三十三話:結成
少し時間が戻ります。
……この話、二話前に持ってきた方が良かったかなぁ
インフェルノの焔にバドラーは自ら突っ込む。常人なら一瞬で消し炭になるような青い焔がバドラーを包み込むが、『不沈艦』とまで言われる彼には表皮を焦がす程度のダメージしか与えられない。
魔法の攻撃を自分に集めさせる囮。タンクならば必須のそれを使って後ろにいる少女に焔が届かないようにして、耐え続ける。痛みはあまりなく、少し熱い程度しか感じないのは彼にとって良かった事だろう。
時折ヒールを唱えて傷を癒しつつ、少し長すぎる焔に対し、バドラーは嫌な予感を感じた。
(なんでルークは魔法を撃たない?それに明らかに決定打を与えられないと分かるインフェルノをここまで使い続けるのも不合理だ)
十数秒経って焔が止み、視界が晴れる。後ろの様子を見ようと振り返り、嫌な予感が当たっていた事を理解した。
気絶しているルークが、胸を下にし、体をくの字に曲げる形でウェルディに抱き抱えられている。彼女の美しい銀の髪が下に垂れ、キラキラと夕陽の赤い光を反射していた。
バドラーの顔を見てノーヴェとエイミィも振り返り、状況を把握する。急いでルークへ駆け寄るが、いささか遅すぎた。
倒れそうなルークを支えているウェルディはニコニコと笑いながら、地面に写し出された青色の魔法陣に魔力を込めている。彼らが光に包まれると同時に魔法陣の中心に置かれていた紙が燃え尽き、二人はバドラー達の目の前から消え去った。
「そん、な……」
「くそっ!」
「逃がすか!」
あらかじめ用意されていた転移魔法によって二人が何処かへ移動し、一瞬遅れて二人が居た場所にエイミィが辿り着く。空振った自らの手を見て、また守れなかったと涙をこぼした。
ノーヴェはその魔法とハルメラを襲った大量の獣の襲撃とを結びつける。あの事件の黒幕がウェルディだという結論に至り、何故ルークとウェルディと一緒にしたのかと後悔した。
そしてバドラーは、この誘拐のもう一人の犯人を問い詰めようと、鳶色の女性に飛び掛かった。
女性もまた、ウェルディと同じように転移魔法で逃げようとしていたらしく青い光に包まれていた。だが彼女がインフェルノで時間稼ぎをしていた事、バドラーが迷わず駆け寄った事で転移する前にその腕を掴まれる。
その次の瞬間、転移魔法が発動した。
二~三秒程何かに体を引っ張られる感覚がし、それが止んでからバドラーは目を開く。彼の視界に入ったのは綺麗な泉の畔にそびえる大きな館。辺りは森に囲まれている。
「おや……彼も来てしまいましたか」
「ごめんなさい、ウェルディ。ちょっと失敗した。すぐに消すね」
そんな会話がバドラーの耳に入り、その声の方向に顔を向けるのと同時に超高温の何かが彼を焼き尽くさんと襲い掛かり、更に強い衝撃が彼を打ち付ける。先ほどくらったインフェルノの焔よりも熱い光と衝撃をもたらしたそれは容赦なくバドラーを傷つけていく。
だが致命傷には至らない。あばら骨が数本折れ、色々なところが焦げたものの、動きに重大な支障をもたらす傷はまったく無かった。彼の異常なまでの耐久力と、それが一瞬で通りすぎて行った事で継続的なダメージを与えられなかった為だ。
ダメージを回復させる為にヒーリングで傷を癒す数秒で砕けた骨がくっついていき、火傷が治っていく感覚は非常に気持ち悪いものがあったが、それを耐えて前を睨む。そこにはルークをお姫様抱っこしているウェルディと狼狽える女性の姿があった。
自らの硬さに自信があったバドラーにとっては、この程度の魔法では倒れないと確信していたが、彼女にとってはそうでなかった。自信がある魔法を軽々防がれた事に戸惑いを隠せない。
「どうして、雷神の鉄槌をくらって生きているのよ……。しかもほぼ無傷って、なんなの……」
