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どうやら俺は異世界で聖女様になったようです  作者: 蓑虫
第三章 戦場とマッチョエルフ
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二十話:聖女様、戦場に立つ

 ロナルドさんの仇を取りに行く。

 そう言った瞬間、パァンという音が鳴り俺の左頬は赤く染まった。

 ノーヴェさんが俺を強く叩いたのだ。

 ゆっくりと前に視線を戻す。ノーヴェさんはキッと俺を睨み、エイミィはおろおろしていた。



「女の子の顔を叩いたのは謝るよ。ごめん。でもね、これだけは言わせて。……バカな事言ってんじゃ無いよ!」



 ノーヴェさんは大声で俺を怒鳴り付ける。

 あまりの怒気にエイミィは震え、俺も謝ってさっき言ったことを撤回しそうになるがなんとか耐えた。



「ロナルドがそんな事を望んでいる訳が無いだろう!そんな人間ならあんなに尊敬されるハズが無い。あんたがやろうとしているのは彼の意思を無視する事なんだよ!」

「そんなの!ノーヴェさんの主観じゃないですか!実際のところどう考えていたかなんて分からないじゃですか!」



 続けて怒鳴るノーヴェさんに、多少怯みながらも強く反論し、睨む 。

 ノーヴェさんは怒りが限界を超えたのか歯を食い縛りものすごい形相を浮かべ、ウォアウルフ程度なら怯えて尻尾を巻いて逃げだすような殺気を放出していた。



「あんたは……」



 ワナワナ震えながらノーヴェさんは再び右手を上げる。俺は来る衝撃をこらえるため身構えるが一向に平手打ちはこない。

 何故ならエイミィがノーヴェさんの右手を涙目で掴んでいるからだ。

 


「ノーヴェ落ち着いて!ルークも、仇打ちとか必要(いら)無いから。ね? ルークがそんなに気負わ無くて良いんだから」



 泣きそうになりながらも気丈に振る舞い他人を気にするエイミィに、俺もノーヴェさんも何も言えなくなる。

 でも俺も退く訳にはいかない。



「エイミィ、ありがとう。そう言ってくれて嬉しいけど、僕もう決めたんだ」

「ルーク……」

「もう勝手にしな!アタシは知らないよ!」



 ノーヴェさんは怒って部屋に戻っていった。俺も涙目の上目遣いでこっちを見てくるエイミィに気まずさを感じながら準備の為に部屋に戻る。

 服をカバンに詰め込み、今までお世話になった分、宿代や食費などを返すためにこの一ヶ月で受けた依頼の報酬と買ってもらった革鎧を置いていく。今持っているだけじゃオーダーメイドの鎧の代金は払えなそうだし。


 そして我が儘を言って怒らせてしまった事の謝罪とこれまでのお礼を書き置きの形でしておきたかったけど……紙とインクが無い。

 この世界では羊皮紙が作られていて安定して市場に供給されているためものすごい高級品という訳では無いが、それでもそこら辺に置いてある程安価でも無い。インクも同じで、書くものが見当たらない。


 少し考えて俺の持っている服の中で一番痛んでいるものを取りだしそれを切り、そしてレイピアで右手の人差し指を刺して血をだしその血で文字を書く。

 その結果、



「……なんか凄い不気味」



 呪いの書みたいになってしまった。見た目と内容のギャップが凄い。

 ……今から紙とペン買って来て書き直そうかな。でも宿を出た後戻ってくるのも間抜けだよなぁ。

 まあ、こんなのも印象に残っていいか。多分これからノーヴェさん達には会わない、いや会えないだろうし。そう自嘲気味に笑う。


 少し暗い気持ちになりながらも荷物の最終確認を終えて書き置きなどを部屋の備品の机に置き、宿を出る。そして街の門を抜けて戦場となっているという所へ向かい歩きだした。自らにブーストをかけておくのも忘れない。


