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どうやら俺は異世界で聖女様になったようです  作者: 蓑虫
第三章 戦場とマッチョエルフ
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二十一話:悪友との再開

 気がついたら俺は真っ暗闇の中、走って逃げていた。

 一体何から逃げているのか。それは首を回し、後ろを見てみればすぐに分かる。

 その正体は俺を殺すべく剣や槍をかまえて追いかけてくる大勢の兵達。彼らに殺されないよう、前も見えないが走る。果たして本当に前に進んでいるのか、それすらも分からないまま。

 だが、何かにつまづいたのか転んでしまった。俺の首めがけ振り下ろされるであろう凶刃を想像し、意味が無い事を分かっていながらもうずくまり、頭を抱える。


 しかしいつまでたっても刃が俺に届くことは無かった。ただ、金属が打ち合う音と肉が切れる音、何かが崩れ落ちる音が聞こえてくる。

 顔を上げ、目に写るのは背の高く、二本の剣を操る中年の男性。見間違えるハズが無い、ロナルドさんだ。


 助けが来た事に一瞬安堵するがそんな暇は無い。敵の数があまりにも多く、少しずつロナルドさんが押されていく。



「ルーク、魔法を頼む!」



 ロナルドさんが叫ぶ。それを聞いて俺は右手を兵達に向けて突き出し、魔法を使おうとして……何も起こらなかった。



「何で!?」



 悲鳴に近い疑問の声をあげる。何度も繰り返し魔法を撃とうとするが、一向に発動する気配は無い。

 そうこうしている内にロナルドさんは力尽き、数の暴力に押し潰されてしまった。

 そして兵達は本来の目的である俺の殺害を果たそうと迫ってくる。そこでようやく魔法が発動し、兵達に直撃した。それにより兵達は無惨にも引きちぎられ先ほどまで人であったモノへと成り下がる。


 何で今更。ロナルドさんの危機には使えなかったのに。

 そう思いながら自分の右手を見つめる。それと同時に、なんと虚空から突然兵達に押し潰されたハズのロナルドさんが現れた。怪我一つなく、口元には微笑を浮かべている。



「無事だったんですね!良かった……」



 そう言ってロナルドさんに駆け寄ろうとしたが、足が動かない。足元を見てみても何処も異常など無く、にもかかわらず動かない。

 疑問に思うが、たいした問題じゃないと考えを改める。大事なのはロナルドさんが無事だったという事だ。


 笑顔を隠しきれず微笑みながら顔を上げロナルドさんを見る。

 そこで異常に気がついた。ロナルドさんの額から血がツーと流れている。と、次の瞬間ロナルドさんの全身から大量の、明らかに致死量と思われる量の血が吹き出した。急いで駆け寄ろうとするが、さっきと同じで足が動かない。更に声も出なくなり、呼び掛ける事や助けを呼ぶ事も出来ない。


 ロナルドさんは死人を連想させる土気色に顔を変色させ、微笑を一転憤怒の形相に切り替え俺を宿敵を見るような目で睨み付けてくる。



「お前のせいで俺は死んだ。お前は俺が危ない時には魔法を使わないで見殺しにしたくせに自分の身が危ないとなるや迷わず魔法を使った」



 それは違うと勘違いを正そうとしたが、声が出ない。

 呪詛の声はまだまだ続く。



「お前が嘘をついていなければ俺は死ななかった」



 ロナルドさんが怒りをあらわにしながら言う。



「アンタがあの時逃げ出さなければロナルドが死ぬ事はなかった」



 ロナルドさんの後ろから出てきたノーヴェさんが蔑むように言う。

 


「ルークが自分の力であいつらを退けていたらロナルドが私の前から居なくなる事はなかった」



 上から飛び降りてきたエイミィが哀しそうに言う。



「「「そもそもルークがいなければ、こんな事は起きなかった」」」



 三人が一斉に俺を非難する。

 ごめんなさい……ごめんなさい……。

 その場にうずくまり、耳を手でふさいで声が出ない為心の中で謝罪の言葉を呟いた。

 しかし俺を責め、呪う声は手に遮られる事無く、直接脳に響いているかのようにはっきりと聞こえてくる。



「「「お前が俺達を殺した。この殺人鬼め」」」



 更にさっき魔法の餌食となった兵達──ノーベラル兵達が血に塗れ、子供が見たら確実に泣き出すような恐ろしい怨霊の姿で現れて俺を恫喝する。


 ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……!

