片道二時間かかる王都に恋人が引っ越してしまった。会いに行くには遠すぎる
彼女が王都の学園に進学してから三か月が経った。
もうすぐ長期休暇なので会いに行きたいが、ここから王都までは馬車で二時間かかる。
遠すぎる。
馬車で二時間なら行けよ、というのは少し前なら正論だった。
が、今ではかなり難しい。
馬の間で伝染病が広がり、各地の馬が大きく減ったのだ。
馬車で二時間しかかからない? その馬車すらないのだ。
馬はもうほとんどいない。
もはや馬車を引くのは太鼓の竜がメインとなった。
太古の竜なら良かったのに。
残念ながら、太古ではなく、太鼓の竜ドラムドラゴンであった。
太鼓の竜は魔物である。
ツノが光ったタイミングに合わせて背中をバチで叩くことで操縦が可能な魔物である。
なんて馬車向きの生き物なんだ。
言葉を理解しているので、目的地を告げれば勝手に走っていく。
なんて馬車向きの生き物なんだ。
背中をバチで叩くだけなら普通の馬車より腕が疲れるだけだ、問題はない、と思うだろう。
そうは問屋が卸さない。
太鼓の竜の最悪の特徴は、空間魔法を使うことだ。
目的地までのツノの光り方は決まっており、決められたとおりに叩かないと機嫌を損ね、出発地点に戻される。
ワンミスした時点でアウトである。
野生に生きていた太鼓の竜がどうやって暮らしていたのかわからない。
ともかく、パンデミック後に起きたのは、世界の音ゲー化である。
音ゲーというのが何かはわからない(当代の勇者様が命名した)が、なんとなくふさわしい響きの言葉である。
ちなみに、竜馬車に乗らずに歩いて王都に行くのはおすすめできない。
うちの町のアホ冒険者がボス猿に喧嘩を売ったばかりなので、猿の魔物が次々にウンコを投げつけてくる。
端的に言って地獄である。
恋人に会いに行くのにウンコまみれでは格好がつかない。
ちなみにアホ冒険者は住民たちによって毎日肥溜めにぶち込まれている。
猿の怒りが収まるまでは一年は見た方がいい。
太鼓の竜は猿よりかなり強いので、馬車に乗っている限りは襲われることはない。
そういうわけで、音ゲーが強い人間と、そのおこぼれに与れる人間だけが馬車に乗れ、王都に向かえるのだ。
ここは王都の北の山側に砦をかねて作られた町であり、馬車で二時間あれば王都と行き来できるからと、中継地点など設置されていない。
太鼓の竜を二時間叩き続けられるような、免許皆伝の御者も配置されていない。
そもそもパンデミック前には需要がなくてそんな御者はほとんどいない。
だから、俺たちは王都に行くには、二時間先の恋人に会うためには究極の二択を迫られる。
自力で二時間のフルコンボを行うか、ウンコか。
決意を固めた俺は、朝の日が昇り始めた時間に町を出ることにした。
まぶしい朝日に目を細めながら、太鼓の竜に告げる。
「王都へ」
「難易度ヲ選ンデクラダイ。“普通”ナラ二時間、“難”ナラ一時間、“地獄”ナラ5分デス」
今しゃべったか?
「5分で行けるなら“地獄”で」
「始メマス。ケヒャーーーー! 地獄の始まりだゼぇぇええええエエエエエエ」
始まったか。
ピカッ。
ツノが光る。
叩く。
一歩で100メートル進む。
ピカッ。ピカッ。ピカッ。
叩く。叩く。叩く。
300メートル進む。
すげぇ。速すぎる。
ピカッピピピピカッピピピピピピピ、キュイ。キュイキュイ。キュイキュイーン。
叩……、点滅早くない?
待って、キュイって何? 何をどうすんの?
脇をこする? こう?
ピピピピカッピピピ、キュイ、ピピピピカッピピピ、キュイキュイ、ピピピピピピピ、キュイ、ピピカッ、ピピカッピピピピピピピ。ピピカッピピピピピピピ。ピピカッピピピピピピピキュイキュイキュイキュイーンピピカッ、ピピカッピピピピピピピ。
早……叩……こす……
無理!! 5分を叩く無事で!? 出来る!?
否……死……
BPM280で始まった連打に耐えきれず、俺はフルコンボに失敗した。
「ミスッテンジャネーヨ。終了デス。戻リマス」
開始地点に戻った俺は、諦めることにした。
「“普通”でお願いします」
「“地獄”ヲ選ンダ場合、変エラレマセン。逃ゲラレマセン。地獄ナノデ」
嘘だろ。
「始メマス。ケヒャーーーー! 地獄の始まりだゼぇぇええええエエエエエエ」
それは毎回言うんだ。
ピカッ。
ピカッ。ピカッ。ピカッ。
ピカッピピピピカッピピピピピピピ、キュイ。キュイキュイ。キュイキュイーン。
ピピピピカッピピピ、キュイ、ピピピピカッピピピ、キュイキュイ、ピピピピピピピ、キュイ、ピピカッ、ピピカッピピピピピピピ。ピピカッピピピピピピピ。ピピカッピピピピピピピキュイキュイキュイキュイーンピピカッ、ピピカッピピピピピピピ。
いや、無理だが。
「サッキヨリハ良カッタゼ。終了デス。戻リマス」
「始メマス。ケヒャーーーー! 地獄の始まりだゼぇぇええええエエエエエエ」
「終了デス。戻リマス」
「始メマス。ケヒャーーーー! 地獄の始まりだゼぇぇええええエエエエエエ」
「始メマス。ケヒャーーーー! 地獄の始まりだゼぇぇええええエエエエエエ」
「始メマス。ケヒャーーーー! 地獄の始まりだゼぇぇええええエエエエエエ」
「始メマス。ケヒャーーーー! 地獄の始まりだゼぇぇええええエエエエエエ」
やり直しが1000回を超えたころ、俺は異変に気がついた。
まだ日が昇り切っていない。
というか朝日が目に染みる。
これ時間も戻ってないか?
良かった、太鼓の竜に失敗して死ぬことはないんだね。
……先に精神が死にそう。
「始メマス。ケヒャーーーー! 地獄の始まりだゼぇぇええええエエエエエエ」
ケヒャーーーー!
こうして俺は主観で20年の歳月を費やしたのち、無事に王都にたどり着いた。
馬車で二時間の王都は遠かった。
実際は5分らしいが。
精神修行の結果、20年ぶり、いや3か月ぶりに会った恋人からは、大人っぽくなったね、と好評である。
「太鼓の竜を操縦できるようになったんだってね。今度海に連れて行ってよ」
なお、王都から海へは馬車で三時間かかる。
ケヒャァァァアーーー!
了