「彼の硬さはトップクラスですからね。これまでの輩と同じようにはいかないでしょう。ここまでとは思いませんでしたが」
反面、ウェルディの方には驚きはないようだ。一般的な魔法とは桁違いの威力で、ほとんどの生物はくらったら死ぬとはいえ耐えれる例外は居る。バドラーがその一人だったに過ぎない。
もとよりヨルムンガントを除いた全ての生物を一撃の下に殺したという原典と比べたら、その名を冠する事自体おこがましい事だ。まあそれはゲーム内最強の攻撃魔法である神々の黄昏にも同じ事が言えるのだが。
そもそもそれらが……異世界の魔法のハズなのに地球の人間が理解出来る名前が、正式名称かどうかは怪しいとウェルディは考えていた。
「ルークを、返せぇ!」
バドラーなどどうでもいいかのようにこの場に関係無い事を考えているウェルディ目掛けてバドラーが走る。慌てて女性がそれを止めようといくつかの魔法を放つがバドラーはまったく気にせず、炎を浴びようが光の槍をぶつけられようが走る勢いは衰えない。
数秒でウェルディの前に到着し、顔を狙って右手を振り抜いた。走ってきた勢いが乗ったその一撃を、ウェルディは笑顔のまま、腕が重りによってふさがれているというのに余裕綽々といった感じで避ける。
いとも簡単に避けられているが、この理由はバドラーがやや冷静さを欠いて攻撃が単調になっているというのもあるが、一番大きいのはウェルディの体さばきが優れている事だ。幾度も迫り来る拳を、舞うように避け続ける。その際、驚異のバランス感覚で腕の中のルークは全く揺らさない。
その間、女性は見ているだけで何も出来なかった。こうも味方と敵が近い距離に居てはフレンドリーファイアをおこしかねないからだ。魔法の制御に自信があるのならともかく、彼女は自分が時折魔法に振り回される事があるのを自覚している。
「……そろそろ貴方にはお帰り願いましょうか。ここで時間を潰すのはもったいない」
二桁程バドラーのパンチが空を切った後、ウェルディがそう呟く。その後ぶつぶつと魔法の呪文を唱えながら、重心を低くしてから体のバネを生かして跳ね上がるように回し蹴りをバドラーの腹に叩き込んだ。
その細い体からは想像しがたい力が込められ、最大限彼の体重を乗せ回転の勢いも殺されず直撃したその蹴りは、鎧も含めれば百キロを越えるバドラーの巨体を宙に浮かせる。そして五メートルは離れていた木に背中を打ち付ける程吹き飛ばした。
「うっ……」
「──神を喰い殺す獣をも縛れ、封印の足枷」
衝撃にうめき声をあげるバドラーに向け、完成したウェルディの魔法が放たれる。どんな光も通さないとすら思わせる漆黒を越えた闇と言うべき紐が、高い魔法抵抗力を持つバドラーを縛り付け木に縫い付けた。
硬く縛り付けるそれはバドラーがいくら暴れようともほどけない。少しずつ拘束は緩んでいくが、数分は動けないだろう。
流石にここまでの魔法を使ってはウェルディも余裕ではいられないらしく、ふぅ、と息を吐いて額に浮かんだ汗を拭った。そしてバドラーの動きが止まったのを見て自らの最強魔法をぶつけようと詠唱を始めた女性を制す。
「ナナさん、おそらく彼はそれだけでは死にません。貴女の魔力が無くなったら彼に抵抗する手段がありませんし、止めましょう。彼に刀の刃は通るのか確かめてみたい気もしますが……もし殺しそこねて、その間にグレイプニルが切れたらまずい。早くテレポートで送り返してしまいましょう」
「でも、私はさっき自前の魔力でテレポートしてきたし、ミョルニルも撃ったからテレポートを使うのは多分魔力が足りないよ?」
ナナと呼ばれた女性は首をかしげるが、ウェルディはニコニコした笑顔のまま、ズボンのポケットの中から一枚の紙を取り出す。一瞬支えを失ったルークだが、ウェルディは彼女が落ちる前に素早く支え直し、取り出した紙をナナに渡した。
