悲劇の夜(タルトス暦3598年)
集落が燃えている。
アストは木陰に隠れながら、家を呑み込む赤黒い炎を、ただただ凝視していた。
腕の中で息絶えた妹を抱え、どうしてこうなったのかと自問自答する。
原因は分かっていた。集落に訪れた旅人が珍しくて、教えてはいけない集落の秘密を伝えてしまったからだ。
父が魔憑き狩りに抵抗し殺され、母がアストと妹のシシアを逃がすため囮になり、隣人のおばさんが惨殺され、近所の兄ちゃんが敗れ去り、妹の胸に銃弾が命中したのも、すべてが全部アストの軽率な行動が招いた結果だった。
十歳のアストには、話し上手で陽気な旅人が、魔憑き狩りだなんて、分かるわけもなく、そんなアストから言葉巧みに、集落の人間が魔憑きだという秘密を聞き出した旅人は、狡猾な人間だったのだと、手遅れになった今では、そう思う。
守り神の森に逃げ込んだアストは、息をしていない妹に絶望を感じながら、それでも一縷の希望を胸に、森の祠までやってきた。
祠の前に妹を横たわらせ、祈りの姿勢をとったアストは、全身全霊をかけて集落の神、いるかどうかも分からない存在に願う。
「僕の命を捧げます! どうか、どうか妹のシシアをお救いくださいっ! まだ、まだ八年しか生きてない妹です。集落で最年少の妹なんです! 多くは望みません。ですが、妹だけでもせめて!」
涙で視界が曇り、地面に擦り付けた額から血が滲むのにも構わず祈り続ける。
そして神はアストの願いに応えた。
それは神ではなく悪魔であったが、魔憑きのアストにはどうでもいいことで。
アストは妹を生き返らせて貰う代わりに、自身の名を捨て、悪魔の従者、魂狩りという存在になったのである。