二話:異世界生活の始まり
俺は何もない、ただの光の中で歩いていた。その際の明らかな違和感に、これが夢だと確信する。明晰夢か?
その時俺にしわがれた声がかけられた。
「道添晴樹よ……わしの話を聞くのじゃ」
その言葉を発したのは、その声通りの白髪白髭の、しわくちゃなおじいさん。なんかいかにも賢者って感じだ。
なんで名前知ってんだとかいきなりなんだとかあんた誰とかいろいろ言いたいことがあるが、どうせ夢なのだからそれらはスルーする。
「はあ……何ですか?」
「お主は最近アセモス・ワールドにはまっているようだが、アセモスに行ってみたいと思ったことはあるか?」
このおじいさんは何分かりきったことを言ってるんだ。
剣と魔法の異世界……行ってみたいに決まってるじゃないか!
「もちろんですよ。ただ俺としてじゃなくルークとしてですけどね」
俺がアセモスに行ったところですぐ死ぬ。どう考えても雑魚に殺される。
その点ルークさんならそこらの雑魚相手なんか余裕だ。
「ふむ。わかった。ではそのようにしよう」
……?
そのようにしよう? 一体どういうことだ?
……まあ、どうせ夢だ。気にしないことにしよう。
「ではさらばだ。……また今度会おう」
そう言っておじいさんはスーっと消えていった。
それと同時に周りの光が弱くなっていき……世界が暗転した。
◇
俺のまぶたの裏が明るくなる。部屋に日差しが射し込んでいるようだ。
なんか変な夢だったな……。起きて学校行かなきゃ……。
俺はぼーっと、目を瞑ったまま起き上がる。
そよそよと風が体に触れて気持ち良い。
……風?
ちょっと待て。なんで風が部屋に入ってくるんだ?
俺が目を開けると、そこは広大な草原だった。少し遠くには森も見える。
そして上を見上げるとキレイな青空が広がっていた。
「なんでだよ!?」
どこだよここ!?え、何寝ぼけてどっか歩いた?いやうちの近所にこんな草原ねえよ!
いや落ち着け。少し落ち着くんだ俺。
そうかこれも夢だ。一回夢が終わったふうにした後夢を続けるとかけっこう器用だな俺。俺は自分の頬をつねる。
うん、やっぱり夢だな。全然痛……い!痛い痛い痛い!え、何夢じゃないの?
というより本当に夢なら頬をつねることを考えつかないか。
じゃあここどこだ?なんか見覚えのある景色だが……。
「ねぇ君、こんな所で何してるの?」
キョロキョロ周りを見ていた俺に、何やらチャラい感じの声がかけられた。
俺はそっちを見て、腰を抜かしそうになる。
そこにいた青年は鎧を着て腰に剣を下げていて、その鎧と剣、そして顔が真っ赤な血で染まっていた。
俺が怯えたのに気づいたのか、
「ああ、これはこいつの血だよ」
そう言って、猪のようだがどこか違う生物の首から上だけを取り出した。
そいつは目が片方潰れ、顔半分が焼けており、首から血をだらだら流していた。うわ、グロい……。
俺か気分が悪くなり、嘔吐感が込み上げてきた。口を右手で押さえ、地面に膝をつく。
「え、君大丈夫?やっぱり女の子はこういうのだめなの?」
青年は俺を心配してくれたのだろう。だがその言葉に違和感を感じる。
「女の子……?誰が……?」
「君だよ。君女の子でしょ」
どういうことだ?
俺は自分の体を見る。そこにはローブに包まれた、明らかに女の子の体があった。
そういえばさっきから俺の声……明らかに高くなかったか?
試しにあー、あーと声を出してみると、可愛らしいソプラノボイスが聞こえた。
ふむ。情報を整理しよう。
俺は昨日寝た時はちゃんと家の中の俺の部屋にいた。
だが今起きたら草原にいる。
そして俺はどうやら女の子になったらしい。
……なんでやねん!?俺横浜市民だけど関西弁で言わせてもらおう。マジでなんでやねん!ワケわからんわ!
