これからの人生は
フィニアンの両親の知り合い、ブラウンさんが出て来ます。何やら様子が…??
私がフィニアン・ハワードになってから三日が経った。体の径我はとっくに全快で、頭の包帯も取れた。
「学校、何処にしようかしら~」
三人で使うにはスペースが有り余る程に広いリビングには、真ん中にローテーブルと大小のソファーが一つずつある。大きい方のソファーは三人は余裕で座れそうだというのに、カリナさん__母は私を膝の上に乗せて抱き抱えて端に腰掛けている。肩に顎を乗せられて、少しくすぐったい。ベンジャミンさん__父は三人分のホットミルクを前のテーブルに置いて、反対に座る。休日の午後というまったりした時時間に飲むホットミルクは格別だ。
「お母さんの母校のアストラリア芸術学院にする?有名な音楽家や芸術家が通っていたの。お母さんもヴァイオリンでコンクールに出たことあるの」
「いやいや、アストラリアは芸術家肌の変人備いだぞ。かなり奇天烈な事言って来る奴もいる、フィニには合わないんじゃないか?」
父はやれやれといった態度で苦言を呈した。母は微笑んだ顔のまま父を見るが、その目は全く笑っておらず、底知れぬ怒気を含んでいる様だ。見なかった事にしよう。
「それよかヴァルヘイム競技学院の方が絶対良いって、世界大会に出場するのアスリートを育成する最高峰の学校だ!お父さんも昔格闘術の大会に出ては、自分よりも大柄な奴に勇猛貢敢に挑んだモンさ」
「そうそうあの時、年下の子に投げ飛ばされて泣いてたっけ」
「なっ…、それは言うなよ!」
自慢話で高くなった父の鼻を、容赦なくへし折る母。その様子に思わずクスッと笑ってしまった。テーブルには色々な学校のパンフレットが散らばっている。その中で、アストラリア芸術学院、ヴァルヘイム競技学院、オルフェニア学術学院とパンフレットは別段分厚い冊子となっている。それもその筈、この3つの学院はここカリダール帝国に於いて五本指に入る程の名門校だ。その内の2校の卒業生であるうちの父と母は、同じく名門校で上流階級の人達が通う、アルカディア学院の武術と音楽の教員をされている。だからなのか、我が家は区内の中でも一際大きな家だ。私も有難い事に一人部屋を頂いている。
「学校って12歳からなんじゃ…」
「確かにそう推奨されてるけど、厳則で決められている訳じゃなくて色んな年齢の子が通っているのよ。家の仕事を手伝ったり家庭教師に見て貰う子もいるから、遅くから入る子もいるの」
「まあ、適正検査で全分野ハイスコアだった場合、今回の様に早期入学の許可が下りるんだ」
私達は今、今日の午前中に受けて来た適正検査の結果を基に、学校選びをしているのだ。父が私の頭をくしゃっと掻き撫でてくる。此処ノクター十区では、基本区役所で適正検査なる能力検査を行い、その結果を基に学校を選択するのだ。受験者一人に対し採点者が一人付き、勉学、スポーツ、芸術、技能の分野でテストする。しかし絶対ではなく、あくまで適材適所を見極めることが目的である。実際にこの検査を取り入れたことで、特定の分野で秀でた人を早期発見・育成することができ、数々の成功者を輩出出来たとか。私はそんな検査で、全ての分野に於いて優秀な成績を修めることができた。記憶喪失といっても全てを忘れてしまっている訳ではないみたいだ。
「特に勉学と技能とスポーツに関しちゃあ科目のほとんどがフルスコアだ。となるとやっぱり、ヴァルヘイムかオルフェニア辺りじゃないか?」
「何も適正に沿うことないじゃない。例え進みたい分野の適正が無くったって、皆に平等に入学試験を受ける権利があるわ」
「ああ、そうだな」
自分に合った適正に敢えて進まない人は、余程の覚悟と執着があるのだろう。まぁ、私にはどちらも無いので関係ない。自分に合った適正に従うまでだ。
「私は、オルフェニアに行きた__」
