十二話:武具屋に行ってみた
俺に絡んできた自称凄腕冒険者の四人はノーヴェさんに叩きのめされ、地面に正座させられていた。
ノーヴェさんは反省させるためなのか、ロナルドさんのように彼らを気絶させることはしなかった。
「大の大人が四人がかりで一人の小さな子供を襲うなんて、恥っていうモンを知りな恥を!いったい何を考えてんだいあんたたちは!」
そしてこんな風に説教中である。
キレイなお姉さんの前で正座させられ怒られる四人の男たち……うん、シュールな光景だ。
「怪我はないか、ルーク」
「多少はありますが、大丈夫です」
ノーヴェさんが説教をしている間にロナルドさんが聞いてきた。エイミィちゃんは、また俺をジーっと見ながら何かを思い出そうと考え込んでいる。……結構やばいかも。
「それなら良かった。それにしても、なかなかのナイフさばきだったな。誰の指導を受けたんだ?」
「……どこから見てたんですか」
俺はロナルドさんの質問を質問で返す。
ノーヴェさんが飛び出してきたのはナイフをはじかれた後。なかなかのナイフさばきと評するのはそれより前から見てないと不可能だ。
「おまえがあいつの二の腕を刺したところからだ。エイミィが剣戟を聞きつけてな。最初割って入らなかったのはお前の実力を知りたかったからだ。ノーヴェはすぐとめようとしたが、俺が阻止したのさ。ま、結局キレて助けに入ってあいつらをぶちのめしたわけだが」
ロナルドさんは俺の質問に対し、正座している男たちのうちの一人を指差しながら答える。それを聞いて俺が抱くであろう疑問も一緒に答えるカタチで。
俺はその理由に眉を顰めながらも頷く。
「そう……ですか。わかりました」
「試すようなことをして悪かった。すまない。……それと、俺の質問にも答えてくれないか?」
「わかってます。ロナルドさんの、僕が以前ナイフの扱いを誰に教わったのかという質問の答えは『誰にも教わって無い』です。ナイフどころか武器の類の指導を受けた経験がありません」
俺の返答にロナルドさんと、横で話を聞いていたエイミィちゃんが目を見開く。俺の答えがよっぽど以外だったようだ。
ルークの『体』が武器の扱いを覚えているけど、俺自身の武道の経験は全くない。小中と野球部だったし、高校では帰宅部だ。家が道場とかだった訳でもなし、そんな経験を積めるはずがない。
「え、ちょっとまってよ。じゃあどうしてあんな風にナイフを使えるの?」
「僕としてはナイフは護身用に持っていただけですし、あの時も無我夢中で体が勝手に動いたような感じです。……そんなに凄い動きしていたんですか?」
「なにそれ……」
話に入ってきたエイミィちゃんの口調は半ば呆れたようなもので、それきりなにも言わなかった。ロナルドさんは考え込んでるし、俺も何を言えばいいのかわからないしで、沈黙が続く。なんかエイミィちゃんと話すとお互い黙ってしまうのが多い気がする。まだ三回、『男の子のルーク』としては二回しか話してないけど。
「ごめん、待たせたね……どうしたんだい?」
男たちへの説教が終わったのかノーヴェさんが俺たちの元へ歩いてきた。男たちに目を向けると、肉体的なダメージもさることながら精神的なダメージも多かったのか呆然と涙を流している。いったいどうすればあんな風になるのだろうか。とりあえずノーヴェさんには逆らわない方がいいと改めて思った。
「い、いえ、なんでもないです」
「そうかい。じゃ、ルークの防具を作りにいこうか」
あ、そういえばそんな名目でギルドを飛び出したんだっけ。正直あまり気が進まない。
「彼らはどうするんです?放置しといていいんですか?」
「ルークはあいつらにやり返したいとか考えているかい?」
「いえ、全く」
「ならいいよ。あいつらもこんなことはもうしないだろうし……万が一またやったら、地獄を見ることになるさ」
「…………」
ノーヴェさんはニヤリと笑う。男たちはそれを聞いてブルブルと震えた。どうやらノーヴェさんという存在がトラウマになったようだ。自業自得とはいえ、少しかわいそうな気もする。
「あ、俺たちもついていっていいか?ルークに興味が出た」
ノーヴェさんにつれられ歩き出した時、ロナルドさんがそう言ってきた。エイミィちゃんも頷いている。
特に問題もないし、一緒に行くことになった。
