二十三話:vs暗殺者
俺がノーヴェさん達と別れて約二週間、戦場についてから十日たった。この間に最初の戦闘を含めて三回ノーベラルが攻めてきた。しかし三回ともこてんぱんに殺られたからかここ五日程相手に動きが無い。
だからさしてする事も無く、日々バドラーにいじられ続ける毎日である。くそぅ、いじるネタが豊富でほとんど抵抗が出来ないこの体が恨めしい。いくら殴ってもあいつ硬いから効かないし。
それでもいつまたノーベラルが攻めてくるか分からないから、警戒は怠れない。けれど俺は布団の上に体育座り。何故か皆俺は警備にあたらなくて良いと働かせてくれないのだ。
俺が大きな戦力になっている事と女の子という事でそんなに日頃から働く必要が無いと。だけど何もさせてくれないのは暇なんだよ。流石に俺だけでノーベラル軍の本陣に特攻する訳にもいかないし。
そんな訳で一人寂しくする事無く、俺にあてがわれたテントの中に体育座りでいるのだ。
一日目はレイピアやダガーの手入れや罠を仕掛けるなどやる事があったからまだ良かったけど今は本当にする事が無い。こんな時バドラーがいてくれれば良いのだけどあいつは忙しいらしくたまにしか顔を出さない。それでも三時間に一度くらい来るけど。
…………来てくれるのは暇潰しになるしありがたいんだけど、その後に毎回「抜け駆けは禁止だぞ! この裏切り者!」とか言われながら皆に殴られているのに来るのは何故だろう。ドMなのかな。
その時、ふといつもと違う風の流れを感じる。テントの上の方に通気孔があるから風が通るのは別段おかしな事ではないのだが、そこからの風ではなく入り口の方から流れてきたのだ。誰か来たのかな?と思って振り向くが、誰もいない。
不思議に思いつつも視線を戻す。ハァ、暇だ。
……ノーヴェさんとエイミィは今何をしているんだろう。元気にしているかな。俺のせいで二人の大切な人を失う事になってしまったのだから、せめてその仇は俺がとらないと。
俺は大勢の人の命を奪った。でもこれは戦争なんだから仕方の無い事だ。そう思い込んで手の震えを抑える。
俺が殺した兵たちにも守るべき大切な人がいたのだろうか。俺は敵討ちと称して人を悲しませているのだろうか。
駄目だ、考えがネガティブな方向にいってしまっている。頬を叩き、思考を断ち切った。
でも、本当にルークが魔法も使えて良かったと思う。もし剣や槍しか使えないタイプだったら、俺は人の肉を切る感触を味わう事になっていた。そうしたら、心が壊れていたかもしれない。
……くそっ!なんで俺はこんなにメンタルが弱いんだ。
このまま座っているだけだと考えがどんどん暗くなっていきそうだし、気分転換に散歩にでも行こう。体育座りからスッと立ち上がる。
それが俺を救う事になった。
「いっ!」
左の太ももに激痛が走る。痛みのもとに目を向けるとズボンの左半分が切れてそこから真っ赤な血がにじんでいた。
身の危険を感じ咄嗟に振り向きつつ右足で地面を蹴る。今までのこの世界での経験から体が危険から逃れる動きを覚えていた。
しかし強く跳んだ事と着地した左足に再び襲い掛かった痛みによりバランスを崩してしりもちをついてしまう。
そこで俺の左足を傷つけた犯人が視界に入る。
何処にでもいるような、それこそこの陣で何十人も身に付けている鎖帷子を装備している細身で背もそこまで高く無い男。右手に血がついた全長三十センチ程の先端が鋭く尖った十字架のような形の短剣を持っている。おそらくその剣で俺の左足を切ったのだろう。いや、あの剣は形状からして切る為ではなく突く為の剣だ。
俺の心臓を貫こうとした時、たまたま俺が立ち上がったから外れて太ももに当たったのか。
気配を全く感じなかった。もしあのまま座っていたら何も分からないまま死んでいたに違いない。悪運は強いな、俺。
それにしても何故俺を殺そうとする? 恨みを買う覚えは……結構あるな。こいつはノーベラルの暗殺者か?
