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どうやら俺は異世界で聖女様になったようです  作者: 蓑虫
第三章 戦場とマッチョエルフ
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三十話:誘拐

 いきなりの爆弾発言に戸惑いの静寂が生まれた。ウェルディさんは相変わらずの何を考えているのか分からない笑顔でこちらをじっと見据える。俺達の反応を待っているのか、彼がひたすら無言でニコニコしているのがこの静寂を維持する大きな要因になっていた。

 先に気を取り直したのは俺の前に立つマッチョエルフ。彼がこの静寂を破った。



「あー……。これからの話はあまり外の二人に聞かれたくないし、万全をきしてサイレンスが欲しい。ウェルデイ、お前は使えるか?残念だが壁兼ヒーラーの俺と攻撃魔法特化の脳筋ビルドのルークは使えないんだ」



 魔法の範囲内で生じた音が外にもれなくなる魔法サイレンス。バドラーが小声でそれを求めた。というかバドラー、俺は補助魔法も使えるぞ。誰が脳筋だ、誰が。確かにそういう便利系はソロ探索に必要なライトとディテクションしか覚えてないけどさ。

 その要求に、ウェルディさんは笑顔の中に少しの驚きを見せる。

 


「使えますが……本当に使って良いのですか?仮に私が襲い掛かった時に助けを呼べませんよ」

「構わない。いざという時は俺という壁が居るからルークは逃げられるし、そうなれば外の二人の助けを借りて四対一だ」

「それもそうですね。では──サイレンス」



 ウェルディさんが呟くように魔法名を唱えると同時に魔力は波紋のように広がり、俺達を包む。バドラーはそれを確認してから、普段と同じ声量で話し始めた。



「ウェルディ、お前は何でそれを俺達に伝える。俺達が普通のこの世界の住人だったらお前は突然おかしな事を言い出した変人になるし、悪ければスパイと思われるぞ」



 どうやらバドラーはあの静寂の後で誤魔化すのは不可能だと判断したようで、直接明言はしなかったものの俺達が元プレイヤーだと認めた。ウェルディさんは満足気に頷く。



「貴方の高い知名度のおかげですよ『アセモスの翼』の『不沈艦』バドラーさん」

「ああ、俺が元プレイヤーだと気づくのは分かる。だがルークはとてもじゃないが有名とは言えない。どうしてこいつに話を持ってきた。俺に話をするのならさっきみたいに警戒される事は無かっただろうし、ルークが一般人だった、としたら面倒な事になっただろう」

「それはルークさんが元プレイヤーだと確信出来ていたので」

「……その根拠は?」

 


 聞くべき話はあるものの、腹の探りあいと言うのが適切であろう二人がしている会話は俺にとってはどうでもいい事だから聞き流していた。なんで一々まどろっこしい事をするんだろう。

 そんな訳で俺は話し半分に聞いて、『ウェルディ』というキャラクターに心当たりがないか考えていたのだが、少し意識を二人に向ける。なんで俺が元プレイヤーだと分かったのかは気になるから。



「一つは容姿です。ルークさんはかなりの美少女です。それこそ作られた精巧な人形のように。これはキャラメイクの賜物だと考えました」



 そして、その言葉にかなり納得する。今の俺は普通じゃ考えられない程の美少女になっているし、この世界でも銀髪は見たことない。そこから疑問を持つのもおかしな話じゃないか。ウェルディさんも凄いイケメンだし。

 まあマッチョエルフ(ネタ街道一直線の奴)も俺の前に居るけど、それでも顔自体は結構整っている。



「……で、他には?一つ目というとこは他にもあるんだろう」

「ええ。二つ目は勘に近いのですが……雰囲気です。日本と比べて桁違いに命の危険が多いこの世界の住人は皆緊張感というか、鋭さというか、そういうものがあります。ですが初めて会った時にルークさんからはそれが微塵も感じられなかった。勿論安全な場所でぬくぬく育った貴族のお嬢様の可能性もありましたが、それにしてはおかしなところが結構ありましたから」

