十話:冒険者登録と新たな出会い
村を出てから約一週間。
ようやく目的地であるハルメラという街に着いた。
ここに来た理由は、俺の冒険者登録の為。小さな村にはギルドが無いから大都市とまではいかなくともそこそこ栄えている街じゃないと冒険者登録できないのだ。
ハルメラは海に面したザッカニア一の貿易都市であり、他国との貿易でかなり栄えていて、当然ギルドがある。というかノーヴェさんが言うにはほとんどの冒険者がこの街を基点にしているらしい。
「そこの二人!止まりなさい」
街の門の前に立っていた男性が俺たちに声をかけてきた。
おそらく街の守衛か何かだろう。大人しく止まる。
「何か身分を証明できるもののご提示をお願いします。無い場合街に入れることは出来ません」
「これでいいかい」
ノーヴェさんは鞄から何かをとりだし、守衛さんに見せる。俺には角度的に見えなかったからそれが何かは分からない。だがそれを見て守衛さんは慌てて敬礼をした。
「し、失礼しました!どうぞお通り下さい!」
「お勤めご苦労様。あ、この子はアタシの連れだからね」
守衛さんは急いで門を開ける。俺はノーヴェさんに連れられ街に入る。
「ノーヴェさん、一体何を見せたんですか?」
「別に大したものじゃないさ。それより見てみな。これがハルメラさ」
あの守衛さんの対応からしてどう考えても大したものじゃない訳ないと思うのだか……ノーヴェさんに聞いても答えてくれなさそうだから諦めて視線を前に向ける。
するとそこには沢山の人々がいた。
人間だけじゃなく獣人や竜人等も多い。数は少ないが精霊種や妖精種もいる。さすがに魔族は居なかったが、貿易都市の名に恥じない栄えっぷりだった。
「凄い……たくさん人がいます」
もちろん東京に比べたら少ない。だがこの世界に来てからこんなに多くの人を見たのは初めてだ。
「ルークの冒険者登録を済ませたいところだけど……今日は休もうか。体も洗いたいし」
俺はノーヴェさんの意見に頷く。一応ハルメラに着く前にいくつか村はあり、そこで汚れを洗い流すことは出来たが、以前は毎日風呂に入っていた俺にはきついものがある。匂いは魔法で抑えられる(ノーヴェさんに言わせればこんなことに普通魔法は使わないらしい)が、気持ち悪いのに変わりはない。
川や湖を見るたびに何度水浴びをしたくなったことか。だがそれをするのは躊躇われた。ノーヴェさんに女の子だとばれるのを防ぐため、というより人に見られる可能性があるところで裸になりたくない、という気持ちが大きかった。道添晴樹だったときは別になんとも思わなかったのだが……ルークになって心も女の子になっていってしまっているのだろうか。
そんな嫌な推測を頭を振って振り払い、ノーヴェさんについていく。ノーヴェさんは何度もこの街に来たことがあるのだろう。迷わず歩いていく。
しばらくしてやや大きめの建物の前で止まる。
大きな看板に「宿屋 クリストファー」と書かれている。
ここが目的地だっだらしく、ノーヴェさんは「アタシはいつもこの宿に止まるんだ」と言って入っていった。
宿代をノーヴェさんが払い、それぞれ案内された部屋に荷物を置く。
ノーヴェさんは早速風呂に行った。俺は女の子モード(いつものローブで帽子なし)になり……宿を出た。
ふふふ、俺は学習したんだ!ノーヴェさんと同じ風呂に入る必要はない。ばれないように他のところにいけばいいんだ!
風呂代はいざというときのためにとあらかじめいくらかお金を貰ってる(というより持たされた)ため問題ない。あとはいい銭湯を見つければいい。幸い宿に着くまでに何件か銭湯があったからすぐ見つかるだろう。
そんな思いでこの世界で初めて一人で街にでかけたのだった。
◇
そして、三分で後悔した。
いきなり五人のチャラいたちに絡まれた。というかナンパされた。
「君かわいいねぇ」
「名前なんてゆーの?」
「俺たちと遊び行かない?」
「すいません。そうゆうの興味ないんで」
「こう見えても俺ら中々に凄腕の冒険者なんだよ」
「いや、本当にいいんで」
「そんなこと言わずにさぁ、一緒に楽しもうよ。街を案内してあげるよ」
忘れてた……!こういうのを防ぐために男装してたのに……!
つーかこいつらしつこい!うざい!断ってんだから諦めろよ!
