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自分勝手

「ねぇはやく! はやく行きましょうよ」

 彼女は僕の腕をつかんで引っ張っている。僕はその手にひかれながら苦笑いを浮かべ歩いている。

 僕らは一緒に住むアパートを探していた。かなり前から探しているのだけれど、なかなか条件の合うところが見つからずにいた。

「もう、自分勝手なんだから」

 これが最近彼女の口癖になりつつある。僕としてはそんなに注文を付けているわけではないのだけれど彼女の譲れない条件と、僕の譲れない条件がなかなかかみ合わない。まったくお互いに自分勝手なのだからな。しかし、今日は僕らお互いの条件にあてはまるアパートが見つかった。それを見に行く途中なのだ。なんて僕らは運がいいのだろう。

「たしか、南向きの角部屋で、3LDKで…」

 彼女は自分の条件ばかりを口にしている。僕は苦笑い浮かべながら

「あの角を曲がるとすぐのアパートだよ」手にした地図を見ながら言った。

「ね、早く!早く!」

 彼女は僕の手を引いて走り出した。僕も笑いながら彼女のあとを追って、あの角を曲がった途端に目の前が真っ暗になり、低い車の重低音と彼女の高い叫び声が耳を突き刺した。

「あ、危ないなぁ」

 彼女の声に僕は目の前をトラックが一台通り過ぎて行ったのに気がついた。

「こんな狭い道をあんなスピードで通らなくても、ほかに道があるでしょうに… 自分勝手なんだから」

 彼女は少し困った顔をしている。

「大丈夫だよ。気を取り直して早く行こう。じゃないと大家さんがしびれを切らしてほかの人に部屋を紹介してしまうかもしれないよ」

 僕はそう言って彼女をアパートのほうへ連れて行った。

 僕らはそのアパートを一目見て気に入った。

「ここは掘り出し物ですよ。日当たりは良いし、駅からは近し、買い物に便利な商店街もすぐそばにありますからね」

 目当ての部屋を案内してくれる大家はニコニコ顔でそう言った。南向きのベランダに出た彼女は

「景色がいいわね。緑も多いし… あら?救急車?」そう言って僕をベランダのほうに呼んだ。

「どこに?」

「ほら、あの角の所…」

 彼女の指差すほうを僕は見たが、何も見えなかった。

「気のせいじゃない? 何も見えないよ。それよりどうするの? ここに決める?」

 僕の言葉に彼女は満面の笑みを浮かべて頷いた。

 僕たちはすぐに引っ越しを決めた。お互いのアパートが更新時期に来ていて、ちょうど引っ越しの閑散期に当たっていてとても安く引っ越しをすることができた。同じアパートの人たちはとても優しく、色々と僕らの世話を焼いてくれた。彼女もすぐに友達ができて毎日機嫌よく笑っている。けれど、ある日アパートに帰ると彼女は怪訝そうな顔をして僕を迎えた。

「どうしたの? なにかあった?」

 僕が聞いても最初のうちは「ううん、なんでもない。きっと気のせいだわ」と笑っていた。しかしそれから数日が過ぎたころ、彼女は夜中に寝ている僕を起こした。

「起きてよ、ねぇ、起きてよ」

 激しく僕の体を揺さぶり、彼女は僕を夢の世界から引き戻した。

「なにか聞こえるのよ」

 彼女の震える肩を抱き寄せて、あくびをしながら耳を澄ましてみたが、なにも聞こえなかった。

「何も聞こえないよ」

 そう彼女に伝えたが納得のいかない顔をしている。

「気のせいだよ。疲れているんだよ」

 僕は彼女をなだめて眠った。まだ納得をしていない彼女だったがその日はおとなしく眠ってくれた。けれど彼女の幻聴はおさまらなかった。日に日に強くなってくるらしい。けれど僕には何も聞こえない。

