十四話:模擬戦
「それじゃ、ルークの実力も見たいし、エイミィと模擬戦をしてみてくれ」
ルークがレイピアとダガーの使い方を教えられしばらく訓練した後にロナルドが言った台詞に、こう言ってはなんだけど私は驚きより先に呆れが来た。
いくらルークが天才とはいえ訓練してから一日しかたっていないのだ。対する私はロナルドに二年近く教わり、獣人の高い身体能力というアドバンテージもある。
負ける訳が無いどころか弱い者いじめにもりかねない。
「ちょっとロナルド、それは流石に……」
ノーヴェも同じ意見なのかロナルドに否定的な目を向ける。しかしそれは非難するものばかりでは無く、普段無駄な事をしないロナルドが何故こんなことを言い出したのか分からないとでも言いたそうな、困惑が多くを占めていた。
しかしロナルドはそれを黙殺し、続ける。
「ルールは魔法有り、体術有りの真剣勝負。まあ当然相手に大怪我を負わせたり、命に関わるようなものは駄目だが。最初のたち位置は……十メートル程離れた所で良いだろう」
ノーヴェは尚も抵抗しようとしていたけどおそらくロナルドが聞き入れないと思われることとルーク本人がやる気満々で準備運動をしているのを見て止めた。
師匠が提案し、姉弟子が異論を唱えず、本人がやる気。これで模擬戦をする事が確定事項となった。
となれば私はその準備をするだけ。
私は模擬戦の時にいつも使っている二本の木製の夫婦剣(本当に使う物と重さ、長さは同じ)を持ち軽く振る。うん、調子は悪くない。
私とルーク、歩いて十歩程離れた場所で向き合い、お互いの得物を構える。
彼は右手にレイピアを、左手にダガーを持っており、先ほど教えられたレイピアを扱う時の基本的な構えをとる。
それは教えられてから半日もたっていないとは思えない程綺麗で、余計な所に全く力が入っていない理想的な構え。
「準備はいいか?では……始め!」
「我欲すは茨の蔦……」
開始の合図と共にルークが魔法の呪文を唱え始める。私は気づかなかったけどさっきも魔法を使っていたものね。魔法の腕がどのくらいかは分からないけど無詠唱で使っていたのだから低いハズは無い。
魔法の発動を阻止すべく、呪文が完成する前に詠唱を止めさせる!
一瞬、と言うと大袈裟だが駆け出しの冒険者にはまず無理な速度でルークとの距離を詰める。
その勢いのまま右の剣を振り下ろし、左の剣で腹を突くべく左手を伸ばす。
「っ!」
ルークは振り下ろしを左手のダガーで弾き方向を変えつつ体を回して突きをかわした。
けど問題無い。そりゃこれで決められた方が良いに決まってるが詠唱を止めさせるのが第一。
再び攻めるべく右の剣を振り上げ──ようとして止め、突き出していた左手を引いてルークのレイピアを止める。
今、ほんの少しの隙を見逃さず攻撃してきた。しかも体勢が多少崩れているのにも関わらず鋭い突き。
更にルークは突きを連続で繰り出す。私はそれらを避けながら時折攻撃するが全てダガーで反らされる。それの繰り返し。
私は一旦バックステップで距離をとる。
二人とも武器は届かず、けど一歩で間合いに入る距離。
その場で私とルークはお互い徒に動くことなく、相手の動きを探る。
(楽しい……楽しいなぁ!)
今、私は満面の笑みを浮かべているだろう。
今まで私とまともに勝負できる人は少なかった。天才ともてはやされ、更に才能のある者しか弟子にとらないと明言していたザッカニアの英雄、『武神』ロナルド・ヴィッセルの二人目の弟子にもなることができた。
それを聞いて多くの人が、老若男女問わず勝負を挑んできたが負けるどころか苦戦すらせず一瞬で終わらせてきた。
退屈だった。私より強い人はまだまだいるし、良い試合が出来る人はもっといるだろう。
だけどそういう人と戦う機会はまるで無かった。
ロナルドと戦っても瞬殺されるか、良い試合をしているように見えても手加減されているとはっきり分かる。おそらくノーヴェと戦っても同じだろう。
だからこうしてお互い全力で戦えることは初めて。
彼と出会えたことに感謝する。
そして今は、楽しみながら全力で戦ってルークに勝つ!
