二十四話:バドラーという人間
「ルーク大丈夫!?今治す!」
ルークは客観的に見てどう考えても大丈夫ではない怪我をしていたが、バドラーは焦りによって思わずそう言いながら無詠唱で最上位の回復魔法であるフルヒーリングをかける。
とても無詠唱魔法では治りきらない負傷だが呪文を唱えている間に死んでしまう可能性がある為一旦それで止血を試みたのだ。
ゲームの時はHPを完全回復させる魔法だったが現実のこの世界では傷を癒すだけで体力は回復しない上治せる限度があり治りきるのにも時間がかかる。
しかしフルヒーリングの効果は最上位の回復魔法という事実に違わず最も治りが早く、この状況では最適だった。
そしてこのフルヒーリングを使える術者はそうそう居ない。それを軽く使ってみせたバドラーの実力は間違いなくこの世界のトップクラスと断言できる。
そのバドラーをもってしてもルークを助けられるかは五分五分。それほどまでに傷は深かった。
「治って……絶対に死なせない!」
まだ傷が残っているものの出血は収まり、それを確認してからバドラーは詠唱を始める。
詠唱が完了したところでルークのへその辺りに添えていたそのやけに筋肉質な体からは想像出来ないような、エルフとして真っ当な細長く白い左手から青白い光が現れた。
その光は真っ赤な血に染まりながら気を失っている少女を包み、更に明るく光り出す。
あまりの眩しさにバドラーは思わず目を反らす。
一分程強く光り続けた光が弱くなったのを確認してバドラーが再びルークに目を向けると、まだ軽く光を纏っているものの目立った外傷はなくなっており、細かな傷もどんどん治ってゆく。
青白い光を纏ったルークはその美しい容姿もあいまって非常に神々しく、人によっては見た瞬間ひざまづいても可笑しくないような存在感を放っていた。
だがバドラーの表情はまだ険しいまま。何故なら傷はほぼ治っているのにも関わらずルークの顔に血色が無く、しかも口の前に手をかざしたのだが息をしていない。
それを確認したあとのバドラーの行動は早かった。迷う事なく息を吸い込み自らの口とルークの口を合わせて息を吹き込む。そして左胸に手を当て、数回押す。現代日本では小学生でも習う救命法を何度も繰り返した。
ルークが毒を飲んでおり、人工呼吸によって自らも毒を摂取してしまう可能性は頭の中にあったが全く気にしていない。バドラーが考えていたのは、「目の前の少女を死なせない」という事だけだった。
そしてそのかいあって意識は戻らないが軽く咳き込み再び息をするようになる。バドラーはそれを見てから呪いや毒に侵されている場合を考えて毒を治療するキュアポイズン、呪いを取り去るリムーブカースを唱える。
すると死の間際の病人のように青白かったルークの顔が少しだが赤みを取り戻し呼吸も安定した。
そこまでやってバドラーは大きく息を吐き、ルークをお姫様抱っこの形で持ち上げ布団に寝かせる。そしてその隣に腰を下ろした。
「これで大丈夫、かな……」
安心すると同時にルークが気がついた時、治療の為とはいえキスをしたりお姫様抱っこをされたと知ったらどんな反応をするだろうか、という考えが頭をよぎる。バドラー、というよりバドラーとなったもとの人格としてはいくらキレイとはいえ少女である今のルークに欲情する事は無い上に治療の為だから仕方ないと割り切っているが、本人がどう思うか。
体は女だが精神は男の人間が非常に男らしいマッチョな男とのキス。そっち系の趣味が無い限り発狂ものだし、バドラーの記憶ではルークのもとの人格である道添晴樹にはそっち系の趣味は無かった。
それに男のプライドとしてお姫様抱っこをされるというのはとても恥ずかしいだろう。筋を通すならしっかりと理由と共に説明して謝罪するべきだし、ルークが知ってしまった時の反応も面白そうだが、あまりに可哀想なので伝えない事に決める。
今は安定しているが、いつ容態が悪化するか分からない。いざという時に備えてじっとルークを見守りながら、自らがこの世界に来る事になった出来事を思い出した。
◇
「あれ?今日はログインしていない?……珍しい」