「ふむ」

「三つ目、これが最後です。ルークさんの魔力量がかなり多かったからです」

「え?」



 その言葉に思わず声が漏れる。ウェルディさんはいつ俺の力を見たんだ?彼の前で魔法を使った覚えが無いんだけど……。それに俺は魔法剣士だったから魔力は多い方だ。だが俺がたまたまそうだっただけで剣士系なら魔法は使えないし、魔力量も少ないハズだから理由にはならないと思うし、この世界にも魔力量が多い人間は決して少なくない数居るだろう。



「流石に三つ目の理由だけだったら確信は出来ませんでしたが、前二つとあわせて決め手になりました。経験則なんですが、元プレイヤーは全員異常なほど魔力量が多いんです。それこそ剣士系やゲームキャラじゃなくてもこの世界の一流の魔法使いより多い位に」



 そんな俺の疑問を察したのか、ウェルディさんが補足をしてくれた。さらっと言われたけれどその内容は聞き捨てならない。ゲームキャラじゃなくても、ってどういう事だ。



「……なあ、経験則と言ったが、お前この世界に来てどれくらい経つ?」


 

 バドラーが気になったところは俺とは違ったようで、難しい顔でそう言った。そこはそんなに気にする事じゃないと思うんだけどな。どうせ俺達とそこまで変わらないだろうし。

 そんな俺の考えはウェルディさんの答えであっさりと否定された。



「そうですね……五年位ですかね。おかげでこの口調が定着してしまいました」

「えぇ、そんなにですか!?」

「前から気になっていたんだ。ログイン状況から考えてルークがこの世界に来た日と俺が来た日は最大でも五日しか間がない。だがルークがこの世界で二ヶ月以上過ごしているのに対し俺は三週間程度。この差から推測される事は──」

「この世界に来る際に時間のズレがある、もしくはこの世界と地球とでは時の流れの早さが異なる。SF小説でよくある設定ですね」



 この会話で衝撃の事実が発覚した。でも、それがどうしたという気もする。差がある事が分かったところでなんの意味があるんだ。そう言ったらバドラーが深いため息をつき、呆れたように言った。



「仮に後者だと仮定して、時の流れに差があるという事は元の世界に戻った時に建っている時間も違うだろうが。戻ったら浦島太郎状態になる可能性がある事を覚悟しておくだけでも違うぞ」



 バドラーの言葉に思わず顔がひきつる。この世界に長く居る事でそんな弊害があるのか。いや、もしかしたらロナルドさんの時と同じで、それに気付いていたが認めたくなかっただけかもしれない。

 俺が問題を理解した事を確認し、バドラーは「それに」と説明を続ける。



「これは俺達の寿命やこれからにも関わる事だ。──おい、ウェルディ。お前さっき自分の事を『元しがない大学生』だと言っていたが、俺にはお前が二十歳程度にしか見えない。五年前がよっぽど童顔だった可能性も無くはないが……」

「あなたの予想通りです。私はここ五年、姿が変わっていません。私達元プレイヤーには老けるという概念が無いのでしょう。尤も髪はかなり遅いスピードとはいえ伸びますから、歳をとるのが遅いのかもしれませんが」

「と、いうことだルーク。俺はエルフだからまだいいが、人間の、しかもまだ子供のお前が何年も同じ容姿だと確実に奇異の目で見られる。なるべく早く何か手を打たなきゃならないな」



 低い声で淡々と語られるそれは俺達とノーヴェさん達との縁を切り裂く鋏のようで、またこの世界の住人達との間にそびえる高い壁のようで。

 手を打つ方法は二つ。一つはノーヴェさん達と別れて、それ以降も人とあまり関わらず、同じ人とは一年以上一緒には居ないようにする事。もう一つは俺が違う世界から来たことやもう歳をとらない事など全ての秘密を正直に打ち明け、協力をあおぐ事。

 ……どちらも難しい。また二人と離れるのは嫌だし、かといって打ち明けたところで信じてもらえる確証はない。時が経てば嫌でも分かるだろうが、気味悪がられる可能性もある。ノーヴェさん達なら気にしないでいてくれる気もするけど……まだ正直に話す気にはなれない。



「まあ今すぐ決めなくて良い。よく考えて決断すべきだ」

 


