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接触事故

その日は雨がふっていた。とても激しい雨だ。車のワイパーをハイスピードにしても前が良く見えない。

 私は夜中に彼のアパートへと急いでいた。いつもの事なのだが、彼は酔っ払って

「会いたい! 会いに来てくれなかったら死ぬ!」

 電話口で叫んで切れた。毎回… 行ったところで、酔っ払って眠ってしまった彼を介抱して帰る… そのパターンだ。

 いつも思う。

『このまま、放っておいたら…』

 けど、いつ彼が『オオカミ少年』になるとは限らない。その不安感で私は車を走らせる。

ドンッ!!

 車の左側で何か鈍い音がした。何かにぶつかったみたいだ。私は急いで車を止めた。

「何? 何がおこったの? まさか…」

 私は、不安にかられながら車を降りた。街灯の少ない道。あたりはほぼ真っ暗な状態。  私は車を止めたところから

「大丈夫ですか?」

 と声をかけながら傘もささずに何か黒い物体のあるほうへ走った。するとそこには一匹の白いネコが、体をピクピクさせながら横たわっていた。

「ネ… ネコ?」

 私はおそるおそる近づいていった。私が近づくにつれて、ネコの体はだんだんと動かなくなっていった。

 私はそのネコの首下をつまみあげた。

「なんで、こんな夜中に車道へ出るのよ!」

 私はネコに向かって怒鳴っていた。彼へのイライラも加わっていたのだと思う。するとそのネコは、くたっとしていた顔をあげ、カッと両目を開き

「ニャー!」

 と鳴き声をあげた。

「きゃぁぁ!!」

 私は思わずネコを放り投げていた。白いネコはそのまま暗闇へ吸い込まれていった。

「まったく、なんでこんな…」

 ずぶぬれになりながら、私は振り返りもせず車へ戻った。早く彼のところへいかなければならない。ネコなんてどこにでもいる。一匹はねたぐらいで、罪にはならない。

「それよりも、手に負えないのはアイツよ。早く行かないと何をするか…」

 私は、そのまま車を発進させた。


 やっとのことで私は彼のアパートへ到着した。見上げると彼の部屋の明かりはまだついている。バッグの中にマナーモードにしていた携帯を見てみると、案の定彼からの着信が何十回も入っていた。

「いい加減にしてよね」

 まだ生きている。最後の着信は一分前だ。私は車から降り、傘をさしてゆっくりと彼のアパートの階段へ向かった。

 するとそこには一人の少女が何かを抱えて座っていた。階段の明かりに照らされて、そこにだけスポットライトがあたっているようだった。少女はちょうど、階段の真ん中に座っている。まるで私を彼のところへと行かせないようにしているみたいだ。

『邪魔なんだけどなぁ…』と私は思ったが口には出さない。

「ねぇお嬢ちゃん、ちょっとどいてくれないかな? 私、二階へ行きたいの」

 私の精一杯の優しい言葉に少女は何の反応も示さなかった。トタン張りの階段の屋根に打ちつける雨が、私の声をかき消しているのだろうか?

「ねぇそこをどいてくれないかな?」

 私はもう一度言ってみた。やっと少女は顔をあげた。上目づかいで私を見ているその顔は、泣いているようにも見えた。けれど、私はこの少女にかまっているヒマなどない。ひとまずは、彼のところへ行かなければならない。

 けれど少女は、私を見たまま動こうとはしない。少女の頬に伝わっているのは、涙なのか? 雨なのか? 

「… はぁ、もう一度言うわね。そこをどいてちょうだい」

 今度の私の声はイラついていた。けれど、少女は動かない。

「ニャァー」

 どこからともなくネコの鳴き声が聞こえた。私はなぜか、背筋に冷たいものが走るのを感じた。あのネコ…? まさか、雨粒が背中に入っただけよ。

「ニャァー」

 またネコの鳴き声がした。私は辺りを見回した。けれど今の時間、ほとんどの家が寝静まっている。灯りはない。暗闇が広がっている。私は、ゆっくりと視線を少女に戻した。

 少女が抱いていたモノは、白いネコだった。そのネコも私を見ている。

「な、なによ。私に何か用事が… 言いたいことでもあるの?」

 私は震える声を抑えながら言った。返事は少女の代わりに

「ニャァー」

 とネコが鳴いた。まさか、本当にさっきのネコなのだろうか? いや、違う。あのネコは死んでしまったか、あの辺りで倒れているはずだ。もし、この少女があのネコを拾い上げここへ連れてきたとしても、車の私を追い越せるわけがない。

「ど、どきなさいよ!」

 私は思わず大声で怒鳴った。

 少女もネコもまだ動こうとはしない。

 その時、バッグの中で何かが動いている気配を感じた。彼からの電話だ! 

 早く行かないと… 

 私は焦っていた。

「どきなさいったら! 聞こえないの!!」

 私は傘をたたみ、ずぶぬれになりながら少女に顔を近づけて怒鳴った。

 雨がいっそう激しくふりだした。

 少女とネコはまだ動こうとはしない。我慢の限界にきた私は、強引に少女の横を通りぬけようとした。

 すると、スッと少女は立ち上がり私に道を明け渡した。

「えっ!?」

 私が横に並んだ少女の顔を見ると同時に、なにか黒いモノが、私と少女の間を割って入り、私はそのまま後ろへと倒れていった。

 何? 何が起こったの?

 なぜか左側のお腹の辺りが痛い…?

 よく見てみると、彼が私の横に立っていたる。そして、なぜかその手には包丁が握られている。彼は私めがけて、包丁を振り下ろした。今度は胸の辺りが痛い…

 それから彼は、何か私に言って、自分の首を同じ包丁でかき切り、私の横へ倒れこんだ。空からは冷たい雨が降ってくる。

 ドクン、ドクン… 

と心臓の鼓動が体中に響きわたる。

 少女とネコが私をじっと見下ろしている。

「あ…」

 私は少女に助けを求めようと手を伸ばしたが、そこで力尽きた。

「接触事故だって、ちゃんと対応しないとね。人間だって、動物だって同じ生き者なのだから」

 少女はそう言って、私のバッグの中から白い携帯をとりだし留守電の再生ボタンを押した。

『お前を殺して、俺も死ぬ!!』

 彼の声が、雨音に消されていく。

 少女は黒いネコを抱いて、暗闇へ消えていった。


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