 ……さよならノーヴェさん、エイミィ。今までありがとうございました。


 振り向かず心の中でそう呟き、僅かに残るこれで良いのかという疑問を隅に追いやって迷いを打ち消した。



 ◇



 男どもの野太い歓声で我に帰る。

 俺はもう踏み出したら戻れない一歩を踏み出したんだ。ノーヴェさん達の事は忘れなくてはいけない。俺が犯してしまった過ちを忘れてはいけないけど、楽しかった過去に逃げちゃ駄目なんだ。


 顔を上げ前を見ると、俺の魔法で狼狽えたノーベラル軍を味方が追い討ちしている所だった。ノーベラル軍は散りじりになりながら逃げていく。


 彼らはキリのいい所で引き返して来て、俺から十メートル程離れた所で立ち止まる。そして中から一人が俺の前に歩いてきた。強面の、俺より頭一個と半個分背が高く、鎧の隙間から立派な筋肉が覗く三十代後半と思われる男性だ。着けている鎧も持っている剣も高そうな物だし、この部隊の隊長格だろう。



「一応この場を仕切っているヘルムートだ。さっきの光の線はお嬢さんの仕業か?」

「ええ、そうです。ホーリーウィップという魔法です」

「そうか。お嬢さんのおかげで壊滅するはずだった所がむしろノーベラル軍に一泡吹かせられた。感謝する」



 ヘルムートと名乗った男性は軽く頭を下げ礼を言う。だがいつでも剣を抜けるようにと柄に手をかけないものの構えているし、俺が怪しい事をしないか探っている。

 まあ、仕方ないか。突然表れて大量の殺戮を巻き起こしたんだ。敵を攻撃したとはいえ味方とは限らないのだし、あの魔法を自分達に向けて撃たれたら、と考えるとそう簡単には信用出来ないわな。


 俺は本来半径効果範囲が三メートル程しかないホーリーウィップを大量の魔力を注ぎ込む事で強引に巨大の鞭にした上にここまで来るのにずっとブーストかけてたからあと少しで魔力切れ起こしそうだけどね。ラグナロクを無詠唱で二、三発位かな?

 単純に範囲が広いエレメント・エクスプロージョンとかじゃこの人達にも被害が出るし、屈めば避けれる巨大ホーリーウィップを警告をしてから撃つのが一番良かったし。



「それで……君は何者なんだ?我らの味方、と考えて良いのか?」



 そんな事は知るよしも無いヘルムートさんは警戒しつつ聞いてくる。ノーベラル軍に対して抵抗していたこの人達の味方なのは確かだけど、何者って言われてもな……とりあえず、妥当な所を言っておこう。



「私はルーク、冒険者です。私の目的はノーベラルの進行を防ぐ事なのでノーベラル軍と敵対しているあなた方の味方になると思います。ほら、敵の敵は味方って言うじゃないですか」



 そう言ってニコリと笑う。本当の目的はノーベラルを滅ぼす事だけど、そんな事を暴露して危ない奴だと思われるのもまずいし、ここはザッカニアを守る為と思わせておいた方が良い。



「正直君のような幼い女の子を戦争に巻き込むのはあまりしたくないが……そうは言ってられ無いか。それにあれほどの魔法を見せられたんだ。こちらから協力してくれと頼むべきだろうな」

「分かりました。むしろ、協力させてください。これからよろしくお願いしますね」



 笑いながら握手をすべく手を差し出す。それにヘルムートさんは一瞬驚いたような顔をしてから後ろを見て、苦笑いをしながら握手に応じる。

 ……なんでだろ?