「ハワーバさん、ハワードさん居らっしゃいますか?俺です、ブラウンです。」
リンリーン、と家のチャイムが鳴らされた。父が玄関の扉を開なと、そこには癖の付いた黒髪の中年の男性が立っていた。三日前、両親に会いに行った病院で知い合った、血が繋っている方の父の同期であるブラウンさんだ。今日は休日の筈だが、その身に白い軍服を纏い、手には大き目の茶封筒を携えている。軍人に休みという概念は存在していない様だ。
「三日ぶりですね、ブラウンさん。本日はどうされましたたか?」
「休日に押し掛けてすみません。少々、お時間よろしいでしょうか」
「えぇ、構いませんが…」
ブラウンさんの声はいたって平坦だが、その表情は深妙だ。最初に会った頃はもっと気さくな感じだったのに。リビングヘ招かれたブラウンさんは、一人用のソファーに腰掛ける。何やら大人同士の話し合いに子供が居るべきではないだろうと思い、母の膝から下りようとするが、ブラウンさんがそれを静止する。
「フィニアン、君にも聞いて貰わないといけない。君に関することなんだ」
「はあ…、そうですか」
せめて膝に乗ってる状態はかなり気恥ずかしいので、せめて空いている真ん中に座り直そうとするが、がっちりと腰を押さえられて身動きが取れない。振り返れば母の無言の微笑みが返って来るだけだった。そんな私達の様子をただ見ていたブラウンさんは、床に目を伏せてから口を開いた。
「すっかりと馴染んでいるな、本当の親子の様だ。それに良く似ているよ、血は繋がっていないのに」
「本当の子供のように思っています。血の繋りはさして重要ではありませんよ」
"血は繋がっていない"という言葉にいささか物申したくなったが、母が代弁してくれた。声色は聖母そのものであるかの様な優しいものであったが、その内側の奥には棘を持っていた。重い空気が漂う中、今度は顔を上げ、しっかりと目を合わせながらブラウンさんが話し掛けて来た。
「記憶は戻ったか」
「いいえ」
「まだか、本当に思い出す気はあるのか?本当の親に……トーマスとイザベラに申し訳ないと思わないのか!?」
手をわなわなと震えさせ、目をかっぴらいて声を荒げた。本当にこの前会った人と同一人物なのだろうか。私は何を言うべきか考えていると、ずっと黙っていた父が場に似合わぬ優しげな声でそれに応えた。
「ブラウンさん、こんな休日まで働いてさぞお疲れでしょう。暫くお休みになられて下さい、客人用の部屋でよければ貸しますよ。それとも家までお送りしましょうか?」
聖人の様な慈悲深い顔でブラウンさんを労うが、合わせた両手をボきボチと鳴らし始めた。永眠にならない程度に痛めつけられて三日三晩魘されながら眠るか、このまま出て行くかどちらか選べと言っているのだ。私は顔に出さない様にしながらも、心の中では静かに悲鳴を上げていた。父は教員になる前は軍隊の格闘術構師をやっていたため、並の軍人では歯が立たないとまで言われている。父の圧にさすがに怯んだのか、ブラウンさんは再び目を伏せた。
「……俺はただ、思い出して欲しいだけだ。今日は、これを見て欲しくて来た」
来る時に持っていた大き目の茶封筒を開封し、数枚の紙をテーブルに並べた。それぞれ、" ESP診断書"、微兵義務通達書"、そして白い封筒が2枚あった。微兵義務通達書という文字に私と父母は一気に顔を青ざめる。ブラウンさんはそんな私達を一瞥し、一片の封筒に手を添えて話し始めた。
「これは、トーマスがお前に宛てた手紙だ」
私は手渡された封筒を開封し、その中の一枚の紙に書かれた内容を声に出して読んだ。
「"フィニアン、お前にはカリダール帝国に伝わる伝説の英雄の名を授けた。特別な力を持った、唯一神オーミニス様から使命を与えられた戦士なのだ。力を持つ者は、持たぬ者を守らねばならない。どうか父さん達の意思を継いでくれ。"……特別なカ?」
