明かりを消して階段を上っていく。

 最早俺に、彼に抵抗する気力は、無かった。






ちなみにルークがひたすら歩いていた廊下は緩やかにカーブしており、円形に繋がっています。ですが廊下に認識を阻害する魔法がかけられており、真っ直ぐだと勘違いさせられて同じところをぐるぐる回っていました。

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