まあこいつが何処の誰だろうと関係無い。殺そうとしてくるなら抵抗するだけだ。
そう頭を働かせている間、男は懐から何枚か複雑な幾何学模様が描かれている紙を取り出す。そしてどこか苛立ちながらその中の一枚の地面に落とした。それが地面に着くと同時に、この場の空気が変わる。
一見なにも変わってないが、確実になにかしらの魔法が使われたと考えるべきだろう。なら、こっちも。
俺の周りに六条の光の槍が浮かび上がる。無詠唱で発動させたホーリージャベリンが一斉に男に向かって発射された。命が危ないんだから無詠唱魔法を自重している場合じゃ無い。威力はしっかり詠唱した方が強くなるが、無詠唱でもかなりの威力を持つから簡単に男を貫くだろう。それで終わりだ。
だが、そんな俺の予想は外された。
「えっ!?」
ホーリージャベリンは男に当たる直前、男が持っていた謎の紙に吸い込まれる。
そして紙から一つに合わさって大きくなったホーリージャベリンが出てきて、俺目掛け再び発射された。
合成されたホーリージャベリンを相殺する威力は無詠唱では出せない。そう判断して相殺する為ではなく軌道を反らす為に、光の槍の下半分の一ヶ所に集中して同じ魔法を放つ。
その試みは成功し、光の槍は俺の頭の上を通りすぎて行った。一息つく暇もなく、男が間合いに入ってきて短剣を突き出してきたのを、転がるように避ける。いや、実際無様に転がった。変な避け方をしたからかいろんな所が痛い。
幸い男は様子見なのか剣を構えながら俺をじっと見て動かない。だが四肢にはしっかり力が入っており、俺が動けば直ぐに対応してくるだろう。
俺は自らにブーストをかける。俺の身体能力じゃこれが無いとお話にならない。
そしてこの時間を利用してこっちも考えさせてもらう。あの正体不明の紙は俺の魔法を吸いとってカウンターのように同じ魔法を放ってきた。つまりはあの紙は魔法を反射するだけで魔力を吸収する訳では無く、気づかぬ内に魔力を吸いとられていざという時に魔法が使えないという事は無さそうだ。更に使い捨てなのか、反射と同時に焼け落ちていた。
問題は男があと何枚あの紙を持っているかだけど……左手に持ってるだけで四枚、他にも懐に隠し持っている可能性もあるから紙がなくなるのを期待しての魔法連打は止めといた方が良いな。
俺は男に気を配りながら、反らしたホーリージャベリンが当たったであろう場所を横目で見る。あれほどの魔法がぶつかったんだ。普通の布でしかないこのテントなんて貫通する以外考えられない。しかし、予想に反して壁は全くの無傷。
どうしてか考えて、心当たりが思い当たる。男が最初に落とした紙によって発動された魔法。
あれでこの場が外と隔離されたのか、影響を及ぼせなくなったのか。詳しくは分からないけど外からの助けは期待出来なさそうだな。
だとすると生き残るには自分の力で男を殺すもしくは無力化し、この場を管理している魔法の効果をなくすしかないという事か。
けれども俺の主力である魔法は紙で無効化される上に反射されて、レイピアとダガーは男の後ろにある。
あれ? これ詰んだ?
……それにしてもなんで男は攻撃してこないんだ? 殺害対象に考えをまとめさせる時間を与えるメリットなんて無いし、魔法は気にしなくていいんだしこんな素手の小娘簡単に殺せるだろうに。
それをしないって事はあの紙にも欠点があるのか?
それとも時間をとる意味があるのか?
そこで気づいた。
心臓がバクバクいって、まるで肺を押さえつけられているかのようにとても息苦しい。何故さっきまで気づかなかったのか疑問に思うほど息が荒くなっている。更に左足に違和感。動くことには動くだろうがとても万全とは言えない。
毒、か?
思わず舌打ちをしたくなる。なるほど男は待つ訳だ。時間がたてばたつほど毒が回って弱っていくんだもんな。
あの短剣に毒が塗られていたのだろう。太ももを切りつけられてその時に毒が体に入ったという事か。
心臓を狙い、外した時の為に毒を塗っておきその毒が回る時間を稼ぐ手段もあると。隙無いな、ちくしょう。
どうする? このまま待っているだけじゃじり貧だ。かといっていくらブーストをかけているとはいえ素手で勝てるとは思えないし、魔法はあの紙に吸収されるし……まてよ?
