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機種変更

「あっ、機種変したんだ」


 会社に行くと、俺の持っていた携帯を見つけて、女子社員が話しかけてきた。


「そうだよ、最新機種に変えたんだ」


「すごーい、見せて」


 俺は、毎回携帯の最新機種が出るたびに機種変更をしている。だから、女子社員にはモテモテだ。


「ねぇ、これってどんな機能がついているの?」


「えっと、これは……」


 昨夜、必死で覚えたパンフレットの内容を得意げに話してやった。

 女子社員は口をそろえて


「すごーい! かわいい! かっこいい!」


 と繰り返している。毎回の事なのだが、この女子社員のある種の羨望のまなざしが俺にとっての生きがいだ。


「仕事もそれぐらいパッパッとこなしてくれたらな……」


 遠くでうらやましそうに男子社員が言っている。

 へっ! 遠巻きで見ていろ! 悔しかったらお前らもやってみろってんだ!

 これは俺自信の勲章だ。


「そんなに、コロコロ変えて楽しい?」


 誰かが俺に声をかけた。振り返ると一人の少女がそこに立っていた。


「誰だ?」


 少女はニコッと笑って姿が消えた。

 目の錯覚だろうか?

 けれどこの耳には、はっきりと少女の声が残っている。

 しかし声の主はいない。

 それに少女の言っていた言葉の意味もよくわからない。

 コロコロ変えてって…… って、俺には何のことなのかわからなかった。


「まぁ、いいか……」


 俺はその日の仕事を終えて、昨日とは別の携帯ショップに行った。

 もちろん俺は、すべての携帯会社の最新機種を持っている。

 今日は、昨日とは別の会社から出ている最新機種を見に来たのだ。

 店内は仕事帰りのサラリーマンや学生などで少しざわついていた。

 が…

 ショップの店長は俺の姿を見つけると、接客を一旦中断して俺のところへやってきた。


「申し訳ございません。店内が少々込み合っておりまして……」


 愛想笑いを浮かべ謝ってきた。

 当然だ、俺はお得意様なのだ。上得意様なのだ。


「別にかまいませんよ。順番を待っている間に、最新機種を拝見させてもらいますから」


 と俺は言ってやった。店長は、ペコペコ頭を下げて、カウンターへ戻り接客を再会している。

 最新機種のコーナーへ俺は足を運んだ。もちろんネットで下調べは、すべて済ませている。

どのメーカーが、どういった性能のモノを出してきたのか、パンフレットを一応手に取り、並べてある最新機種の前へ立つ。

 この瞬間がたまらない……

 今回も、かなりのラインナップで各メーカーから最新機種が出ている。

 どれが一番目立つだろうか?

 どれが一番性能がよいのだろうか?

 どれが一番注目を集められるだろうか?

 手に取りながら、携帯を眺めているとまた声が聞こえてきた。


「う〜ん。どうしようかなぁ…… どれにすればいいんだろう? 迷っちゃうな……」

 

 聞き覚えのある声。今朝会社で聞いた少女の声だ。

 俺は横を向いた。するとそこには、やはり一人の少女が立っていた。

 俺と同じように片手にパンフレットを持ち、各メーカーから出ている展示用の携帯を持っている。


「あ…… 今使っている携帯も五年の付き合いだしなぁ。特に、これと言って不便はないんだけど……」


 何を言っているんだ? 

 同じ携帯を五年も使っている? 

 バカじゃないか? 

 今この最新機種とは比べ物にならないだろう……


「そうだよね。比べるほうがおかしいよね。特に壊れたわけじゃないし、不便もないし…… けど、やっぱり機種変した方がいいのかな?」

 

 この女は俺に話しかけているのか? 

 だったら言ってやろう。


「ねぇ君。同じ携帯を五年も使っているのってヤバくない?」


 優しい俺は声をかけてやった。


「えっ? そうかな? やっぱりヤバイかな?」


「すっごいヤバイよ。五年っていったら、もう昔も昔、大昔だよ。今の携帯に変えてごらん。もう目が覚めるぐらいビックリするから」


 俺の演説が始まった。少女はじっと俺の目を見ながら真剣に聞いているようだ。


「だからさ、今回は防水なんだよ。五年も前だったら防水なんて考えられなかっただろう?少しでも水に濡れたら、ハイ、お・し・ま・い! けど、今回は違うんだ」


「で、おじさんは新しい機種が出てきたら、携帯を変えているの?」


「そりゃそうだよ。新しい機種が出るたびに、チェックして変えている。出るたびに機能が追加されて、使い心地が違うからね」


「じゃあ、古くなった携帯は?」


「使い道がないじゃないか。もちろん、すぐに捨てているよ」


「その携帯の中身をちゃんと使いこなせないうちに?」


 少女の目の色が変わった。


「いいや、ちゃんと使いこなせているさ。基本的には全部同じだから、新しく追加された部分だけ使いこなせるようになれば充分だろう?」


 俺の心の中で今までの携帯が思い浮かんできた。俺が携帯を持ち始めて、これでいったい何台目だろう? 

 今までそんな事、気にしていなかったのに、なぜか今回は気にかかる。

 俺は何の為に携帯を持っているんだ?

