二十八話:再開
「お久しぶりです。ノーヴェさん、エイミィ」
その姿を目にした時、思わず嬉し泣きをしそうだったが再開にそれはそぐわない。溢れそうになる涙をこらえて俺の最大級の笑顔で迎える。……やっぱり俺、涙もろくなってるなぁ。前はめったな事じゃ泣かなかったのに。これじゃバドラーの言っていた俺の性格が女の子っぽくなっている事を否定出来ない 。
まあ、それは今はおいといて。色々と積もる話もあるし、なにより二人には謝らないといけないな。でも二度と会えないと思っていたし、何を話せば良いのか全然まとまらない。
「ルーク!」
悩んでいると、椅子に座っている俺目掛けてエイミィが突っ込んでくる。頭突きをお腹に食らったが、不思議と痛くない。でも衝撃は吸収しきれず後ろに倒れそうになって、素早く近づいてきたノーヴェさんが背もたれを掴んで倒れるのを防ぐ。
「痛いよエイミィ」
「う、ごめん」
「あはは、冗談だよ。全然痛くなかった。……僕の方こそごめん。心配かけたよね。ノーヴェさんも止めてくれたのに無視してしまって、すいませんでした」
「……ここで何があったのかは分からないけど、吹っ切れたみたいだね。まったく、心配かけて」
「はい。まあ色々ありまして……本当にごめんなさい」
なんて言うか悩んでいたというのにいざ話始めればすらすらと口が回る。謝っている時だというのに口角が上がっているのは自覚しているが、反省していない訳ではない。嬉し過ぎるのだ。そもそもノーヴェさんもエイミィも笑みを隠しきれていないのだ。俺一人仏頂面しているのもあれだろう。
「ねえ、怪我はない?こっち来てから変な事なかった?」
「大丈夫。元気一杯だよ」
「嘘つくな。今はまだ走る事すら出来ないだろうが」
あ、バドラー居たんだ。ごめん、すっかり忘れてた。というか何で言っちゃうのさ。そんな事言ったら……。
案の定俺に抱きついているエイミィがかなり焦りだしノーヴェさんも眉間にシワをよせ、無意識なのだろうけど足がすくみそうな殺気を放ち始めた。
「ルーク、一体どういう事!?」
「あ~、その、えっと……」
「はっきり言えばいいだろうが。この前皆を頼れって言っただろう。……ルークは8日前にノーベラルの者と思われる暗殺者に襲われて重症を負い、3日前まで昏睡していたんです」
二人にこれ以上心配かけたくなかった為言葉を濁していたのだが、バドラーが俺に小言を言った後ノーヴェさんにあっさりとバラす。
するとエイミィは俺の胸に顔を埋めてプルプル震え、そして涙を流し始めた。
「やっぱりこっち来て良かった。いや、もっと早く来てれば……ロナルドの時みたいにまた何も出来ないのは嫌だったのに」
「エイミィ……え?」
俺がなんて言えば良いのか分からずオロオロしていると右肩を誰かに掴まれる。誰かって言ってもエイミィは俺の胸の中だしバドラーは少し距離をとっているから肩を掴んだ人物が誰かは分かりきっているけど。見上げると予想通りノーヴェさんが、険しい顔をして俺の左肩に手を置いていた。
「昏睡するって事はよっぽどの負傷をしたって事でいいんだよね、エルフさん」
「ええ、そうです」
「……ねえ、ルーク。アタシ、そうそうあんたの実力でそこまでの大怪我をするとは思えないんだよ。大人数に一斉に襲われたのならともかく、話を聞く限り一人なんだろう?一体何があったんだい?」
ノーヴェさんの質問にバドラーが似合わない敬語で答え、それを聞いた後俺を見下ろしながら彼女が抱いた疑問を晴らすべく問いを投げ掛ける。
あの時、今まで生きてきて二回目の明確な殺意を向けられた瞬間。それは思い出そうとするまでもなく、恐怖という形で俺の脳裏に焼き付いている。
「あ、あの日……」
声が震える。だがすぐに深呼吸をして震えを抑え、はっきりと言えるようにゆっくり声を出して行く。
「あの日、僕を殺しに来た人物は気配を感じさせずに近づいて来て不意討ちで剣を突き出してきました。運良く心臓を貫かれての即死は免れましたが右足を斬られ、しかも刃に毒が塗られていたらしく格段に動きが悪くなってしまいました。
魔法も使ったのですが、男が持っていた謎の紙に跳ね返されてしまってこちらも安易に魔法は使えなかったんです。しかもおそらく結界のようなものをはられて助けを呼ぼうにも声が届かなかったですし、逃げるのは不可能でした」
そこまで話して一息つく。俺はあれからバドラー以外には会ってないし、殺されかけた事を聞くのははばかれたのかバドラーは聞いてこなかったからこの事を人に話すのは初めてだ。今思うと推定ノーベラルが魔法を反射する術があるなんて重要な事を伝え忘れていたのは失敗だったな。幸い俺が起きてからは一度も攻めて来なかったから良かったけど、もしかしたら魔法を反射されて大変な被害が出ていたかもしれない。
そんな事を考えていると、胸に触れている感触が離れた。エイミィは手で涙を拭い、渋い顔をしてちらりとノーヴェさんに目を向ける。だがノーヴェさんはそれに気づいていないらしくエイミィと似たような顔をして自分の世界に入っていた。腕を組むように左手を自らの脇に添えながら俺の左肩を掴んでいた右手を顎と口にあて、考えをまとめているのか小さくぶつぶつ呟いている。
どうして昏睡する程の大怪我をしたのか、俺にはこれ以上の説明は出来ない。できればもっと詳しく説明した方が良いのだろうが俺の語彙力では無理。すると振り出しに戻るじゃないけどエイミィが突っ込んでくる前と同じように話す内容が見つからない。
