二十九話:情報を得る為に
俺達の目の前に立つ男にしては長めの金髪を後ろでまとめている青年。最後に会ったのはしばらく前だが、一目で分かった。初めて俺を女だと見抜いた上に容姿も良い方面で特徴的だからだ。彼を忘れるのは難しいだろう。
その彼が腰に提げているのは時代劇などでお馴染みの刀。この世界に来てから初めて見た。リーリさんの武具屋にも刀は置いていなかったし、人が持っていた事もない。恐らくこの世界には刀の概念が無いのではなかろうか。勿論ザッカニアで一般的ではないだけで他の国では使われている可能性もある。だとしてもザッカニアの小さな村にいた人がそんな他国の独特な武器を目にする機会があるとは思えない。
ならば彼が刀を持っている理由として最も可能性が高いのは彼が俺達と同じ元プレイヤーで刀の存在を知っていたから、だろう。
チラリとバドラーを見やる。彼も同じ考えに至ったようでこっちに視線を向けていた。その目からなんとなくだが何が言いたいのか分かる。目の前の青年に元プレイヤーとして接するのか、それとも確証がとれるまで様子を見るか、だ。
ウェルディさんとノーヴェさんが話している間にアイコンタクトで会話する。念話が出来る魔法があれば良いのだが残念ながらそんな便利な魔法は無い。
そして出た結論として、とりあえずこの場は様子を見て、後でノーヴェさんとエイミィの二人が居ない時にかまをかけてみる事になった。
だが俺は目の前に人参をぶら下げられて食い付かない程忍耐強くない。かといって後先考えずに突っ込む程馬鹿でもない。
と、なればだ。俺が今すべき事は決まっている。
「皆さんすいません。僕、少し疲れたので先に戻りますね」
「あ、じゃあアタシ達も戻るよ。それじゃウェルディさん、また今度」
「ええ。また今度。ノーヴェさん、エイミィさん、ルークさん、それとエルフさん」
予想通り、俺が戻ると言った事でノーヴェさん達もついてくる。これでウェルディさんから二人を離せた。後はどうにかバドラーと二人で彼に話を聞きにいく時間を作る事が出来れば。
不要な混乱を招くのはよくないし、いずれ話すかもしれないけど今はこの世界の住人である二人に俺達の世界の話を聞かせる気はない。
そういえばいつの間にエイミィも自己紹介したんだろう。それはいいけど、だったらそのついでにバドラーも紹介してあげようよ……一人だけ名前でなくエルフさんって呼ばれ方なのは少し不憫だ。
まあ今は早く戻ってバドラーと二人がついてこない言い訳とウェルディさんから具体的に何を聞くか詳しく話し合わないと。
そんな事を考えながら、時折通りかかる冒険者達に会釈をする以外はただひたすら歩いていく。皆無言だが、不思議と気まずくなく、むしろ心地よい雰囲気だ。
途中でバドラーが嫉妬の炎を燃やした人達に何処かへ連れていかれるなんて事もあったりしたけどテントに戻る時にはちゃんと合流。
椅子に座り、言い方は悪いけどもどうやってノーヴェさんとエイミィの二人を追い出してウェルディさんと話すか。それを考えようとして、
「とりあえずアタシ達はしばらくここにいるよ。男のバドラーさんだけじゃ常にルークを守れないし。ヘルムートの許可は得てるからね」
というノーヴェさんの言葉に遮られた。
ノーヴェさんの気持ちも分かる。半人前にも満たない妹弟子と少し別れていた隙に襲われて死にかけていたのだ。見知らぬ俺を一緒に連れていってくれて色々と世話をしてくれる程ノーヴェさんは良い人だ。俺なんか危なっかしくて目を離せないだろう。
それに自慢ではないが俺の魔法の力はこの世界で突出している。上が居ないなんて事は無いだろうが俺以上の使い手がゴロゴロ居るとは思えない。廃人予備軍なめんな。そんな俺が殺されるのは勿体無いという考えもあるだろう。
二人と一緒に居るのは嫌じゃない、というか大歓迎だし守ろうとしてくれるのもありがたいとは思うが今に限っては放っておいて欲しい事情がある。
笑みを浮かべながらこちらを見つめるノーヴェさんからは善意しか感じない。いや俺の自意識過剰じゃなければ八割以上は善意なのだろうから当たり前だけど。
その為思わず頷きそうになり、慌てて、だが不自然にならないように目を反らす。すると移した視線の先にはエイミィが居て、彼女は嫌がられるのを恐れているのか恐る恐る上目遣いで俺をじっと見てる。さっき泣きながら言われた事に加えそんな顔をされて突っぱねる事は、俺には出来なかった。