 何でもします……どうすれば償えるのですか……許してくれますか……!



「どうすれば償える、か。それは簡単だ」



 頭の中だけに流れる俺の悲鳴が届くハズは無い。しかし何故かロナルドさんにはしっかりと届いたかのように言い近づいて来て、



「お前が死ねば良い」



 そして俺の心臓を右手に持った剣で貫いた。



 ◇



 ガバッという擬音が聞こえそうな勢いで跳ね起きる。辺りが見覚えの無い場所で一瞬戸惑ったが、直ぐに昨日の事を思い出して落ち着きを取り戻した。


 詳しくは覚えていないが、あまり良くない夢を見ていたらしい。心臓がばくばくいっているしそこまで暑くないのに全身汗だくだ。起きた直後のぼーっとする感じも無く、はっきりと目が覚めている。


 このまま汗に濡れた服でいるのは正直気持ち悪い。昨日案内してくれた男性達が覗いて来る事はなさそうだし、一切の躊躇いも無く着ているローブと下着を脱ぎ生まれたままの姿になる。


 そして魔法で水を発生させ頭から被り、汗を洗い流す。その水が床を濡らす前に弾き飛ばして霧状にする。このテントは結構通気性が良いようで何もしなくても上部の小さい隙間から出ていった。後でちゃんと換気させるつもりだったけど、その手間が省けたな。


 それを何度か繰り返してタオルで体を拭く。本当はしっかりとお風呂に入ってさっぱりしたかったけど、戦場の簡易テントにそんなものあるハズが無い。


 体の水滴をしっかりと拭き取って、カバンから下着を取り出して身につける。その後服を手に持ったところで、テントの入り口が開かれた。



「ようルーク。久しぶり……だ……な」



 明るい口調で俺の名前を呼びながら入って来たやけにマッチョな、見覚えのある人影は俺の姿を確認して語尾が弱くなり、固まる。

 俺も服を手に持ったまま突然入って来た人物に何か声をかけようとしたところで今の自分があられもない姿な事に気付き、



「っ~~~~~~~!」

「うおぁ!」



 声にならない悲鳴をあげて咄嗟にマッチョエルフを吹き飛ばした。

 反射的に使って思わず魔力を多く込めてしまった為予想外の威力をもったウィンドは、きれいにマッチョエルフにだけに当たり、他に被害は無い。

 常人なら容易くぺちゃんこになるような、空気のハンマーと形容できるであろう突風を食らったマッチョエルフ。しまった、と思ったが、たいしたダメージを負っていないように軽い口調で呟かれた「イテテ……」という声を支える者が居なくなった為閉じたテントの入り口の向こうから聞こえて来たので安心する。


 その後すぐさま服を着てテントを飛び出た。覗き犯のマッチョエルフ──バドラーは一応反省の意を示す為なのか正座で待機している。



「久しぶりバドラー。とりあえず……五発程殴らせて♪」



 そんなバドラーの前に立ち、見るものを魅力する、朗らかな笑顔で言い放つ。尤も、目は全く笑っていないだろうから、恐怖を覚えるかもしれないけど。


 そこでふと、以前このくそマッチョエルフのせいで奴隷になりかけたのだから会ったら五発殴ってやろうと思っていたのを思い出す。ついでにやっておこう。


 