だがそんな俺の考えも知らずに馬鹿共は諦めず絡んでくる。俺を逃がさないように取り囲んで。
ルークの身体能力は女の子になってしまったせいか高くない。とてもじゃないが強引に通り抜けることはできない。
あ~いらいらする。こいつらまとめてラグナロクで消し去ってやろうか。
そんな物騒なことを考え出したとき、救いの手が差し伸べられた。
誰にかといえば男達に、ということになるだろう。もうすこし遅ければラグナロクはともかく、ファイアくらいは撃っていたかもしれない。
「おまえら、嫌がっている女の子一人を男五人で囲んで何してんだ。恥ずかしくないのか」
救いの主は中年の、背の高く引き締まった身体をした渋カッコいいおじさん。はぁ、とため息をつきながら男達を諌める。
「うっせぇ!てめえには関係無いだろ!」
だが馬鹿な男共は救いの主に感謝するどころか殴りかかるという愚行に出た。
……その救いの主が腰に双振りの剣を提げているのにも関わらず。
それはものの一分で終わった。いや、もっと速かったかもしれない。
おじさんは剣を一本だけ構え、あっという間に馬鹿共を叩きのめした。
最初に殴りかかってきた男のパンチをかわしてカウンター気味に腹に剣を片手で叩きつける。そのままの勢いで空いている手を二人目の腕に伸ばし、掴んで投げ飛ばす。
その後同時にそれぞれの武器を構え襲い掛かってきた三人のうちの一人の足を刈りバランスを崩し、更に背中を蹴って二人に突っ込ませる。三人が絡み合っている隙に剣を振るって意識を刈り取る。
あまりにも鮮やか過ぎる早業だった。
おもいっきり剣を振るっていたが男達の体どころか服も切れてない。しかしかなりの痛みを与えたのだろう。意識のある奴はのたうち回っている。
「本当に馬鹿ねあんた達。ロナルドに喧嘩を売るなんて」
「エイミィ、見てたのか」
おじさんに一人の少女が話かける。お互いの名前を知っているし知り合いなのだろう。
エイミィと呼ばれた少女はルークよりも背が低く、顔立ちも幼い。その容姿は今から将来が非常に楽しみだ。いや、一部の人は今が旬、と言うだろうが。
そしてなにより──
(猫耳だ!猫しっぽだ!猫娘だ!)
そう、彼女の頭には可愛らしい藍色の猫耳があり、同じ色のしっぽも生えている。
いわゆる獣人の猫族だ。
「あんた達程度の腕で敵うわけないでしょ。体さばきとかで理解しなさいよ……あ、それも出来ないほどあんた達の実力が低いってことか」
猫耳っ娘、エイミィちゃんは挑発するような、馬鹿にするような口調で腕を組みながら男達を貶す。
それにキレたのか意識が残っていた一人の男が立ち上がり、彼女に向け剣を降り下ろした。
俺は彼女が殺されるかと思いとっさに魔法を撃とうとして、すぐそれが必要ないと理解させられる。
彼女は腕を組んだままあっさりと避け、男の股間を蹴りあげた。
「ギャアー!」
男は絶叫し、股間を押さえて転げ回る。うわあ、あれは痛い。男だったから分かる。少しあいつが可哀想に思えてきた。
男は仲間を起こし、「覚えてお……やっぱ忘れて下さい!」と言って逃げて行った。片手で股間を押さえたまま。
「あいつら、ホント馬鹿でダサいわね。それはそうとロナルド、あんた甘過ぎ。あんな馬鹿を気遣って剣の腹で殴るだけで刃を向けないって、どういうことよ。一人くらい腕切り落とせば良かったじゃない」
「いや、いくらなんでもそれはやり過ぎだろう。エイミィは過激すぎる」
どうやらロナルドさんはなるべく相手を傷付けないようにしていたらしい。だから彼らに切り傷があまり無かったのか。
っていうかエイミィちゃんが可愛い顔して怖すぎる。
「それより君、大丈夫か?怪我は無いか?」
ロナルドさんが俺の方を向いて聞いてきた。
助けてお礼をさせるような人もいるがこの人はそうじゃないと思った。
エイミィちゃんみたいな娘と一緒にいて、信頼されているような人だ。悪い人じゃ無いだろう。悪くてもせいぜい変態程度だと思う。俺には被害は及ばない。
だから素直に頭を下げ、お礼を言うことにした。
「困っていたところを助けていただき、本当にありがとうございました」
名一杯の笑顔でそう言う。するとロナルドさんだけじゃなくエイミィちゃんも顔を赤くした。騒ぎに集まってきた周りの人々も顔を赤くして「ほぅ……」とため息をつき、エイミィちゃんは「ナンパするやつの気持ちも分かる気がするわ……」と呟いていた。
しまった、またもやルークの容姿を忘れていた。注目を浴びて恥ずかしくなり、走って「宿屋 クリストファー」に戻る。
その後、仕方なく入った宿屋の風呂でノーヴェさんに遭遇してしまったのは言うまでもない。