そして話すきっかけとなったエイミィは黙っているしノーヴェさんはうつむいて一人考えこんでいる。会話が途切れ、なんだかいたたまれなくなってバドラーに目で助けを求めた。するとバドラーは我関せずとでも言うように首を振る。そんなぁ。
だが諦めずに軽く睨み付けながらじっと見ていると折れたのか深くため息をついてこっちに歩いてくる。
「すいません。話が終わったようなら少しルークを借りても良いですか?」
声をかけられた事でノーヴェさんは我に帰ったのか顔を上げる。そして「ちょっと待って」と制止をかけた。バドラーは言われた通り歩みを止める。
「ルーク、これだけは絶対聞いておきたいんだ。……あんた、これからどうするんだい?ここに残って戦うのか、それとも戦場から離れるのか。もうロナルドの復讐は考えていないのだろう?」
それを聞いて俺は悩む。ノーヴェさんの言う通りバドラーのおかげでもう復讐に囚われてはいない。けれど、この戦争から逃げたいのかと言えばそうでもない。
平和に過ごしたいという気持ちもある。死にたくないし、命を狙われるのも怖い。だけど既に多くの人に力を見せてしまったからいずれ戦争に駆り出されないとも限らない。それに、少しの付き合いとはいえ知り合い、良くしてもらった人達を見捨てて自分だけのうのうと平和に過ごすなんて事に嫌悪感があるのも確か。バドラーの言う通りこんな力があるから戦わなければいけないなんて考えは傲慢なんだろうけど。
頭に色々な人達の顔が浮かぶ。サミレスで俺を治してくれたお婆さんや宿屋の女将さんやアンさん、ハルメラのリーリさん、他にも大勢の人の顔。
彼女らにまで戦火の猛威が奮われないように、俺の力を使う事で早く戦争が終わるのならばその方が良いだろう。
次に浮かんだのはここに来て出会った、ヘルムートさんを筆頭とした冒険者達。彼らは自分の身を守る力は持っているし俺が居なくても対して気にしないだろうから見捨てるという表現は失礼だ。でも、彼らが命をかけて必死に戦っている事を知りながら知らん顔をする事も出来そうにない。
そう思いはするものの、やっぱり怖い。……駄目だ、全然決まらない。俺はどうするのが正解なんだろうか。
「……ごめんなさい、まだ決まらないです。自分がどうすれば良いのか分からないです」
「そうかい。でも、この事はあまり悩んでいる時間は無いよ?」
「ええ、分かってます」
自分の素直な気持ちを話す。するとノーヴェさんは苦笑いをしながら俺の頭を撫でてきた。……子供じゃないんだからやめて欲しいかな。髪の毛がグシャグシャになるような荒い感じではないからまだ良いけど。
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、ノーヴェさんは頭から手を離してバドラーに向き直る。そして頭を下げた。
「エルフさん、ルークがお世話になったようで、本当にありがとうございました。アタシ達の用事はとりあえずは済みました」
エイミィもいいよね?と付け加えてノーヴェさんがまるで先生に会ったお母さんのような事を言う。……少し恥ずかしいなぁ。コホン、とちょっとわざとらしく咳をしてから話題を変えるべくバドラーに話しかける。
「……で、借りるって言ってたけどバドラーはお、ゲフンゲフン、僕に何をして欲しいの?」
「ん、ああ。皆がお前を心配してたからな。元気な姿を見せて安心させてほしいんだ」
「あ~、そうだね。皆さんに挨拶しておかないと。目が覚めた日もこのテントの前で待っている程心配してくださっていたんだもんね」
バドラーが相手だからか一瞬演技を忘れて一人称を俺にしかけたけど強引に修正する。それでも幾分かフランクになってしまった。それに対し冒険者達への言葉は『皆さん』や『してくださっていた』みたいにかための言葉づかいになっている。
すると人によっては普段誰にでも敬語のルークが「敬語を使うな」と言ったエイミィを除けばバドラーにだけいわば年相応の、素を出したように見える光景になる。
つまり何が言いたいのかというと、それが気になった女の子が居た訳で。
「ねえ、ルークとエルフさん、えっとバドラーさん?二人ともずいぶん仲が良いみたいだけど、前からの知り合いだったりするの?」
何気無い好奇心で放たれた質問に言葉がつまる。俺は記憶喪失という設定があるから昔から知り合いというのもおかしいし、ここに来てから知り合ったにしてらここまで気軽に話しているのは不自然だ。
「その通り、ルークとは昔からの知り合いですね。ですがどうやらルークは以前の記憶を喪っているらしく忘れ去られていました。まあ最後に会った時よりだいぶ筋肉がつきましたから私だと気づかないとは思ってましたが。……それなりに親しかった相手によそよそしくされるのは辛かったので、私の方から敬語を止めてくれと頼んだんです。朧気な記憶は残っていたのかそれとも慣れたのか、最初は戸惑っていたものの今は先程見た通りです」
「私みたいな小娘にそんなかしこまらなくていいよバドラーさん。それにしても……へぇ、なるほどねぇ」
おお、なるほど!頭がぐちゃぐちゃになっている俺を見かねてかバドラーが上手く誤魔化してくれた。それを聞いたエイミィはニヤニヤと、悪戯を成功させた悪ガキのような、小悪魔的な笑みを浮かべる。
「ねえ、二人って前は恋人同士だったりしない?」
「「!?」」
その発言に思考が停止する。俺と、バドラーが、恋人同士?
