第55話 未来へ 【完結】
駅で料金の一番安い切符を買って、改札を潜り、天音と二人、急いで階段を駆け上って渡り廊下を走り、向かいのホームへ続く階段を駆け下りる。
後ろから楓姉の「ちょっと待ってー」という声が聞こえてきたが、そんなのは無視だ。
尊さんと二人でゆっくりと追いかけてくればいい。
俺と天音はホームに着き、荒い息を整えながら、周囲を見る。
するとホームの先頭方向に、リュックを背負って佇んでいる渉の姿があった。
俺と天音は顔を見合い、それからダッシュで渉に駆け寄った。
すると足音を聞いたのか、俺達の気配に気づいた渉が、振り向いて複雑な表情をする。
俺は彼の横に立ち、眉を吊上げて、腕を伸ばして指差す。
「何も言わないで、行っちまうつもりだったのかよ」
「和也と天音ちゃんが来たってことは、尊さんが仕組んだことだな」
「そんなことはどうでもいい。俺達に感謝の礼もさせないつもりか」
俺が大声で怒鳴ると、渉は困ったような表情になり、片手で軽く髪を横へ流す。
「そんなこと言わなくても僕には伝わってるよ。だから恩とか感謝とか、あまり考えてくれなくていい。僕はやるべきことをやっただけだから。和也達に東京へ戻るというと、お別れのパーティとか言いだして、大袈裟になりそうだから言わなかったんだ。それぐらいわかるだろ」
「ああ、わかっていても納得はいかない。それに俺達に二度と連絡も取るつもりがなかったのかよ」
「僕から連絡することはなかったかもな。僕が関わることがどんなことかわかるだろ。和也にも天音ちゃんも、雄二や凪沙も、二度と怪異に遭遇してほしいと思わないからね」
渉と俺が言い合っていると、天音が隣から口を挟む。
「別に私は渉君と心霊現象だけで関わったわけじゃないよ。だってスイーツ店で皆が集まった時もあるし、私の家で、お父さんと一緒に皆でゲームをしたこともあったよね。それに和也の家で、ずっと三人で仲良くお喋りしてたでしょ。私の中ではもう渉君は親しい友達だったんだけどな。友達と連絡取ったり、他愛のない話をするのも渉君はダメなの?」
天音に上目遣いに見られ、渉は言葉を詰まらせる。
俺も彼女に頷いて、話を続けた。
「感謝や礼の言葉がいらないのはわかった。しかしな、せっかく親しくなったのに、何も言わないのは、天音の言う通り友達としてもダメだろ」
すると渉は顔を逸らしてポツリと呟く。
「今まで、親しい知人はいても、同年代の友達はいなかったから……気づかなかったよ」
「それなら私達と気軽な友達を続ければいいわ。渉君の仕事のことでも、勉学のことでも、恋愛相談でも何でも聞くわ。私もまだまだ渉君といっぱいお話ししたいし」
「俺も高校を卒業したら、大学に進学して東京で一人暮らしをするつもりだ。だから今から東京のあれこれを教えてくれ。田舎だと都会の情報って上辺だけだろ。生の東京の事情を俺に教えてくれよ。その他にも心霊系の話も聞くぞ。今回の件で、その手の知識について俺は全く無知だってわかったからな」
俺が話ていると、天音がいきなり俺の腕に、自分の腕を絡めてきた。
「私も東京の大学へ進学する。そして和也と一緒に暮らすの」
「勝手に二人で暮らすとか決めるな。そんな約束、絶対にしないからな」
「えー、いいでしょ。二人で毎日イチャイチャして、めっちゃ幸せな学生生活じゃない。葵の分まで和也と一緒にいるんだから。渉君もそう思うでしょ」
いきなり天音に話題を振られた渉は、複雑な表情をして苦笑する。
葵がいなくなった事実を、俺達三人は忘れることなんてできない。