 俯いて悩みこんだ俺を見てバドラーはそう言う。俺は顔を上げてそれに頷いた。今考えるべきは今後の事じゃない。



「うん、そうだね。……それとウェルディさん、僕からも質問があるんですが、良いですか?」

「ええ、構いませんよ」

「ありがとうございます。そちらも聞きたい事があるのでしょうに、こちらばかり質問してごめんなさい。……さっきゲームキャラじゃなくても、とおっしゃっていましたが、どういう事ですか?」


 

 その問いに対し、ウェルディさんは笑みを消して考え込む。といっても黙っていたのは数秒程度で、話す事をまとめていたという方が近いかもしれない。



「……それを説明する前に確認なのですが、あなた方がこの世界に来る際に何があったか教えていただけませんか?」



 ウェルディさんの質問を聞いて俺とバドラーは顔を見合わせる。そういえば俺達がどうしてこの世界に来たのか、話す時間があったにも関わらず話し合っていなかった。それがゲームキャラじゃない人がいる事となんの関係があるのかは分からないけど聞くという事はそれが重要な事なのだろう。あの時の事を思い出しながら口を開いた。



「えっと、確か寝た後に気づいたら変な所居たんです。戸惑っていたらお爺さんが出てきて、『アセモス・ワールドの世界に行きたいか?』と言われて頷いたんです。そうして目が覚めたらこの世界に居ました」

「俺はメールだ。詳しい内容は伏せるが、要約すると地球に残るかこの世界に行くかを選べという物だった」

「なるほど。私はルークさんと同じような経緯でこちらに来ました。で、私が聞きたいのは『その時にキャラとして来たいという意思を示したかどうか』です」



 流石にここまで言われて気がつかない程馬鹿ではない。彼が言わんとする事を理解し、自分の運の良さに感謝する。奴隷として売られかけたり身体能力が下がったりといった不都合もあったが、全体的に見れば良かった事の方が遥かに多い。



「俺はバドラーとして来るという意思をはっきりと示した訳じゃないが、心の中ではこの姿で、と考えていたな」

「僕はお爺さんに『ルークとして来たい』と言いました。もしそれを言っていなければゲームキャラの この姿と能力ではなく、現実(リアル)の姿と能力だったという事ですね」


 

 ウェルディさんは良い結果だったテストの答案を返す教師のような笑顔で小さく頷いた。



「その通りです。それと一つ言っておきますが、あなた方のようにゲームキャラでこちらに来れた人は少数派です。私も多くの地球人と会いましたがほとんどが私と同じで元々の姿のままでしたよ。ゲームキャラになっている人は一割にも満たないですね」



 ……まて、今ウェルディさんはなんて言った?俺の聞き間違えじゃなければ彼はゲームキャラじゃないと言っていた。つまりは目の前のニコニコ笑っている嫉妬すらおきないレベルのイケメンは作られたものではないという事になる。しかもそれでノーヴェさんが認める程の実力を持っているとか、チートか。

 以前の俺なら絶対に「リア充爆発しろ」と言っていただろうが、今は不思議とそんな気持ちにはならない。これもこの体(女の子)になった影響なのだろうか。



「ん?じゃあその髪と瞳の色はなんなんだ?ハーフ……という訳でもなさそうだが」

「ああ、これはこの世界で目立たないように魔法で変えているんですよ。黒っぽい色の髪や瞳の人もいますが、私達日本人のように真っ黒なのは珍しいですから」



 ウェルディさんは苦笑しながらそう言った後、何か言っているという事は分かるがなんと言っているのかは分からない位の小さな声で何かを呟く。すると彼の金の髪と蒼の瞳はみるみる内に漆黒へと染まっていき、十数秒もすれば艶やかな緑の黒髪と深い黒の瞳になった。正直なところ、これは……



「ウェルディさん、さっきまでよりも今の方が格好良いですね……」



 非常に整った顔をしていた為あまり気にならなかったが、やはり日本人の顔に金髪と蒼の瞳というのは違和感がある。それが本来の色に戻った事で違和感が振り払われ、よりイケメンとなっていた。