おそらく俺が本気で拒否をすれば二人は退くだろう。けれどそうしたらもう二人と今まで通りの気やすい関係には戻れないだろう。二人を拒絶する事となんら変わりはないのだから。……それは、嫌だ。
「えと、その……ありがとう、ございます」
俺のその了承の言葉にノーヴェさんは満足気に頷き、エイミィは安心したようで、非常に可愛らしく頬を緩めた。……バドラーの方は見ない。眉間にシワをよせ、「何で頷いた」という言葉を込めている強い視線には気づかないフリをする。
まあそれでもこの状況で断るのは不可能に近い事だとも分かっているのか、女性陣に気づかれないようにため息をついて目力を弱めた。
とりあえず目配せで謝っておく。バドラーは気にするな、というように手を振った後ノーヴェさんの前に立ち頭を下げた。
「先程お礼を言われましたが、記憶の無いルークの世話をしていただいていたようで、こちらこそ感謝しなければなりません。ありがとうございます。そしてこれからもこいつをよろしくお願いします」
「いや、アタシがやりたいようにやっていただけだからさ。アタシとバドラーさん、お互いルークが大切なだけさ」
「ルークの事が大切なのは二人だけじゃないからね!この中ではルークと過ごした時間は一番短いみたいだけど、私もルークが好きなんだから!」
「う、うん、ありがとね」
以前からの知り合いという設定に基づいたバドラーの謝礼に対しノーヴェさんとエイミィがそれぞれ真っ直ぐ俺への好意を伝えてくる。凄く嬉しいし同性の友人、もしくは姉妹としての好意で異性への好意ではないのだろうけれど、今までこんなにはっきり好意を伝えられたのは初めてな訳で。自分でも分かる位顔が熱をおびて真っ赤になっている。
そのままやろうと思っていた事を忘れかけたが、釘を刺すようなバドラーの視線を思いだす。反省していくつか言い訳を考えるがそのどれも俺とバドラーの二人でウェルディさんに会う事は出来ない。
トイレに行きたいだと俺一人か俺とエイミィもしくはノーヴェさん、それかバドラーを除いた三人になる。どう考えても俺のトイレにバドラーがついてくるのは了承されないだろう。
バドラーと二人で話したいだと二人を離す事は出来るだろうがウェルディさんとの合流が出来ない。
単純な力業での脱出もバドラーはともかく俺はブースト入れても無理そうだ。エイミィは身体能力の高い獣人だし、全力で走っている間はともかくスタミナが切れた瞬間追い付かれる。そしてブーストはスタミナは上昇しないし、体力勝負では勝ち目など無い。
だとすると唯一可能性がありそうなのは、直接ウェルディさんと話したいと提案する事か。多少疑問を持たれるかもしれないが、この際だから仕方ないだろう。少しでも情報を得られるチャンスがあるのならそれを逃したくない。
この世界にもこの体にも慣れたし一緒に居たい人達も出来た。けれどもやっぱり俺は地球人であってアセモス人じゃないしあっちにやり残した事もある。それにここしばらく会ってないけど、育ててくれた両親への恩も返してないし、俺が失踪したと知れば心配するだろう。
だから、いくらこの世界に愛着がわいていようとも帰らないと行けないと思うんだ。
「すいません、少しお話があるのですが、入ってもいいでしょうか?」
さっき早く戻りたいと言った事は無駄になるが回りくどい事はせず、ストレートに提案しよう。そう決めて口を開こうとした時、テントの入り口の方から声が響いた。
俺を含め、皆の目がそちらに向かう。少し考えて、その声が聞き覚えがあり、ちょうど都合の良い物だった為「どうぞ」と言う。すると天幕が開き、そこには予想通り件の人物──ウェルディさんが入ってくる。
「突然すいません。ルークさんと話がしたいので、失礼ではありますが来させていただきました」
「別に良いですよ。僕の方にも貴方と話したい事がありましたし」
「そうでしたか。なら良かったです」
ウェルディさんの話。正確なところは分からないけれどおそらく俺と同じ事だろう。彼も俺達が元プレイヤーだと気づいたのか。だがまだ確証は無いから上手く誤魔化しながら真意を確かめたい。問題はそんな器用な事が俺に出来るかだけど。