ブーストは吸収されなかった。あの紙にも制約があるという事になる。
これは少し実験してみるか。
すうっと大きく息を吸い込んだ。男は俺が行動を起こしたのを見て警戒をあらわにする。
俺が自分にかける魔法は吸収されない。なら、男には効果を及ぼさない魔法ならどうだ。
本来は超音波を発してその反射で周囲の様子を探る、ソナーのような魔法であるディテクション。その音の高さを人間が聴く事の出来る高さまで下げて使う。
人間が聴こえないからよく分からないが、かなりの広範囲を把握出来るこの魔法は、原理的に凄く大きな音を出すハズ。
魔法はイメージだ。空想しろ、想像しろ。本来の使い方とは程遠くても、きっと出来る。
超音波を、大声に変えろ! 敵の耳を貫く、音の槍に!
「あああああぁぁぁぁぁあ!」
「っ!」
突如発せられた大音量の叫び声に、男は思わず耳を塞ぐ。俺は魔法の効果に気づかれないように耳を塞いでなかったから直撃し、一瞬の後に音が全く聴こえなくなった。鼓膜が破れたのかもしれない。
「────────────」
ディテクションを発動させたままとある魔法の呪文を唱え始める。
ディテクションが紙の吸収対象じゃないという事は、あの紙は『所持者(もしくは使用者)に直接影響を与える魔法』を吸収する可能性が高い。だから俺を対象に発動させたブースト、音を発する事が効果のディテクションが吸収されないんだ。
なら俺がこれから使う魔法が吸収される事は無い。
耳を塞いでいる男には俺が何を言っているか分からないだろうが、呪文を唱えているという事は理解したようで片耳を犠牲にし、呪文を止めるべく右手の短剣を凄まじい速さでこちらに向け投げてくる。本来投擲用の剣ではないのにも関わらず、正確に俺の口元目掛け飛んでくるそれを、詠唱は止めずにヘッドスライディングのように跳んでギリギリ避けた。
着地の際目を強く閉じ更に手で目を隠しながら魔法を発動させる。
俺が使うのは基本となるとても簡単な、しかし、いやだからこそ多く使われる初級魔法。
男も俺自身聴く事は出来なかったが、俺が唱えた呪文の内容はこうだ。
「永遠の時を生きる光の精霊よ、我が名の元に力を授けよ。我欲するは瞳を焦がす閃光。光球」
暗い場所で重宝される、魔力を流している間光続ける光の球を造りだす魔法。これを本来の呪文から大きく変え、先程のディテクションと同じように少し工夫して使う。
──思いっきり光量を強く、眩しくして。
目をこれでもかという程塞いでいるから実際には光を確認出来ないが、手応えでライトがしっかりと、イメージ通り目を焼く程の光を発したと確信した。
そして魔力の供給を断ち明かりを消してから腕を使ってはねあがり、男には目もくれず男の背後に立て掛けておいたレイピアとダガーを手に取るべく左足をやや引きずりながら走る。
これは賭け。ライトを目眩ましに使ったが、男に効いているかは分からない。少しでも成功率を上げる為に手を使えないように轟音を出したりしたものの防がれる可能性はある。
だけどこのままでは死ぬだけだ。だったら一か八か博打にかけるしかない。
そしてその第一段階である『ライトを強化出来るか』と第二段階の『それが男に効くか』はクリアした。
後は最終段階、『目が見えない間に仕留められるか』だけ。
ブーストをかけているが左足は斬られてまともに動かず、少しずつ毒が体に回ってどんどん動きが悪くなっていく。
更に男の目が回復したら終わりだ。今でも気配でなんとなくは分かるだろうが視力で得られる情報とは桁違いに悪いハズ。その間に、殺す。
俺の魔法を吸収する為の紙を持った左手で目を押さえながら右手で予備と思われる先程投げた短剣と同じ種類の短剣を構えている男に向かって突進する。
その際男の短剣が届く間合いには入らず、俺のレイピアは届く距離で立ち止まり、突進の勢いはそのままに男の首目掛け突き出す。
それは気配を察したのか短剣で弾かれた。だが見えていれは身をずらして避けられただろう。短剣で弾かなければいけない今のうちに畳み掛ける!