◇
ノーヴェさんにつれられやってきたのは大通りから一本外れたところにある、こじんまりとした店。
あまり繁盛しているようにはみえないがノーヴェさんがつれてくるような店だ。知る人ぞ知る名店というやつだろう。店名は『リーリ武具店』となっている。
中に入って店内を見渡してみるが多少武器は置いてあるが防具はない。なぜだろうか。
そんなことを考えている間にがっしりとした、筋肉質の男の人が出てきた。ロナルドさんが細身だけど凄い筋肉を持っているのに対しこちらは見るからにマッチョだ。
「らっしゃい!……なんだ、ノーヴェの姉御ッスか」
「やあ、ペルト。今日はこの子の防具を作りたいんだ。なるべく動きを阻害しなくて軽い革製の物がいいと思うんだけど、ルークはどう思う?」
ノーヴェさんの考えに異論はない。基本魔法を使うとはいえ今日みたいな接近戦になることもあるだろう。そのとき動きずらいときついし、多分ルークの筋力じゃ金属鎧なんて重くて着たら動けないだろうし。俺は反論することもなく、素直に頷いた。
「了解ッス。じゃあ君、サイズを測るからあそこに入ってくれないッスか」
ペルトさんが奥の部屋を指差しながら言う台詞に、冷や汗が流れる。
やばい、測られたらまず間違いなく女の子だとばれる!つーか男の人に体触られたくない!
「えっと、店内の商品と話を聞く限りオーダーメイド制だと思うんですが……」
「そうだけど、それがどうかした?」
「いや、僕なんかにそんな高級なもの、分不相応だと思うんですよ」
「そんなことない。いいから早く測ってもらいな」
反抗してみるが取り付く島もない。だんだんあの威圧感を出してくる。でもさすがにこればっかりは引けないぞ!
その時、奥から赤く長い髪をポニーテールのようにまとめた、凄いきれいな女性が出てきた。
「ふーん、あんたがつれてきたってことは、結構才能ある子なのかね。興味が出たし、アタシにまかせてくれないか?」
「親方!」
「リーリ姉さん!」
女性──リーリさんが言った言葉にペルトさんとノーヴェさんが反応する。この人、ノーヴェさんのお姉さん?確かに顔は似てるし、髪の色も同じだけど……とある部分がノーヴェさんとかなり異なる。例えるなら、メロン。いや、ノーヴェさんも小さくないけど、引き締まっているんだよねって何考えてんの俺!
「いや、ですから僕は……」
「大丈夫。君が女の子だってばらすつもりはないから」
「!?」
抵抗しようとしたとき、リーリさんが耳元でボソッと呟いた言葉に固まる。皆には聞こえないような小さな声だったけど冷や汗が止まらない。
そのまま彼女は固まった俺を引っ張ってあの部屋に連れて行った。
「な、なんで僕が女だと分かったんですか!?」
部屋に入り、向こうに声が漏れないこと確認してから聞いた。
「アタシは何人もの防具を作ってきたからね。服の上からでもある程度は体のラインは分かるよ。それにノーヴェとかペルトみたいな脳筋はともかく、多少勘が鋭ければ結構分かると思うけど」
リーリさんの答えに唖然とする。
が、すぐに頭を下げ頼み込んだ。
「お願いします!このことは黙っていてくれませんか?」
「別にかまわないよ。何で男の格好をしているのかは分からないけど、人にはそれぞれ事情があるだろうしね。あ、ばれたくないならさらしを巻いたほうがいいよ。売ってあげるから」
リーリさんはあっさりと承諾してくれた上にアドバイスまでしてくれた。
俺は「ありがとうございます」とお礼を言おうとしたが、真面目な口調で続けられたリーリさんの言葉にさえぎられた。
「忠告しておくけど、嘘はいつかボロが出てばれるよ。それにあまり嘘をつき続けていると、心がすりへってっちゃうよ」
俺はそれに全く反論できない。
黙ってしまった俺をよそにリーリさんはメジャーを持ってきて、服の上から腕や足、胸囲やウエストなどを測っていった。
◇
あの後宿に戻り、夕食などを終え部屋に戻った。
もう外は真っ暗だが明かりはつけない。
俺はベットの上に寝っころがり、右手の甲を目の上に乗せた。
『嘘はいつかボロが出てばれるよ』
リーリさんに言われた言葉が頭の中に響く。
「そんなことは分かってるよ……」
弱弱しい俺の呟きは誰にも聞かれることはなく、闇の中に溶け消えていった。