優しい笑顔を顔に張り付けながらウェルディさんが話を切り出すのを待っていると、俺とウェルディさんの間に立っているノーヴェさんから横槍が入った。
「ウェルディさん、ちょっと聞きたいんだけど」
「なんでしょうか?」
「たいしたことじゃないさ。少し気になっただけだからね。……何でさっき会った時にそう言わなかったんだい。いちいちここに出向くよりそっちの方が楽だろうに」
「ああ、理由はあまり人に聞かれたくない話だから、というだけです。ですからルークさん以外のお三方は出ていってくださるとありがたいのですが」
朗らかに、微塵も悪意を感じさせない笑顔で言われた言葉に、場の空気が変わる。俺を除いた三人が殺気とまではいかないものの軽い敵意を滲み出した……というより警戒心をあらわにしたのだ。
軽く睨まれながらもウェルディさんはニコニコと笑みを崩す気配は無く、考えが読めない。
「……ルークは幼いけれどけっこうな重要人物なんだよね。そして以前一人の所を襲われて殺されかけた。アタシ達はまた同じ失敗を繰り返すのはごめんだ。だからいくら陛下に勅命を受けたあんたでも信用しきれないうちは二人っきりにするつもりは無い。
それにアタシはあんたの戦闘を見た。あんたの実力からして戦ったら普段のルークですら負ける可能性が高い上に今は襲われた事で弱っている。万が一を考えてその話は却下だよ」
「貴女はそう言う考えでも、ルークさん本人はどうでしょうね?」
その端正な容姿の良さを遺憾無く発揮した笑顔でウェルディさんが俺に向かって目配せをしてくる。ほとんどの女性なら思わず頷いてしまうであろう威力があるが、俺は元男だ。それは通じない。
「分かりました。すいませんがノーヴェさんとエイミィは下がって貰えませんか?」
「「ルーク!?」」
俺に下がってと言われた二人が色めきだち、ウェルディさんは微笑からより口角を上げた。バドラーはアクションを起こす前に俺の考えに気づいたのか腕を組んで静観している。それにしても心配してくれているのは嬉しいけど、ノーヴェさんは少し神経質になってる気がするな。そこまで気にしなくても。
さっきも言ったが、別にウェルディさんのイケメンスマイルに負けた訳じゃない。元々彼には聞きたい事があったのだしそれに二人が居ると不味いのも一緒だ。これを利用しない手は無い。
「ルーク、アタシは反対だよ。考え直した方が……」
「貴女がたがルークさん本人の意思を強引に曲げる権利は無いと思いますよ?」
「ッ!」
仏頂面のノーヴェさんの視線が厳しくなり、それをウェルディさんは笑顔で受け流す。二人の間に火花が散っているようにも見える。漫画だったらまず間違いなくバチバチッ!という擬音が書かれているだろう。
「ノーヴェさん、大丈夫ですよ。僕も二人っきりになる気はありません。バドラー、一緒に居てくれる?」
「勿論だ」
「と、いう訳です。僕とバドラーで話をします。その間ノーヴェさんとエイミィはテントの前で待っていてください。それなら良いですよね?ウェルディさんも、これが駄目でしたらすいませんがお話は出来ません」
「…………」
「う、うーん、でも……」
俺の提案にウェルディさんは無言で、ノーヴェさんはぶつぶつ呟きながら考え込む。
俺の予想があっていればウェルディさんはこれをのむ。あとはノーヴェさんだけど……どれだけバドラーが信用されているかが重要だな。
「分かりました。私はそれで良いでしょう」
「……分かったよ。でも大きな音がしたり魔法が発動したりしたら突っ込むからね」
渋々といった感じで二人が出ていき、俺とバドラー、そしてウェルディさんの三人になった。バドラーは座っている俺とウェルディさんとの間に移動し壁のように立ちはだかる。そこまで警戒しなくてもいいと思うのだが。多少は俺も自分の身を守れるし、いざという時は外の二人も参戦するし。
「それでウェルディさん。お話というのはなんですか?」
俺からも聞きたい事はあるが彼の方から話があると言ってきたのだ。先にあっちが話すのが自然だから話始めるよう促す。
するとウェルディさんは、
「では、話をする前に改めて自己紹介をさせていただきます。私はウェルディ・バウアー、日本での名は南雲崎颯斗。元しがない大学生です。ルークさん、バドラーさん、以後お見知りおきを」
怪しい笑みを浮かべ、外の二人に聞こえないように小声で、いきなり爆弾を投下した。