「テレポートの魔法陣です。多少魔力も込めてありますから、今のナナさんでも発動出来るハズです。私では無理ですが……」
「うん、分かった。それ、まだ持っていたんだね」
不味い、このままじゃルークを助けられない。二人の会話を聞いてバドラーはそう考える。拘束を解こうともがくが、抜け出せない。そうこうしている内にナナがバドラーの頭に紙を乗せ、魔力を注ぎだした。
それに伴って青い幾何学模様がバドラーを中心として地面に写し出され、仄かに光りだす。だんだんその光が強くなっていき、バドラーの体を包み込んだところで彼の視界がぶれた。
バドラーが送り返され、その場にはウェルディとナナ、そして気絶しているルークの三人になる。そしてそのまま何も言わず、館に向け歩きだした。
一方、無理矢理飛ばされたバドラーは、グレイプニルに縛られたままノーヴェとエイミィの前に落ちてきた。転移する座標が少しずれていたらしく、地上から三メートル程上の位置に現れ、頭から地面に着地したのだ。
「え、えっと、バドラー?」
「ん、エイミィか。……すまない、ルークを助けられなかった。奴らと一緒に本拠地と思われるところに行ったが、送り返されてしまった。それに途中の道をショートカットされたから道が分からない」
おそるおそるといった体で、エイミィはぐしゃりと嫌な音をたてて落ちてきたバドラーに声をかける。その嫌な音と落ちかたから心配したのだが、彼はなんともなかったかのように返事をし、その後苦虫を噛み潰したような顔で謝罪を口にした。
エイミィはどうやらバドラーにたいした怪我はないと気づきホッと息を吐くが、ルークが居ないという事にガックリと肩を落とす。
バドラー自身も自らの不甲斐なさを実感し、自分を張り倒したい気持ちになってくる。そして、なにがなんでもルークを助け出すと決意した。
「二人共。俺はルークを助けに行くつもりだ。どこに居るのかも分からないし、困難も多そうだが、俺は絶対あいつの下に行く
……そこで聞きたいんだが、二人は協力してくれるか?俺は一人には向かないし、二人が居ると心強いのだが」
「ええ。もとよりそのつもり」
「……アタシも、ルークを助けに行くよ」
バドラーが両手足を縛られて、地面に転がっていなければさぞかし絵になったであろう。残念ながらまだグレイプニルの効果が続いていた為少し情けない姿になってしまっていたが。
その彼の質問に、エイミィは即座に頷き協力の意思を示す。ノーヴェも少しの間があったあと了承した。
「ねえバドラー、ちょっと聞いていいかい?あんたが行ったところはどんなところだった?」
「よっと。……そうだな。森の中だった。近くに綺麗な湖があって、その畔に館が建っていたな」
「っ!……あそこか。バドラー、あんたのおかげでルークの居場所が分かったよ。ありがとう」
ようやくグレイプニルの拘束が解け、バドラーは立ち上がりながらノーヴェの質問に答える。それを聞いて、顔に理解の色を浮かべ感謝の言葉を口にした。彼女には、その場所に心当たりがあった。
だがバドラーの方は何故それだけの情報で分かったのか疑問に思い、それが顔に出ていたのかノーヴェは簡潔に答える。
「おそらくルークを拐ったのはノーベラルだ。そして、アタシの記憶が正しければノーベラル国内でその条件に当てはまる場所は一つしかない」
「それってどういう──」
「おーい!バドラー!」
事だ、とバドラーが続けようとして大きな声に遮られる。大声で彼の名前を呼びながら、一人の若い男が興奮を隠せないハイテンションでこちらに走ってきた。三人の前で立ち止まり、手を膝に付き息を整える。落ち着いたところで顔を上げ、目を輝かせながら聞いてきた。