「聞こえるのよ! 誰かの話し声が聞こえるの!!」

 彼女は発狂しそうな勢いで僕に訴えてくる。

「落ちつけよ。隣の人の声じゃないか?見た目より壁が薄かったんだよ。こうゆうのって生活してみないとわからないものだよね」

 僕は苦笑いを浮かべながら言った。

「違うわ! 隣にはまだ誰も住んでいないもの。気のせいなんかじゃないわ、ほら、今もまた!!」

 彼女がそう叫んだと同時に僕の耳にも何か”声”が聞こえた。けれど僕はその”声”を頭の中で打ち消した。

「何も聞こえないよ。気のせいだよ…」

 その言葉は彼女に言ったわけではない。自分自身に言っていた。

 その日から僕の耳にも、たぶん彼女にも聞こえているだろう”声”が聞こえてきた。それは日に日にはっきりとしてきているように思えた。それに”声”だけでは収まらなくなってきた。食器が動いていたり、テレビが勝手についたり、窓を開けていたのにいつの間にかしまっていたり…

「… なにかあるとは思ったのよ。こんなに条件がいいのに家賃は普通の半分以下。けどここに住むのは私たちが初めてだなんて… なにかあるとは思ったのよ。きっと前に住んでいた人が、自殺したとか… もしかして、殺人事件があった…」

 彼女の精神はほぼ限界にきているようだ。そして僕らの耳にその”声”は『ねぇ…』と女の呼ぶ声が聞こえてきた。僕は思わず彼女を見た。彼女にもはっきり聞こえたらしく

「やっぱり、なにかいるのよ!!!」

 次に聞こえてきたのは誰かの歩く足音。そして子供の声。僕たちのほかにも誰かがこの部屋にいる! 

僕たちは部屋を飛び出し大家のいる部屋の戸を叩いた。

「大家さん!!」

 中から大家が困り顔を浮かべて出てきた。

「どうしたんですか? なにかあったのですか?」

「いったいなんて部屋を貸してくれたんだ、あの部屋には何かいるんじゃないか!?」

「はぁ?」

 大家は頭をかきながら僕らから視線をそらしている。

「とにかく! あの部屋は返します! 僕らは出ていきますので!」

 僕の怒鳴り声に大家は少し厳しい顔をして言った。

「… 出て行ってもいいですけど、ほかに住むところがあるのですか?」

「住むところぐらい、いくらでもありますよ。こんな得体のしれないモノと一緒にすむなんて御免こうむります!!!」

 僕の怒鳴り声の返事に大家は深いため息をついた。

「ひとまず部屋に行きましょう」

 大家は騒ぐ僕らを引き連れてひとまず僕らの住んでいた部屋にいった。部屋に到着するとそこは何事もなかったかのように静まりかえっていた。

「確かになにか聞こえたのよ」

 彼女は僕の後ろから大家に向かって言った。

「そうですか」

 大家は少し呆れ声で言った。と同時にまた女の声が聞こえてきた。

『おーい』

「ほら! 聞こえた!」彼女が叫んだ。すると

『聞こえたわ…』女の声がそう返事をした。

 彼女はびっくりして僕を見た。僕は大家を見た。

「あああ… まったく自分勝手なのだから人間ってやつは…」

 大家はそういって僕たちを見返した。

「自分たちのほうが死んでいるくせに、生きている人間を怖がるなんて自分勝手ですよね」

「生きている人間…?」

「そうですよ。見ていたじゃないですか、自分たちが救急車で運ばれているのを。それで来たのでしょう? この幽霊アパートへ」

 大家の姿がだんだん薄くなっていく。

「ここから出て行ってもかまいませんが、浮遊霊になっても知りませんよ。あれは結構厄介でしてね。家を持っていないから、天国も呼び出しに苦労しているみたいですし。まぁ、自分勝手にならずよく考えてくださいね。こちらの世界もけっこう住宅難でしてね…」

 大家の姿は消え、僕らは暗闇に取り残された…



まとめました

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