時を終わらせてしまった彼女の分まで、俺達は前に進まないとダメだよな。
すると天音は俺から腕を外し、真面目な表情で渉の手を両手で握る。
「だから渉君、私達との縁を無理矢理に切ろうとしないでよ。私や和也にとって、渉君ことは大切な友達だと思ってるんだから。それは凪沙や雄二も一緒だと思う。だから東京に行っても、私達のこと忘れないで。私達も連絡するから、渉君からも必ずに連絡してきてね」
「うん、ありがとう。今回は東京に戻ることを伝えなくて僕が悪かった。ごめん」
渉はペコリと頭を下げ、それから爽やかな笑顔を浮かべる。
すると俺達の後ろで会話の流れを聞いていた尊さんが、俺達の横に立って、渉を見つめる。
「渉、元霧原村のことが鎮まれば、後は赴任してくる宮司に任せて、私もすぐに戻るからと、拓也達によろしく伝えてくれ」
尊さんが穏やかに微笑む隣から、楓姉がとぼけたフリをして、ニッコリと渉に話かける
「私も渉君のお兄さんに会ってみたかったなー。和也が東京に住むことが決まったら、私も東京へ遊びに行くわ。その時はお兄さんを紹介してね。ちなみにお兄さんって、彼女はいるのかな?」
「ええ、綾香さんが兄さんの彼女なんです。ですから兄を紹介することはできませんが、楓お姉さんが東京に来た時は、僕が全力でプランを考えてデートに誘いますよ」
「そっかー、お兄さんは無理だったのね。でも渉君がデートしてくれるなら最高ね。二人でお泊りして、沢山楽しみましょ」
二人はノリ良く会話した後に、楓姉が急に真剣な表情になり、深々と頭を下げた。
「渉君、和也も天音ちゃんも、それから他の皆も救ってくれてありがとう。心から感謝します」
楓姉は普段は軽薄にしているが、すごく真面目なところもある。
彼女としては、渉にキチンと感謝を伝えたかったのだろう。
それから俺達五人が、他愛もない談笑を続けていると、電車が到着するアナウンスの声が聞こえてきた。
遠くへ視線を向けると、ローカル電車が、駅に向かって線路を走ってくる。
すると楓姉が写メを撮ろうと言い出し、少し後ろに下がって、スマホを構えた。
すると天音は渉の腕に飛びつき、二本の指を大きく広げてピースをしながら満面の笑みを浮かべる。
それにつられて渉もイケメンスマイルを開放して、爽やかに笑んだ。
次に俺と渉が写メを取る番になったが、二人並んで立つが、俺は上手く笑うことができなかった。
電車がホームに到着し、ドアが開いて、渉はゆっくりと乗り込む。
そして俺達の方へ体を向きを直し、俺と天音を見て、ニッコリと微笑んで親指を立てる。
「東京で少し落ち着いたら連絡する。天音ちゃんのことを大事にしろよ。あまり捻くれてると、大事な彼女を逃がすぞ」
「渉だけには言われたくない。必ず東京に行くから、その時に会おうぜ。それまでお前も元気でいろよ」
俺の言葉を聞いて、渉は大きく頷き、ジッと俺達を見つめる。
そして発車の時刻となり、チャイムが鳴って、電車のドアが閉まった。
ゆっくりと電車が動き出し、天音と楓姉ちゃんは「元気でねー」と大声を出して、いつまでも大きく両手を振っていた。
電車が小さくなって、遠くに見えなくなるまで俺達四人は渉を見送っていた。
駅の立体駐車場に停まっているハスラーの後部座席に乗り込むと、運転席の乗った楓姉が、後ろへ手を伸ばして、スマホの画面を見せてきた。
「すっごくいい写真が撮れてるわよ」
楓姉の手からスマホを受け取り、画面をタップして画像を見ると、微妙な笑顔をしている俺の隣で、今まで見たこともない、自然に笑っている渉が写っていた。