私は一歩踏み込み、彼に向かって双剣で斬りかかった。
◇
強い。
エイミィとの模擬戦でまず思ったのはそれだった。
単純に剣技に優れているというのもあるけど一番の理由は戦いが上手いということ。
魔法を使うため呪文を唱えようとすると足払いを仕掛けてきたり素早く後ろに回って攻撃したりと俺の息を切らそうとしてくる。
するとこっちは詠唱を止めざるを得なくなる。
無詠唱での魔法使用は模擬戦ではしないことにしている。エイミィとロナルドさんにはもう無詠唱で使えることはバレているけど、無詠唱で使うことに慣れていると実戦でそれをしかねない。
無詠唱魔法はかなり珍しいことらしいから多くの人の目につくのはまずい。当然命の危険がある時は使うけどこれは模擬戦だ。魔法を使わない戦い方、接近戦をしながらの呪文の唱え方を学ぶのが大事。
俺は現在進行形で攻撃してくるエイミィの隙を探す。
彼女の武器は短剣というには長く、片手剣としては短い独特の夫婦剣。師匠であるロナルドさんの影響を受けているのか二刀流だ。
だが戦闘スタイルは大きく異なる。
さっきのノーヴェさんとロナルドさんの戦いを見た限りロナルドさんはわざと隙を作り相手に打ち込ませてカウンターをする、あえて攻撃を防がせることで気づかぬ内に体勢を崩させ隙を作り出すという、ある意味受身な戦い方。
対してエイミィは素早く動き回り攻撃を避け、相手の隙を見つけ出す積極的なスタイル。
ロナルドさんの戦い方は一見弱そうに見えて実は隙が無いもの。エイミィの戦い方はついていくのは困難だが動きを追えれば確かに隙はある。
尤も、その隙を衝けないように微妙に距離をとられたり防御に専念させられたりするが。
(とにかく今は彼女の隙を衝くことを第一に考える!)
彼女の攻撃をダガーで弾き、避けながらたまに牽制としてレイピアを突く。
しばらくして一瞬、ほんの少しの時間だがエイミィの動きが息継ぎの為に遅くなる。その隙を逃さず全力の突きを繰り出した。
俺は一瞬勝利を確信したのち、彼女がニヤリと笑ったのを見て悟る。その隙が嘘であったことを。
俺は何故エイミィがロナルドさんの戦い方、つまりあえて隙を作り敵を誘うことをしないと思っていたのだろうか。
彼女の眼光が言葉よりなお雄弁に語っていた。『その不覚を衝かせてもらうわよ』と……。
エイミィはその両の手に持っていた剣をこちらに投げてくる。俺は土壇場で気がついたが為に強引に突きを止め体を捻ることに成功した。そのおかげで投げられた剣は身を掠めるに留まる。
だが無理やり止めた体、その隙をエイミィが見逃すハズが無い。
彼女は俺の腕を掴んで投げ飛ばし、覆い被さって何処から取り出したのか、右手に持った短剣を俺の喉元に突きつけた。
「そこまで。エイミィの勝ちだな」
それを見てロナルドさんが宣言する。
エイミィは立ち上がり、俺に手を差し伸べてきた。
素直に手を握り立ち上がって服の砂を落とす。
「どうだ、ルーク、自分に必要なモノは分かったか?」
「ええ。僕に必要なのは相手の攻撃を受けながら呪文を唱えられる体力、ですね」
問い掛けてきたロナルドさんに、自分の思いを述べる。
つまりこの模擬戦は俺に足りない所を試合を通して実感させること、俺の実力を正確に測ってこれからの指導とかに役立てるものだったのだろう。
「その通りだ。じゃ、それが分かったところで体力をつけるためにエイミィと一緒に街を走ってこい。コースはエイミィが知っている」
「へ?」
あっさりと言い放った言葉に戸惑う。
え、長距離走とか嫌なんですが。あれ凄いきついし。
「エイミィ、ルークを頼む」
「了解。ほらルーク、行くよー」
「ちょ、ま……」
そのままエイミィに連れてかれ広い街を走らされた。
ちなみにルークの剣術は昔本当に実戦で使われたものです。
レイピアの刀身が細いので相手の攻撃を防ぐと曲がったりして使い物にならなくなるのでパリーイング・ダガー(別名マンゴーシュ)という防御用のダガーを左手に持っていたそうです。
そして気がついたら二刀流が三人も。
S○Oのキ○ト君に影響されてるのかな……。