 毎月毎月の給料のほとんどは携帯代に消えてゆく。

 おかげで俺には、友人と呼べる人間はいない。アドレス帳に入っているのはネットゲームか、会社関係の人間ばかりだ。


「そうだよね。基本的には全部同じだよね。電話ができて、メールができて、ネットが見られる…… 他に何が必要なの?」


 少女が問いかける。


「おじさんが今まで捨ててきた携帯には何が入っていたのかな? 何も入っていなかったの? 外見ばかり気にして、その本質を見ることもせず、本当に、今自分に必要かどうか考えないで、コロコロと携帯をかえる…」


 少女の言葉、一つ一つが胸に突き刺さる。


「今はね、古い携帯もリサイクルができるんだって。おじさんの本当はずっと持っている携帯、全部持ってきたら? あの箱に……」


 少女はショップの端に置いてある小さなリサイクルボックスを指差した。


「おじさんも、おじさん自身もリサイクルしてみたら?」


 少女の言葉はまるで俺自信の事を言っているようだ。

 俺は慌ててショップを飛び出した。

 なぜ飛び出したのかは、よくわからない。けれどなぜか、心の中に不安を感じていた。俺は今の携帯を使いこなせているのか? 

 ちゃんと全部の機能を把握した上で使っているのか? 

 そしてそれが、今の自分に合っているのだろうか? 

 そう考えながら家へ帰った。

 俺は部屋の隅にあるダンボール箱を開けた。そこには百個近い携帯がある。これは今まで俺が機種変するたびに捨てていった携帯たちだ。

 捨てたと言ったが、本当は捨て方がよくわからない。燃えるゴミなのか、燃えないゴミなのか…・・・・ 

 それ以前にこれはゴミなのだろうか? 

 そう思いながら、ダンボール箱の携帯を眺めていた。すると、どこからか携帯が鳴る音が聞こえた。

 今使っているモノじゃない。ダンボール箱の中の携帯だ。

 俺は必死になってダンボール箱の底から一台の携帯を取り出した。


「なぜ、電源も入っていないのに… そもそもこの携帯は解約済みのはず……」


 そう思いながら、俺は携帯に出た。すると


「リサイクル、しちゃえば?」


 あの少女の声だ。少女はそれだけ言って電話は切れた。するとその携帯の電源も切れた。

 不気味に思った俺は、明日このダンボール箱を持って会社へ行くことに決めた。リサイクルをすればいいんだ。

 捨ててしまえば…… 

 俺の前からなくなってしまえば、何の問題もない。

 次の日、会社へ行くと、また女子社員が俺のそばへ寄ってきた。


「どうしたんですか、その箱?」


「ああ、古い携帯をリサイクルへ出そうと思ってね」


「へぇ、そうなんですか? リサイクルなんて、社会に貢献してますね。それにしてもすごい数ですね。まるで今の日本の総理大臣みたい…… それじゃぁ今までは使い捨て?」


 その女子社員はニッコリと笑って俺の横を通りすぎていった。他の社員達も遠巻きで俺を見ている。

 なにがそんなに珍しいのだ?

 やっとのことで、俺は自分の席へ座った。すると課長が俺を会議室へ呼び出した。

 なんだろう?


「キミは…… クビだよ。1ヶ月後には退職してもらうから」


 突然、課長はそう言った。


「は? なんで俺…… いや僕が?」


「リストラだよ。リ・ス・ト・ラ。会社がキミを必要ないと決めたんだ。残念だね」


「そんな…… 会社に僕の何が判るって言うんですか? まだまだこれからじゃないですか! まだ僕は入社して一年たったばかりですよ?」


「そう言われてもなぁ、決まった事だし…… 一ヶ月後には最新機種…… いや、新人も入ってくるからな。まっ、そう言うことだ。この一ヶ月で残務整理と引継ぎをしておいてくれ」


 課長はそれだけ言って、俺を会議室の外へ出した。

 俺はトボトボと自分の席に戻った。そこにはリサイクルの為に持ってきた携帯たちがいる。

 他の社員たちが勝手に箱を開けて中を見ていた。


「なぁ、この箱の中身って、もういらないものなんだろう? だったらこの携帯、俺にくれよ。前から欲しかった機種なんだ」


「あ! 私もこの色が欲しかったの」


 社員達は楽しそうに箱の中を見ている。

 俺は何も答えずにその横を通り過ぎた。


「言ってみれば、この携帯たちってアイツにリストラされたみたいなもんだよな?」


 誰かの声が耳に響く……

 リストラ…… 

 この俺が……

 俺はいつの間にか屋上へ来ていた。

 風が強く吹いている。


「人間も基本は同じ。ただ一人ひとり個性と言う新しい機能がついている。それを使いこなせずにいる自分を棚に上げて笑っているから、いつかそれが自分へ返ってくる。取り替えるのは簡単。けどね、それを使いこなすのが人間…」


 少女の声が聞こえる。

 そして俺のなぜかポケットに一番初めに買った白い携帯が入っていた。

 少女はその携帯を俺から取り上げ


「もう、あなたには必要ないモノだよね。これは私がもらっておくよ……」と言い、ポンッと俺の背中を押した。

 

 俺はまるでショップのリサイクルボックスに投げ込まれたかのように、屋上からビルの谷間に落ちていった。


「さぁて、あなたにはリサイクルできる部品があるのかしら?」


 少女は、そう言って消えていった。

 ああ、俺は臓器提供カードを持っていなかったなぁ……


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