三話:魔法を確かめてみる
俺は言葉を失い、呆然と水面を見つめる。
俺がルークになっていたのだから当然だろう。
そして、今朝の夢を思い出す。
夢の中で会話をしたあのおじいさん。彼は俺にアセモスに行きたいか? と聞いてきた。
俺はそれに行きたいと答えた。俺ではなく、ルークとしてだけど、と。
そしておじいさんは、ではそのようにしようと言っていたではないか。
もしあれが夢ではなく、現実だったとしたら? 夢だったとしても、あのおじいさんが何らかの力で俺の夢に入ったのだとしたら?
……俺は自分からこの世界に行かせてくれと言ったようなもの。
そしておじいさんはそれを叶えたのだ。
つまりここはゲームの世界、ということになる。
俺が女の子になっているのは俺がルークとしてこの世界に来たいと言ったからだ。
そしてルークが女の子になってしまったのはバドラーのせい。
つまり……あのくそマッチョエルフのせいで俺は奴隷になりかけたのか!
バドラーに次会ったら五発ほど殴ってやろう。
……あいつの事を考えてもイライラするだけだ。切り替えよう。
そういえば、俺がかなり育てたルークになったのだとしたら、俺は魔法を使えるんじゃないか?
そう考えて、俺は試しにルークが使える中で二番目に弱い攻撃魔法であるウィンドを使おうと、頭の中でイメージしてみる。最初は一番弱い魔法であるファイアを使おうと思ったけど、今のここはゲームではなくリアルで、森の中で火をおこすのはマズイだろう。
すると俺の想像を遥かに越える突風が吹き、目の前の木々の枝が折れ、川の水が舞い上がる。
「は?」
折れた枝と舞い上がった水は、そのまま凄まじい勢い吹き飛んでいった。その枝が他の木は当たり、ぶつかった枝と一緒に砕け散る。
……え、魔法強すぎじゃねぇ!?
一瞬驚いたが、使えないよりはましだろうと切り替える。
他に問題なのは俺以外にもこの世界に来ているプレイヤーがいるかどうかということか。
こういう異世界にきたのが俺だけとは考えにくい。俺はそんな特別な人間じゃないし。
なんとかお仲間を見つけたいところだが。
その時俺のお腹から、可愛い悲鳴が聞こえた。
……それより食料の調達が最優先だな。
俺が森の中を探索していると、しばらくして一匹の獣を見つけた。
そいつは兎のような姿で頭に角が生えている、ゲームでも出てきたラビーという獣だ。比較的弱く、初心者の狩りの獲物。
そしてこいつには今の俺にとって重要な設定がある。
……肉が美味だということだ。
ここまでゲームと酷似した世界なのだから、そこだけ違うというのはないだろう。なら、狙わない手はない。
「ファイア」
ラビーにばれないように近づき、弱い炎を想像しながらぼそっと呪文を唱える。強すぎると火事になっちゃうからな。
さっきの実験の結果だと呪文は必要ないが、まあ気分だ。
炎がラビーの体を包む。俺のイメージ通りの、最小限の大きさの赤い炎。
だがラビーはその炎であっさり焼け、動かなくなる。
俺はラビーの前まで行って、いい具合に焼けたそれを拾う。ラビーの肉、ゲットだぜ!
さっそく食べようとしたところで気がついた。
……どうやって切ればいいんだ?
俺は青いローブを着ているだけで他には何も持っていない。下の下着と靴は履いているみたいだが、それ以外は皆無だ。
はぁ、とため息をつく。この後も森を歩き回る事を考えると、空腹でいるのは危険だろう。諦めて丸かじりでもするしかない。そうだ、ワイルドな男っぽいと開き直ろう。
丸かじりは変な感じがしたが、まずは皮を歯を使って剥ぎ取り地面に向け吐き出す。そして意を決してラビーの肉を口に含んだ。
「う……!」
その瞬間、温かく旨味がつまった肉汁と、よく分からない苦味というか、えぐみが口の中に流れ出る。
これは……あれか、血抜きをしなかったからか。
ラビーの肉が旨いというのは事実なんだろう。こんな乱暴な調理にも関わらず臭みも少ないし、強烈なクセもない。だからこそなんとか食べられる。もう少し不味ければ吐き出していたに違いない。
「ちく、しょう……」
そもそもなんで旨くないものを我慢してまで食べなきゃいけないのか。確かにゲームの世界に行きたいとは言ったが、あれは夢気分の中の冗談みたいなものじゃないか。一回の失言を本気にしやがって。そう考えてると気分が暗くなってくる。
でも仕方ない。諦めて現状を受け入れるしか俺に選択肢はないのだ。
もしここで食べるのを止めたとして、果たしていつまともな食事にありつけるのか。それにまたラビーを見付けられる保証なんてないし、何も口に出来ない日が続く可能性もありうる。だったら多少不味くとも、食べられるなら腹を満たしておいた方が良い。