「あ、やっぱりもう五発追加。合計十発ね」

「ちょ、何でだ!?そもそもお前なんかの体に興味無いからな!てか元々男だったんだから別にいいだろ!?」

「……へぇ、そういう態度なんだ」



 反論するバドラーに、表面上微笑みながら冷たい視線を向ける。それと同時に辺りを確認するが、幸い俺とバドラー以外居らず、俺が元男だということを聞いた人はいないようだ。


 そして俺は確かに元男だけど、今は女の子なんだから体を見られるが嫌なのは当たり前だろうが。

 それに最高傑作のこの体を『なんか』だって?失礼な。凄くイラッとしたよ。この感情をどうしようかな……よし、決めた。



「もう五発追加。十五発ね」

「は!?……いや、何でもないです」



 バドラーは一瞬反論しようとしたが、すぐに止める。何で怒っているのか分からないなら気づかないうちに怒らせる事が無いよう黙っているのが一番だもんね。でも、なんでバドラーは冷や汗かいて目を反らしているんだろう。別に俺は笑いながら見下ろしているだけなんだけどなぁ。



「それじゃあ、一発目」



 右手でバドラーの左頬を強く平手打ちする。だが、俺の全力を込めたそれはバドラーに全然ダメージを与えた気配がない。むしろ叩いた俺の手が痛くなった。くそぅ、流石に堅いな。


 こうなったら、とこっそりブーストを使い、更にビンタを叩き込む。

 するとパァンと、さっきより良い音がなった。しかしそれでもバドラーは余裕そうに、ニヤニヤと笑いどや顔をかましてくる。

 ……うぜぇ。


 その後十二発、計十四発の平手打ちを奴の左頬に食らわせたものの痛みなど感じていないかのように口笛なんか吹いていやがる。

 というか俺はやらなきゃいけない事があるのになんでこんなラブコメみたいな事をしなくちゃいけないんだよ。こっちの攻撃は効果無いし、かといって俺が『殴る』と決めて、あっちもその条件だから了承したわけで。魔法を使うのはズルい気がするし……あ、そうだ。


 俺はファイアの魔法を俺の手に纏わせるような要領で魔力を注ぎ込む。イメージは炎のパンチだ。どうやら上手くいったようで、俺の小さな拳は青白い炎に包まれている。

 これなら殴る事にはかわりないし、多少はダメージを与えられるだろう。ペテンというか詭弁の類いだけど。



「あの~ルークさん?その手の周りの炎は何ですかね?」

「お前のどや顔がイラッとくるから、少しは効果のあるお仕置きをしようと思ってね。俺の最強魔法(ラグナロク)じゃないだけ良いと思え」



 我ながら理不尽だと思うが、物凄く良い笑顔でそう言い放つ。

 そして大きく振りかぶって、今度はパーではなくグーでバドラーを捉える。相変わらず俺のパンチ自身はたいした威力もないけど、追加で炎がバドラーの顔を這った。



「熱っ!なんでこの火消えない!?」

「魔法だからね。仕方ないね」

「ヘルプ!ヘルプ!」



 悶えるバドラーが少し不憫になったから火を消してやる。予想通り、火傷一つしてなかった。……前から思ってたけど、本当にエルフか?って言いたくなるな。


 火を消してやった後、「フッ!この程度では俺のHPの三十分の一も減らないな!」とかほざきやがったから、物音を聞いてやってきた男性達に涙目で「この人に着替えを覗かれて……」と言っておいた。その瞬間男性達は目の色を変えてバドラーをリンチし始め、軽く悲鳴が聞こえてくる。その悲鳴とは裏腹に、あまり効いているようには見えなかったけど。


