十一話:ちょっとした事件
「おいクソガキ!なんだその態度は!」
俺(男の子モード)に向かって昨日俺(女の子モード)をナンパしてロナルドさんとエイミィちゃんにぼこぼこにされた馬鹿どものうちの四人が怒鳴り付けてくる。
「お前調子にのってんじゃねえぞ!お前みたいなガキは先輩冒険者である俺達の言うことを聞いてりゃ良いんだよ!」
馬鹿が俺の胸ぐらを掴もうと手を伸ばしてくる。さすがにそれをされたら女の子とばれてしまうから避けるが、それが気に食わないのか馬鹿は更にキレて剣を振りまわすがそれも避ける。
「ちょこまかと避けてんじゃねぇぞオラァ!」
避けられるような遅い攻撃をする自分が悪いと思うのだが馬鹿は逆上した。
こいつらの攻撃はノーヴェさんの剣さばきや槍さばきとは比べるまでもなく遅い。しかも頭に血が上って単調だ。ルークの身体能力でも避けるのは難しく無い。
だがさすがに囲まれて逃げ場が無いのは辛い。そろそろ反撃しないと不味いか。
何故俺がこんな風に絡まれているかというと、原因は今日の朝にさかのぼる。
◇
俺とノーヴェさんは朝食を食べた後早速冒険者ギルドに来た。目的は当然俺の登録の為。
「すいません、冒険者登録したいのですが」
「はい、分かりま……えっと、あなたが登録希望者ですか?」
受付のカウンターに座っている姉さんに声をかけるとすぐ反応して顔を上げるが俺を見て怪訝そうな顔をする。
まあルークは子供だもんなぁ。周りを見ても大人の男性が圧倒的に多い。
「はい、僕です」
「で、ではこちらに必要事項のご記入をお願いします。代筆は必要ですか?」
「いえ、大丈夫です」
お姉さんが紙と木炭のようなものを渡してきた。
俺はそれを受け取り必要事項を書いていく。
名前……ルーク
年……十五でいいかな
得意なこと……魔法
メインの武器……ナイフ
傭兵等の経験……無し
騎士学校または魔導師学校の就学経験……無し
ちなみに字は日本語ではない。アルファベットでもないし、全く見たことない文字だ。だけどいわゆるご都合主義というやつなのか理解できるし書ける。ノーヴェさんが書いてくれたやつやお姉さんに渡された紙に書いてあることが読めるのはそのためだ。すらすらと書いていく。
名前や年齢はもちろん必要なことだが、得意なことやメインの武器などを書くのにも理由があるらしい。なんでも冒険者同士で協力しなくてはいけないときスムーズに情報を交換できるようにするためとのことだ。
書けた紙をお姉さんに渡す。
それを読んでお姉さんは驚きの声をあげた。
「年齢十五歳って……思ったより若く無いのですね」
「本当かいルーク。アタシ十二くらいだと思ってたよ」
さすがにそこまで童顔じゃ無いだろうと一瞬思ったけど否定できないのに気づいてぐうの音も出ない。
でもいくらなんでも十二歳はないでしょノーヴェさん。大人の三歳違いはあまり大した違いは無いけど成長期の子供の三歳はかなり違うのに。
まあそんなことはどうでもいい。俺は早く冒険者になりたいのだ。やっぱり異世界といえば剣・魔法・冒険者だよね!いや、平和が一番、元の世界に戻りたいっていうのも本音だけど異世界を満喫したいという気持ちもあるんだよ。
お姉さんは紙を持って奥に行き、しばらくしてから一枚の板、というよりカードのようなものを持ってくる。
「これあなたが冒険者だと証明するカードになります。ルークさん、これであなたも冒険者です」
「ありがとうございます」
カードを受け取る。それにはさっき俺が書いた情報に加え冒険者としてのランクが表記されていた。当然最低のランクだが。
文字は違うけど、ゲームの時での最低ランクである『Gランク』と考えることにしよう。
とりあえず早速依頼を受けよう!
