第53話 その後
尊さんが霧野川市に現れてから三日が過ぎた。
豪雨は収まりつつあるが雨はまだ止む気配もない。
その結果、霧野川市の中でも地盤の低い地域で浸水の被害が多発し、霧野川に近い元霧原村の地区も、多くの家々が被災に遭うことになった。。
渉と尊さんは雨の中、川霧神社を調べに行ったが、神社の敷地内も浸水していたという。
尊さんは渉のマンションを仮住まいとして、川霧神社での祈祷を毎日続け、それから葵や幸村家と接点のあった人達の家々を巡り、心霊現象が遭ったかを調べ、一人一人の相談や、様々な処置に忙しく駆け回っている。
お坊さんは仏教で、神社は神道だろ? と渉に聞いみてたが、彼から神仏統合などの専門用語で説明され、全く理解できず、俺は考えるのを放棄して、どっちでもいいかと納得した。
心霊現象は専門分野の人々に任せておいたほうがいい。
渉は昼間は尊さんの手伝いに駆り出され、夜になると俺の家に戻って来る暮らしを続けていた。
クラスのLINEのオープンチャットを覗くと、安奈についての記載があった。
自殺未遂で病院に搬送された彼女は、そのまま意識不明の状態が続いているとそうだ。
このまま意識が戻らなければ病院暮らしになるかもしれないと、コメントが綴られていた。
次に連絡が取れなくなっていた愛菜のついてのコメントもあった。
隣街の路上で、彼女は腹部に大怪我を負い、倒れていたところを警察に身柄を保護されて、病院で入院していたらしい。
命の別状はないそうだ。
事件性があるかどうかは、警察が調べているらしいが、詳細についてはわかっていないという。
コメントを読み終え、二人は酷い状態だが、命があったことに俺はホッと安堵する。
安奈と愛菜の件に、葵が引き起こした怪奇現象が関わっていると言える確証はどこにもない。
それは咲良や悠乃の件も同様だ。
尊さんいわく、怪異現象の究明については、警察のような因果の論理で考えて行動しても、原因は見えてこないことが多いそうだ。
どんなことにも警戒し、心霊と関わりがあると推測しながら、勘を頼りに動くしかなく、怪異に遭遇した人々を辿っていくうちに、その現象全体の規模や、中心となる原因が朧気にわかってくるという。
なので、一人も犠牲者を出さずに、全てを把握することは非常に困難だと言っていた。
十日間降り続いた雨もようやく収まり、その頃には家に起こっていた心霊現象も段々と鎮まっていった。
渉が怪奇現象が起きる度に、様々な処置をしていてくれたことと、尊さんが一日一回は、家を訪問してくれて、時折、家全体と俺、天音、楓姉のお祓いをしてくれた効果かもしれない。
今回の一件で、幽霊なんていない、心霊現象なんて信じないと、もう言えないよな。
咲良が飛び降り自殺をしてから二週間が過ぎ、休校していた霧野川高校も、登校を再開することが決まり、クラスのオープンチャットを通じて通達があった。
随分前から家に帰っても大丈夫と、尊さんに言われていたのに、なぜか家に帰ろうとしなかった天音を、学校に登校することを理由に、湊さんに引き取りに来てもらった。
「いつでも泊まりに来てね」と楓姉が彼女に伝えると、「服を着替えたら、また来ます」と言っていたから油断はできないが。
天音が家に帰った同じ日に、渉も学校に登校する準備をすると言って、マンションへと戻っていった。
その翌日、総合病院から退院してきた親父が家に戻ってきた。
検査の結果、軽い肺炎を拗らせていたらしく、念のため入院期間が長くなっていたそうだ。
親父は病院生活が続いたおかげで体調もすっかり良くなり、顔色も健康になっていた。
そして家にいても暇なのか、一日しか休日を取らずに、次の日の朝には会社に出勤いった。
そんな親父を、楓姉はプリプリ怒っていたが、それが親父の今のライフスタイルなのだろう。
久しぶりに霧野川高校に登校し、教室に向かうと、雄二と凪沙が俺の姿を見て、駆け寄ってきた。
「葵の家のこと知ってる? あの雨の中で、火事になったでしょ。家の焼け跡から焼死体が発見されたらしいけど、誰の死体か調査中だって……」
「そのことなら知ってる。警察に任せるしかない。葵がどうなったか心配だが、学生の俺達が考えても仕方ないことだからな。俺達にできることは、警察の結果がでるまで葵が生きてると信じるだけだろ」
「うん……そうだね、私達が不安で気持ちを暗くしていてもダメよね。そんな姿を葵が見たら、優しいあの子のことだから気にしちゃうよね」
凪沙は目元を指で拭って、無理に微笑む。
以前に俺と渉は話し合い、葵が巻き起こした怪異現象、幸村家の過去について、その全てを雄二と凪沙には伏せて、秘密にしておくことに決めていた。
先に学校で、咲良が自殺した時、二人は心霊現象を明らかに怖がり、拒絶していた。
だから、あえて葵がいなくなった真相を伝え、凪沙と雄二の心を傷つけることは避けようと、俺達は決めたのだ。
たぶん凪沙も薄々、もう二度と生きている葵と会えないことは理解しているだろう。
しかし、誰にでも、簡単に受け入れられないことはある。
彼女の心の傷が癒えるには、まだ時間がかかりそうだ。
しかし、凪沙の隣にはいつも雄二がいて、彼女を支えているから大丈夫だ。
俺と凪沙が話していると、教室に設置されている時計を見て、雄二が首を傾げる。
「もうそろそろHRの時間になるのに、渉は遅刻なのか?」
「今日は登校初日だから、日付を間違えてたりして」
ふざけた仕草で凪沙が言い、俺も雄二も釣られて笑いだす。
あるいは今日も尊さんに呼び出され、渉は色々な手伝いで忙しいのかもしれないな。