七月二十日夏休み初日。ゲームの映像を映し出すテレビ画面の前で秋月悠希はそう呟いた。
フレンド登録をしてあるプレイヤーのログイン状況が分かる画面が表示されているのだが、悠希のフレンドの内一人、ルークだけがログインしていなかった。
普段ならログインしている時間だし、しかも悠希と同じ高校に通う道添晴樹がルークのプレイヤーだ。今日から夏休みであり、軽く廃人に片足を突っ込んでいる彼の事だから一日中ログインしていると悠希は予想していたのだが、外れたようだ。
(そんなに女キャラになった事が嫌だったのかな……実のところ鏡以外にも一つだけキャラの容姿を変えられるイベントあるんだけど)
悠希はイタズラや人をからかったりするのが大好きだが本当に嫌がる事はしない。ルークを女の子にしたが元に戻せると確認したからこそやらせたのであり、ログインしてきたら笑いながら戻せる事を教えようと思っていたのだ。
「……今日はいないのか。じゃあいいや」
なんとなくやる気が削がれ、メッセージを送った後ログアウトをしてゲームを終了させる。ゲームの画面からテレビの画面に切り替わり、ニュースが放送されていたらしくニュースキャスターが原稿を読んでいた。
『最近全国的に広がりを見せている連続昏睡事件ですが、被害者がついに千人を越えました。いまだに原因は分かっておらず、被害者の共通点は見つかっていないとのことです──』
特に興味も無かったから聞き流し、机に向かってシャーペンを握りしめて勉強を始める。
三時間に一度程ゲームを起動してルークがログインしているかを確認したが、その気配は無かった。
その時は大したこと無いと思ってあまり気にしていなかったのだが、それから二日たっても一向にログインしてこない事に違和感を感じていた。メッセージも送っておいたし、一度でもゲームを起動すれば返事をよこすハズだ。
(あれほどアセモス・ワールドにハマっていたのだから旅行にでも行っていないと丸々三日もやらないとは考えにくい。一人暮らしをしている道添が旅行に行く訳無いし……)
嫌な予感がした。連絡が出来れば良いのだが、悠希は彼の電話番号もメールアドレスも知らない。クラスメイトだがそこまで仲が良いわけではないし、なにより悠希はルークが道添晴樹だと知っているが相手はバドラーが秋月悠希だとは知らないのだ。
言い様のない不安に駆られながら部屋のソファに勢い良く座り込む。その際リモコンの電源ボタンを踏みつけて押したのかテレビがつき、それに悠希の目は釘付けになる。
『日々被害が増加している連続昏睡事件ですが、被害者の共通点が見つかりました。どうやら全員大人気ゲームソフト【アセモス・ワールド】をプレイしていたようです。尚、同ゲームを製造・販売している御浪の藤堂社長は「我々は何も知らない」と会見しており、事件との関係性は──』
まさか、という思考が真っ先に悠希の頭に浮かんだが徐々になるほど、納得した。原因全く分からないが、道添は昏睡したのだと。
そのままボーッと考えて、気が付いたらかなりの時間がたっていた。そこまで関わりが無いとはいえクラスメイトで憎からず思っている相手が昏睡したという事で悠希は混乱して頭がぐしゃぐしゃになっていた。
とりあえず頭を冷やして落ち着く為にシャワーを浴びようと立ち上がる。その時、充電器に挿しっぱなしのスマホがメールを受信している事に気づいた。
メールの受信ボックスを開いて一番上のメールを確認する。そしてその件名を見て目を見開いた。
その件名は以下の通り。
《道添晴樹/ルークの昏睡について》
知らないメールアドレスから届いた差出人不明のメール。普段なら中身を見ずにゴミ箱行きとなるそれだが今の状況ではこのメールを無視する訳にはいかなかった。
震える指でそのメールをタップし、内容をゆっくり見落としの無いように読んでいく。
【おそらくそろそろ君が件名の事に気づいた頃だと思う。君の知り合いである道添晴樹。彼は今、私が創ったゲーム、『アセモス・ワールド』の世界に彼がプレイしていたゲームのキャラクターとして過ごしている。君のイタズラでなってしまった女の子として、ね。