 そんな平和な風景に、思わず笑みがこぼれる。けれど俺なんかがこんな楽しく過ごしてはいけないと気を引き締める。

 バドラーが蹴られながらそんな俺を見て微妙な顔をしていたのは無視した。



 ◇



 ハルメラにあるとある宿の一室。ルークという少女を監視させている青い鳥の視界を通して見える景色に、ヴェルディは苦い顔をする。

 元プレイヤーと思われる、凄まじい実力を持つ少女がノーベラルに敵意をもって立ちはだかる事になってしまった。その原因が自分の失敗にある事は分かりきっている。


 しかし悔やんでいても仕方がない。敵は始末するか懐柔するか。この少女を懐柔出来るとは思えない為始末する方向で思考を展開させる。

 だが、あれほどの実力を持つ元プレイヤーを始末する事はそんなに容易な事ではない。生半可な実力の者を送ったところで返り討ちにあうのがオチだ。


 それでも、全く手が出ない訳ではない。見たところ彼女は魔法に特化しているようだ。となると接近出来れば可能性はある。

 故にノーベラルが抱える最強の暗殺者を送り込む指示を送り、自身は現在進行形で行っている工作を続ける。



「なんでそんなまどろっこしい事をするの?私を戦場に送り込めば良いじゃない」



 その彼に後ろから声をかける存在がいた。

 使い魔である青鳥との視界の繋がりを断って振り向く。

 声をかけてきたのは、鳶色の髪を腰の辺りまで伸ばしている、ヴェルディと同い年か、それより少し年上かと思われる女性。

 非常に整った小さく大人の色気を醸し出す顔、それに違わぬ巨大な胸、折れるようにくびれた腰、しっかりとでた臀部と、多くの男を惑わせる妖艶なプロポーション。そして背中に薄く透明な一対の羽をを持つ妖精族の美女。


 その自信に満ち溢れた台詞はだてではない。最近出会い、その実力の全てを知っている訳ではないがヴェルディが知る中で一、二を争う魔法の実力を持っている。

 もはや確実にノーベラルの敵となったあの少女に真っ向勝負で唯一勝てる可能性があるとヴェルディは分析していた。



「貴女を送り込んでも良いのですが、それだと彼女が貴女と同じ魔法特化だと仮定して、相討ちになる可能性が高い。貴女はノーベラルにとって大切な存在です。失う危険を犯したくありませんからね。それに、貴女にはまだ聞きたい事がいくつもある」



 美女はヴェルディに大切な存在と言われて嬉しそうに微笑んだが、それも一瞬の事。すぐに真面目な顔になり、少し考えるように顎に手を添えた。



「それは良いとして……本当に暗殺者を送り込めば成功するの?」

「まさか。そんな簡単に行くなんて甘い考えは持っていませんよ」

「……え?じゃあ、なんで?」

「威力偵察の為ですよ。まだ彼女のスペックがどの程度なのか完璧には分かっていません。暗殺者の彼には尊い犠牲になってもらって、情報を引き出すのですよ」



 そう言って、ニヤリと邪悪な笑みを浮かべる。その人の命を虫けらのように扱うヴェルディの策に、美女は怒るどころか感心したように頷く。



「その情報を分析して、少しでも成功率の高い方法で彼女を始末します。その際、貴女の力を借りるかもしれません」

「分かったわ。それまで待ってるわよ」



 そうしてヴェルディは、美女を見て思い出したかのように呟いた。


「……おそらく彼女も、()()()()()()ゲームキャラでこの世界に来た存在なのでしょう。それなら銀髪碧眼というのも頷けます」

「そうでしょうね。というか、ゲームキャラじゃないのに生き残れて、しかもそんなに強い貴方が異常なのよ。何人か普通の日本人のままこの世界に来た人を見たけど、皆死んじゃったわよ」

「ええ。私の知っている元プレイヤーもほとんど死にましたね。貴女に聞いて初めてゲームキャラとしてこの世界に来た存在がいると知りましたよ」

「……貴方、日本では何者だったの?あの武術はかなり凄いわよ?」

「ははっ。私はただのしがない大学生でしたよ」

「どうだか。それじゃ、もう私は行くわよ。貴方も頑張って」



 そう言って、美女は部屋を出て行った。

 それを確認してヴェルディは再び青鳥と視界を繋げ、聖女様と称えられる少女を監視しつつ、ザッカニアを混乱に陥れるべく準備を進めた。







 

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