「負傷した者は急いで陣に戻って治療を受けろ!ま だ戦えるという奴らの半数はこの場で警戒の為に残れ。もう半数は戦いに備え休んでおけ!」



 ヘルムートさんは握った手を直ぐに放し後ろの男たちに向け大まかな指示をする。

 その後、集団の中に入って行き、細かい指示を飛ばしていた。


 負傷者が抱えられながらおそらく拠点であろう場所に向かい、それから残った人達でしばらく話し合ってから先ほどの指示通りその中の半数がこの場にとどまり、半数が負傷者達が向かった方向に歩いていく。ヘルムートさんは残るようだ。


 俺は戻る人達に連れられ簡易的な柵に囲まれ、よくモンゴルとかにあるような白くて丸いテントがいくつもある場所に着いた。恐らくここで村に戦火が及ばないように敵襲に備えているのだろう。

 

 男性達にちやほやされながら一つのテントに案内される。このテントを使っていたらしい四人の人達は荷物を引き払い、別のテントに移動していった。

 いくらなんでも一人だけで四人が使っていた所を使う訳にはいかない、場所も限られているでしょうしと遠慮をしたら「そうすると誰が君と相部屋になるかで俺達の中で争いになるから」と冗談半分に言われ、納得する。

 この世界に来る前は平凡な男子高校生だったから、自分がそういう扱いを受けるような美少女だということを意識していないと忘れちゃうんだよね。


 それでも多少はこの容姿が与える影響は理解しているつもりだ。時に劣情を向けられて襲われ、時に象徴(アイドル)になり皆の士気を高める事が出来る。

 やっぱり男という生物は女の子の前では格好つけたがるもの。(ルーク)みたいな美少女相手なら尚更だ。


 だからこそ俺はずっとしてきた男装を止めた。『絶世の美少女』ルークとして、かのジャンヌ・ダルクのように皆を率いて防戦だけでなくこちらから攻め混み、ノーベラルを滅ぼす。

 ……そのためにジャンヌ・ダルクと同じ末路を迎えるとしても。


 結局その後は再びノーベラルが攻めて来る事は無く夜になった。

 とりあえずの方針は信頼を得て彼らの心を掴み俺に心酔させる事。この容姿を使えば難しくは無いだろうし、今後の事を考えても独自の戦力を持っておいて損は無い。いくら俺の魔法の力が際立っているとはいえ俺一人で国を滅ぼす事など不可能だ。俺以外にも元プレイヤーが居るらしいし、俺だけで出来る事は限られているし。

 その行為が最低な事だとは分かっている。だけど俺の目的を達成させる為に手段は選んでられない。


 明日に備え体を休めるべく眠りにつこうとする。

 その際ロナルドさんの仇を打つと言った時のノーヴェさんの怒った顔、エイミィの哀しそうな顔が脳裏をよぎる。幾度も結論づけた『これで良いのか』という疑問を今回も『これで良いんだ』と決めつけ、無理矢理意識を埋没させた。



 ◇



 ヘルムートはルークと名乗ったあの美少女の手を握った事に対する予想通りの嫉妬の声を適当にあしらいながら彼女について思考を巡らす。


 男だらけの陣の中に美少女を一人放り込む事になったが、その事に対する不安は無い。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ヘルムートがまとめている冒険者達はどいつもこいつも馬鹿ばっかりだが人として道を外した事はしないと確信していた。というより彼が悪事を許さない。そういう奴が居ると皆の雰囲気が悪くなるし連携にも乱れがでる可能性がある為彼が見込んだ精神・実力を持っている冒険者しか連れてきていない。だから数に押し負けそうになってしまうのだが。



(もう少し国も力を貸してくれないものかね。いや、それが難しいというのは分かっているが)



 今現在この場でノーベラル軍を食い止めているのはザッカニアの国軍ではない。多少軍の兵士もいるがそのほとんどが冒険者達だ。

 本来ノーベラル軍の進行を防ぐべきである国軍は王都やハルメラ等の大都市の警備に半数以上がさかれており、そして残りは他の戦場に行っている。


 ノーベラルが攻めてきているのはここ以外に一ヶ所ある。ヘルムートとしては一点に集中して兵を投入した方が良いと思うのだが、何故かそうしてこない。しかも散発的に変な所に奇襲をかけてはすぐ撤退するという事もしている。そのため敵が何をしてくるのかが読めず、警備に多くの兵力をさかなければならない。もしかしたらそれが目的なのかもしれない、とヘルムートは考えていた。