もちろんそんな事実はない。ゲーム越しの付き合いだし、いや実際には現実でも知り合いだったらしいけど俺はそうだと知らなかった訳だし恋人になるほどは親しくない。なにより男同士だ。今は俺が女の子になっているとはいえどうしてそう思うにいたったのか。
俺とバドラーが付き合うなんて考えるだけで吐き気がす……る程ではないな。いや男と付き合うなんてお断りだしそんな俺を想像出来ないけど、吐き気がするは流石にバドラーに失礼だな。
「だって最初確認がとれるまで私達をルークに会わせない程大事にしていたし、よそよそしくされるのが苦痛な程親しかったんでしょう?」
俺の疑問を察したのか楽しそうに話すエイミィ。ああ、彼女も女の子なんだな。……じゃなくて。
なんか凄まじい誤解が生じているらしい。前半部分はよく分からないけど後半はさっきの嘘がたたったようだ。否定したいけど、本当のところを知らない俺が否定する訳にはいかない。否定してくれ、という思いを込めてバドラーを見つめる。
それぞれ異なる期待をする俺とエイミィ、この件に関しては無言を貫いていたがなんだかんだで気になるらしいノーヴェさん三人の視線を受けてバドラーは、
「ああ、その通りだ。一応俺とルークは恋人同士という事になっていた。尤も、キスすらしていないがな」
かしこまらなくていいと言われた通り普段の口調でそう言った。
「わお!」と面白がっている事を隠すつもりもなくエイミィが言い、「へぇ……」とノーヴェさんが呟く。
俺は「はあ!?」と叫びかけるのをなんとかこらえふざけた事をぬかすバドラーを睨む。なんだ、お前はラグナロクを撃ち込まれたいのか?だったら早くそう言ってくれよ。
「と、いうのは冗談だが。最初会わせなかったのは襲われたから念の為、敬語を禁止したのは軽口をたたきあってた相手が突然敬語を使いだしたら気持ち悪いからな」
「ええ~……なんだ、つまらない」
バドラーの事だから俺の睨みが効いた訳ではないだろうが、肩をすくめて発言を取り消した。エイミィはなんでそんなに残念そうなのさ。何?記憶を喪った美少女とその恋人だったエルフのすれ違いの悲恋でも求めているの?さっきまであんなにシュンとして涙まで見せていたのにその変わりようって……。
色々とツッコミたい事はあるが、ひとまずそれらは置いておこう。正直この場の空気が変な感じになってしまって非常に居心地が悪い。俺とノーヴェさんが苦笑いをする中その空気を作った張本人達はどうやら意気投合したらしく先程の俺の反応やこれまでおこなった悪戯について話している。この悪戯好きとドSのコンビからは嫌な予感しかしない。
とりあえず、早くこの場から逃げ出そう。
「バドラー、僕は皆さんに無事を伝えてくるよ」
「ん、待てルーク。俺も行く。お前を一人にはしていられん」
「私もついてく。ノーヴェはどうす「アタシも行くよ」……ノーヴェも一緒に行くのね」
さりげなく一人で逃げようとしたのだが、次々に俺についてくると意思を示してくる。一人にしていられないってそんなに俺は信用ないか。幼稚園児みたいな扱いを受けているような気がする。
結局四人で休憩していたり持ち場で警戒にあたっている人達に元気な姿を見せ、前の襲撃の際力になれなかった事を謝っておいた。皆良い人達で、笑って許してくれた。
基本的に数十人程が固まっていた為思っていたより早くほとんどの人に挨拶をし終えて戻ろうとした時。俺だけにではなく、ノーヴェさんとエイミィも含めた三人に声をかけてくる青年がいた。
「貴女方もこちらに着いていたのですね。ノーヴェさんと……そういえばまだ名前を伺っていませんでしたねお嬢さん。そしてルークさん、お久しぶりです」
金髪碧眼のイケメン、ウェルディさんが俺とバドラーがよく知っている、刀を持って立っていた。
……え、もしかしてウェルディさんって元プレイヤーなの?