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第8話 霊障の後

一階で渉の話を聞いている間に、太陽は沈み、窓から見える風景が夜へと変わっていた。

すると恭子おばさんが「食べていきなさい」と言うので、俺、雄二、凪沙、葵、渉の五人は、夕食をいただくことになった。


凪沙と葵は、それぞれにスマホで家族に連絡を取り、その後に恭子おばさんを手伝うと言って、台所へ去っていった。


残された男三人は、他人の家なので何もすることがなく、各々にスマホを取り出して、弄るしかなかった。


先程まで心霊現象について皆で話し合っていたし、会話を続ければ、また霊に関する話題になるに決まっている。


なので一瞬だけでも日常を取り戻そうと、俺は色々なYoutube番組を検索していた。


雄二も渉も同じ考えだったようで、雄二はスポーツ番組、渉は子猫の飼育番組を見つけて、俺に披露してきた。


三人でYoutube番組について色々と話していると、台所から美味しそうな香りが漂い始め、凪沙と葵がカレーライスを皿に乗せて現れた。


その後ろから恭子おばさんも台所から現れ、力なく微笑む。


「最近は食事を作る気力がなくて、スーパーにも買い物に行ってなかったの。保存用のレトルトカレーでごめんなさいね」


莉子が原因不明の錯乱状態になっていた中、とても平穏にスーパーに行ける状態ではなかったはずだ。

俺達が家に来るまで恭子おばさんの精神状態もギリギリだったに違いない。


俺、雄二、凪沙、葵、渉の五人はそれぞれに恭子おばさんにお礼を言って、カレーを食べ始める。


レトルトカレーでも、美味しく感じるし、自分が生きてると安堵して思えるのは、やはり心が恐怖に駆られ、怯えていたからだろう。


皆が食事を終えると、凪沙と葵が自分達で後片付けをすると言いだした。

すると雄二も手伝うと言って、三人で台所へと行ってしまった。


リビングに残った渉は、恭子おばさんに、今後の莉子へ処置の仕方を教えるという。

渉の説明を一緒に聞いていてもいいのだが、あまり彼の話すだろう内容に興味が湧かない。


なので俺はリビングを出て、一人階段に座ってスマホを弄ることにした。


指でスマホの画面をスライドさせて、色々なYoutube番組を探す。

すると上の階の私室にいる莉子のことが気になって、俺は階段を上ることにした。

二階の廊下に到着した俺は、廊下を歩いてドアノブに手をかける。

ゆっくりと扉を開けて、部屋の中に入ると、室内は真っ暗で、莉子は静かにベッドで眠っている


何の異変もなさそうだな。


俺は安堵の息を吐いて、ベッドの傍らに立って、莉子の寝顔を覗き込んだ。

するとスースーと寝息を立てているのに、彼女の目がパチっと見開く。

そして焦点の合わない瞳で天井を見上げ、まるで三日月のように口を広げて笑んだ。


「ヒッ!」


その表情を見て俺は口を抑えて、ベッドから一歩退く。

するとカクカクカクと莉子の頭が動き、俺の方へ顔を向けてくる。


その瞬間に俺の頭の中で、緊急時の赤い点滅のイメージが現れて警鐘を鳴らす。


これは絶対に目を合わせてはダメだ!

今すぐ逃げないと!


そう思った途端に首筋がチリチリとして、お腹の中に塊があるようで気持ち悪くなった。

俺は部屋を飛び出し、勢いよく扉を閉めて、廊下にうずくまって嗚咽する。


「オェエー! オェエー!」


口からカレーが噴き出すが、それに構っている余裕はない。


「オェエー! オェエー!」


胃の中のモノを全て吐き出した俺は、荒い息を深呼吸で整え、階段を降りることにした。

どうしても莉子の部屋から離れたいという衝動にかられたからだ。

まだチリチリする首筋を抑えて、ゆっくりと階段を下る。


莉子の部屋の前の廊下にカレーをぶちまけたが、俺に掃除をする心の余裕はなかった。


一階へ到着して、リビングの扉を開けると、渉と恭子おばさんが不思議そうに俺を見る。


「何かあったのか?」


「いや……何でもない。ちょっと飲み物が欲しくてな」


俺はそれだけを言って台所へ行き、雄二と凪沙の間をすり抜けて、冷蔵庫から麦茶を取り出した。

すると、それを見ていた葵が急いでコップを用意してくれた。


俺はコップに注いだ麦茶を一気に飲んで、顔を天井に向ける。

その様子に違和感を感じたのか、雄二が声をかけてきた。


「どこへ行ってたんだ? 莉子の様子でも見てきたのか?」


「ああ……」


俺が引きつった笑いを浮かべると、何かを察した凪沙が走っていく。


「ちょっと莉子を見てくる!」


「私も行く……」


葵も走り出そうとするので、俺は彼女に声をかけた。


「二階に行くなら、雑巾を持っていってくれないか。廊下にカレーを吐いてしまったんだ。ついでに掃除をしてくれると助かる」


「うん……」


葵はコクリと頷くと、台所の床にあった雑巾を手に取って、水道の水で濡らして両手でギュッと絞る。

すると雄二が俺をジロリと見て、首を大きく左右に振った。


「葵一人に掃除を押しつけるな。俺も一緒に行くよ。和也はリビングから動くな」


嘔吐したゲロの後片付けを女子達に押しつけようとしたのだから、雄二が怒るのもわかる。


でも今は二階には行きたくない。

俺は大人しく、三人を待つことにした。


雄二と葵の後に続いてリビングへ行くと、渉と恭子おばさんはまだ話し合っていた。


「部屋の四方や窓際に、盛り塩を置いてください。できれば塩は適度に交換したほうがいいです。それに毎日、莉子を酒と塩を混ぜた風呂に入れて、体をそのお湯で洗い流し、体を拭き終わった後に、頭から塩を少しかけてください。後のことは僕が説明した通りにしてください。念のため、僕も時々は見舞いに来ます」


「それと他に私のやることは、神社やお寺を探すことね」


「そうです。莉子の状況を説明したら、お祓いや除霊を受けてくれる神社やお寺なら、相談に乗ってくれるはずです」


「わかったわ」


渉と話し終わった恭子おばさんは、キリっとした表情で大きく頷く。


娘を守ると決意したことで、きっと心が強くなったのだろう。

これなら、二人をこの家に残しても大丈夫そうだ。


それからしばらくすると凪沙、葵、雄二の三人が三階から降りてきて、リビングに姿を現した。

胸の下で両腕を組んだ凪沙がジロリと俺を睨む。


「自分の粗相ぐらいは自分で掃除をしてよ。葵に代わりに掃除させるなんて酷いでしょ」


「ううん、いいの……和也君、ちょっと体調が悪くなって、それで仕方なくだもの」


「いや、今回は和也が悪い。葵に礼ぐらい言えよな」


三人の平然とした様子に俺は違和感を覚える。

あれ? 莉子を見たんじゃないのか?


口が裂けたように笑う莉子の表情を見たら、平気にしていられるわけない。

それとも俺の見間違いなのか?


釈然としないが、俺は莉子の部屋で見た彼女の笑い顔を、皆には黙っておくことにした。

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