この事を信じようが信じまいがどちらでも構わない。ただ私はこれから君に二つの選択肢を与えよう。後悔しないように選ぶが良い。
ひとつは彼──否、今は彼女だね──に会いに君もアセモスに来る事。
もうひとつはこの事を綺麗さっぱり忘れていつも通りに生きていく事。
前者を選ぶならこのメールをそのまま返信すれば良い。後者を選ぶなら何もしなくて良い。
どちらを選ぶかは君の自由だ。しかしもう一度だけ言っておこう。
後悔しないように選ぶが良い。
では、君がどちらを選ぶのか、楽しみにしているよ。秋月悠希さん】
そのメールを読み終えて、異世界などにわかに信じられない事ばかりだが悠希はそういう小説をいくらか読んだ事があるため内容自体はすんなり理解出来た。
しかしこのメールの送り主の意図。それは全く理解出来ない。
仮にこのメールに書かれていた事が全て本当だったとして。悠希を異世界とやらに連れていきたいのか、それともそうでないのか。
本当に連れていきたいなら無理矢理、強引にでも送り込めば良い。それをせず選択の余地を与えるという事は送るのに相手の合意が必要なのか、それともさして悠希に固執していないのか。
正直に悠希の心中を吐露すれば、どちらを選んでもろくな事にならなそうだからどちらも遠慮したい。
だが選択の方法からして必ずどちらかを選ばなければいけない。
けして短くない間考えて──悠希はメールを返信した。
行かない選択肢を選んだら平穏な日々をおくれるだろうが、晴樹の事やアセモスの世界の事考えてしまうだろう。彼は悠希のせいで強制的に性転換させられ、現代日本と比べて格段に物騒な世界に送られたのだ。罪悪感が全く無い程悠希は薄情ではない。償いとして、自らのキャラであるバドラーとなってルークを助けに行かねばならないという気持ちがあった。
まあ、ゲームの世界に興味があったというのも少なからずあるのだが。
スマホの画面に浮かぶ《送信完了》の文字を見て緊張が頂点に達した。いつ異世界転移するか身構えながら足元をじっと見る。そういう小説では突然魔法陣が現れるのがいわゆるお約束、テンプレだからだ。
だが一向にそんなものは現れない。それどころかメールを返信してから十分はたったのにいまだに悠希は自分の部屋に居るままだ。
「…………何やってんだか」
悠希はそう呟いてスマホをベッドに投げる。あんなメールを信じたのがバカだった、と自嘲した。
差出人は誰なのか、何故悠希の名前を知っていたのか、何故悠希と晴樹、バドラーとルークの関係やルークの容姿を変えた事を知っているのかなどいろいろと不可解な事はあるがそれらをまとめて無視して悠希はイタズラと断定する。
先程まで悩んでいたのが馬鹿らしくなりスマホを踏まないように体をベッドに投げ出す。そしてそのまま突然訪れた謎の睡魔に抗う事なくものの数十秒で眠りに落ちた。
その後何が起きたか、悠希はぼんやりとしか覚えてない。辺り一面薄い水色で所々白いもやもやした物が漂う場所でおじいさんと何かを話した事はおぼえていたが何故そこに居たか、どんな話をしたかは覚えていなかった。記憶がはっきりしているのはゲームキャラの姿で森の中の一本の大樹の下で目覚めた時からだった。
一瞬狼狽えたものの直ぐにメールの事を思いだし、ゲームの知識を元に行動を起こそうとしたのだがゲームの知識はあくまでゲームの知識。現実となったこの世界では多少は使えるがあまり意味は無かった。
それよりも役にたったのは体だった。元々の悠希とバドラーでは体格も身長も骨格も何もかも異なる為非常に戸惑ったが間違いなくハイスペックで、何度も訪れたピンチを凌げたのは体のおかげだというのは疑いようがない。
とにかくひたすら人を求めて歩き続けて一日程、野営地とでも形容するのがしっくりとくる陣に辿り着き、怪我人が居たのでゲーム内でバドラーが使えた回復魔法を使ってみたところ信じられないスピードで治り、その陣の隊長格の男性とも仲良くなった為そのままそこで治療師として過ごしていた。
そして悠希がこの世界に来て十五日目。ついにこの世界に来る事を選んだ理由であるルークに会ったのだった。