ご大層な名を付けられてしまったものだ。カリダール帝国は別段、宗教国家という訳ではない。よって唯一神オーミニスという偶然も今初めて聞いた。そしてそれ以上に"特別なカ"という言葉が引っ掛かった。ブラウンさんは、今度はESP診断書をズイと前に出して来た。
「ESP検査については知っていますか?」
「……まあ、聞いたこと位はあります」
「うちの区ではもう何十年も実施されてませんし……」
父と母はそれぞれの見解を述べる。ブラウンさんはすっと目を閉じて、静かに話し始めた。
「ESPとは、常人を超越した特別な力です。超能力と呼ぶ人もいます」
ブラウンさんは胸ポケットから手帳を取り出し、その中から一枚の写真を引き抜いて私達に見せた。
「こっ、これ!私…?」
そこには私が映っていた。持っていた身分証の顔写真と全く同じ表情をしている私。この得意気な顔は、何度見ても他人の気がしてならない。しかし、それよりも気になって仕方がない現象が映っていた。写真には森の中で、私が前に突き出した右手から火が放たれていた。その火は私が向いている方向にいるクマに向けられている。クマの様子を見るに、フェイク写真ではないみたいだ。父も母も同様に食い入るように見ている。私は体から冷や汗が溢れて来るのを感じた。
「ESPは人それぞれ違います。電気や空気、水や氷を操ったりする子もいるんです。誰しもが使える訳ではありません、人間が進化の過程で新たな段階に達した存在、"新人類"のみが行使できるのです。彼らは"GENEX -CODE "と言う、人類に起能力をもたらす特異な遺伝子コードを、生まれつき持っています。これは唯一神であるオーミニス様から罪深き人間を始末するために与えられた裁きの__」
「俺が聞いた話では、そのコードを持っているだけでは能力が発現しないそうです。」
取り憑かれた様に夢中で話し始めるブラウンさんを遮って父がロを挟む。ブラウンさんは先程まで恍惚とした表情で天井に両手を掲げていたのをそっと下ろし、無表情で父の方に向き直る。
「………ええ、その通りです。カリダール帝国軍特殊技能開発局で、戦士達の能力開発を行います。まあ、具体的には薬物投与や電気刺激による脳の開発が主にですが、最近ではナノマシンによるじんか__」
「そんな事を子供に強いていたのか!?」
父はその場に立ち上がり、空気が張り裂けんばかりの怒号がリビングに響き渡る。私は思わずびくりと身を震わせ、肩を竦めた。母が安心させるようにー抱き締めカを強めた。
「…………いいえ、強いてなどいませんよ? フィニアンは話せば分かってくれる、聞き分けの良い子でしたから。」
「何を話したというんですか?判断能力のない子供に何を?」
母の静かな問いにブラウンさんは再び恍惚とした表情でそれに応えた。
「__力を持つ者のモラルです。力を持つ者は持たぬ者を守り、そして帝国に仇なす悪魔を裁くのです」
「…モラルだと?脳の発達が盛んな幼年の子供ばかりを集めて、無理に脳を弄って、能力開発と称した非道な人体実験を行っている!裁かれるべき悪魔は貴様等だろうがぁ!!」
「私が悪魔だと?この世に生を受けてから今まで、常にオーミニス様と共に在るこの私が?いいやそれは違う、貴様等の様な神の恩寵を信じぬ背信者こそが真の悪魔だぁ!!」
「___やめて下さい」
父はブラウンさんの胸ぐらを掴み殴り掛かろうとしたが、私の声にピタリとその挙を止めた。父は目を伏せて胸ぐらを掴んでいた方の手を外し、ブラウンさんはその場に座り込んでゴホゴホと咳き込んだ。
「ゲホッ、ゴホッ!そ、そうだぞこの悪魔め!フィニアン、今こそこの悪魔共に裁きを__」
「やめろと言ったのは貴方に対してです、ブラウンさん」
「……………へ?」