「なあ、聖女様はどこにいる?」
「あ、ああ、それは……ちょっと待て、どうしてそんな事を聞く?」
男は興奮冷めやらぬ様子で顔を近づけてき、それに軽く引きつつどうやって誤魔化そうかと悩みながら口ごもる。そして何故いきなりそんな事を尋ねてきたのか疑問に思い、聞き返した。
「あの武神がここに来て、聖女様は居ないかって聞いてきたんだよ!」
「……誰?」
「おまっ!あのロナルドさんを知らないのか!?」
バドラーはその男の言う武神にまったく心当たりが無かった為首をかしげるが、その後言われたロナルドという名前に軽く反応する。ルークの話で聞いていた為だ。後ろで話を聴いていたノーヴェとエイミィの反応はもっと顕著で、二人で顔を見合せた後男に飛び付いて問い詰めだした。
「ね、ねぇ!どういう事!?ロナルドが今ここに居るの?」
「う、うん。そうだけど……」
「ちょっとあんた、案内してくれない!」
「は、はい!」
二人の剣幕に圧され、自分が走ってきた理由も忘れて男は頷き、急いで引き返す。バドラーは頭にクエスチョンマークを浮かべながらも追いかける。
少し走ると、この陣に居る人間の八割以上が集まっており、かなりの人だかりが見えてきた。それをかき分けて進み、中心にたどり着く。
「おお、お前らもここに来てたのか。ノーヴェ、エイミィ、久しぶりだな。……心配かけて、すまん」
予想以上に大騒ぎになって苦笑していた中年の男性
──ロナルドが、ノーヴェとエイミィを見つけて、そう言った。エイミィが感極まって涙をこぼしながら飛び付くと、「うっ!」と唸り多少後ろに下がったもののしっかりと受け止め、頭を撫でる。
「ロナルド……今までどこに居たんだい」
「ちょっと死にかけてな……親切な人に助けられていたんだ。……ところで、ルークはどこなんだ?」
その言葉一つでノーヴェの顔が歪み、エイミィがビクンと震える。それでロナルドはルークに何かあったと理解し、表情を引き締め足を前に運ぶ。それだけでまるでモーゼのように人ごみが割れて道が開いた。歩くロナルドにノーヴェとエイミィ、少し遅れてバドラーがついていく。四人以外は誰も動けない。
「話がしたい。どこかいい場所は無いか?」
「……とりあえず、あそこでいいかな。案内するから、ついてきて。バドラーも一緒に」
ロナルドを伴って、ルークが使っていたテントに戻 った。元々大人数で使われていたテントの為四人が入ってもまだまだ余裕はある。ロナルドはバドラーをちらりと横目で見ながら問い掛けた。
「話をする前に一応確認だが、エルフの君はルークの知り合いか?」
それにバドラーが無言で頷くと、ロナルドはそれならいいと話を始めた。
「とりあえずエルフ君に自己紹介だ。俺はロナルド・ヴィッセル。ルークとの関係は……弟子と師匠ってところか」
「……俺はバドラーです。ルークとは、昔からの知り合いでした」
初対面の二人が互いに自己紹介をして自分が何者かを確認しあい、それからようやく本題に入る。
「だいたいの事は予想がつくが、詳しい事は分からない。教えてくれるか?」
「ああ。まずは──」
ロナルドの質問に、ノーヴェが答えていく。ロナルドと別れた後ルークが敵討ちをするとルークが出ていった事、突き放したものの心配でここに来た事、 さっきウェルディという青年に連れ去られた事。そしてこれから彼女を助けに行く事。
それを聞いて、ロナルドは頭を抱える。彼を助けてくれた少女から聖女様の噂を聞いて以来ずっと危惧していた事が当たっていたからだ。一度舌打ちをしてから、三人に告げる。
「俺もついていこう。弟子を守るのは、師の役目だ」
──こうして、目下戦争中の隣国に侵入し、一人の女の子を助けに行くたった四人の部隊が出来上がった。




