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第52話 尊さんの来日

天音の両親の快諾を得て、彼女が俺の家に泊まり始めてから三日が経った。

その間も激しい雨が降り続いている。


幸村家の火災は鎮火されて、その焼け跡から宏司さんと佳乃さんと思われる焼死体、それと身元の判断できない人骨二体が発見されたと、地元の新聞に掲載されていた。


警察は現在も、火災の原因について調査しているようだ。


この三日の間、深夜になると、家中の照明が、点滅しては消えたり、窓がバンバンと外から叩かれたり、突然に台所、洗面所、浴室の水道の水が流れだしたりと様々な怪奇現象が家の中で起こり続けた。


そして、楓姉はトイレで、天音は浴槽に入っている時、俺は洗面所で顔を洗って鏡を見た時、それぞれに室内の照明が突然に消え、白い影が浮かびあがる現象にも遭遇した。


渉も家の中に幾つもの白い影が漂っているのも目撃したそうだ。


天音の両親に挨拶した帰りに、渉のマンションに寄り、彼の荷物の中から魔除けの色々な品を、自宅に持ってきていた。


そして渉から手渡された数珠を手首に巻いて、首からお守りを吊るし、護符を身に着けていた効果なのか、俺達四人は怪異に憑依されることはなかった。


俺は心霊現象が起こる度、心の中で葵のことを思い、何もしてやれないと手を合わせた。

たぶん楓姉や天音も怪異に遭遇した時、俺と同じ気持ちだっただろう。


時刻は午後を過ぎ、雨が一層強くなってきた中、玄関のチャイムがピンポーンとなった。

その音に楓姉が「誰だろ?」と言って、リビングの扉を開けて様子を見に行った。


すると「渉はいますか?」という声が聞こえ、しばらくすると楓姉と一緒に僧侶姿の男性が部屋に入ってきた。


そしてソファに座っていた彼の姿を見て穏やかに微笑むと、「だいたいのことは拓也から聞いた。今回、霧野川市の担当になったのは私だ。詳細を教えてほしい」と穏やかに告げた。


渉は深く頷くと、俺、天音、楓姉を順番に見回し、僧侶の素性を紹介する。


「この方は、ある神社の関係者で、僕が兄に頼んで派遣してもらった人です。これでも厳しい修練を熟した立派な僧侶なんですよ」


「私は尊と申します。渉がお世話をおかけしました。少しお話しを聞かせていただいてもよろしいでしょうか?」


「はい、自由にお座りください。えっとお坊さんだから、緑茶がいいかしら? 麦茶はダメよね?」


そんなことを言いながら、楓姉は慌ててダイニングへと去っていった。


この家に僧侶姿の人が来るのは初めてだから、焦ったんだろうな。


尊さんは綺麗な所作で、床に姿勢よく正座する。


それを見た俺と天音は慌てて、ソファから床へと座り直した。

俺達二人の様子に、クククッと笑って、渉も俺の隣に座る。


それから人数分の湯呑みを盆に載せて、楓姉がダイニングから戻ってきた。


各々の前に湯呑みを配り終えたところで、俺達、天音、楓姉は尊さんと簡単に挨拶を交わし、それから渉が、莉子から始まる今回の一連の怪奇現象を詳しく話し始めた。


そして幸村家の人々について詳細に語っていく。


もちろん、俺達四人が霧野川で見た異質な状況も伝える。


話を聞き終えた尊さんは大きくため息を吐いた。


「この霧野川市に入ってから、豪雨の影響もありますが、街の空気がどこか重く濁っているように感じましたが、拓也から報告があった以上の怪異が起こっていたんだね。また綾香様の念写が的中したということだな」


「先に街に来ていたのに、何も対処できなかった。ゴメン」


「渉が謝ることではない。私達の務めは怪異を止めることではなく、その現象や霊障に巻き込まれた人々を、できるだけ救うことだからね。渉が避難させた莉子君と恭子さんも、我々の施設で、安心して暮らしている。もう少し、二人が回復すれば、霧野川市へ戻って来られるようになるだろう」


念写……綾香様という人が、ある神社の女宮司で、渉に霧野川市に来るきっかけを与えた人物なのか。


以前に渉が、莉子と恭子さんを、ある神社に向かわせたと言っていたが、神社関係で身柄を預かってもらっていたんだな。


尊さんと渉の会話を聞いていて、疑問を持ったのか、楓姉が首を傾げる。


「あの尊さんはどうしてこの街に来られたんですか?」


「私は後始末と申しますか、元霧原村の川霧神社に、神社庁から宮司が赴任するまでの代理として来ました。私の役目は、葵ちゃんを含む幸村家と関係のあった人々を訪ね、何らかの心霊現象が遭った場合には、それに対処し、酷い霊障がある方々は、一次的に我々の施設に身柄を預かるためです。」


「僕達兄弟も綾香様達に助けてもらったんだ」


渉さ寂しそうな表情で少し俯く。

その顔を見ながら、尊さんが話を続ける。


「渉も拓也も、ある怪奇現象に遭い、両親を失ったのですよ。施設に来た時の渉は、塞ぎこんでいて。元気になってきたと思ったら、性格がどんどん捻くれていき、拓也も私も悩んだものです」


「僕のことはいいでしょ。話が脱線していますよ」


渉にジロリと睨まれ、尊さんは小さく咳払いをした。


「元霧原村へ行って、幸村家の跡地と、川霧神社、それと霧野川へ行ってみないと何とも言えませんが、渉の話から推測すると、やはり葵さんの呪詛が成功し、神社に祀っていた神が荒魂に変じたのでしょう。そのことで封じられていた、人柱の霊達も呼び起こされ、葵ちゃんの霊と融合し、巨大な怨念となって、彼女や幸村家と関りのある人々に災いを起している可能性があります」


「……何とかできないんですか?」


尊さんの言葉を聞いて、天音は蒼白の表情を浮かべ、口を両手で抑える。

彼女の問いに尊さんは首を大きく左右に振る。


「怨念の類や、その土地にまつわる神を、人間が対処できることはほとんどないのです。私の後に赴任してくる宮司が、川霧神社を再建し、村にある壊れた地蔵像を奉納し直し、何年もかけて供養する必要があります。もしかすると何年も、または何十年もかかることかもしれません」


尊さんの言葉は重く、今まで怪奇現象について、軽く考えていた自分が無知で愚鈍だったことを思い知った。


そして、この街に怪異が起こると知っていて、それでも調査に来た渉の覚悟と勇気に、俺はただ感謝するのだった。

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