 そして何故ここはメインが冒険者達なのかというと、こちらではノーベラル軍が獣を使役してくるからだ。普段獣と戦い慣れている冒険者に白羽の矢がたったのだ。

 更にそもそも国軍の数が少ないという事情もある。ノーベラルが攻めて来るまで平和だったザッカニアは必要最低限の兵士しか雇って無かった。今慌てて軍部は兵を募っているが、絶対的に足りていない。


 国の現状を憂いながら、思考が脇道に逸れていた事に気付き元々考えていた事に戻る。



(あの少女の魔法は非常に大きな戦力となる。流石にあれほどの魔法を撃った後だった為会話をした時は少し疲れているようだったが、それでもあのレベルを使えるいう事は魔術師団の団員、否小隊長並だ)



 ヘルムートはあの魔法を彼女オリジナルの強力な魔法を、しっかりと詠唱をした上で使ったと思っている。実際にはゲームだった時の中級程度の魔法を強引にあの威力を持たせ、かつ無詠唱で発動させたものだが。確実に魔術師団の団員程度では真似出来ない芸当だった。

 それを知るよしなど無いのだが。



(しかし……彼女は非常に危うい)



 ヘルムートはこれまでの経験から、ルークをそう評価する。

 仲間のフリをして後ろからあの魔法を撃ち込まれる事を危惧しているのでは無い。少し話をしただけだが、彼女がそんなノーベラルに利する事をするとは思えなかった。


 では何が危ういというのか。彼は彼女の目に見覚えがあった。



(あれは、復讐に囚われた者の目。理由は知らないが、彼女はノーベラルに憎悪の念を持っている。……あれが、そのうち彼女の身を滅ぼしそうだ)



 彼女の瞳は、綺麗なものの虚ろだった。だがノーベラルについて話す時、その瞳に強い怒りの炎がやどる。

 かつて復讐する事だけを考え、結果その身を滅ぼした者と役職柄交流があった。彼女もそうならないか、心配になってしまう。



(冒険者達(馬鹿野郎ども)が早くも彼女を聖女様とたたえているのは知っている。彼女についていき、そして彼女と共に破滅するかもしれない。だが、ノーベラルとの戦いに彼女の復讐心が都合の良いというのも事実。俺はどうするべきか)



 結局結論が出る事は無く、そして再びノーベラルが攻めて来る事も無く夜となり、陣に戻る。

 そして直ぐ様負傷した者が集まる救護テントに入った。


 そこで、一人のエルフが皆の負傷を治癒魔法で治しているのが目に入る。

 彼は二週間程前にふらりとこの戦場にやって来た。不思議とヘルムートと気が合い、そしてその高い治癒魔法の実力で気づけば負傷兵の治療を一手に引き受けていた。



「ん、どうした?お前も負傷したのか?」

「いや、そういう訳じゃない。皆の様子を見にきたのと、お前に相談したい事があったものでな」

「相談?」



 ヘルムートはエルフに突然現れた聖女様と呼ばれる少女について説明し、どう扱うべきかを聞いてみる。彼は興味無さげにしていたが、その少女の名がルークという事を話すと急に反応した。



「ルークだって?もしかしてその少女、セミロングの銀髪に碧眼で身長百五十センチ程か?」

「ああ、そうだ。……知り合いか?」

「まあ、そうなるな。尤も、実際に会ったことは無いがな」



 そう言って彼は立ち上がる。するとその、エルフという種には珍しいというか似つかわしくない立派な筋肉とたくましい体がよりいっそう目立つ。



「ちょっとその少女に会ってくる」

「……それは別に良いがバドラー。一つ言っておく事がある」



 ヘルムートは友人──バドラーを引き留める。

 


「その前に、負傷者を全員治してやってくれないか」

「……そうだな」



 バドラーはその場に座り直した。






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