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第9話 葵との帰り道

夜も遅くなってきたので、そろそろ莉子の家から帰ろうということになった。

夜道が危ないので雄二は凪沙を送って行くという。

二人が帰る道は方向は同じだし、家も近い。


それに雄二は凪沙に惚れているから、二人っきりになりたいよな。


二人が玄関に向かったので、俺は一人で帰ろうと考えていると、渉が俺の肩に片手をポンと置く。


「僕は莉子の様子を見ていたいから、まだこの家に残るよ。ということは葵は誰が付き添うのかな?  女の子の夜の一人歩きは危険がいっぱいだと思わないか?」


「……わかったよ。俺が葵を送っていけばいいんだな」


「話が早くて助かるよ」


渉の笑みに悪意を感じる。


しかし、葵には三階の廊下を掃除してもらった借りがある。

それに俺は人と距離を取りたいだけで、女子が苦手なわけではない。


俺はリビングに置いてある鞄を手に取り、扉を開けて葵に声をかけた。


「雄二と凪沙が待ってる。俺達も行こうぞ」


「うん……ありがとう」


「気にするな」


俺、雄二、凪沙、葵の四人は玄関で靴を履いて、扉を開ける。

すると渉が俺に謎めいたことを言ってきた。


「細い路地の入り組んだ場所には気を付けろ。もし迷ったら焦って動くな。そして変だと思う自分の勘を信じろ」


「何だそれ、俺はいつも自分を信じてるよ。またな」


渉の言葉をあまり気にせず、俺はバタンを扉を閉める

渉の漆黒の冷たい瞳の印象だけが頭に残った。


門を出た所で、雄二と凪沙と別れて、俺と葵は元霧原村の方向へと歩いていく。

まだ道は広く、街灯が等間隔で明かりを灯しているので見通しもいい。


俺が前を向いて歩いていると、隣を歩く葵が俺の肘を指で抓む。


「和也君と二人で一緒いるのって小学二年生の時以来だね」


「そうだったかな。あまり小学校のことは思い出さないからな」

「そうだと思った。和也君って小さい頃から前しか見ないから……」


「それだと俺がまるで猪みたいじゃないか」


「……そういう意味じゃなくて……すごくいいなって思う……私っていつもクヨクヨ悩んでいて、何も決められなくて、動けなくて……」


葵は自分のことを話ながら、段々と顔を俯かせる。


そういえば葵って昔から引っ込み思案で、自分の気持ちをなかなか言い出せなくて、いつも顔を赤くしていた印象があるな。

小学校の頃に友達と遊んでいると、俺の後ろをよくついて来ていたような気がする。


「俺と葵って小学校の低学年の頃はよく話していたんだな」


「うん……和也君はいつも私を庇ってくれて……」


「懐かしい思い出だな」


「……昔の思い出なんだよね……」


葵は消え入るように独り言を呟く。


二人で真っ直ぐの道を歩いていると、街の風景が変わり、細い路地が現れた。

ここから霧野川までの地域が元霧原村の集落だ。


俺が立ち止まって路地を見ていると、葵が目の前に回り込んで、路地を指差す。


「私の家はこっち」


「わかった。案内は頼むな」


「……うん」


葵は恥ずかしそうに体を捻って、路地へと早足で歩いていく。

その様子に疑問が湧いたが、気にせず俺は彼女の後を追った。


細い路地の横幅は二メートルほどしかなく、たぶん軽自動車が一台通るのが精一杯だろう。


古びた街灯は曲がり角ごとに設置されているが、薄暗い明かりが闇に飲み込まれ、遠くを見通すことは容易ではなかった。


小学生の頃、親から「元霧原村の地区には入るな」と固く言われていた。

しかし、こっそりと大人達に隠れて、俺は自転車で何度か、この地区に探検に来たことがある。


今となっては、絡み合うように細い路地が入り組んでいただけボンヤリと覚えている。

だから道順や曲がり角の記憶は全くない。


路を歩くと、俺の両側に高い土塀と古い石塀が立ち並び、静かな古い街並みが今も残っている。


何軒分かの壁を歩くごとに、不気味なほどに多くの脇道への曲がり角が現れ、その一つ一つが闇の中へと誘い込むように見える。


安易に角を曲がると、迷い込んでしまいそうな不穏な空気が漂っていた。


黙って歩いていると視線を感じ、隣の葵の方へ視線を向ける。

すると葵は恥ずかしそうに俺から視線を逸らした。


なんだかよくわからないが、ずっと葵に見られてる。

これは何かを話てほしいという合図なのか。


しかし、葵とは久しぶりに一緒にいるが、普段は話したこともない。

彼女を楽しませるような会話ができる自信がないぞ。


俺と葵は微妙な沈黙の中、黙ったまま歩き続けた。


葵の案内で、何度か角を曲がって路地を進んでいく。

夜だからか、元霧原村の地区に入ってから一人の人影も見えない。


時折、塀の奥にある樹々が、風に吹かれてザワザワと騒めくぐらいで、その他には自分達が地面を踏みしめている足音だけだ。


この路は女子には薄気味悪すぎるだろ。

こんな路地を葵は学校への通学路にしているのか。


俺はふと葵が心配になり、彼女に声をかける。


「明かりが暗いから、怖くないか?」


「……大丈夫……生まれた時から住んでるから、もう慣れたよ」


俺に話しかけられたのが嬉しかったのか、葵がニコリと微笑む。


彼女の笑顔に、何だか気恥ずかしく、俺は思わず黙ってしまった。

すると長い土塀が続き、玄関の両端に小さなライトが灯る家に到着した。


相当に古そうな木材の門扉の前で、葵が立ち止まる。


「私の家ここだから……送ってくれてありがとう……」


「いいよ、今日は莉子の家に行ったついでだから気にするな。それじゃ、また明日な」


クルリと身を翻し、片手で上げて軽く振る。

そして歩き去ろうとする俺を、葵が大きな声で呼び止めた。

俺は立ち止まって、彼女の方へ体を向け直す


「和也君……小さい頃は一緒に遊んでいたでしょ……その頃のように仲良くなれたらいいなって……」


「別に今までも葵を遠ざけたつもりはないぞ。それは莉子も同じだ。雄二は頻繁に話しかけてくるし、凪沙は今でもうるさいし。葵も話たければ、気軽に声をかけてくるといい。面倒臭がる時もあるかもしれないがな」


「……嬉しい……カズちゃんに、ずっと嫌われてると思ってたから……」


葵は瞳からポロポロと涙を零しながら、嬉しそうに微笑む。


そういえば葵は俺のことをカズちゃんって呼んでいたんだったな。

そのことが段々と恥ずかしくなって、それから彼女と距離を取るようになったのを思い出した。


でも俺と話せなかっただけで、こんなに葵が寂しがっているとは全く思ってもみなかった。

同級生達とは適度な距離を保っているつもりだったが、それは俺の誤りだったかもしれない。


俺は何とも言えない気持ちになり、無意識に葵の頭に片手を置く。


「明日からも学校で会える。俺と話したくなったら、いつでも傍に来いよ。あまり上手く会話できる自信はないけどな」


「うん、ありがとう……私、家に入るね」


葵は門へ近づくと、木製の扉を軋ませて静かに開くと、敷地の中へと入っていく。

それから門がきちっと閉まるのを見届けてから、俺は暗闇の路地を歩いていくのだった。

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