じっと黙って考えていたのを青年はどううけとったのか、いきなり俺の手を掴んできた。
「女の子がこんな所にいたら危ないよ。けっこう軽装だからこの近くの村から来たのかな?俺が送ってあげる」
そう言う彼は笑っている。俺を安心させるためとも考えられるが、俺はなんとなく嫌な予感がした。
だが俺はここがどこなのか全くわからないし、正直あの猪モドキがいるようなところに居たくない。あれが肉食なのか草食なのかはわからないが、襲われそうな気がする。
だから、なんとなく嫌な予感はするものの、彼についていくことにしよう。
「ありがとうございます。ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします」
「うん、じゃあ行こうか」
彼は俺の手を引っ張って森の方へ歩いて行く。
俺はおとなしくついていったが……彼の俺の手を掴む力が強い気がするのは気のせいだろうか。そのまま青年と共に森に入って数時間歩くと、数人の男たちが火を囲んでいた。
「おう、カインズ。やっと戻って来たか。……その女の子はどうした?」
男たちの一人が声をかけてきた。カインズとはおそらく俺と一緒にいる青年のことだろう。
「この子はカルート平野にいたんだ。ここらは危険だから、町に連れて行ってあげようと思ってな」
そう言ってカインズさんはニヤリと笑う。それを聞いた男たちもニヤリと不気味な笑みをこぼす。
なんだろう?
後さっきは近くの村に連れて行くと言っていたが、いつの間に町に変わったのだろうか。
「お嬢ちゃん、今日はここらで野営するから、休んでていいよ」
カインズさんはそう言って男たちの輪の中に入って行った。
正直こんな所で休めるわけないだろうと思いながら地面に座り、木にもたれかかったのだか、数時間歩いて思ったより疲れていたのだろう。すぐに眠りに落ちた。
◇
どれくらい寝ていたのだろうか。目は閉じたままだが少しずつ意識がはっきりしていく。するとぼそぼそと話し声が耳に入ってきた。薄く目を開けると、カインズさんとさっき話しかけてきた男がもう日が暮れ暗い中、炎の前に座って会話をしていた。他の人たちは寝ていたから、夜間の警戒というやつなのだろう。あんな猪モドキがでる地で野営をするのだから当然か。
俺は好奇心から、悪いとは思うが彼らの会話を聞こうと耳を澄ました。
「それにしてもいい獲物が手に入ったな。あれは高く売れるぞ」
「ラッキーだったよ。たまたま見つけてな」
……あの猪モドキのことだろうか?あいつが高く売れるということは、肉が旨いかあの牙に需要があるのだろう。
「かなり可愛いからな。貴族に数十万で売れるぞ」
可愛い? あの猪モドキのどこが可愛いというんだ?
「今のうちにあのお嬢ちゃんの手足縛っておくか?逃げられないように」
「いい商品なんだからあまり傷をつけるなよ」
……ちょっと待て。商品って……俺!?
もしかして奴隷?いや、日本では人買いは犯罪だ。大丈夫。
でもここは本当に日本なのだろうか。あの草原やこの森、猪モドキは日本に存在しないだろう。
それよりここが地球なのかも怪しいぞ。
そんなことを考えている間にカインズさんが縄を持って近づいてくる。
俺はとっさに足を縛ろうとかがんだカインズさん、いやカインズの顔を蹴りあげた。
「いってえ!」
彼が怯んでいる隙に走って逃げる。
カインズはガキが逃げたぞと叫んで追いかけてきた。さっきまで寝ていた男たちも起きて追いかけてくる。
全力で走ったが所詮女の子の足。すぐに追いつかれ
カインズに肩を捕まれる。
「いやっ」
「くそガキが……逃げられると思うなよ。」
その時、どこから現れたのか、一匹の狼のような生物がカインズの腕に噛みついた。
いや、一匹じゃない。数匹の狼が、さらにやって来てカインズに噛みつく。
カインズは首を噛み千切られ、大量の血を出しながら絶命した。
カインズの死体に狼が群がり、その肉を食べる。
男たちはそれを見て俺のことを忘れて逃げていく。
俺にとって幸運だったのは、狼たちがカインズの肉を食べるのに夢中で、俺が逃げるのを見逃したことだ。
ひたすら逃げ回り、森の中のきれいな小川の近くまで来て、もう大丈夫と判断し膝をつく。
そして俺は胃の中の物を吐き出した。
仕方ないだろう?あんな近くでスプラッタを見てしまったのだから。
俺は吐いた後、口を洗おうと川に近づく。
そして水面に映った俺の顔を見て目を見開いた。
それはバドラーに騙され、俺が作った理想の女の子の、驚いた顔だった。