じんわりと滲む涙をこらえながら、更に咀嚼をする。
元の世界で食べていた牛肉などと比べれば固かったが、そこまで力を入れなくても噛みきる事が出来る程度には柔らかい。
一口ごとに丸かじりにも慣れ、開き直りと空腹も相まって一心不乱に食べ続ける。塩などの調味料もないからえぐみがダイレクトで舌を襲い、それにより時々むせつつも、あっという間に食べられる部分は食べ尽くした。
骨はもちろん内臓も菌やら寄生虫が怖かった為食べず、あまり量は多くなかったがそれでもお腹いっぱいだ。この体はかなり少食らしい。
決して楽しいとは言えない食事を終えた後、これからどうするかを考える。
まずこの近くにあるっていう村に行きたいんだが……道が分からない。誰か人を探して道を教えてもらうことも考えたが、奴隷になりかけたからこの世界の人を信用できない。人怖い。
でもいつまでもこの森にいるわけにはいかないだろう。こんな狩りに頼る生活はいつか破綻する。だから村を探すのが一番いい。
だがやっぱりルークの姿は俺の最高傑作だ。かなり可愛い。また奴隷商人に目をつけられるかもしれない。
それを避ける為にも女の子の格好はしていたくないんだよな。……女の子の格好落ち着かないし。
だが服をてにいれるには人がいる所にいかなきゃいけない。買う金も稼がなきゃいけない。
……うん、このまま森で暮らそうか。俺は人に関わらず生きて行こう。
半分ふざけつつそう決めて、とりあえず今は休むことにした。現実逃避とも言うが。
木に寄りかかり、そっと目を閉じた。
◇
俺は目が覚めた後、体のあちこちが痛むのを無視して朝食を求めて辺りを歩きまわる。だが全然動物が見当たらない。
早くもこの生活終わったか。一日三食とまでは言わないが、流石に一食は食べないと体が動かない。いざとなったら木の根とか葉っぱでも食べるか、ちくしょう。
そう考えていた時、俺はあるものを見つけた。
おそらく商人の荷馬車だと思う。
たくさんの荷物が置いてある馬のいない馬車だ。近くに人はいない。
……盗っちゃうか?
いや、さすがに駄目だろう。でもあの中には食べ物が入っているかも知れない。
俺の中の天使と悪魔がせめぎあう。
天使は幾らなんでも人の物に手を出したら駄目と主張し、悪魔は近くに人はいない。きっともう死んでいる。だからあれは人の物じゃないと主張する。
俺の空腹具合から、徐々に悪魔が優勢になってきた。
あの荷物をてにいれればしばらく暮らせるよ。
どうせ持ち主は死んだんだよ。あの狼にでも襲われたんだよ。そう囁いてくる。
天使も頑張っているが、食欲には勝てない。三大欲求は伊達じゃなかった。
……よし、しばし様子を見て、誰も来なかったらありがたく頂戴するとしよう。
そう決めて俺はしばらく待つことにした。
◇
かなりの時間がたったが誰も来ない。
正確な時間は分からないけど、太陽らしきものの動きからして三時間は経っていると思われる。そんな長時間荷物を放置するハズもなし、これらは既に持ち主のない不法投棄物。なら有効活用させてもらおうか。
だが荷物をあけると、思っていたのとは違う物が入っていた。
大量の武器だ。他の荷物には防具や服。
俺は最初は食べ物じゃないのかよ、と思ったがよく考えるとラッキーだ。
全部はいらないけど使えそうな物をもらおう。
最初に手に取ったのは素材は分からないがしなやかで動きやすそうな服と緑色のマント、それと女の子用の下着だ。
正直下着を手に取った時は恥ずかしかったが、俺は今女の子なのだから仕方ない。
周りに誰もいないことを確認し、急いで着替える。
そのあと予備の服と下着、それを入れる鞄、髪を隠すための帽子をもらう。そして最後にナイフを五本いただいた。
本当は剣が欲しかったが、俺には重くてとても使えそうになかったから諦めた。
これで充分だ。あとは持ちきれないし、ここにおいていこう。
でも問題は解決していない。朝食、といっても時間的には昼食になっているのだけれど、その材料を見つけなければならない。
という訳で馬車の荷物を物色したあと、俺は獣を探す。荷物に食料がなかったのだから仕方ない。できればラビーがいいなぁ。流石に虫とかはキツイ。
しばらく探して歩き回っていると、体のほとんどが食い散らかされた、商人風の服を着た死体を見つけた。
おそらくあの馬車の持ち主だろう。
死体を見て気分が悪くなったが、この人の商品をもらったのだ。丁寧に埋葬をした。
俺もこのまま森にいたらいつかこうなるのだろう。
怖くなったが、それを押し込め獣を探す。
最終的にこの日は獣を見つけられず、何も食べられなかった。