「────────────!」
俺はディテクションを解いていない。拡声された大声が至近距離で発せられ、しかもさっきと違い耳を塞いでいない為男は顔を苦痛に歪める。
その隙を衝きレイピアで再び首を狙うが今回も防がれ、カウンターのように間合いに入られ短剣を振り下ろされた。
短剣の側面には刃がついていない。当たっても斬られる事はないが鈍器のように激痛をもたらすだろう。今現在でも動くたびに左足がズキズキと痛み、肺が破裂するかと思う位苦しいんだ。当たれば絶対に気絶する。
故にダガーで受け流す。動いて避ける事が出来ないのはこちらも同じだが、こっちには魔法がある。
突如空中に現れた火球が男に襲い掛かった。さっき叫んだ時に唱えていた呪文だが、男も鼓膜が破けたのか気づいていない。
巻き込まれないようバックステップで距離をとる。
普通なら目が見えていてもこの至近距離で放たれ、しかも決してスピードが遅くない火球は避けられない。そう普通なら。
男に直撃すると思われた火球は紙に吸い込まれ、一瞬の後俺に向かって発射された。予想はしていたから全く同じ火球で相殺するが、内心で毒づく。
(持ち主が認識していなくても自動的に防ぐのか。辛いなあ。こっちは時間無いのに)
あの紙が何枚あるかハッキリすれば良いのだが、今の状況ではむやみやたらには魔法を使えない。魔力にも限りがあるから。
だが接近戦も決め手を欠く。このままいけば俺が不利になっていくだけだ。
どうするか考えて、考えて考えて──止める。
直接男に攻撃出来る魔法は紙で防がれるし、そうでない魔法で出来る事はおそらくもうやりきった。
だから俺はただひたすら剣技で勝負するしかないし、何よりも考えている時間がもったいない。
再び接近戦。突き、弾かれ、突かれて反らす。そんな単調な繰り返し。
時折男が距離をとろうとする時もあるが、逃がさぬよう一気に距離を詰めレイピアを突き出しまた弾かれる。
膠着した状況の中、焦りながらも落ち着いて、男の動きをさりげなく誘導する。
約一ヶ月間、依頼を受ける合間ロナルドさんに教えてもらった事を忠実にこなす。冷静に相手を観察し、その動きを予測して自らの都合の良いように立ち回り、そして隙を作らせる。
俺にはロナルドさんみたいな圧倒的な技術も、ノーヴェさんみたいないくつもの種類の武器を状況に応じて使いこなすセンスと頭も、エイミィみたいな素早さも持っていない。俺の唯一皆に誇れる魔法も封じられている。
だったら基本に忠実になるしかない。
幾度も剣を交え、少しずつ移動し目的の位置についた所で足払いをかける。
それは足を引かれ避けられるが、その動きこそ俺の目的通り。
さっきライトの呪文を唱えた時、男が俺に向かって投げた短剣。目の見えない男はそれに気づかず踏みつけ、バランスを崩す。
俺は一歩前に進み左手に持ったダガーを投げた。男の右肩を掠めるがあまり効果はない。が、それも予想通り。
体勢を立て直す時間を稼ぐために突きだされた短剣を俺は避けず、むしろ自分から左腕に刺されにいく。短剣の刃が骨を貫通した。
脳が訴える痛みは無視し、倒れ込みながらレイピアが男の鎖帷子の隙間を通り抜け心臓を貫くように右手を伸ばす。
避けるには気づくのが遅く、弾くための短剣が俺の左腕に刺さって容易には抜けない為男には避ける術がない。
嫌な感触と共にレイピアが男の心臓を貫通し、ついに足の力が抜けて膝が折れ、その場に正座の形で座り込む。その際に右手はしっかりとレイピアを握っていた為、心臓から引き抜かれ血が大量に流れだし顔にかかった。
(ああ……。人の血って、こんなにも生暖かいんだ)
そんな場違いな思いを抱きながら、支える糸を失った操り人形のように横に倒れる。もう体は動かない。男が心臓を貫かれてなお生きている化け物だったら、俺の左腕に刺さった短剣を引き抜くか踏みつけた短剣で簡単に俺にとどめをさせただろうが、当然そんな事はなくぼやける視界の中男も倒れた。
そして空気が変わり、男が最初に魔法を使う前の感じに戻る。おそらく男が死んで効果がきれたのだろう。
「──────────!」
薄れ行く意識の中、開くようになった入り口からバドラーが慌てて入って来る。そして倒れている俺と男を見つけ駆け寄って来て俺を抱え込み何かを言っていたが、鼓膜が破れている為何を言っているのか分からない。
厳ついマッチョエルフの泣きそうな顔を最後に俺は意識を手放した。




