私の知らない私と両親
私の両親、ウィンチェスター夫婦は殉職されていた。病院の特に広い一室に二人並べて寝かされ、その上に布が掛けられていた。男性の方は色素の薄い金髪で、彫りの深い顔立ちをしている。女性の方は私と同じ濃い金髪で、目鼻が整った美しい人だった。二人ともウラノス帝国陸軍第一機動部隊に所属しており、人当たりが良く、常にバーナード区の平和のために尽力していたそうだ。二人は先の戦争でも勇敢に戦い、名誉の死を遂げた。
「卜ーマスは俺等の兄貴みたいな奴でさ、いつも皆を引っ張ってくれた。人一倍責任感が強くて、仲間思いで、何度あいつに助けられたことか…」
父トーマスは皆の兄貴で、
「イザベラは理知的で冷静で、ちょっと厳しかったけど誰よりも正義感が強かった。いっつも無表情の癖に子供好きでな、俺の子もよく懐いてたんだ。」
母イザベラは正義に生きる人だった。
「覚えていないかい?よくトーマスがお前を支部に連れて来てたんだ。快活で聞き分けが良くて、初めて会った時も俺に元気に挨拶してくれたんだぞ?」
「そうだったんですね、いやぁ覚えてないな~…」
父の同期で、私に元気に挨拶されたという中年の男性、ブラウンさん。
「フィニ、あたしシーナだよ。家が近くでよく遊んだんだけど、忘れちゃった?」
「ああ、確かに遊んだことがあるような、気がする…」
鮮やかな赤毛が特徴で私の友達だという少女、シーナ。
「……大分大人しくなっちまったな、フィニ。俺はレナードだ。」
「結構やんちゃしてたんだね……」
焦げ茶色の短髪にガタイの良い大柄の少年、レナード。皆口々に私について語ってくれるのだが、他人の話を聞かされている気分だ。
「なあ、フィニ。その頭、何処にぶつけちまったんだ?」
本人や周りの人たちの話によると、私は主にレナードとここにはいない他二人とよく連んでいたそうだ。レナードは私の頭に巻いてある包帯が気になるようで、戸惑いがちに聞いてきた。私は後頭部を摩りながら応える。
「ああ、何処にぶつけたかは覚えてないんだ。マイル側の麓で保護されたから、川に落ちた時にぶつけたのかも」
「……………そうか」
レナード目線を逸らしながらぼそりと呟いた。それから頭に付いて言及されることは無く、レナードとはそこで別れた。
「ふー…」
一通り皆んなと話して、解散して、一息を吐く。私から見て初対面の人達との会話なので、なかなか気を使うのだ。私は布を捲り、もう一度両親の顔を確認する。
「……う~ん」
____誰だ?
“親の顔を見れば思い出す“、自分でそう啖呵を切って置きながら、私は未だに思い出せずにいる。あれ程会いたいと思っていた気持ちも嘘の様に消え去っていた。この後感染症による二次災害を防ぐ為、遺体は全て火葬することになっている。よってこれが最後の再会ということになるが、私は何の感情もないまま布を再び被せて部屋を後にする。さて、どうしたものか。父の同期のブラウンさんによれば、他に親戚らしい親戚もいなかったそうなのだ。となれば私がこれから向かうべき場所は一つしかないわけで。
待合室で待っていてくれたハワード夫妻とブルーノ先生の下まで行くと、私はそれとなく聞いてみた。
「すみません、空きがある孤児院を知りませんか?」
「「「え?」」」
三人はキョトンんとした顔で聞き返した。自分はそれ程変な事を言っているだろうか。両親以外に身寄りもなく、その両親すら死んでしまったのだ。6歳の私が一人で生きていくには厳しすぎるこの世の中で、生きていくにはもう孤児院に行くしかない。
「私、他に親戚いないみたいなので、孤児院に行くしかないんです。」
「……ブラウンさんから事情を聞いたよ、でもお前が孤児院に行く必要はない。」
「え、何故ですか?」
自分なりに最善策を提示したつもりだが、ベンジャミンさんに否定されてしまった。状況が飲み込めない私に彼は片膝を付いて目線を合わせる。そして真っすぐ私の目を見つめてこう言った。
「なぁ、フィニアン。俺達の子にならないか?」
「……え?」
今度は私がキョトンとした顔で聞き返してしまった。思ってもいない話だが、何故自分にそこまでしてくれるのか全く分からない。
「孤児院に空きはあるみたいだけど、ベンと話し合ったの。うちはどうかって」
「俺とカリナには子供がいない、近々養子を貰おうとしていた所なんだ。勿論、お前が嫌じゃ無かったらだけど……」
「嫌じゃないです、でも本当に良いんですか?」
「「もちろん!」」
二人同時に抱き締められる。記憶のない私にとって新しい親に対する拒否感は一切ないし、後ろめたさもない。
「さっそく区役所に行って養子縁組をしよう!フィニアン・ハワード、なかなか良いんじゃないか?」
「服とか、文房具とか、学校の手続きとか色々準備しないとね!」
養子になると決まった途端、ハワード夫婦は何やら高いテンションで先の事を話し始める。後ろで火葬の決行を軍人が告げていたが、私は何やら胸騒ぎがしたので、結局両親を見送ることはなかった。ブルーノ先生は病院に残り、私とベンジャミンさんとカリナさん____新しい父さんと母さんは車に乗りノクターナ区を目指した。
「火葬が恐いの?」
後部座席に一緒に座っている母さんが聞いてくる。それまで窓に肘を付いてぼんやりと外を見ていた私は、向き直ってそれに応えた。
「……大きな火が恐いんです。」
何故恐いのか、それを皆まで言わずと察せられただろう。母さんは何も言わずに私の頭を撫で続け、私は再び目線を外へ向けた。病院がある方角から灰色の煙がもくもくと立ち込めていた。
「………」
___フィニアン・ウィンチェスターのお父さん、お母さん、お疲れ様でした。安らかにお眠り下さい。
私は長く深い息を吐く。お母さんは私の頭を撫でている手を頬まで滑らせ、今度は頬を優しく撫でる。
「骨、後で貰いに行くか?」
「ううん。ブラウンさんが、二人が好きだった海に撒いてくれるって言ってた。」
「……辛いか?」
私は頬を撫でている母さんの手の上に、自分の手を重ねてお父さんに応える。
「辛くない、父さんとお母さんが居てくれるから。」
私は笑った。私に対する心配は一切無用だと釘を刺す様に。二人は私に父さん、母さんと呼ばれたことにすっかり舞い上がり、それからは他愛もない話が家に着くまで続いた。