そう考えて依頼書が貼られている壁に近づこうとしてノーヴェさんに首根っこを掴まれた。
「まだ早いよルーク。あんたが着ているのただの服じゃないか。武器はともかく防具を買わないと」
「え、別にいいですよ。お金無いですし」
「ダ・メ。冒険者は命懸けなんだから防具には金をかけないと駄目だよ。金なら貸して……なんならあげるから 」
「い、いやそんなの悪いですよ」
さすがにそこまでしてもらう訳にはいかない。意地でもこのまま依頼を受けて自分の金で買うんだ!こればかりは曲げないぞ!
「い・い・か・ら・買・い・な・さ・い」
「はい、分かりました」
すぐさま前言撤回しました。怖い。ノーヴェさんマジ怖い。威圧感がヤバすぎる。
ノーヴェさんは「分かればよろしい」と殺気をおさめた。……ノーヴェさん、近くの厳つい男の人や受付のお姉さんの顔がひきつっているんですけど。
「そこの綺麗で格好いいお姉さん。そんなガキはほっといて俺達とパーティー組まない?」
武具屋に行くためにギルドを出ようとしたところ見覚えのある男達にノーヴェさんが声をかけられた。
昨日俺をナンパしてきた馬鹿どもだ。ただ反省したのかまだダメージが残っているのかは分からないけどエイミィちゃんに金的を食らったやつはいなかった。
「なんだいあんた達」
「俺達けっこう凄腕の冒険者だからさぁ、そこのガキよりずっと頼りになると思うんだよ。だから俺達とパーティー組んで名をあげないかい」
「ぷっ!」
つい吹き出してしまった。昨日ロナルドさんにあっさりやられといて凄腕と言い切るって……本当にある意味凄腕だな。
「あ?てめえ何笑ってんだよ」
「こんにちは。昨日女の子をナンパして結果嫌がる彼女を助けようとしたおじさん一人に五人で挑んで瞬殺された凄腕(笑)の冒険者さん達じゃないですか」
「なっ!」
「へぇ……」
ノーヴェさんは蔑むように馬鹿を見る。
男達は諦めたのか逃げ去っていく。一人は恍惚の笑みを浮かべていた。ドMキモい。
それと入れ替わりにロナルドさんとエイミィちゃんがギルドに入ってきた。予想通り彼らは冒険者らしい。
声をかけようかと思ったが止めた。彼らが知っているのは女の子としてのルークだ。今声をかけても分からないだろう。
だが、ロナルドさんの方からこっちに近づいてきた。
「久しぶりだな、ノーヴェ」
「そちらこそ。お元気そうで何よりです、師匠」
最初俺が昨日の女の子だとバレたのかと思ったけど違うらしい。というかそれよりも……師匠って何。
「ルーク、彼はロナルド・ヴィッセル。アタシの剣の師匠さ。そっちの女の子はエイミィ。」
俺の疑問を察したのか教えてくれる。ノーヴェさんのあの剣さばきはこの人から教えてもらったのか。馬鹿どもを叩きのめした技量を見るに納得だ。
「ほう、ノーヴェが連れているということは将来が期待出来そうな少年だな」
「ロナルドさん、はじめまして。ルークと言います。ノーヴェさんにはいつもお世話になってます」
なんか友人の両親に会った時みたいなことを言ってしまったけど、本当にお父さんという感じの雰囲気を持っている。
「はじめまして?……どこかで会ったことがあるような気がするのだが……」
「そ、そうですか?僕は記憶に無いですが」
「ルークは記憶喪失だから知らないのは当然だろう。もしかしたら記憶を無くす前に会っていたのかもね」
少し慌てたけどノーヴェさんがフォローしてくれた。そうそう簡単に昨日の女の子=俺とはならないだろうけどヴェルディさんの例があるからな。
記憶が無いことにロナルドさんが興味を持っていたけど適当にごまかしておいた。
「……」
「えーと」
「……」
その後ロナルドさんとノーヴェさんで話し始めたからエイミィちゃんを見てみたら俺をじーっと見てた。
なんだろう。少し睨んでるような気がするんだけど。
「あの、何?」
「……」
「僕が何かしたかな?」
「……昨日会わなかった?」
ギクッ。
「い、いや、会ってないと思うけど」
「そう……私の気のせいかな」
その後は奇妙な沈黙が続く。周囲はガヤガヤしてるし、ロナルドさんとノーヴェさんが話しているからそんなはずはないのだけれど何故か俺達の周りから音が無くなった気がした。