期待するような目を向けて来たブラウンさんを私はハッキリと拒絶する。ブラウンさんは私に拒絶されたことにショックを受けたのか、酷く間の抜けた声が溢れた。私は母の膝から下り、唖然表情で座り込んでいるブラウンこんの前に立ち、手紙をこの顔面に突き出す。
「私の両親を悪魔呼ばわりしないで下さい。それに私は戦士ではありませんし、オーミニスなどという偶像とも全く関係ありません。二行ちょいの手紙で何の説明も無しに意思を継げと?生憎私は記憶喪失なんでね、託された使命も意思も何もかも忘れちまいましたよ!!」
私はブラウンさんに見せつけるように手紙をビリビリと破いてぐしゃぐしゃに丸めた。ただ呆然と見ていたブラウンさんは、数秒の間を置いて口を開いた。
「………お前は誰だ?」
「は?フィニアン・ハワードですけど」
「いいや、違うっ!何もかもが…フィルは死んじまったのか…?」
「一体何を言ってるんですか?フィルって誰?」
「いや、そんなはず……あれは…頭を打った位じゃ……ナノ……誰が……」
「……え、何?」
急に頭を抱え出して何やらボソボソと呟き始めた。かない気が動転している様だ。私は苛つきが段々と鎮まり、その様子に気味悪さを感じた。ブラウンさんはやがて無言になり、もう一方の封筒を手に取り胸に抱いた。
「………大丈夫、大丈夫さきっと…俺が導いてやればいい、トーマスの代わりにっ、俺が…!」
「…………は?」
訳が分からない。トーマスの代わりに?
ブラウンさんは封筒の中身を取り出し、それを読み上げた。
「"ブラウン、俺やイザベルが死んだ時、子を託せるのは親友であるお前しかいない。我が娘フィニアンを、軍人として育てて欲しい。あの子が3歳の時に受けさせた、ESP検査の結果を見て確信したのだ。この子は、この国の為に戦うべくして生まれたのだと。私やお前がどんなに欲しても得られなかった力を、この子は持っている。私達が成し得ることが叶わなかったことも、この子は成し遂げることができるのだ。どうか頼まれて欲しい。"」
「なっ、それって!」
父が動揺したた様に声を上げる。ブラウンさんはこれ見上がしに紙を見せつけて言い放った。
「そう、本来ならば俺がフィニアンの里親になる筈だったんだ。だがこの手紙を見つけたのは二日前、あいつの仕事机を整理した時で、既にフィニアンはハワード家に入っていた。だが今からでも遅くはない、うちの子になろう、フィニアン」
「ひっ………」
ブラウンさんが伸ばして来た手に、私は危険を感じて後退る。何故これまでの話の流れでその提案が出て来るのか全く分からない。人の親を散々悪魔呼ばわりしておいて、今この場にいる私をあれだけ否定しておいて、一体どう考えたらあんな台詞を吐けるんだ。先程からの情緒不安定さといい、狂信ぶりといい、きっとこの人はどこか壊れてしまっているんだ。
「お前は私の子となり、私の教えを受け、共にトーマスの意思を継いでこの国の英雄となるのだ!」
「やめろ!」
更に近づいて来るブラウンさんを父が取り押さえ、母が私を隠す様に抱き締める。ブラウンさんは拘束されてもなお暴れるの辞めない。
「運命に逆らうことはできない、覚醒した者は誰であろうと必ず軍へ徵兵される!」
「カリナ、フィニアンを連れて早く外へ!」
母に手を引かれて外に飛び出した。近くを彷徨いてる憲兵に助けを求めようとしたが、それは叶わなかった。
「なっ、なんなんですかあなた達は!」
母の怒声の先には、大柄な男が数十人ずらりと並んでいた。その全員がこの国特有のグレーの軍服を身に着けている。その中の一人が前に出て来た。どこか中性的で、細身の男性だ。
「私は、カリダール軍第一異能部隊所属、レイベン・クロースフォードという者です。軍事法第十七条に基づき、お嬢様を軍に召集します。」
ハスキーな声色で告げられる内容に深く絶望すると同時に、この男の顔面をぶん殴ってやろうと誓った。
ブラウンさん、精神病院直行ですね。次回はカリダール国の軍事力をお見せします。