 ふと思った率直な意見だったのだが、それを聞いたバドラーは何故か渋い顔をし、ウェルディさんは目を丸くした後に思わずといった感じで吹き出した。それはこれまでの作られた笑顔ではなく自然な物で、ニコニコしながらも隙がなかった彼のそんな姿はいわゆるギャップ萌えというやつを感じさせる。



「す、すいません。打算無しにそんな事を言われたのは久方ぶりでしたので、つい。そう言っていただいたのに悪いのですが、この髪色のままではいられないので」



 ウェルディさんは目を瞑り、先程と同じように何かを呟いて髪色を金に染め直す。外から射し込む光を反射する金髪は綺麗だし、耳の赤く光っているイヤリングとも合うけどやっぱりどこか違う気がする。目を開くと瞳も蒼色に戻っていた。ああ、勿体ない……。

 再び変装をし終えた彼は苦笑いを浮かべて「では、そろそろ話は終わりにしましょうか」と言って指を鳴らす。それにより俺達を包んでいたサイレンスの魔法の効果が切れた。



「え、良いんですか?ウェルディさんも用があったんじゃあ……」

「既に私の目的は達成されましたから。それにもうそろそろですしね」



 意味深な事を言いこちらに背を向けて歩き出すウェルディさんを見送ろうと足に力を入れて立ち上がる。今日は病み上がりで、陣の中とはいえそこそこの距離を歩いた上に長話をした事で少し疲れていたが、ふらつく程じゃあない。

 なんでも治癒魔法は魔法で傷を治すのではなく無理やり体を活性化させて自然治癒力を上げ、その力で傷を治すらしく魔法を受けた方の体力をかなり必要とするらしい。難しい事は分からないがつまり今俺は絶不調という事だ。ノーヴェさんが異様に過保護なのもこれが原因なのだろう。


 ウェルディさん、バドラー、俺という順番でテントを出る。ノーヴェさんとエイミィは宣言通り前で待機していたらしく、無傷で出てきた俺を見てほっとしていた。……そんな大袈裟な。



「ルークさん、今日はありがとうございました」

「いえ、こちらこそ──」



 ありがとうございました、とお礼を続けようとして大きな音に遮られる。まるで何かが爆発したような音だ。

 皆が一斉にそれぞれの得物を抜き、音のした方を向き臨戦態勢を取る。風によって土埃が吹き飛ばされると、そこには鳶色のロングヘアーをたなびかせた女性が居た。というか警備は一体なにをしているんだ。



「銀髪、碧眼、百五十センチ程の背丈……情報通りね。ルークって子には悪いけど、君を殺してくれっていう依頼があってね。ゴメンねー」

 


 凛としたハリのある声で、軽い口調とは裏腹にひどく物騒な事をその女性は言う。それを聞いて三人が俺の前に立ち殺気を放ちだした。



「あんたは一体どこの誰で、どいつにこの子を殺せって言われたんだい!」

「あー、そうゆうの面倒だから。別に他の人を殺しちゃいけないなんて言われてないし……全員まとめて吹っ飛ばしちゃおう」


 

 ノーヴェさんの強い怒気をはらんだ怒鳴り声を語尾に音符がつきそうな台詞で一蹴し、右手をこちらに向け差し出す。そして強力な魔法と思われる光が彼女の手を包み始めた。



「っ!マズイ!」

「そーれ、インフェルノ!」



 バドラーが焦りを顔に浮かべ最前列に躍り出ると同時に灼熱の焔が俺達目掛けて放たれ、その焔がバドラーを包み込んだ。

 おそらくバドラーが攻撃を一手に引き受けるのであろう魔法を使ってくれたおかげでこちらまでは焔が到達していない。そして俺はバドラーがこの程度の魔法で倒れる事はないと確信している為、そっちは気にせず魔法を練り上げる。やや魔力の流れが悪いが、強引にラグナロクを完成させた。



「あっ……」



 そして反撃をしようとしたところで、首筋に強い衝撃を受け、予想外だったその一撃により意識が遠ざかって行く。

 薄れ行く意識の中、後ろを振り向くとウェルディさんがニコニコと笑いながら立っていた。






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