「そ、そういえば防具を買いに行かなきゃ!」
沈黙に耐えられず走ってギルドを出る。ノーヴェさんが何か言っていたけどよく聞こえなかった。
そしてどこへ行くかも考えずハルメラの街を走り回る。小さな体が幸をそうして人には一度もぶつからなかった。
いわゆる路地裏に入った時
「さっきはよくも余計なことを言ってくれたな、くそガキ 」
四人の男に囲まれた。
◇
以上回想終了。
さて、どうしよう。
魔法……敵がこんなに近くにいたら呪文を唱える暇がない。無詠唱で使うのは当然駄目。却下。
走って逃げる……囲まれてるから逃げる隙間がないし多分すぐ追い付かれる。却下。
素手はさすがに無理だし、やっぱりコレで反撃かな。
懐から以前森の中で頂いたナイフを取り出して構える。
モンスターならともかく人間を殺すのは無理だ。精神的にやりたくない。
でも俺にはロナルドさんみたいに剣の腹を上手く使うなんて芸当は出来ないだろうし……あ、そもそもナイフじゃ大したダメージは与えられないからんな心配は要らないか。
それより自分のことを心配しないと。
素人の俺の剣速じゃこっちから攻撃しても避けられるだけだろう。とりあえずはカウンターを狙う。
俺の得物がナイフということで侮ったのか一人だけで攻撃してくる。剣を垂直に降り下ろしてきた。
それを紙一重で避けてナイフの柄で男の唇と鼻の間を強打する。名前は忘れたけど確かそこは急所だったはず。
男は強打されたところを手で抑え悶絶した。
「「「てめぇ!」」」
残った三人が一斉に襲いかかってくる。昨日と全く同じ展開だ。違うのは俺に三人もの人間をいなす技術が無いことか。
体を捻ったりナイフで剣の軌道を変えたりすることで致命傷は防ぐがどう考えても俺が押されていた。
(どうすれば切り抜けられる!?魔法を使ったと気づかれなければ……そうだ!『ブースト』)
身体強化の魔法を発動。とたんに攻撃が当たらなくなる。さらに隙をついて一人の二の腕にナイフを突き刺す。
その瞬間腕から血が吹き出す。うっ!あいつらの自業自得とはいえ人を傷つけてしまった。
(それにしてもいくらブーストを使ったとはいえ何で俺こんなにナイフの扱いが上手いんだ?もしかしてナイフも剣の一種として扱われて魔法剣士のルークなら筋力が足りていれば使えるってことか?)
今まで魔法だけしか使えないと思っていたけど軽い武器なら高レベルの魔法剣士だったルークのような剣さばきが出来るということか。
となると何故この体は普通の女の子並みの身体能力で、元のルークから身体能力……ゲームでいうステータスが下がっているのかという疑問が浮かぶ。
でも今は関係無い。ナイフが上手く扱えるのならそんなことは気にしなくて良い。
この馬鹿どもより上のナイフを扱う技量とブーストで上げた身体能力で押しきる!……そう思ったけど無理だった。
今まで男達は俺が子供、武器がナイフという貧弱な物だったからか怒っていても本気を出してはいなかったらしい。
だけど仲間の一人が怪我をしたことで本気になり、一気に剣速が早くなった。
高レベル魔法剣士だったおかげか武器を扱う技量は俺の方が上。ブーストも使ったから身体能力でも差は少なくなった。
でもブーストの効果は元々の身体能力、ステータスに依存する。それが低いこの体では凌駕するまではいかない。いいとこ彼らと同じくらい。
それで武器がナイフと長剣と差があり、人数も一体三。なんとか致命傷を負わないようにするので精一杯だ。
そんなことがしばらく続き、俺の体力が尽きた。
握力が無くなり、ナイフが弾き飛ばされた。
「これでおしまいだな。手間をかけさあべし!」
男は突如現れた黒い影に殴られ倒れこんだ。
「ノーヴェさん!」
「あんたら……うちのルークに何してくれてんだい」
ノーヴェさんは今まで見たことの無い強烈な殺気を放っている。
後からロナルドさんとエイミィちゃんもやって来た。ロナルドさんは「やれやれ」と呆れている。
とりあえず分かったことは一つ。
……自称凄腕冒険者さんたち、御愁傷様です。




