第54話 突然の別れ
渉は翌日も学校を休んだ。
そして登校が再開されて三日目、三時限目の授業中、担任教諭がドアを開けて教室に入ってきた。
それからズカズカと俺の近くまで歩いてきて扉を指差す。
「ご家族の方が緊急の用事だと言って、校舎の玄関で待っている。すぐに支度を整えてに帰るように」
担任教諭の言葉を聞いて、俺は首を傾げる。
朝、登校する前、楓姉と顔を会わせたが、何を言っていなかったけどな。
また親父が会社で倒れたのだろうか?
戸惑いながら鞄を持って、二人の教師に会釈をして、足早に教室を出る。
階段を急いで下りて、靴を履き替えて校舎の玄関に向かうと誰もいない。
キョロキョロと周囲を見回していると、校門にハスラーが停まっていた。
走って車に近寄り、窓から車内を覗くと、助手席に尊さんが乗っていた。
後部のドアを開いて、車内に入ると、天音に「ハロー」と言って笑顔を綻ばせる。
「これは、どういうことなんだ?」
「早くドアを閉めてちょうだい。車を出すわよ」
楓姉は前方を向いたまま、そう言うとハスラーが急発進させる。
すると尊さんが、楓姉の代わりに話しだした。
「和也君の反応からすると、やはり渉は誰にも伝えなかったんだな。全く困ったものだ」
「それは、渉に何かあったんですか?」
「私がこの街に来てそろそろ二週間が経つだろ。今回の怪奇現象についての調べも、葵ちゃんと幸村家に繋がりのある人々についても、ある程度の調査も終ってね。後は霊障のある人達のケアーと、新しい宮司が赴任してくるまでの神社の管理だけになったんだよ。それなら私一人でも十分にやっていけるから、渉は自分の地元に帰ることになったんだ。渉と私の交代は、霧野川市に私が来た時から決まっていたことなんだけどね。渉も君達二人には伝えにくかったんだろうね」
尊さんの説明を聞いて、俺は愕然とし、次の瞬間に怒りが湧いてきた。
勝手に転校してきて、俺達を怪奇現象から救って、何も言わずにこの街から去っていこうなんて。
渉本人はそれがカッコイイと思っているのかもしれないが、助けられた俺達の気持ちはどうなる。
今回の一連の怪奇現象を俺達で対処することなんてできなかった。
心霊に詳しい渉がいたからこそ、俺達は助かったのに。
その恩も返せず、感謝や礼も言えず、これで別れれば、渉に何も伝えられないじゃないか。
俺が怒っているのを感じた天音が拳を上に向けて、ニッコリと微笑む。
「これって、渉をとっちめるしかないわよね」
「ああ、激しく同意見だ。こんな別れ方ってねーわ。渉に会ったら、一言、文句を言ってやる」
天音と俺が一致団結していると、楓姉が呆れた声をだす。
「渉君もあなた達を子供扱いしたつもりはないと思うわよ。ただ言いにくかったのよ。その辺りは察してあげなさいよ」
「どういう意味だよ」
「渉からは言わないだろうから、私から話しておこう。渉は常日頃は東京に住んでいてね。学業の合間に綾香様や拓也の仕事関連を手伝ってくれてるんだ。それで今回のケースのように転校して地方に調査にいくこともあってね。でも調査が終れば、また東京に戻ることなる。だから地方では、なかなか友人を作ろうとしないんだ」
「ということは今回は渉君にとってレアなことだったのね」
「そうなんだ。私もこの街に来て、和也君の家を初めて訪問した時は、内心で驚いたよ。誰とでも距離を離す渉が、和也君や天音ちゃんと仲良さそうに話ていたのでね。渉はこの街に来て、とても良い時間を皆さんからいただいたと私は思っている。なので渉は、君達二人に別れを告げるのが辛くもあり、そのことを気にする自分が気恥ずかしかったのだろう。どうか渉にを許してやってほしい」
尊さんの話を聞いて、俺は複雑な表情をして顔を横に向ける。
そういえば渉が転校してきた時、俺もあいつのことを怪しいと警戒していたし、距離を取ろうとしていた。
たぶん、今回の怪奇現象がなければ、二人で組んで行動することもなかったはずだ。
俺は窓の外を眺めながら「別に親しい友人になったつもりはないね」と呟くと、天音が背中をドンと叩く。
「もう、またすぐに捻くれるー、もう渉君と会えなくなるかもしれないんだから、素直にならないと後で後悔するよ」
「そういうところが、まだまだなんだよねー」
天音の後に楓姉も、俺を諭しながら軽く弄り始めた。
そんな俺達三人の様子を見て、尊さんがハハハハと大笑いする。
「なるほど、捻くれ者同士、だから二人は気が合ったのかもしれないね」
ハスラーは三分ほど走り、駅の付属している立体駐車場に入っていく。
どうやら渉は霧野川駅で電車に乗って、それから乗り継いで東京都心へ向かうようだな。
ホームで掴まえたら、必ず感謝の礼だけは伝えてやる。